無題
柳田すすむはデイパックから取り出したAK47を組立てようともせず、
茂みの中で一人うずくまっていた。
グゥゥゥ…
腹の虫が情けない音を立てる。
デイパックの中の食料はその場ですべて食べてしまった。
「アゲパンたべたいなあ…」
天を仰ぐ柳田。
今までずっと、争いとは無縁の世界を生きてきた。
たとえ馬鹿にされても、みずから争いを避けてきた。
普通に大人になって、普通に働いて、おなかいっぱい食べられたらそれで十分。
ずっとそう思って生きてきた。昨日までの友達と殺し合い生き延びた果てに、何が残るだろう。
グゥグゥなるお腹をさすり、また天を仰ぐ。
「ボクもう死んじゃってもいいから、最期にアゲパンをお腹一杯食べたいなあ…」
ひとりつぶやく柳田。
「ほんとにそう思うの?」
少女の声。突然の事にも大した驚きを見せず、柳田がふりむく。
そこにはクラスでも目立たない小柄な少女、中山しおりがいた。
「うん。だって、争いなんて嫌だよ」
肩を落とし、うつむく柳田。
「そう…」
ゆっくりと柳田に歩み寄る中山。
「私はね、死ぬなんて嫌。絶対に嫌なの。」
中山は両手にかたく握りしめたドライバーを振り上げた。
「ピギャア!!」
柳田が怪鳥のような声で叫び、中山の小さな体を突き飛ばす。
「イ、ギキヒ、アアァアアー!!」
鎖骨近くに突き立てられたドライバーを抜こうともがく柳田。
だが、生まれて初めて味わう鮮烈な苦痛に手元が定まらず、なかなか抜き取ることが出来ない。
背中をしたたかに打ち付けられた中山は、むせこみながらも柳田に駆け寄る。
柳田の体からドライバーを一気に抜き取り、急所に突き立てるべくふたたび振り上げる。
夥しい量の血液を吹き出しながら中山につかみかかる柳田。
「!!」
抵抗する間もなく草の上に組み伏せられる中山。
「イ゛ィー!ッガアア!」
柳田が中山の胸元を鷲掴みにして何度も地面に打ち付ける。
中山はもみくちゃにされながら柳田の横腹にドライバーをねじ込む。
「オヲオ゛ァッァ!!」
口許から血の混じった泡を吹き出しながら更に中山を打ち据える柳田。
勢い余ってブラウスのボタンが弾け飛ぶ。
ブラウスを掴む手が滑り、一瞬中山の体が自由になる。
「ッッ!」
中山はありったけの力を込めて柳田の側頭部にトライバーを突き刺した。
柳田の目が見開かれ、動きが止まる。
少しの間をおいて柳田の巨体は中山の胸に倒れ込んだ。
温かい血液が中山の真っ白いブラウスを赤く染める。
「死ぬってとっても苦しいことなの。わかったでしょ?」
中山は小さな手で柳田の頭を2、3度撫でる。
「ごめんね、私はまだ死にたくないの」
青い空の下、重なり合った二人の横を小さな蝶がヒラヒラと通り過ぎて行った。
【男子26番・柳田すすむ 死亡】
【残り50人】
前話
目次
次話