無題






森の中に銃声が響いた。

瀬川おんぷ【女子14番】が放った銃弾は、
玉木麗香【女子16番】の頭を危ういところで外れた。
春風どれみ【女子21番】と飛鳥ももこ【女子1番】は、
ニューナンブを構えたおんぷの姿を呆然と眺めていた。

「わたしは知ってるわ!
 この人が島倉さんを殺したのよ!」
「島倉さんが……死んだ……?」
思いがけないおんぷの言葉に、骨折した足の痛みも、
目の前に迫った銃口の恐怖も忘れて、玉木は聞き返した。
「とぼけないで!」おんぷが再び撃鉄を起こした。
「D...Don't shoot! ヤメテ! オンプチャン!」
ももこが背中から飛び付き、銃を構えたおんぷを羽交い締めにした。
「た、確かにカメラで着火装置を作ろうとしていたのは、本当ですわ」
足を負傷していて逃げることも出来ず、玉木は早口で必死に釈明し続けた。
「でも、やっぱり出来なくて、そこを誰かに後から襲われて……。
 逃げるはずみに崖から落ちて、足を折って、
 それで、今やっとあなた方に見つけてもらって……。
 島倉さんが死んだことも、今ここで初めて知りましたの!」

「嘘つき! 人殺し! 人殺し! 人殺し!」
ももこにベア・ハッグの体勢で締め付けられながら、
おんぷは憎悪に満ちた罵声を玉木に浴びせ続けた。

突然おんぷはぐいと頭を下げると、
後頭部を思い切りももこの顔面目掛けて突き上げた。
目蓋の裏に無数の火花が散り、ももこが思わず手を揺るめた。
おんぷはそのまま強引に腕を抜き取ると、
ももこのみぞおちを狙って、痛烈なひじ打ちを叩き込んだ。
ももこはそのままヨロヨロと後に下がり、あお向けに地面にへたり込んだ。

おんぷはニューナンブを素早く持ちなおすと、再び玉木に銃口を向けた。
玉木はどれみの腰にすがりついて、身をすくめている。
狙いを付けるには、どれみが邪魔だった。

「どれみちゃん、どいて!」
春風どれみ【女子21番】の蔭で、
震えて声も出せない玉木麗香【女子16番】に銃を向けながら、
瀬川おんぷ【女子14番】は鋭く言い放った。

「その前にあたしの質問に答えて!」
どれみも負けずに言い返した。
「玉木がカメラに爆薬を仕掛けてるところを、おんぷちゃんはその目で見たの?」
「見、見てないわ」
「じゃあ、やったのは玉木じゃないんだよ」
「でもあの状況じゃ、玉木さんがやったとしか考えられないじゃない!」
「玉木は足をケガしてるんだよ?
 こんなに腫れ上がって、どう見たって仮病じゃない」
ワンピースの裾から伸びる玉木の右のふくらはぎはほとんど紫色になり、
ほっそりと白いままの左足に較べて、はっきりと分かるほどの太さにむくんでいた。
「あたしたちを騙すために、わざわざ自分で足を折ったっていうの?
 それに何よりも、何があったって玉木が島倉さんを殺すわけないよ。
 おんぷちゃん、お願いだから、敵かどうかもわからない人に、
 いきなり銃を向けたりするのはやめて!」

「それにオンプチャン……味方にも少しは手加減してヨ……」
右目の下にこしらえられた大きな青痣を押さえて立ちあがりながら、
飛鳥ももこ【女子1番】はぼやいた。

「わかったわ……。
 どれみちゃんがそこまで言うのなら、玉木さんを撃つのはやめる」
おんぷは渋々ながらホルスターに銃を収めたが、
すぐにまなじりをきっと吊り上げると、どれみに新しい決断を迫った。
「でも、わたし、やっぱり玉木さんと一緒にいることなんかできない!
 どれみちゃん、もし玉木さんも連れていく気なんだったら、
 わたしとここで別れるのか、玉木さんを置いていくのか、
 今すぐにどっちか選んで!」



「本気なの? 本気で、わたしより玉木さんを選ぶのね!」
春風どれみ【女子21番】の選択に、瀬川おんぷ【女子14番】は激昂した。
「春風さん……」
足を骨折した玉木麗香【女子16番】が、
信じられないといった様子でどれみを見上げている。
「おんぷちゃんは強いから、この先なにかあっても、
 自力で切り抜けていけると思う。でも」
うずくまっている玉木を、どれみを見下ろした。
「玉木はおんぷちゃんほど強くないし、ケガもしてる。武器も持ってない。
 ここに一人ぼっちで残していくわけにはいかないよ。
 もしおんぷちゃんが考え直してくれないなら、
 あたしは玉木と行くしかないよ」
「ええ! 結構! どれみちゃんは玉木さんと一緒に行って、
 寝てる間に締め殺されるなり、背中から刺されるなり、
 お好きなように!」
おんぷがそっぽを向いてしまったのを見て、
どれみは飛鳥ももこ【女子1番】にそっと耳打ちした。
「ももちゃん、ももちゃんはおんぷちゃんに付いていってあげて」
「エ? デ……デモ」
それまで呆然と状況を見守るだけだったももこは、どれみの声で我に帰った。
「オンプチャンは強いから、一人でもダイジョウブだって……。
 それに、ワタシも出来ればドレミチャンと一緒にいたいナッテイウカ……」
「今のおんぷちゃんは強くなんかないよ」
どれみはももこの耳元で呟いた。
「今のおんぷちゃんは怯えて怯えて、死ぬほど怖がってるから、
 何が正しくて何が間違ってるのか、わからなくなってる。
 でもきっと、すぐに自分の間違いに気付いてくれる。
 その時のために、おんぷちゃんのそばに誰かがいてあげないとダメなんだよ」
「分かった……じゃ、ドレミチャン、コレ持ってって」
ももこは吊り紐を肩から外し、どれみに自分のウージーを差し出した。
「ワタシタチには、オンプチャンのニューナンブがあるから」
「いいよ、あたしにだって武器があるもん」
「エ、デモ……アレじゃ……」
「ももちゃん、あなたはどうするの?」
自分の荷物を背負ったおんぷが、ももこに声をかけた。
「わたしは別にどっちだって構わないんだけど、そろそろ出発したいから」
「あ、待って、おんぷちゃん」
どれみは自分のディバックから取り出した地図に印を付けた。
「もし、気が変わったら、明日の朝六時にこの山の展望台まで来て。
 あたしと玉木も、その時間にここに来るからさ」
おんぷは差し出された地図を払いのけると、そのまま後も見ずに歩き出した。
それを見たももこが、慌てて地面に落ちた地図を拾い上げた。
「じゃ、じゃあドレミチャンに玉木サン……くれぐれも気を付けて……」
ももこは名残惜しそうにどれみたちの方を振り返りつつ、おんぷの後を追った。



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