無題






瀬川おんぷ【女子14番】と島倉かおり【女子13番】が駆けつけた時、
現場はすでにもぬけの空だった。
そこには玉木の姿も襲撃者の姿もなく、
玉木の荷物らしきグッチのバッグと支給品のナップザックの上に、
島倉かおりのカメラが残されているだけだった。
残されたカメラを取り上げながら、島倉かおりは叫んだ。
「どどど、どうしよう……玉木さんが、玉木さんが」
「わたし、近くを探してみる!」
ニューナンブを構えると、おんぷは森の中へ駆け込んだ。
「島倉さんはここにいて! 見つかっても見つからなくても、
 すぐに戻ってくるから!」
「あ、待って、瀬川さん!」
一人取り残されてしまった島倉は、
所在なげにカメラをいじりまわし続けながら思った。
玉木さんがいなくなってしまった……。
ひょっとするともう、殺されているかもしれない?
いや、こういう状況にあっても、玉木さんはしぶとく最後まで生き残るタイプだ。
希望を持とう。
それにしても、カメラが残されていたのは不幸中の幸いだった。
この状況下でカメラが役に立つとも思えなかったが、
作動するかどうかのチェックはしておいた方がいいかもしれない。

森の中を走りながら、瀬川おんぷは奇妙な違和感を感じ始めていた。
玉木の武器であった筈のプラスチック爆弾とやらは、あの現場に残されていなかった。
もちろん、玉木を拉致した犯人が持ち去ったのだ。そうに決まっている。
しかし、なぜ犯人はカメラを持っていかなかったのだろう?
そりゃあ、カメラなんて持っていても仕方ないだろう。
でも、プラスチック爆弾を持っているのなら、着火装置の材料くらいにはなるかもしれない。
そもそも玉木は、カメラを利用した着火装置を作ろうとしていたのではないか?

あのカメラは手付かずのまま、まるで誰かに手に取ってくださいと言わんばかりに
荷物の上に放り出してあったのだ。

瀬川おんぷは今来た方向を振り向き、叫んでいた。

「島倉さん、だめえっ!」

丁度その時、島倉かおりはカメラの裏蓋を開いたところだった。
フラッシュランプの電源を利用した点火装置は正確に動作し、
フィルム室に積め込まれていたプラスチック爆弾に着火した。
その爆発力は、島倉かおりを中心として半径3メートル以内にあった全てを、
木っ端微塵に吹き飛ばした。


「なんなの……コレ? なにがあったの?」
爆発音を聞いて駆け付けた春風どれみ【女子21番】と飛鳥ももこ【女子1番】の目の前では、
もうもうと煙が立ち込める中、めちゃくちゃに裂けて押し倒された木がくすぶり続けていた。

ももこは目の前の枝に引っかかっている、歪んだ針金細工のような物に気付いた。
メガネ……?
ももこがそれに手を伸ばそうとした時、目の前の藪の中から、突然人影が飛び出した。

「おんぷちゃん!」
「オンプチャン!」

「わたしに近寄らないで!」
撃鉄を起こしたニューナンブを二人に向けて、瀬川おんぷ【女子14番】は金切り声を上げた。
追い詰められたノラ猫のように、歯を食いしばり、大きな目からぼろぼろと涙をこぼし、
煤を浴びた髪には爆風で飛んできた泥や木の葉がこびりついている。
その姿はクールでコケティッシュな百万人のチャイドル、瀬川おんぷとはまるで別人だ。

「オンプチャ……」
ももこは立ちすくんだ。
おんぷが自分に銃を向けている。
果たしてこれは、現実の出来事なのだろうか?

「おんぷちゃん」
どれみはももこの脇を通ると、そのままおんぷに近付いていった。

「撃、撃つわよ! わたしは本気よ!」
グリップを力一杯握ったおんぷの両手は震えていて、
その気がなくとも、今にも引き金を引いてしまいそうに見えた。

銃口がどれみの柔らかい胸に当たった。
どれみはおんぷの背に両腕をまわすと、恐怖に震える体を抱き締めた。
「何があったのか話して、おんぷちゃん」

おんぷのニューナンブを握り締めたままの右手が、だらりと下げられた。

見上げると、涙でぼやけた視界の中にどれみの顔があった。
おんぷはニューナンブを投げ出してどれみの胸にすがりつくと、
そのまま猛烈な勢いで泣きじゃくり始めた。

【女子13番・島倉かおり 死亡】
【残り51人】




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