無題
個人的には『母と子のテレビタイム』なんだが……でっかくなったもんだ
「ミーは、間違ってないニャ」
夕陽の差し込むアスファルトの上を、不思議な生き物がてくてくと歩いている。
ねずみの耳にねずみのしっぽ。しかしそれらはすべて布で出来た着ぐるみなのだ。
ニャンちゅうはトラ猫だ。だがただの猫ではない。ねずみの気持ちを理解したい――そんなめずらしい志を持ち、
いつもねずみの格好をすることでよりその目標に近づいていこうと日々努力を重ねる猫なのだ。
そんな彼にもバイトロワイアルの告知が届いた。むずかしい事はよくわからないが、とにかくバイトをすればいいらしい。
あまり知られていないがまだ5才のニャンチュウにとって、バイトとは未知の世界の話であり、大人の階段上るはじめの一歩、
不安と好奇心入り混じる響きを持つ不思議に魅力的な言葉だった。
果たして猫をやとってくれるところがあるのか――そんな不安はあまりにもあっさり解消された。
求人広告のすみに載っていた、ニャンちゅうにとってはあまりにもぴったりな仕事。
『ねずみの飼育員募集、かんたんなお仕事です』
事実、仕事は本当にかんたんだった。部屋中に並べられたケージの中にねずみが一匹ずつ入っている。
ニャンちゅうは彼らにエサをやり、定期的にケージの掃除をしていればよかった。もちろんそれだけでは何だか
たいくつだったし、日がな一日ケージに閉じ込められっぱなしのねずみたちがかわいそうにも思えた。
なので時々運動をさせてやり、窓を開けて一緒に日光浴を楽しみ、ヒマなときはおしゃべりもした。
肝心の時給は決して高くはなかったが、ニャンちゅうはあまり気にしていなかったし何よりもねずみと触れ合えるこの仕事が楽しかった。
だが、その平和な時間はあっけなく崩れ去った。
ねずみの飼育室には、めったにほかの人はやってこない。やってくるとしてもニャンちゅうへの業務連絡だったり
エサの新しい袋を持ってくるだけだったりとたいした用事はないのだった。
その日やってきた男は、ニャンちゅうにおざなりに挨拶してからおもむろにケージのひとつを掴んだ。
そのまま外へと運び出そうとする白衣の裾を捕まえたニャンちゅうは、何の気なしにこう聞いた。
「ちゅー太をどこに連れて行くニャ?」
ニャンちゅうとちゅー太はいちばんのなかよしだ。ニャンちゅうが呼べば駆け寄ってきてかわいらしく跳ねるちゅー太。
大好物のりんごを一生懸命食べているちゅー太。そのちゅー太の行く先が気にならないわけがない。
男は答えた。
「――実験室だよ」
ニャンちゅうは、まだ漢字がたくさん読めない。細かい文字も苦手だ。だから、気がつかなかった。
自分のバイト先がとある製薬会社の研究所だということ。手塩にかけて世話をしてきたねずみたちはその会社の新薬の実験台になる運命だということに。
ニャンちゅうはその男の顔面を思い切り爪で引っかいてから、50ものケージをすべてカートに乗っけてひもでつないで
力いっぱい引っ張って、研究所を飛び出してきてしまった。
その勢いでNHKのドキュメンタリー部門に転がり込み、事情を話すとすぐさま『動物実験ダメ、ゼッタイ』の
企画書が上へ上へと上げられてあっという間に番組になってしまった。
仮にもお世話になっていたバイト先に記者がわらわら集まっているのはあまりいい気持ちではなかったけれど、
ねずみの命には換えられない。ニャンちゅうはそう思う。
「うん。間違ってないのニャ。ミーはいい事をしたのニャ」
がらごろがらごろカートが揺れる。50のケージと50匹のねずみも一緒に揺れる。
夕焼け小焼けの帰り道。もうバイトには行けなくて、50匹ものねずみをこれから自腹で世話をしなければならないけれど。
ドキュメンタリー番組の制作費も、おこづかいからちょっぴり出してしまったけれど。
振り返れば、助け出したねずみたち。ちゅー太にちゅー子、ねずいちろうにねずじろう、
ちびすけぶち子、その他たくさん。
ニャンちゅうは、やさしい赤に染まった顔に満面の笑顔を浮かべた。
「お金なんてなくても、ミーはしあわせなのニャ!」
【ニャンちゅう@ニャンちゅうワールド放送局】
[状態]健康/-100万円(実験用マウス(1000円/匹)×50買い取り費用+番組制作費用援助)
[バイト]なし
[給料]なし
[装備]ねずみの着ぐるみ
[道具] なし
[思考]
1:ねずみさんたちと暮らす
2:出来れば新しいバイトも探す
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