走れ悟空
カジノの煌びやかな照明の明かりが夜の闇を切り裂く。
一見静かに見える華やかな建造物群に、突如どすんという鈍い物音が響いた。
それと同時に、カジノ街のある一帯に小さなクレーターが出現する。
シンプルな衣服に身を包んだ青年は、クレーターが出来上がった直後、悲壮な叫びを上げた。
「クリリィィンッッ!! ちくしょお……!!」
悟空は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の王を倒さねばならぬと決意した。
クリリンはいい奴だった。一番の仲間、悟空にとって本当に大切な親友だった。
そのクリリンの命がいとも容易く、あまりにあっけなく、あの主催者に奪われたのだ。
悔しい……!悲しい……!腹が立つ……!
悟空の心に、悲しみ、怒り、後悔の念が奔流のように湧き上がる。
「うわああああああ!!よくもクリリンをッ!!よくもーーー!!」
悟空は怒りに任せて地面を殴る。ゴツンという異音が辺りに響き、数十センチほどの小さなクレーターが出来上がる。
いつの間にか悟空の周りにはいくつものクレーターが出来上がっていた。
怒りに任せて殴り続けた結果がこれである。何度も何度も騒音を立てながら殴り続けたわけだから、
もしかすると誰かに悟空の存在を気づかれているかもしれない。
コンクリート張りの地面を散々な状態にし、悟空はとうとう殴るのを止め、泣き始めた。
しくしくしくしくと、悟空の性格にしてはずいぶんと大人しい泣き方である。
それもそのはず、今の悟空は、今まで生きてきた中で最も巨大な悲しみに襲われている。
普段の豪快さを発揮できなくても仕方がない。
「うう……クリリン……オラの……一番の親友だった……もうどうやっても生き返らねえ……
殺し合いなんて……殺し合いなんてオラは絶対認めねぇ……」
認めねぇけど……、悟空の思考はそこで止まる。
「認めねぇけど……どうすればいいんだ……!」
最大の問題は首輪である。あの男は神龍に頼み、誰でも首輪の爆発で死ぬようにしたらしい。
これをどうにかしない限り、どう足掻いても殺し合いは避けられないのかもしれない。
それくらい悟空にだって分かる。
名簿を見ると、ブルマの名前はなかった。
悟空にとっては訳の分からない首輪も、彼女ならばと、期待を込めていたのだが、参加していないらしい。
殺し合いに参加させられていない事を喜ぶべきか、首輪を外せない事を嘆くべきなのか……
単純な力比べなら悟空は何度も経験している。しかし、今回の騒動は今までとは比べ物にならないほど『異質』である。
ブルマの代わりに嫌な名前を見つけた。ヤムチャである。
ヤムチャと殺し合うなんて、悟空には死んでも出来ない。
かといって首輪を外せないのならば、いずれは……
「ちくしょう…………」
悟空は小さく小さく呟く。
殺し合いをしたくない→首輪が外せない→それでもしたくない→それならみんな首輪に殺されてしまう
(オラは……オラはいったいどうやれば殺し合いを止められるんだ!?)
単純で、決して利口とは言えない悟空の頭では、答えの出せない問題である。
強さだけでは解決できない騒動、それがバトルロワイアルである。
殺し合いが避けられないのなら……いっそのこと……
オラがみんなを一瞬で、楽に殺して……さっさと優勝するのも……いいかもしれない。
オラならきっと出来る……。そして、あの変な男をやっつければ……
悟空の脳裏に良くない考えがよぎる。
殺し合いという異常事態、そしてクリリンの死は、悟空さえも徐々に狂わしていき……そして────
『ほっほっほっ悟空や 慌てるでないぞ』
「!?」
ころころころと、クレーターの衝撃でいつの間にか倒れていた悟空のデイパックから、見覚えのある球体が転がり出てきた。
オレンジ色をした、半透明の球体。四つの星が内部に存在している。
それは紛れもなく、悟空の育ての親、孫悟空の形見、四星球であった。
「あ、あれは四星球。ってことは……今の声はじいちゃんか……?」
一瞬だけ聞こえた懐かしい、そして優しい声はもう聞こえない。
悟空は転がり出てきた四星球をしばらく見つめる。
そういえば、あの憎たらしい主催者の男はこんな話をしていた。
クリリンを失ったショックですっかり忘れていたが、あれは相当大切な話だったはずだ。
『六つのドラゴンボールを集めた物は、僕と勝負しよう。
僕に勝てば、最後の一個をあげるよ。それで自由に願いを叶えるといい』
「そうか。そうだ!ドラゴンボールがあれば……!!」
六つのドラゴンボールを集めて、そして主催者に勝利すれば神龍に願いを叶えて貰える。
そうなればこちらのものだ。神龍なら死んだ人達を全部纏めて生き返らせる事が出来る。
つまり、殺し合いをなかったことに出来る。
六つのドラゴンボールは参加者の支給品、そしてどこかの場所に隠されているという。
悟空には全てを集める自信があった。何故なら、何と言っても悟空は『強い』からである。
殺し合いの具体的な打開方法を見つけた悟空は、憑き物を落としたかのような晴れ晴れとした表情になり、
そして、クレーターから飛びあがった。
「うっひょおー!! そうか!ドラゴンボールがあるならなんとかなりそうだぞ!
よしそうとなれば決まりだ!絶対に全部揃えて、あいつをぶっ倒してやる!」
悟空はデイパックの中に四星球を放り込み、あてもなく駈け出した。
とにかく、ドラゴンボールを探さなければならない。
自分が六つ揃えさえすればきっとなんとかなる。あの男に負けるつもりは全然ないし、勝つ自信だって勿論ある。
ドラゴンボールさえ集めれば『例えこの殺し合いで何人か死んだとしても、後で生き返らせる事が出来る』
「クリリン……!オラが絶対に仇を打ってやるからな!」
魔法の球を求めて、悟空は夜の闇に消えて行った。
悟空は紛れもない正義の男であり、好青年である。
真面目に拳法の修行に打ち込み、師の助言も素直に受け止める誠実さも兼ね揃えている。
大食いや、少々世間知らずなところを除けば、驚くほど人間が出来ている。
しかし、人から嫌われる要素などほぼないと言える彼だが、この疑心暗鬼溢れるバトルロワイアルにおいては、
言われもない憎しみを向けられるかもしれない。
悟空は、今まで何度もドラゴンボールに触れ、そして人を生き返らせてきた。
その経験があるからこそ、彼はドラゴンボール探しを自分の行動方針と定めたのである。
ドラゴンボールさえあれば何人か死んでも後で生き返らせる事が出来る。
悟空やヤムチャにとっては常識なのだが、他の者達が素直にそれを受け入れられるかどうか……。
実際に、神龍に人を生き返らせてもらった経験がある故に、今、悟空は命というものを軽視している。
後で生き返らせれば何人か死んでも何とかなるだろう。
事情を知らぬ者にとってはあまりに無責任とも言えるこの考えが、何を招くのか……
はたして悟空は何事もなくドラゴンボールを六つ揃える事が出来るのか……
悟空は走る。クリリンの仇を討つために。
【D-4 カジノ/一日目深夜】
【名前】孫悟空@ドラゴンボール
【状態】健康、クリリンの死に対するショック
【装備】なし
【持ち物】四星球@ドラゴンボール、ディパック(基本支給品一式、不明ランダム支給品0〜2)
【思考】
1:ドラゴンボールを六つ集めて主催者と勝負。
主催者を倒して殺し合いで死んだ人達を全員生き返らせる。
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