すべての温度を振り払いながら






―――この島で人を殺すのは、自衛のための殺人となるのだろうか。

そんなことを考えながら、葛葉刀子は無人の町並みを歩いている。
刀子にとって殺人とは絶対の禁忌ではない。
彼女の周囲に存在する魔とはそれを否定させるほどに生易しくはなかったし、
修めた剣の道とて結局は人を死に至らしめる力だ。
活人、などと嘯くつもりはない。
人を殺すための力で守るべきものを守り、職務を遂行していたというだけのことだった。
結局のところ力そのものに正邪はなく、浮き彫りになるのはただ振るう者の性である。
ならば強制される殺し合いの中で振るう刃は邪を顕すのだろうか。
誰彼かまわず殺して回るものは確かに邪とも呼べよう。
が、降りかかる火の粉を斬って捨てる刃は邪と蔑まれぬのか。
命を奪うことの罪科は数の多寡ではあるまい。
であればこの狂った催しを生きる者は区別なく、邪とその性を定められているのではないか。
そんな風に考えながら歩く刀子の、ゆらゆらと靡く長い髪が、その動きを止めた。

「……そこのあなた、出てきなさい」

鋭く呟いた刀子の視線が射抜くのは、数メートル先の路地。
背の低い雑居ビルに挟まれて街灯の光も届かないそこから、一つの影が這い出てくる。

「なあ、あんた。こんなところを一人で歩いてちゃあ、危ないぜ?」

そう言い放ったのは、青年と呼べる年頃の男である。
だらしなく着崩した服、長い髪にニヤニヤと締まりのない口元。
頬には一目でそれと分かる、大きな傷跡。
いずれ真っ当な道を歩んできた人間でないことは明らかだった。

「……悲鳴の一つ上げれば、ハードボイルドな探偵でも助けに来てくれるのでしょうかね」

溜息混じりに呟いて、腰の一刀に手をかける。
まさかこの島で最初に出会うのが絵に描いたような悪漢とはさすがに想像していなかった。
殺し合いの会場ではなく六本木か歌舞伎町の路地裏を歩いている気分になってくる。
とはいえ。

「―――」

チキ、と鯉口を切った姿勢のまま、刀子は眼前の青年を見据える。
にやにやと笑う青年は、しかし近づいてくる様子を見せない。
真剣を相手に立ち回った経験があるのか、少なくとも間合いというものは理解している。
それほどに油断のできる相手というわけでもなさそうだと、刀子は判断する。

「おお、怖いな、あんた。けどさ……ちょっと話を聞いてくれるだけで、いいんだよ」

言いながら、だが男の目つきが変わっていく。
鋭く細められたそれは紛れもなく、命のやり取りの中に身を置いた者の持つ光を宿していた。
す、と上げたその手には武具の類を持っていない。
空手やボクシング、大陸系の拳法とも違う独特の構え。
体術の使い手か、とみた瞬間、男が踏み込んでくる。

早い、がそれだけの動き。
合わせるように抜き放った刀は刃を返さない。
男の顔面を上下二つに切り離す軌道の刃が、しかし空を切る。
咄嗟に身を沈めて回避した男が踏み込みの勢いのまま放つのは下段の回し蹴り。
バックステップで躱したその着地点に、放たれるものがあった。
光を帯びた、炎の弾の如き何か。

「―――ッ!」

思考より早く、脊髄が行動を規定する。
空を切って左に流れた刃を返し、切り上げる。
薄く細い刃が光弾を捉え、裂いた。
着地した刀子の左右を、光弾が流れていく。

「気弾を、斬った……!?」

驚いたように声を漏らす男に、刀子が静かに告げる。

「神鳴流は退魔の剣―――魔法使いを相手取って後れを取ることはありません」
「魔法使い……?」

何故か表情に困惑を浮かべる青年の反応を無視して、刀子が一歩を踏み出す。
手にした刀が、街灯の光を反射してぎらりと輝いた。

「……最初の一人が躊躇わず斬れる相手で助かりました」
「お、おい……」

じり、と男が下がる。
同じ距離だけ、刀子が踏み出す。

「往生際が悪いですね」
「……それが俺の取り得で、ね……ッ! 繰気弾ッ!」

構えた男の手が、奇妙な動きを見せる。
同時、

「―――え?」

間の抜けた声を漏らしたのは、男であった。

「どうか、しましたか」

冷たく言い放った刀子の、手にした細身の一刀が、肩越しに背後へと伸ばされている。
その薄い刃が貫いていたのは、先ほど二つに切り裂かれて飛び去ったはずの、気弾である。
振り向きもせずに穿ち抜かれた気弾が、宙に溶けるように消えていく。

「そん、な……俺の、繰気弾が……見切られるなんて……」
「追尾型の魔法矢など珍しくもないでしょう。手品ならもう少し珍しい出し物をお願いします。
 ……もっとも、あなたに次はありませんが」
「ちょ、ちょっと……」

無人の町並みを、風が吹き抜けた。
ぎらぎらと煌く刃を見つめて、男が息を呑む。

「小悪党には小悪党らしい最期が待っているものです」
「なあ、おい……」
「正義の味方を気取るつもりはありませんが……あなたを斬ることにも、迷いはありませんね」
「ま、ま、ま……」
「この期に及んで命乞いですか? 見苦しい……」
「待ってくれ! 頼む! 話を聞いてくれ! お願いします!」

刀子の表情が、呆れを含んだそれに変わる。
絶叫に近い声を上げた男は、恥も外聞もなく土下座してみせたのである。
毒気を抜かれたように一瞬だけ天を仰いだ刀子が、しかし刀を構えると、

「いい加減に―――」
「あんたを試すようなことをして悪かった!」

振り上げられた刃が、止まった。

「……試す?」
「お、俺の名はヤムチャ! 俺たちは、あんたみたいな強い人を捜してたんだ!」
「……俺、たち……?」

青年の奇妙な物言いに、刀子の顔色が変わった。
先ほど感じた気配は確かに一つ。
眼前で潰れた蛙のように土下座する青年のものだけだったはずだ。

「どういう……」
「瑞希サン、出てきてください!」

半ば泣き声に近いその声が、背後へと向けられる。
ハッとして振り返ったそこに、

「―――」

緋色の桜が、咲いていた。



******



    かつて、幸せがあった。
今は、もうない。

天野瑞希に訪れる幸福は、常に喪失を孕んでいる。
嵐の中に帆を張るようなものだ。
流されながら船は進む。
いずれ割れ砕かれ、沈むことを前提に。

してきたことに、感慨はない。
私は私の想いの命じるままに、あの言葉も通じない哀れな少女を殺した。
幾人もの名も知らない少女を犯させ、男たちに暴力と絶望とを与え、
文字通りの意味でこの手を血に染めながら生きてきた。
それは擁護のしようもない悪行で、しかしそれだけのことだった。

あの頃の私はただ純粋に、知りたかったのだ。
愛という言葉の意味を。
想いの故に人を殺した私が、その罪故に喪った愛というもののかたちを。
想いの故に喪われるのが愛ならば、それは自己矛盾だ。
それが分からなくて私は、私たちは人を傷つけ、踏み躙り、癒えぬ傷を刻みつけて、そうして笑っていた。
分からないから笑っていて、そうして、幸せを見失った。
罰を与えられる悪を罪と定義するのならば、確かに私たちは罪を犯していたのだ。
過去は私についてまわり―――そうして、私ではなくその周りを、壊していく。
もうずっと昔に壊れてしまった天野瑞希は壊せないから、その周囲の人間を、その幸福を、壊していくのだ。

嵐はやまない。
やまない中で帆を上げて、だから船は沈んでしまった。
それだけのことだった。

かつて、幸せな時間があって。
今は、もうない。
そんなことを、もう何度考えただろう。

「―――瑞希サン、出てきてください!」

そんな声が聞こえて、思考の淵から呼び戻された。
最後に紫煙を大きく吸い込んで、咥えていた煙草を揉み消す。
あの男の名はヤムチャ、とか言ったか。
この島で最初に出会ったあの男を一言で評するならば、愚鈍だった。
一目見て鼻の下を伸ばし、二言を交わしただけで私を何の力もない女だと思い込み、
三分後には私を守る騎士を気取っていた。

それにしても、と溜息をつく。
何故このタイミングで私の名前を出すのだろう。
まずもって初手、自身が気取られているのだ。
その段階であの男のつまらない計画は破綻している。
敵に私の存在が気づかれていることを想定するのならば、最善手は逃走だ。
時間を稼いで何の力もないはずの私を逃がし、その後で敵に対処するべきだった。
眩暈がするほど頭の回らない男。

もっとも、と私は内心で苦笑する。
あの男を行かせたのは、相手の力量と手の内を見るためだ。
ただ守られて隠れている気など、最初からありはしない。

配布された名簿には、和泉祥という名はない。
私の手から零れ落ちた幸せの名前は、そこにない。
それは天野瑞希が、その本当の顔で戦えるということだ。
もう喪われた幸福の、割れ砕けた欠片に気を回す私自身の滑稽さがおかしくて、ほんの少しだけ笑う。
笑って、歩を進める。

もう、何も残されていない。
過去が壊した私の幸福はかけがえのないもので、だからもう、何もない。
過去を殺し、全部を殺して、それくらいしか、することが見つからない。
仲間を集めてこの殺し合いを終わらせる、などと妄言を吐く男についてきたのは意味がなかったからだ。
つまらない男を殺そうと生かそうと、そこには等しく意味がなかった。
だけど下らない暇潰しの時間は、もう終わり。
向き合うに値する敵が、そこにいた。

暗い路地裏から光の下へ、一歩を踏み出す。
ずっと昔にいなくなったあの人と同じ空気が、戦場が、そこにある。
生きるために戦える場所。
目の前に、それがある。

街灯の光の下、緋色の特攻服が、夜風に靡く。
向けられる視線の色は、冷厳。

ああ、と思う。
戦場で最初に出会ったものがあの程度だったのは悪い冗談だったのだと、確信する。
こちらを見つめる女の眼には、感情に因らない殺意。

これなら、大丈夫。
ひとつ笑って、戦場の空気を胸いっぱいに吸い込んで。
―――戦争を、始めよう。



  【C−2 街/一日目 深夜】

【名前】葛葉刀子@魔法先生ネギま!
【状態】健康
【持ち物】鋭斬刀@斬、ディパック(基本支給品一式、不明ランダム支給品0〜2)
【思考】1:眼前の敵を殺す。
※麻帆良祭終了後からの参加です。


【名前】天野瑞希@特攻天女
【状態】健康
【持ち物】煙草とライター、ディパック(基本支給品一式、不明ランダム支給品0〜2)
【思考】0:戦場に身を置く。
※月下仙女編、祥が夜桜会を脱退した後からの参加です。


【名前】ヤムチャ@ドラゴンボール
【状態】怯懦
【持ち物】ディパック(基本支給品一式、不明ランダム支給品1〜3)
【思考】0:仲間を集めて主催者を打倒する!
1:目の前の女に計画を説明したい。
※第23回天下一武道会終了後、サイヤ人襲来前からの参加です。



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