毛皮と美幼女とマッチョな子供
本来ならたくさんの客が行きかい、活気にあふれているだろうショッピングモール。
各種多用な店がつらなり、色とりどりの様々な商品が目を楽しませる。
ここに人が居さえすれば、いつも通りの日常風景が帰ってくるだろう。
だが、しかし今のこの場は、ただ煌々とライトが灯っているのみであった。
「んー誰もいないネー」
友人といつものように買い物に出かけたのなら1日楽しめるようなショッピングモールを備えた大きな百貨店だ。
じっくり見たいのは山々だったが、そこはぐっとこらえてマルコと郁恵の2人は建物全体を探索していた。
あたりは完全に無音。こういった店につきものの華やかなBGMすら聞こえない。
放課後の誰もいない教室が少し怖く思えるように、人っ子一人いない静まり返った百貨店は不気味でさえあった。
「マーくーん、だれか見つかったー?」
うんっと背伸びし、隣の店舗にいるマルコへと郁恵は声をはりあげる。
少し間を置いて、女性服が並べられた棚の向こうから声が帰ってきた。
「オガワちゃん、これ! これすごいふわふわ! キモチイー」
「アハハハハハ。マーくんたらー」
高級そうな女性物の毛皮のコートを羽織ったマルコがその裏から出てくる。
ふと……ゲフンゲフン、恰幅のよいふくよかな方用のもののようで、筋肉ダルマの巨漢でもなんとか着れているが、
それでもやはりぴちぴちで毛皮は丸く膨らみ、まるで人間ではないなにかの生き物のよう。
本来そのコートが持つであろう高級感が薄れて、なんだかどこぞの雪山で発見されたらすぐさまUMAとして
登録されてしまいそうな勢いである。
「これダメ? オガワちゃん……」
その毛皮だるまがしょげかえるとさらに丸くなってさらに謎の生物っぽさが増してしまっている。
マルコに悪いからこらえようとするのだが、どうしても笑いがこみ上げてくる。
「マ、マーくん。それ、売り物だからあんまり触りすぎちゃダメだヨー? お店の人困っちゃう」
「ご……ごめん……」
「でも凄くにあってるネー」
うん、確かに別の意味でとてもよく似合っているかもしれない。
しっくりきているのは間違いない。
そのコートをデザインした人物の意図にはまったく沿っていないだろうことも確実だが。
「んー。マーくんにはちょっとサイズが合ってないネー。でもその色よく似合ってるヨ。
そうだ、お家に帰ったらあたしマーくんにお洋服プレゼントしたげるね。
あたしそういうの得意なんだー」
頭につけた手作りのリボンを揺らし、郁恵は明るく笑って約束する。
普段からそういった小物をつくったり、服を改造したりはよくしている。
さすがにここまでの大物でしかも男物は作ったことがないが、頑張ればなんとかなるだろう。
修学旅行で特になかよくなった不思議ちゃんグループの子達は、
インディーズブランドを立ち上げているような腕前だし助けを求めることもできる。
「ま、マルコうれしい! オガワちゃん大好き! マルコ、スゴクたのしみ」
毛玉だるまが喜色満面で幼子のように喜びを顕わにする。
そんなマルコを郁恵はニコニコと見守っていた。
◆ ◆ ◆
そんなこんなでマルコがまた面白いものを見つけたり郁恵が可愛い服やアクセサリーに引っかかったりしながらも、
3階建てのショッピングモール・百貨店、一部尖塔のような形で出ている4階のレストラン街まで
丹念に全部見て回ったが、結局誰とも出会えることはなかった。
「どうしよう……」
内心の不安が、そのまま声に出てしまう。
郁恵は、決して今の状況がわかっていないわけではなかった。
実感がわいていないとはいえ、「殺し合い」をしろといわれた異様さと危険さはわかっている。
不自然なまでに明るく朗らかに過ごしているのは、もしかしたら現実逃避の一種だったのかもしれない。
いつも友人達の皆からは妹のように可愛がられており、
特に親友の姫路京子とはまるで母娘のようと言われるような関係だった。
そんな彼女がこの会場で初めて出会ったのは、とても巨大な体躯を持ちながらも幼子のような精神を持つ相手。
自分がしっかりしてマーくんを大好きなバク兄ちゃんに会わせてあげないと……。
でもこれからどう行動するのが正解なのかわからない。
「オガワちゃん、どした?」
「大丈夫! 大丈夫! なんともないヨー」
「でも……」
訝しげに声をかけてくるマルコに、わざと明るく元気に答えた。
しかし郁恵の不安がわかるのだろう。マルコも少し不安そうにしている。
「そ、そうだ。ちょっと疲れちゃったし、ここで少し休もっかー?
バク兄ちゃんやあたしの友達を探しにいきたいけど、今は外マックラだもん」
もし、深夜に無理に行動して、今の2人じゃどうすることもできないような危険に巻き込まれてしまったら。
それで、もし、ここから帰れなくなってしまったら。――殺されて、しまったら。
(お家に帰れない?)
(もうミンナに会えない?)
――――そんなこと、考えたくもない。
……絵里子ちゃんも、由真ちゃんも、小田桐先生も、バク兄ちゃんも、ミンナはきっと大丈夫。
今は無理に危険な真似をして自分達の身を危険に晒すほうが悪いことのはず。
郁恵は自分に、誰かに言い聞かせるように内心でつぶやく。
だから、今だけ……、……少し休んで考えてもいい?
ソファやベットが展示してあった家具売り場。
そこが一番休むには適しているだろうということでそこで売り物を少し拝借して休憩することになった。
もうマルコはあっという間に眠りについてしまっている。
なんといっても今の時刻はかなり夜が更けた深夜。いやもう黎明といってもいい時刻。
それに加えてお菓子でお腹もくちた今、眠くなるのは当たり前だろう。
――しかし、郁恵は体だけは横たえて休みながらも眠気とは程遠かった。
ただマルコの寝息だけが響いている静寂に包まれた空間。
そこに不吉な匂いや物音を、かすかに感じ取ってしまうような気がしてしまう。
殺し合いの場に放り込まれている、という緊張のせいで過敏になっているのだろうか。
外に出て行くのは怖い。でもこの会場のどこかにいるはずの仲間を探しにいかないと。
どういう風にするのが正解なんだろう? まったくわからない。
なかなかこれからの移動方針は定まりそうになかった。
その頃、2人が休むすぐ近くの森ではもうすでに郁恵と実年齢的に同じ頃の少年と肉体的に同じ年頃の少女の命が失われている。
そして――彼女の担任教師の命もすでに……。
穏やかで平和な時間が流れているのはこの場所だけ。
そしてまもなくこの場所も同じように巻き込まれていくだろう。
例え今は目に入っていなくとも、彼女が危惧する通りここは殺し合いの舞台なのだから。
【G-4 百貨店・家具売り場/一日目黎明】
【名前】小川育恵@女子高生
【状態】健康
【装備】なし
【持ち物】ディパック(基本支給品一式)
お菓子のパーティパック(かなりの量を消費)、
応急処置セット(簡易外科セット・内服薬一式・注射器&アンプル)
【思考】
1:マルコと同行する。
2:とりあえず夜が明けるまではここで休む。
3:朝になったらどうするのが正解なんだろう……。
※原作九巻、修学旅行編終了後から参戦。
【名前】マルコ@嘘喰い
【状態】健康
【装備】不明
【持ち物】ディパック(基本支給品一式、不明ランダム支給品1〜3)
【思考】0:貘兄ちゃんの言うことを聞く。
1:オガワちゃんと同行する。
2:悪いヤツはやられる前に蹴る。だけど殺さない。
※「廃坑のテロリスト」編直前からの参戦です。
前話
目次
次話