ヤリと野菜と正義の味方
街灯の明かりがぽつぽつと闇を照らす市街地の一角に、小さく、古臭い建物がある。
主催者があらかじめ細工を施しているのだろうか。建物の内装は非常に簡素で、余分なものなど一切ない。
少女、月島弥生は、部屋の隅でデイパックを漁り、静かに決意を固めていた。
支給品の中で、武器になりそうなものはヤリと毒薬。彼女はデイパックの中からヤリを取り出し、手に馴染ませる。
ヤリの先端に、毒を塗っておく。こうすれば掠り傷であろうと相手に致命傷を与える事が出来るだろう。
毒薬の説明書を読んでみると、速攻性の強烈な猛毒らしい。
普通の人間ならば、ヤリの先端についた僅かなの毒が体内に混入するだけで、死亡してしまうらしい。
毒の正体は定かではないが、きっとおぞましいものなのだろう。
月島はしばらくヤリをぼーっと見つめた。
真剣勝負に横槍を入れられる事を何よりも嫌う彼女の支給品がヤリ。はたして何の因果だろうか。
ともあれ、これで生き残るしかないのだ。彼女は胸に手をあて、再度覚悟を決める。
名簿の確認はもう済んでいる。村山斬は強い。恐らくこの殺し合いでも順当に勝ち上がって来る事だろう。
もし彼と出会った時は……絶対に逃げない。正面から真剣勝負を挑み、必ず勝利する。
月島弥生はそう決めていた。
デイパックに入っていた最後の支給品は、超神水という魔法の水だった。
これを飲むと、超人の如き力が手に入るらしい。が、しかし、これを飲んで生き残った者は今までに一人もいない。
鍛え抜かれた精神力と身体能力を持つ者のみ、この水を飲んでも生きていられるらしい。
かなり博打的なアイテムである。なんというか、正直かなり胡散臭い。
いかにも怪しいので、月島はこの水をそのままデイパックの中に戻した。
デイパックに他の荷物もしまい、ヤリを片手に彼女は立ち上がる。
女だからって弱いとは言わせない。この殺し合いは大掛かりな真剣勝負。
この大舞台を制する事が出来れば、例え女の子であろうと、『武士』として認めて貰えるはずだ。
彼女の悲願を実現させるのに、またとないチャンスである。例え村山斬がどれだけ強くても、他にどれだけ強い者がいたとしても、
必ず優勝してみせる。絶対に……絶対にだ────
女武士として世間に認めさせる、それが月島が心に決めた武士道である。
警戒を重ねながら、彼女は古臭い扉をそっと開き、外に出る。
もしかしたらすぐ傍に誰かいるかもしれない。そして背後から簡単に殺されてしまうかもしれない。
この真剣勝負は『そういう事』だって普通にあり得てしまうのだ。
彼女の考えは間違ってはいなかった。街灯の明かりにほんのりと照らされた部分に、蠢く何かがいた。
月島はすぐに体を屈め、なるべく見つかりにくいように努めた。
────いた!
アスファルトで固められた道路の上に、無警戒にデイパックの中身を確認している男が一人。
異様なまでに逆立った髪の毛が、夜の街の中でも一際目立っている。
月島はヤリを持つ手に力を込め、男の背後からそっと近づいていく。
一歩、二歩と……二人の隔てている空間が次第次第に狭くなっていく。
(このまま距離を縮めて、後ろからヤリで突けば勝てる!)
月島は勝利のイメージを脳内で描きながら、慎重に接近していく。
男が漸くデイパックの中を漁るのを終えた頃には、月島はヤリが容易に届く所まで接近する事が出来ていた。
月島はそっと口角を吊り上げ、ヤリを男の背中に向けて──
「やぁ!」
──突きだした。月島は勝利したと思った。
ヤリが男の背中に突き刺さり、血が吹き出し、先端に塗った毒薬が男に追い打ちをかける。
完璧な勝利の方程式。しかし、ヤリが突き刺さるかと思った刹那の瞬間、
男の姿がまるで初めからそこにいなかったかのように掻き消えた。渾身の力を込めて突き出したヤリは、空を切って終わった。
「えっ!? あ!!」
月島は混乱する暇もなく、後方から首根っこを掴まれ、持ち上げられる。
あまりの痛さに月島は苦渋の声を上げたが、男はそんな事など全く気にする様子もなく、
さらに力を込め、月島の首を絞め上げる。
「この俺に不意打ちを仕掛けるとは見上げた根性だな」
「はな……せぇ……!」
ジタバタと暴れる月島。しかしどれだけ暴れても、男の余裕の表情は全く崩れない。
「答えろ。お前はドラゴンボールを持っているか?」
「…………!! そんな事を……聞いてどうするのよ……!」
「持っているのか持っていないのか答えろ!返答次第では生かしておいてやる」
首が痛い。息苦しい。苦痛が全身に走り、月島は歯を食いしばって必死に耐える。
苦しい、痛いが、それよりも何よりも、悔しい。こんな男にこうも簡単に拘束されてしまうとは、腹が立つほど悔しい。
月島はヤリを握りしめる。負けたくない。絶対に男には負けられない。
女武士という自身の存在を世間に認めさせるため、こんなところで負けていられるか。
「持ってないわよ……!」
月島は後方にいるであろう男に向けて、起死回生のヤリを突き刺す。
だがしかし、男の反応速度は異常だった。月島の奇襲を瞬時に読み切り、体を捻ってヤリをかわしつつ、月島の体を放り投げる。
視界に移る街が回る。あまりのスピードに、いったい何が起きたのかすらよく分からない。
あの男のスピードは、そしてパワーは、異常だった。しばらく宙を舞った後、月島はアスファルト張りの地面に激突した。
気を失いそうになるほどの衝撃が体を襲う。
(駄目よわたし……こんな所で気絶なんかしてたら……)
がくがくと震えながら、月島は地面に手を添え、懸命に立ち上がろうと努める。
何度もバランスを崩しそうになったが、漸く立ち上がる。
男はどこだ……、と月島は辺りを見回したが、どこにもいない。
「あがぁっ!!」
どうやらまたもいつの間にか後方に立っていたらしい。
月島の背中に男の拳が突き刺さる。月島が立ち上がるのをわざわざ待って、そして攻撃を仕掛けたのだろうか。
だとするとかなりの悪趣味である。
「よくもこのベジータ様に傷をつけてくれたな!!」
ベジータと名乗る男は相当に怒っていた。ヤリの攻撃は、月島自身、かわされたかと思っていたが、
ぎりぎり掠っていたようだ。月島は痛みにもがきながら、心の中でそっと笑った。
掠り傷さえついたのなら、もうすぐベジータは毒薬によって死ぬはず……
が、しかし、ベジータは一向に苦しむ気配すらない。
痛みで地面に蹲る月島の腹を思い切り蹴りあげる。
「がはぁ……!!」
吹っ飛ばされ、建物の壁に直撃する月島。
今ので内臓をやられたのだろうか。激しく吐血する。
(どうして、どうして毒が効かないのよ……このままじゃ……このままじゃ私……!
頼みの綱である毒薬の効果が一向に現れないのを見て、月島は絶望する。
そして次第に表情が恐怖に染まっていく。この男に私は勝てるのか?
こんな、初めての戦闘なのにこれだけ苦戦して、私は本当に殺し合いを制す事が出来るのか?
「い、嫌よ……絶対に、負けないんだから……」
ヤリを杖代わりにして月島は立ち上がり、ベジータをきっ、と睨む。
戦力の差は誰がどう見ても明らかである。人外の戦闘力を持つベジータに、
戦い慣れているとはいえ、ただの女子高生の範疇に収まる月島が勝てるわけがない。
しかし月島は戦わなければならない。どれだけ戦力差が絶望的なまでに開いていようとも、ここで諦める訳にはいかない。
生きるため、村山斬に勝利するため、そして何よりも、優勝するために……。
「さあ……来なさいベジータ……!!」
「ふん。下らん虫め」
月島の顔に疑問の色が浮かぶ。いったい何が起こっているのかよく分からない。
ベジータの手のひらに、光が集まっていく。あれはいったい、何なんだろうか。
「なんだかよく分からないけど……」
月島はヤリを握りしめ、ベジータの元へ走る。今度こそ突き刺してやる。
全速力で接近してくる月島を見ても、ベジータは顔色一つ変えない。
そもそもベジータにとって、月島は『敵』ですらないのだ。気づいたら踏み潰してしまっていた、アリのような存在。
「えっ……!?」
ベジータの手の平から光弾が放たれた。光弾は月島に向かって疾走し、そして僅かに逸れて、彼女の背後で建物に被弾し爆発した。
凄まじい轟音に、月島は思わずぺたりと座り込み、そっと背後を眺めてみた。
人間よりも遥かに大きい建物が、消失していた。こんな馬鹿な事が人間に出来るのか……
「嘘……でしょ……」
あまりに規格外のベジータの攻撃に、月島は心底恐怖した。こんな化け物がいるなんて、勝てるわけないじゃない……。
「クソッ!!いったいどうなってやがる……!」
ベジータは倒壊した建物を見て言った。今の攻撃は、あの建物だけではなく、このエリア全てを吹き飛ばそうとして放った技である。
それがこんな情けない威力に終わってしまうとは、違和感を感じざるを得ない。
女のヤリ攻撃を避けきれなかったのも違和感の種である。どうして完全に避け切る事が出来なかったのか。
普段のベジータならば、目を閉じていても避けられたはずだ。
そういえば、何故か妙に体がだるい。不自然なほど体が重い。
ベジータは先ほど月島につけられた掠り傷の事を思い出した。
「おい貴様!俺に何かしやがったか!?」
ベジータは月島に向かって歩み寄る。月島は「ヒィィ」などと悲鳴を漏らし、ぺたんと座りこんだまま、
ベジータから逃げる。しかし逃げられるはずもなく──
「何かしたのか答えろ!」
ベジータは高速で移動し、月島の正面に仁王立ちする。
「あ……あぅ………」
恐怖で舌が回らない。こんなはずじゃなかった。
こんなあまりにも強すぎる怪物に襲われるなんて、あんまりだ。
(怖い…ああ怖い……体が、動かない……)
ベジータは月島の胸倉を掴み、持ち上げる。
「クソ!妙に体調が悪い……主催者の野郎が何かしやがったのもあるだろうが、貴様もやはり何かしやがったな」
「ヒ……!」
ベジータが拳を振り上げ、月島の顔面を一発殴った。
「うう……ごめん。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「ちっ。俺の質問に意地でも答えないつもりか」
ベジータは今度は、月島の腹に拳を叩きこむ。
彼女の顔が青くなっていくのを確認したベジータは、彼女の体を目の前の地面に捨てた。
べちゃりと背中から地面に落ちる月島。腹が痛い。気持ち悪い気持ち悪い……
「う、うおえええええええええ、え、え……」
「ふん。きたねぇ女だ」
仰向けで倒れたまま、月島は盛大に吐いた。咄嗟に口を抑えてしまったので、鼻からも吐瀉物が飛び出してきている。
吐瀉物まみれでクショグショになった彼女に向かって、ベジータは手の平をかざす。
「う……ヒイイイイイイ!!」
咄嗟に先ほどの光弾を思い出した月島は、狂ったように悲鳴を上げる。
あまりにも規格外の存在に対してどう対処していいのやら……
月島が住む世界にはこんな化け物などいない。彼女に大きな衝撃を与えた村山斬ですら、戦闘民族サイヤ人には歯が立たないだろう。
そう思わせるほど、ベジータはあまりに強すぎた。
彼女の脳では許容できない現実にぶち当たり、月島弥生は心の底から恐怖し、絶望した。
彼女の肉体は、彼女が感じた恐怖にいち早く反応して────
ジョ──ジョジョジョ……
ゲロ塗れになったスカートが濡れる。彼女の下半身が妙な液体で濡れていく。
月島弥生はもはや限界だった。恐怖で涙を流し、吐瀉物が詰まった鼻からは鼻水を流して、
そしてパンツからは黄色い液体を垂れ流し、小さな水たまりを作り出して────
────失禁である。
彼女の精神は崩壊寸前であった。
「くくく、反吐が出るぜ。どこまでも醜い女だ」
ベジータの手の平に光が集まり、そして────
「助けて……誰か助けて……!」
嫌よ……信じられない……
こんな所でこんな風に死ぬなんて……嫌だ絶対に嫌だ!
お願い……動いて私の体……!この男よりももっと速く……ずっとずっと速く動いてよ私の体……!!
「バッカヤロオオオオオオ!!!」
何者かによる突然の乱入。突如現れた白髪の男の右拳は、ベジータの頬に的確に命中した。
ベジータの体は数メートル吹っ飛び、近くの建物のガラスを突き破った。
それを見届けた白髪男は次に、月島の元へ駆け寄る。
「おい!大丈夫かあんた!」
男は服の袖で彼女の汚れきった顔を拭いてやる。
折角の男の介抱だが、月島は放心状態であるため、何の反応も示さない。
あまりに悲惨な状態の月島を見て、男は表情を歪めた。
「このくそったれめが!!」
建物の中から、ベジータの怒りの声が聞こえてくる。
白髪男はそれを聞くと、すぐに月島を背負い、逃げる。
何度も何度も月島に向かって言葉を投げかけるが、やはり何の反応も示してくれない。
「俺は明神だ!大丈夫!俺が助けてやるって!!」
明神は何度も励ます。
突然バカでかい爆発音がしたので駆けつけてみたが、まさかこんな酷い事が起きていようとは想像すら出来なかった。
高校生ぐらいの女の子が襲われ、一瞬姫乃かと思い、男に向かって無我夢中で走って行ったが、近づいてみるとどうやら姫乃とは違う女の子。
姫乃を探す事を当面の目標として行動していた明神であるが、
ただの女の子が妙なコスプレ男に襲われているのを黙って見過ごすほど、彼は薄情ではない。
むしろ情に関しては厚い方である。月島を助けるのも、彼にとって当然の事と言えた。
月島を背負い、明神は近くの民家のドアを蹴破った。
そこに入り込み、月島をそっと寝かせる。
「ほら、水だ」
自身のデイパックから水が入ったペットボトルを取り出し、蓋を開ける。
月島に差し出してみたが、相変わらず反応してくれない。心ここにあらず、といった状態である。
明神は困ったように頭を掻いた。
隣の部屋にある窓から、ちらりと外を覗く。ベジータが怒り狂った表情で街を闊歩しているのを見た瞬間、明神はさっと頭を引っ込めた。
あの男からは、ハセよりも、いや、コモンよりも遥かに嫌な感じがする。
予感でしかないが、今まで闘ってきた誰よりも強い。
「か……てない……わ」
隣の部屋から月島の小さな声が聞こえてきた。明神は彼女の元へとすぐに戻る。
「勝てないって……あいつはそんなに強いのか?」
明神は質問する。
心の全てを折られた月島はぽろぽろ涙を零しながら喋る。
ただただベジータが恐ろしかった。
「あのベジータって奴……にんげんじゃないもの…………もういや……」
明神は床に情けなく蹲る月島を見て、複雑な表情をする。
この女の子はベジータという男にどれだけ痛めつけられたのだろう。
想像しただけで胸糞悪くなる。
明神の過去は壮絶なものである。霊が見えるという体質のため、
年がら年中得体のしれない気味の悪い怪物が大通りを闊歩するような日常を送って来たのだ。
他の人には見えない。自分にしか見えない怪物達。明神はそれに対して日々恐怖し、本当の意味で安堵出来る日などなかった。
一人を除いて誰も助けてはくれなかった。自分に普通の生活を提供してくれる者など全くいなかった。
先代明神に弟子入りするまで、彼はひたすら狂気の真っただ中を生き抜いてきたのである。
それ故に、明神は誰よりも何よりも『何事もない普通の日常』を愛している。
それを守るためなら何でもやってみせる。命をかけてでも守りたいものだ。
自分にはついに体験する事が出来なかった『普通の日常』。今まさに普通を生きようとしている女子高生の桶川姫乃、そして目の前の女の子。
彼女たちの日常を奪う者は絶対に許さない。
「君さ、名前はなんて言うんだ?」
「つき……つきしま、やよい……」
「オッケーやよい。お前の日常を奪った奴を、俺が懲らしめてくるよ」
明神はニコリと笑い、月島の傍に置いてあるペットボトルの水を一気飲みし、気合を入れる。
相手は霊ではない。案内屋である自分には、専門外である敵だ。
梵術も全く使用する事が出来ない。だが引く事は許されない。明神の魂が許してはくれない。
(なぁに……喧嘩ならガキの頃に沢山やったし、なんとかなるさ……)
「これ、借りていくよ」
月島の傍に置かれているヤリを明神は握りしめる。
利用できるものは何でも利用したい。
「かてるわけ、ないでしょ……」
月島は相変わらずの酷い顔でそう言った。明神はベジータの異常な強さを分かってはいない。
だがしかし、明神は軽く笑って月島に言葉を投げかける。
「ははっなんとかなるって。それより弥生、俺が戻ってくる前に顔を洗っときな」
月島に向かって背中越しに手を上げながら、明神は部屋の扉を開く。
ベジータの化け物っぷりには薄々気づいている。正面からぶつかっては恐らく太刀打ちできないだろう。
だからこそ、奇策を用いる。明神の性には合わないが、そんな事を言っている場合ではない。
(まったく……俺は運がいいな)
なんとなく、上手くいくような予感がするのは、やはり支給品があまりに当たりくじだからだろうか。
RPG。映画くらいでしか見た事がないような武器が、明神のデイパックに入っている。
普通の人間相手だと使い難そうだが、相手が化け物ならば話は別である。
これ以上ないくらい頼りになる武器だ。
再び窓から外の様子を窺う明神。ベジータは数ある民家を一つ一つ回り、明神達を探している。
ベジータに気づかれないように、静かに慎重に、明神はRPGを構えた。
RPGをぶち当てる。窓から狙ってぶち当てる。奇策と言うにはあまりに単純な戦法。
しかし成功すれば一撃で決める事が出来る。
「このベジータ様に傷をつけて、楽に死ねると思うなよ貴様ら!!
俺はサイヤ人のエリートだ!!この俺に気高き血を流させた事を地獄で後悔させてやる!!」
ナルシストめ……!だがまあ、こっちに来てくれて有難う。距離、角度……これならいける。
暗殺ってのはどうにも性に合わないが、お前は普通の女の子を泣かせた……
「罪は償って貰うぜ。消えろベジータ……」
明神はそう呟くのと同時に、ベジータに向けてロケット弾を発射した。一瞬、驚愕に染まるベジータの表情。
さすがのベジータも、神龍に科せられた制限、そして月島に負わされた毒の症状が消えていない今ならば、反応できないか──
ロケット弾がベジータの身体を正面から捉え、炸裂した。
轟音と共に大爆発が起こり、明神は反動で後方へ倒れる。けれども視線だけはベジータから離さない。
明神は目の前の異様の光景を目の当たりにして、本当の意味でベジータの異常な強さを理解した。
ベジータはロケット弾の直撃を受けても、倒れてすらいないのだ。あのロケット弾をもってしても、ベジータを転ばせる事さえできない。
肉体的な負傷を負っているかどうかは、爆煙に遮られてよく見えない。
ただ、街灯に照らされたベジータの立ち姿が、煙越しにぼんやりと光って見えるだけである。
「怪物め……!」
明神は再びRPGを構える。もう一度撃てば、今度こそベジータは倒れるはず。
いくらなんでもロケット弾を二発も喰らって生存していられる生物などいるわけがない。
明神が引き金を引こうとした瞬間、爆煙の中から光弾が明神に向けて飛んで来た。
咄嗟に横へ走り、明神は光弾を避ける。しかし、少しくらい避けたくらいでは何の意味もない。
窓から部屋内に飛び込んできた光弾は、部屋の壁に命中し、炸裂する。
今度の爆発は先ほど見た爆発よりも遥かに規模が小さい。壁を破壊し、明神を吹き飛ばしただけだ。
ベジータもダメージを喰らい、弱っているという事なのだろうか。
「きゃあああああああああああ!!」
光弾の轟音に交じって月島の悲鳴が明神の耳に届いた。
これで間違いなくベジータに明神達の居場所が知れてしまっただろう。
ベジータがどれだけダメージを負っているかは分からないが、とにかく正面から戦うべき相手ではない。
(暗殺……暗殺だ……!このままじゃまずい!)
明神はRPGをデイパックにしまい、月島を寝かせている部屋へと走る。
ベジータがいるであろう所とは逆の方向に取り付けられている窓を蹴破り、がたがた震えて蹲っている月島を背負って、
明神は民家から脱出する。新たな隠れ場所を探して、またRPGを放つ戦法、それこそがベストな戦法であるはずだ。
「もう、もう駄目だわ……逃げて、あんただけでも逃げてよ……!」
月島が涙ながらに叫んだ。
「馬鹿言うな。あんな化け物から逃げられるわけないだろ!!
戦わなくちゃいけないんだよ!!絶対に勝たないと……!!」
「死ぬ!! このままじゃ私もあんたも死んでしまうわ!!」
月島の脳裏には恐ろしい恐ろしいベジータの姿がこびりついている。
絶対にあんな化け物を倒せるはずがない。人間が相手出来る存在ではないのだ。
明神は、そんな月島の言葉に対して、間髪入れずに即座に返す。
「勝てる!!俺達の魂が真っ赤に燃えれば、俺とお前が必死になって戦えば、必ず勝てるんだ!!
届く!!俺達の思いは……奴の強さに必ず届く!!」
「この虫けらどもがあぁ!!!このベジータ様に対してよくも!!」
ベジータの怒号が聞こえてくる。明神はそれを聞いて顔をしかめた。
「クソッ!まだまだ元気じゃねぇか!!」
月島は悪態を吐く明神の背中を見つめる。この人はまだ諦めていない。
ベジータと戦ったというのに、片時も震えてはいない。勝つ事を諦めていない。
月島は密かに拳を握りしめた。
私も強くなりたい────誰よりも誰よりも強くなりたい。
ベジータよりももっともっと強く、この人のように強くなりたい。
明神の檄により、月島の精神はほんの少しだけ立ち直った。
明神が月島に勇気を、理不尽に立ち向かう強さを授けてくれたのだ。
勝つんだ、勝ってやる。月島は決意する。
「この俺をよくもコケにしてくれたな!!そんな家に潜んでいるくらいでは俺のギャリック砲からは絶対に逃げられんぞ!!
地球もろとも宇宙のチリとなれぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!」
(ギャリック砲……?いったい何をする気だ……)
明神は新たな隠れ場所を探し、走る。ギャリック砲というのはどんな技なのか気になったが、
その正体はすぐに分かる事になる。突然、明神と月島の後方の空が、白く輝いた。
この世の終わり……そんな馬鹿な単語まで連想してしまうかのような異常な光景だった。
空が白く輝いた直後、聞いた事がないような凄まじい轟音と共に、今まで隠れていた民家が完全に吹き飛んだ。
被害はそれに留まらない。明神達の元にも、当たり前のように爆風が届き、そして彼らを蹂躙する。
明神は咄嗟に、体を反転させ、自分の体を使って月島を爆風から守る。
「いやあああああああああああああああああああああ!!」
何が起こっているのか分からない。現実の事とも思えない。
明神はギャリック砲の余波を喰らい、月島もろとも吹き飛ばされた。
さっきの光弾の比ではない。凄まじい威力だ。明神の体は爆風の衝撃によって痛めつけられ、燃やされ、意識の限界まで甚振られた。
月島の悲鳴だけが妙に鮮明に聞こえた。
「くそ……どうなってやがる……。どうしてギャリック砲までこんな情けない威力になってやがるんだ」
ベジータが民家の瓦礫を掻き分け、二人の元へやって来る。
彼もまた、身体の負傷はともかく、外見は悲惨なものだった。
ぼんやりとした意識の中、明神はベジータを凝視する。これほどまでの化け物だとは思っていなかった。
全てが桁違い過ぎる。だけど、だけど……
薄れゆく意識の中、明神は手元に残った最後の武器を固く握りしめる。
これが最後の手段、最後の賭け……。勝機は────
(勝機は、ある……!)
少し離れた所に月島が倒れている。明神と同じく、立つ事も出来ない状態なのだろうか。
頼むから生きていてくれ、明神は懇願する。月島の倒れている位置が、明神よりもベジータから遠い位置なのは僥倖と言わざるを得ない。
明神の手元にはデイパックはなかった。さっきの爆風の時にどこかへ飛んで行ってしまったのだろう。
RPGもない今、勝機はないと思われるが、そんな事はない。
明神には最後の武器が残っていた。デイパックとは違い、ずっと握りしめていたもの。
月島から受け取ったもの。ヤリである。
運良く、ベジータからは見えない角度で、明神はヤリを握りしめている。
(ベジータは……俺達はもう死んでいると思い込んでいるはずだ……
そこを突く……その一点の隙を……俺と弥生のヤリが突く……)
ベジータはふらふらしながら明神へと歩み寄る。
ギャリック砲と名前を付けているぐらいだから、きっとさっきのはベジータの必殺技なのだろう。
(まさかたかが人間が、サイヤ人様必殺のギャリック砲を喰らって……生きているとは思わないだろ……?
頼むからこれで死んでくれよ……ベジータ)
近づく、近づく……ベジータが一歩ずつ明神へと歩み寄る。
来い……そのまま来い!明神は強く強くヤリを握りしめる。
勝つ、必ず勝つ。ベジータ、お前だけは許さない。
姫乃や弥生の日常を完膚なきまでに破壊した主催者、そしてベジータ、貴様らは絶対に……!!
明神は絶望した。視界の端に移るベジータが、明神に向かって手の平を掲げたのだ。
予想通り、ベジータの手の平に光が集まっていく。ベジータはただ単純なだけの戦闘狂ではない。
天才的な戦闘センス。実戦で磨かれた直感。その全てがベジータにこのまま近づく事を良しとせず、離れた位置から攻撃させる事を選ばせた。
ベジータと明神の間を隔てる距離は僅か数メートルほど。
しかし相手がベジータという怪物ならば、もっと近づいてくれなければ話にならない。
ヤリによる奇襲を仕掛けるには、もっと近づいてもらわなければどうする事も出来ない。
(ここまでかよ!ここまでかよ畜生!!)
明神は歯を食いしばって怒り、悔しがった。
諦めるな、まだ何か手はあるはずだ。
(諦めるな明神……!最後の最後まで、俺は必ず戦い抜く!)
ぼろぼろの肢体に力を込める。こうなったら一か八か勝負に出るしかない。
数メートルの距離を一気に詰め、ベジータの心臓にヤリを突き刺す。
成功する可能性など知った事か。明神は覚悟を決め、目を見開き、ベジータを睨みつけて……
ずたずたの両足で必死に地面を蹴り、ベジータに向かってヤリを────
「ふん。やはりか」
ベジータは明神の狙いを読み切っていた。向かってくる明神に向かって手の平を向けて────
ヤリと光弾。速いのは、そして重いのはやはりベジータが放つ光弾。
ただの人間如きがサイヤ人最強の男に喧嘩を売るのはやはり無謀であったらしい。
誰がどう贔屓目に見ても明神程度のスピードではベジータの反応速度を上回る事は出来ない。
明神自身もその事には気づいている。しかしやめるわけにはいかない。逃げるわけにはいかない。
少女の日常を守るため、明神はヤリを振るう。
(届け届け届けええぇぇ!!俺の、俺達の怒りのヤリ!!
姫乃、ガク、エージ、アズミ、ツキタケ!!俺の右手にパワーを送れ!!)
「くたばれベジータァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」
パリン────
ベジータの光弾が放たれるかと思った直前、ベジータの顔に妙な瓶がぶち当たる。
予めヒビを入れられていたのだろうか、瓶はベジータの顔に当たった瞬間粉々に割れた。
そして中の奇妙な液体が、ロケット弾で負傷したベジータの顔面にかかる。
月島弥生は、疲れ切った目で、自身が投げた瓶がベジータに当たるのを見届けた。
そして微かに笑う。月島のみが瓶の中身を知っている。月島のみが、瓶の中身をかぶったベジータが、この後どうなってしまうか知っているのだ。
故に月島は笑う。涙を流しながら、今度こそ、今度こそベジータは倒れるはずだと確信した。
突然の瓶の介入にも、明神は全く心を揺さぶられなかった。彼の全意識はベジータの心臓しか見ていない。
心臓にヤリを突きたてる事、この時、それ以外の事は明神の頭の中にはなかった。
何が起きても、ただヤリを突きたてるのみ。明神のヤリは、ベジータの心臓に向かって疾走していき────
(これは、いったいなんだ……?体が頭が腕が足が……割れそうなくらい……)
ベジータはかつてない苦しみに襲われていた。本来なら、どんな毒であろうと、強靭なベジータの肉体を蝕む事は出来ない。
主催者が仕掛けた制限が、彼の抵抗力を弱体化させたのである。
ベジータは朦朧とした意識の中、ヤリが目の前にまで迫って来ているのを確認した。
彼の全本能が危険を察知し、必死に回避運動へと移る。
サイヤ人のエリートに対してのこの仕打ち。ベジータは薄れた意識の中でただただ怒り、ヤリの軌道を見極める。
しかし体が思うように動いてくれない。あまりにも遅すぎる動き。本当に情けないくらいのスピードだ。
ヤリが迫る────
ガッ────
ヤリが突き刺さる。ベジータの心臓にではなく、彼の右腕に。
渾身の力を込めて明神が突き出したヤリも、ベジータに止めを刺す事は敵わなかった。
九死に一生を得たベジータは即座にヤリを殴り、叩き折る。
そしてふらふらしながらも、明神に向かって蹴りを放った。
サイヤ人の蹴りをまともに食らった明神は数メートル吹っ飛ぶ。
「く……そ……おんなめ……俺に…何をしやがったんだ………」
ゆっくり、本当にゆっくりと、ベジータは苦しむ明神の元へ歩み寄る。
「やぁ!」
月島が水の入ったペットボトルをベジータの頭に向けて振り下ろす。
彼女もまたふらふら。全開の時とは格段に鈍いスピードである。
ベジータは体を反転させ、ペットボトルを殴りぬける。ぱしゃぱしゃと水が辺りに飛び散る。
「あ………ああ……」
「おんなあぁ……!俺の体になんつうものを食らわしやがったんだ……いい加減にしてくたばっちまえ……!」
怯える月島の横っ腹に、ベジータは渾身の蹴りを入れる。猛毒によって極端に力の落ちた蹴りだったが、
それでも月島の体は明神と同じように、容易に吹っ飛んで行った。
「うう…………ちくしょお……」
腹を押さえて悔しがる月島。
「ずいぶん……としてやられたが……まだ貴様らを殺すくらいの体力は残っている、さ」
ベジータは再び明神の元へ歩み寄る。
明神は先端の辺りが叩き折られているヤリを握りしめ、倒れたままベジータを睨みつける。
ヤリを杖のように使い、立ち上がり、ベジータの正面に立つ。
「まだ戦えるか……ゴミの癖に本当にしつこい野郎だぜ」
「こっちの台詞だ……ベジータ……もう挑発には乗らねぇよ……」
ヤリを地面から離し、自分の足のみで立つ。ベジータの正面に仁王立ちし、思い切り睨みつける。
「お前は弥生の日常を汚した……汚された日常は俺が取り返す……!!
クールにサイキョー……史上最強の俺が、『普通の女の子』の日常を守るんだ……」
「……宇宙最強はこの俺だぁ……力を制限され、妙な薬品を使われたとはいえ……
たった二人の人間にここまでやられて、プライドズタズタだぜ……」
明神は、ただの棒と化したヤリの先端をベジータに向ける。
「……弥生は立ち直ってくれた……弥生は元気を取り戻してくれた。
お前と言う化け物に臆さず立ち向かうなんて誰でも出来ることじゃない。
ベジータ、お前は通過点だ────俺が案内屋として……この腐った殺し合いを破壊するための……ッ!!」
ベジータは猛毒によって、明神は疲労と負傷によって、お互い満身創痍。
ふらふらなまま2人は数秒間、睨みあい、そして────最後の戦いが始まる。
明神は雄叫びを上げながら、ヤリを突きだす。
ヤリは間合いに関しては圧倒的有利。ベジータの拳はどうやっても明神には届かない。
ベジータは必死にヤリを凝視し、回避態勢に入る。だがしかし、明神の渾身のヤリは、この期に及んで、とてつもなく速い。
案内屋としての責務。日常に対する愛。その思いが、土壇場で明神の体に魔法をかけた。
火事場の馬鹿力といった風な力で明神はヤリを振るう。
そして、ベジータの心臓にヤリが────入った。
入った────
来たぞ勝機が!!このまま棒になってしまったヤリを、奴の心臓に突き刺す!!
力で押し切る!!パワーで押し切る!!ありったけだ!ありったけの全開パワーで奴の心臓を殺る!!
────刺され刺され刺され刺され!!!
────刺さってたまるかッ刺さってたまるかッ!
ヤリを掴んでぶち折ってやれ!!奴は所詮非力な猿だ!!
いくら猛毒を喰らおうが、おもちゃの武器で爆撃されようが俺には通用するか!!
どれだけ弱体化されようとも、俺は誇り高きサイヤ人の王子、ベジータ様だァァーーーーーーーーーーーーーーッッ!!
月島はふらふらとしながら二人の戦いを凝視する。
もう少し、もう少しで明神さんは勝利する。まさかここまでこれるとは思っていなかった。
あの規格外のモンスター、ベジータをここまで追い詰める事が出来るなんて……
────頑張れ……
「頑張れぇ!!明神さん!!」
ヤリが────ベジータの胸に傷をつけ、そして心臓にまで届いて────
くそ……!あのおんなの薬品のせいで……思うように力が……!
くそお……畜生……!
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
ベジータは咄嗟に地面に向かって光弾を放った。大爆発を引き起こし、明神は勿論、ベジータまで彼方へ吹っ飛んだ。
ベジータは次から次へと光弾を放ち、自らの体を飛ばす。あまりの出来事に、月島はぽかんとしてベジータを見つめる。
数十秒後にはもう、ベジータの姿はどこかへ消えていた。
倒れ伏した明神はもうぴくりとも動かない。
月島はただ一人、夜の市街地に立ち尽くしていた。いったい何がどうなったんだろうか。
どうしてベジータは、何故……どうして?
時間が経つにつれ、嫌でも気づいて来る。ベジータは消えたのではなく、逃げた。
明神に恐れをなして、自身の命の危機を悟って逃亡したのだ。
間違いない。しばらく待ってみても、ベジータは一向に現れないのだ。
逃げたとしか考えられない。
つまり、明神は勝ったのだ。月島はその事を理解すると、気が抜けたようにぺたんと座り込んだ。
明神の体はあまりにぼろぼろ。おそらく敗れたベジータよりも遥かに重傷に違いない。
ベジータの最後の光弾は、明神の命の炎を完全に吹き消したのだろうか。
それとも……
月島はふらふらと歩き、明神の元に歩み寄る。
「明神さん……大丈夫なの?」
明神の体を揺すってみる。反応がない。いや、違う。
微かに動く。月島の声に反応して、ぴくりと動いた。
ほっと胸を撫で下ろす。
「やよい……」
明神は息も絶え絶え静かに言葉を紡ぐ。
「俺はいいから……悪者をやっつけて……みんなの日常を守る事が案内屋の仕事だからな……
俺の分も生きてくれ…………」
「明神さん!!」
明神はそう言うと、気絶した。
瀕死の重傷、その上気絶。明神の容体はあまりに悲惨だ。月島とは比べ物にならない。
殺し合いはまだ始まったばかり、どう贔屓目に見てもこれから明神が生き残れるとは思えない。
月島は未だに涙が溜まっている瞳で明神の見つめ、そっと手を握った。
「うう……私は……私は…………」
私はなんて馬鹿なんだろう。月島は思った。
女武士として優勝する、と意気込んだのに、蓋を開けてしまえば規格外の怪物に恐れを抱き、
挙句の果てに勇気ある人に助けられてしまう始末。優勝するなどと、あまりに馬鹿な考えだ。
私は本当に愚かだった。私の決意には、私の武士道には、何の覚悟もなかった。
口先だけの戯言に過ぎなかったんだ……
「ううう……」
私の涙が明神さんの体にぽたぽたと落ちる。
この人は私を助けてくれた。私の『日常』を守る、との武士道のもとで果敢にあの怪物に立ち向かってくれた。
この人は私の恩人だ。そして心の先生だ。この人の武士道、この人の覚悟……本当に本当に、カッコ良かった。
「死なせたくない……絶対に死なせたくない……」
私は明神さんの手を固く握りしめる。
このままではどう足掻いてもこの人は死んでしまう。ベジータ並みの化け物がまだいるかも知れない。
それに当のベジータもまだおそらく死んでいないのだ。今度復讐に来られて、私だけで果たして勝てるのだろうか……
今度怪物に襲われて、この人はそれでも生きていられるのか?この人はこのままの状態で生き残れるのか?
────無理だ。間違いなく無理だ。
このままでは……この人は遅かれ早かれいずれ死ぬ……。
そんなの…………絶対にいや!!!!
私を助けてくれたこの人が、私に絶対にあきらめない事について教えてくれたこの人が死ぬなんて──絶対いや!!!
死んでも嫌だ!この人は優しい。強い。そして勇敢だ。こんな所で死んでいい人なわけがない。
この人の日常が破壊されるなんて絶対に嫌だ。この人が死んでしまうなんて私には耐えられない。
この人は短い間しかまだ付き合っていないけど、私にとってとてつもなく大きな存在になってしまった。
普通の女の子の日常を守る────
なんという美しい生き様だろう。もう、もう私は明神さんに憧れてしまった。
だから嫌だ。死なせたくない。この人を『日常』に返したい。
絶対に絶対に絶対に絶対に……
死なせたくない死なせたくない死なせたくない死なせたくない死なせたくない死なせたくない
「守る……私が守る……明神さんを命を賭けてでも守って、暖かい日常に返す……」
そのためには力がいる。ベジータのような絶対的な力が必要だ。
任せてよ明神さん……『手』はある。私はあなたを守ってみせる。
死んでも守り通して────あなたを優勝させる。
全てが終わり、月島は自身のデイパックの中に手を突っ込む。
超神水。胡散臭いアイテムだが、もしこれを飲んで本当に強くなれたのなら、明神を守り切ることだってできるかも知れない。
月島に覚悟というものを教え、命を救ってくれた明神を守りたい。その思いしかなかった。
────私は今から超人になる!!!
月島はデイパックに手を突っ込み、超神水を取り出した。
気合を入れて一気に飲み干す。すぐに例えようのないくらいの苦痛が月島を襲った。
月島の悲鳴が夜の街に響き渡る。
▼ ▼ ▼
「ちくしお、お、おおお、お!!!俺は宇宙最強だ!!
史上最強の戦闘民族サイヤ人の王子ベジータだ!!!」
くそったれめが……たかが制限と毒程度で天下無敵のサイヤ人がなんてざまだ……!
息も絶え絶え、ベジータは必死に喘ぐ。いくらサイヤ人の強靭な肉体とはいえ、
瓶丸々一本の猛毒にはかなり苦戦しているようだ。ベジータは地面を這いながら民家の扉を開ける。
死ぬほど悔しいが、このままでは戦う事すら出来ない。天才的な戦闘センスを持つサイヤ人の王子は、この民家に隠れ、
しばらく休む事に決めた。
(あの女……そして白髪野郎……覚えていろ。俺は必ず復活し、貴様らを血祭りにあげてやる)
民家の扉を閉め、ベジータはなるべく見つかりにくい所に、倒れるかのように横になった。
もはや体力は限界。まさかただの地球人2人にここまでしてやられるとは……あり得ない事だ。
月島の支給品、毒薬のおかげとも言えるが、それ以上にやっかいだったのは、主催者による制限。
何をされたのか分からないが、ベジータの肉体は、ありえないくらいにまで弱体化させられていた。
全くもって腹立たしい。
(まあいいさ。ドラゴンボールを全て集めて、優勝。そして俺をこんなにまで弱体化しやがった主催者どもも皆殺し、
最後にドラゴンボールの力で不老不死になってやる。そうなれば宇宙は俺様のものだ。
不老不死になった暁には、祝いに地球を粉々にしてやる)
今は都合の悪い事を考えるな。ただ前だけを見つめ、ドラゴンボールを奪い、参加者どもを殺す事だけを考えろ。
主催者どもの科した制限に怒ったところで今は無駄。折角ドラゴンボールが手に入る機会が向こうから転がって来たんだ。
この殺し合いを利用して、俺の野望を実現してやるぜ……!
ベジータは、横になって何度か苦しげに喘いだ後、気絶するかのように眠りについた。
【E-8 民家/一日目 深夜】
【名前】ベジータ@ドラゴンボール
【状態】右腕に刺し傷、全身に中度の火傷、毒、疲労困憊、睡眠
【持ち物】ディパック(基本支給品一式、不明支給品3)
【思考】
1:ひとまず休んで、体力を回復させる
2:解毒したい
3:月島弥生と明神冬悟に復讐したい
4:ナッパと合流したい
5:ドラゴンボールを集めて優勝。永遠の命を手に入れる。
※自分の戦闘力が極端に制限されている事を自覚しました
▼ ▼ ▼
長く苦しい戦いが漸く終わりを告げたのだろうか。
気が狂いそうになるほどの苦しみがやっと掻き消え、私はぼんやりと、自分が賭けに勝利した事を理解した。
明神さんを死んでも守ると言っておいて、このまま死んでいてはお笑いものだった。
だけど私は勝った。神は私の新しい武士道を認めてくれたんだ。
女武士の存在を世間に認めさせる。私の以前の武士道は、今はもういい。
いずれ実現させたいけど、今はそんな事より遥かに大切な事がある。明神さんだ。
私は明神さんの所に駆け寄る。彼の顔をしばらく見つめる。
本当に、本当にありがとう明神さん。私を助けてくれて……私を救ってくれて……
あなたの武士道、私も真似させてもらってもいいですよね……。
「私はあなたの日常を守る。あなたを日常に帰す。優勝させてあげる……」
とりあえずこの場所から離れなくてはならない。いつまたベジータが襲撃してくるか分からない。
私は明神さんの体を背負う。軽々と持ち上げる事が出来た。
超神水の効果は本物だったのだ。さすがにベジータ並みとはいかないだろうが、
それに準ずるくらいの身体能力を私は手に入れたのかもしれない。いつかテストしてみたいな……。
これなら、頑張れば明神さんを優勝させる事だって……
いや、頑張れば、じゃないんだ。絶対に、死んでも明神さんを守り切る。
私の新しい武士道────今度ばかりは絶対に、誰にも誰にもベジータにも……折れはしない。
「任せて明神さん、私が守ってあげるわ…………」
────どんな手段を使っても、命を賭けて守ってあげル……
明神は──月島の姿だけを見て、普通の日常を生きるどこにでもいる女子高生だと思い込んだが、
その認識は間違っていた。彼女の世界は、帯刀、そして両者の同意があれば殺人も罪に問われないという、
明神の言う『日常』とは極端に違う世界だった。
極端に異なる世界ゆえに、月島弥生もまた、普通の女子高生とは極端に違う価値観の持ち主である。
明神が彼女を助けたという行いは彼女に、生き残るという決意ではなく、死んでも明神を守り切る、という極端な決意へと月島を案内したようだ。
【E-7 市街地/一日目 深夜】
【名前】月島弥生@斬
【状態】超神水によって身体能力アップ、明神への過剰なまでの好意
【持ち物】ディパック×2、RPG(残り3発)@現実、ヤリ@現実(先端が折れてただの棒になってます)
不明支給品×2(明神の支給品)
【思考】
1:ベジータから逃げるため、移動する
2:命を賭けてでも明神を守り抜き、最終的には優勝させる。手段は選ばない。
明神の恩に報いるために、彼を日常に帰してあげたい
※参戦時期は斬と戦う前です。
【名前】明神冬悟@みえるひと
【状態】瀕死の重傷(応急手当て済み)、気絶、疲労困憊
【持ち物】なし
【思考】
1:気絶中
2:姫乃、ガクと合流したい
3:殺し合いを破壊する
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