恋して、ダマして、女子高生
――あなたは「女子高生」という単語を聞いて、どのような想像を巡らせますか。
女子高生、女子高生である。
ここで大切なポイントは決してそれが「女子校生」ではないという事だ。
詳しい意味はここでは記述しないが、その裏側にある大人の事情という奴を読み取って貰いたい。
突如脈絡もなくこの殺し合いに参加させられる事になった高橋絵里子はいたって普通の女子高生だ。
絵里子が通う学校の名前は私立山咲女子学園(通称・咲女)
世間的には「中途半端なお嬢様」という極めて微妙な評価をされているこの中高一貫の女の園に高等部から身を投じた訳だ。
――さて、ではあなたは「女子高」という単語を聞いて、どのような想像を巡らせますか。
それは、男子校や共学といった有り触れた事物とは明らかに別の領域に存在するものだ。
聞く人が聞けば、その瞬間に頬を綻ばせてしまうような禁断の楽園。
そう、きっとこの瞬間、大半の人々の頭の中を過ぎったヴィジョンは↓のような具合かもしれない。
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「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
さわやかな朝の挨拶が、澄み切った青空にこだまする。
マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐりぬけていく。
汚れを知らない身を包むのは、深い色の制服。
スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻さないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。
もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。
私立リリアン女学園。
明治三十四年創立のこの学園は、もとは家族の令嬢のためにつくられたという、伝統あるカトリック系お嬢様学校である。
東京都下。武蔵野の面影を未だに残している緑の多いこの地区で、神に見守られ、幼稚舎から大学までの一貫教育が受けられる乙女の園。
時代は移り変わり、元号が明治から三回も改まった平成の今日でさえ、十八年通い続ければ温室育ちの純粋培養お嬢様が箱入りで出荷される、という仕組みが未だに残っている貴重な学園である。
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もしくは、
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静謐な自然の中に、わき上がる透明な清水の如き、乙女が集う、アストラエアの丘。
乙女たちは、清らかなる祈りの声を、深緑に響かせて、牝鹿のごとき肢体を、しなやかに躍動させる。
連綿と受け継がれてきた伝統と、新しき時代を渇望する、熱き乙女の胸のたぎりは、遙かなる蒼穹に昇華し、気高く美しき、新たなる星を産み落とす。
鮮烈な光を放ち、永遠に輝く、二つの星。選ばれし、その名は、エトワール。
アストラエアの丘には、聖ミアトル女学園、聖スピカ女学院、聖ル・リム女学校の三つの学校があった。
三校とも中高一貫教育の、お嬢さま学校――男子禁制の聖域、乙女の園である。
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とか、
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極上生徒会――それは、宮神学園極大権限保有最上級生徒会の俗称である。
宮神学園では、生徒の自主性による生徒のための学園運営を基本としており、学園は極上生徒会のメンバーによって管理、運営されている。
教職者よりも権限を持ち得た彼女たちは、今日も学園のために戦い続ける。
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だったり、
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攻めるも乙女、受けるも乙女。
『今日もわたくしのために輝いていますか』
天地学園は輝ける乙女を育てる学び舎。
皆がすべからく高い目標を持ち、頂点を目指し邁進すること。
それこそが輝き。輝きを失わない天地の乙女達に金、権力、名声――わたくしは全てを惜しみなく与えます。
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的な、
百合百合でパヤパヤで「きれい・規則正しい・キチンとしてる」の3Kを兼ね揃えた麗しき華麗なる乙女達を思い浮かべてしまうかもしれない。
『女子高に夢見すぎてんじゃね? 女なんて男いなけりゃさー。
カッコつける相手がいなけりゃオチるとこまでオチるんだよ女は。
そもそも男よか女の方がぐーたらな生き物なんだよ。
家でゴロゴロしてるババァとか見りゃわかんだろ?』
――二年松組 鈴木由真・談
が、ぶっちゃけ現実ではそんな事は有り得る訳もなく。
真実は時に残酷なまでにその本性を露にし、心を抉り取る。
乙女とは人知れず努力を重ね、自己の研鑽に励む生き物だ。
外面だけを無作為に移しただけでは、その核心に到達する事など出来る訳もない。
そして、この物語の舞台は某各種私立女学園でも咲女でもなく、名も無き絶海の孤島。
描かれる激闘も、日常を謳歌するバカ軍団のきわめてどうでもいい日々などではない。
バトルロワイアル!
「セレ部」だとか「女を磨く」だとか「脱毛処理」だとか「生理」などと言った単語はこの際スッパリと忘れた方がいいだろう。
いや、もしかしたらちょっとは関係あるかもしれないがソレは大筋には絡まない筈だ。
……多分。
▽
「うふふふふふふふふふふふふふふっふふ」
目の前で、フリルだらけの乙女的ワンピースに身を包んだ老婆が不気味な笑みを浮かべている。
「う゛……」
絵里子は頭がクラッとしてその場で倒れてしまいそうになる衝動を必死にせき止める。
初めて出会った人間がまさかこんなのだとは誰も思うまい。
しかも一度こんな近くで遭遇してしまったからには、見て見ない振りなんて出来る訳がない。
それこそ台所洗剤を買いに行くくらいの重大な用事がなければスルーすることは不可能だろう。
考えよう。そうだ、考えるのよ絵里子!
一度冷静になって頭を冷やせばいいんだ。
ほら、前も似たような事があったじゃない。
熱が出て風邪を引いてしまえば、ぶっちゃけ天才の私だってまるで頭が回らなくなる。
突然の事態に思考がグチャグチャになってしまうのは仕方のない事。
そう、ここで重要なのはあくまでクールに徹する事なのよ!
「……あ、あはははは」
だけど唇から漏れるのは乾いた笑い声だけ。
まるで妙なギミックが仕込まれた趣味の悪い土産人形みたいだ。
油の切れた歯車が気味の悪い音を立てているような感覚である。
私――高橋絵里子は突然、
(以下説明略)
みたいな具合に、訳の分からない島に拉致誘拐され、殺し合いを強要されることになった。
冷静に考えてみれば、おそらくこの出来事の裏側には世界を牛耳るような大組織が付いている筈だ。
それもきっと、休日の早朝にやっているような変身ヒーローチックな悪の軍団に違いない!
いったいどんな人間がこの島(そもそも地図を確認しただけなので、本当に島なのかは分からないケド)に集められているかは不明。
だけど、ホールで頭を吹っ飛ばされた人の動きは漫画や映画のヒーローみたいに現実ではありえない動きをしていた。
もしかして、これは初めからドッキリか何かなんじゃないだろうか……という気もしないではない。
でも、確かに絵里子の手にはどう見ても本物にしか見えない拳銃があって。
そして、確かに絵里子の目の前にはどう見てもモンスターにしか見えない謎のババァがいて。
「ううっ……」
靴越しに踏み締める砂浜の感覚は確か。
うっすらとした暗闇も、海岸線の先から今にも漏れ出しそうな紅の光も常識の範囲内でキチンと落ち着いている。
夢オチでも木陰から「ドッキリ!」と書かれたプレートを持ったテレビ局の人が現れる訳でもなくて。
自然も環境も、全て絵里子の常識の範囲内で最大限の残酷さを発揮しているのだ。
理解出来るから怖い。想像が追いついてしまうから恐ろしい。
それこそ、不可解なのは獣っぽい目の前のババァぐらい……。
「ああっ、あの人の手から離れ一人海岸で佇む私はきっと一匹の華麗なる女豹なのねっ。
犯罪組織に浚われた孤高の女スナイパー、それが私の正体だったんだわ……!」
両腕できつく自身の身体を抱き締め、クネクネと腰を振っている目の前のババァをどう評価すればいいだろう。
台詞だけで物事を見極めようとするならば彼女は夜を往くエージェント的存在なのかもしれない。
…………全然、そうは見えないけどっ。
何故ワンピース?
何故乙女チック?
っていうか、アフロ?
肌は小麦色でどう見ても南方の人だし、なのに言葉は分かるし。
ああもう、このボケボケボケボケボケ的なノリは何なのだ。
つっ、ツッコミてー!!
「……あら。どうしたのかしら、仔猫ちゃん? そんな怯えたカオをして」
「ひっ!」
老婆は、絵里子に背中を向けていたはずだった。
が、その彼女の頭が突如グルリと梟のように人としてあるまじき角度まで回転して見えたのはきっと気のせいだ。
目とか光ってた気もするけど、絶対に気のせいだ、気のせいだ、忘れよう……。
「……あ、あのっ」
「ああ、ゴメンなさいね。ちょっとだけ……自分の世界に夢中になっていたみたい。
ふふっ、私ってダメな女だわ。きっとあの人がいなくて不安なの。だから楽しい空想へと逃避してしまう……」
口元にフッと笑みを浮かべ、少しだけ悲しい眼をしながら老婆は絵里子の方へと近づいて来た。
とはいえ、ツッコミ所は満載とかいうレベルではない。
もしもこの歯の浮くような台詞を吐き出したのが香田だったら、確実に「スパーン」と乾いた音が海岸に木霊していただろう。
そりゃあ、初対面の相手にいきなりそんな事をするのが失礼にも程がある事は分かっている。
加えて、今は朗らかな態度を示しているが、彼女が何気に危険人物である可能性だって捨て切れない。
奇怪な言動でこちらを惑わし、その隙を突いて攻撃してくるつもりかもしれない。
「大丈夫よ、怖がらないで」
「え……」
身構えていた絵里子の心の内を見透かすような言葉。
……言語コミュニケーションは可能?
「私はダマ。あなたのお名前は?」
「あの……その、」
ダマと名乗った老婆をすぐさま信用することなど出来る訳もなく絵里子は一歩、後ずさった。
スカートに差し込んだ拳銃はズッシリと重い。
こんなに小さな玩具ほどの大きさの物体にどうしてこれほどの重量があるのだろうか。
不思議に思う。そしてそれ以上に不気味に思う。
バカな日常とあまりにも乖離する凶器を今絵里子は持っているのだ。
もし、彼女がこちらに敵意を持っていたとして自分に銃が撃てるのか?
……自分自身に問い掛けてみるまでもない。戦うことなんて出来る訳がない。
銃を撃つのがどれだけ重い意味を持っているのかだって分かってる。
いや、というか運動音痴な自分がそんなモノを持った所で、戦力になる訳がない……という部分も大いにあるが。
自慢ではないが体育祭で小田桐と二人三脚をやって、一歩目ですっ転ぶような絵里子に拳銃は正直「出来すぎた武器」でしかない。
さぁどうする。いや、でも、ひとまずここは友好的に……。
「え、絵里子……高橋、絵里子……です」
おずおずと、
怖い気持ちもあったけれど、名乗ってみた。
反射的に応えてしまった部分も大きいが、彼女が絵里子の手助けをしてくれる可能性も十分にあった。
相手がいかに異様な外見をしていようとも、人を見た目だけで判断するのはよくない。
「エリコ……いい名前ね」
スッと、ダマと名乗った老婆が右手を差し出す。
絵里子の視線は彼女の右手で一度止まり、そして驚きに満ちた色合いで彼女の顔へと向けられる。
「これって……っ」
「握手よ。うふふ、あなたに危害を加えようなんて思ってないわ。だから、ね。信じて」
ダマは笑っていた。
気が付けばこちらの心まで暖かくなりそうな、そんな優しい温もりに溢れた笑顔だった。
「この人を信じていいんじゃないか」と思わせるには十分過ぎる輝きだ。
少しぐらい妄想癖が強くて、どう見ても危ない人で、加えて強烈な威圧感を覚えるとはいえ……。
『この婆さんを信じてみるべきだろうか?』という命題。与えられた選択肢は、
@信じる
A信じない
B逃げる
の三つぐらいだろうか。
とはいえ、絵里子の運動能力や現状を鑑みるに選べる答えは、
ニア@信じる
A信じない
B逃げる
ぐらいしかな――――
「そこのモンスター、オレのスウィートから離れろぉおおッ!!」
……かった筈なんだけど。
「なんですって――ぶっはぁっああああぁぁぁあああ!」
突如『木槌』を持った男が絵里子とダマの間に割り込んで来た。
目にも止まらぬ速度で振り抜かれるハンマーの一撃。
そして、モンスター(怪物)という言葉に相応しい大地を揺るがすような雄たけびを上げながらダマが吹っ飛ばされる。
男が現れたのは陸側。木槌がヒットしたのはダマの側頭部。
つまり――
「うぼぉあああっあああぁぁっ!!」
飛ばされた婆さんは水切りのように海側へと飛ばされた事になる。
やぁ、いったい何回跳ねたのだろう。
海面と激突する度にこの世の者とは思えない咆哮が響き渡る。っていうか、あれだけ跳ねて何故平気なのだろう。
血すら流さず、顔は笑っているような……。
「愛の障害、排除完了」
男は木槌を肩にもたれ掛け、呟いた。
絵里子は突然の展開に我が目を疑った。
錐揉み回転しながらぶっ飛ばされたダマの安否も心配だが、それ以上に警戒するべきはこの男。
明らかに男の振るった木槌は彼女の頭を直撃したのだ。
そこには当然、容赦や慈悲などという感情は存在せず、というか彼女を人間扱いすらしていなかった嫌いさえある。
つまり、
「え、え、えぇっ!? あ、あなた……もしかしてっ!」
絵里子の脳裏を横切ったのは当然の如く、現れた青年が殺人者である可能性に対する危惧だ。
なにしろ、有無を言わさず他の人間を鈍器で攻撃したのだ。明らかな危険人物。
男はゆったりとした丈の長い厚手のコートを身に纏っている。
背は高く、百八十センチ以上あるかもしれない。
が、目付きは非常に据わっていて、眼光も非常に鋭い。眼の周りには黒々とした微妙なクマが刻まれている。
濡羽根色の髪の毛で片方の眼が完全に隠れており、放たれる雰囲気は非常に陰気だ。
そして何より右手に構えた木槌の存在が、彼の印象を決定付ける。
間違いなく……い、異常者だ!
「う……」
右手が、思わず腰に差したベレッタM92Fへと向かう。
指先がグリップのヒヤリとした感触が寒気となって皮膚の神経から全身に伝達していく。
ドクンドクンと心臓が悲鳴を上げている。
……どうしよう、どうしよう!
「わ、わわわわ私に触れてみなさいっ! この銃がひひひ火を吹くわよっ!?」
人間、やれば意外と何でも出来るものなのかもしれない。
何とか絵里子は全身の勇気を総動員して拳銃を引き抜き、男にベレッタM92Fの銃口を向ける事に成功したのだ。
が、グリップを握り締める両の掌は無茶苦茶な形だし、安全装置は外してないし、眼は瞑っているし、へっぴり腰だしとどう見ても銃の撃てる体勢ではない辺りが残念ではあるが。
ところが、
「危ない所だった。凄まじいモンスターだ、あいつは。さぁMYスウィート。奴が目覚めないうちに」
現れた男は銃を突き付けている絵里子を華麗にスルーして"一仕事終えた"ような顔付きで事も無げに言い切る。
奇しくもダマが先ほどやったように、右手を彼女へと差し出しながら。
…………何故か絵里子にまるで意味の分からない呼称を付けた上で、だ。
絵里子が事態の急変化に付いて行けず、呆然としていると、
「は……ちょ、スウィートって私!? って……ちょ……!?」
「…………しかも触れる。これって運命か? 運命だろ? そうだな運命だな、うん」
男は何故か突然、ペタペタと絵里子の肩や腕を無遠慮に触り始める。
まるでそこに存在するモノの在り方を確かめるように。
事物と触れ合う事で、自身の境界線を認識し、肉体があるという事の素晴らしさを噛み締めるように。
既に一度命を失い、陽魄として霊魂だけの存在と成り果てた筈の自身が受肉している不思議に迫るために。
男の名前は犬塚我区。
この特殊な空間に居るからこそ肉体を得る事が出来た――幽霊だった。
「っ…………! へ、ヘンタイ……!」
「オレはガク。オレの事は愛を込めてガクリンと呼んでくれていいから。君は絵里子だっけ……オレも愛を込めてえりりんと呼ばせて貰うし」
「ちょ、ちょっと! 人の話聞いてよ!」
「くっ、ひめのんに愛を誓った筈なのに……見える事だけではなく、触れられる事がこれほどまでとは……おぉ」
一方で、そんなガクの感慨など理解出来る訳もない絵里子はもう訳が分からなかった。
この青年がダマを木槌でぶん殴ったのは勘違いだったからなのだろうか。
というか、この男は本当に大丈夫なのか。
いや、確かに彼女から悪しき気配を感じた、というのは分からなくもない。
どちらかと言うと、こいつと一緒にいると違った意味でこちらの身が危なくなるのではないだろうか。
……まるで会話が成立していないという問題はあるにせよ。
「ええ加減にせんかーい!!」
「おぉ、ツッコまれた……! 俺がボケてえりりんがツッコミ。愛の共同作業……いい」
「ち、違うってーの! 何よ、愛って!?」
ダマ婆さんが勝手に暴走・妄想していた時も何とか自重した絵里子のツッコミがついにここで火を噴いた。
「スパーン」という小気味のよい音と共に、斜め四十五度の角度でガクの頭を叩いてしまったのだ。
しかし、対するガクの表情は何故か微妙に満足げである。
ボケているのではない、これは……素!?
「じゃあ行こうか、えりりん。あのモンスターが帰ってくる前にここを離れないと。
さっきは不意打ちで何とかなったが、真正面からぶつかり合ったらオレでも無傷で勝てる自信はない……」
「わ、ちょ、や……!」
絵里子の言葉を聞こうともしないガクはひょいっと彼女の身体を片手で担ぎ上げると山側に向けて歩き出す。
というか、あれだけやってあの婆さんは死んでないのか。
ああまぁ、絵里子の中にも多分生きてるだろうなぁ、という確信めいた予感もあるのだが。
「誰か、た、助けてーーー!!」
この島に来てから、妄想癖のある人間とばかり出会っている絵里子の受難は続く。
…………なんで「殺し合い? 何ソレ美味しいの?」的な人間にしか会えないのだろう……。
【A−5 海岸/一日目 黎明】
【名前】高橋絵里子@女子高生 GIRLS-HIGH
【状態】健康、少し精神が不安定
【装備】防弾ジャンパー@今日からヒットマン、黄布@みえるひと
【持ち物】ベレッタM92F@現実(装弾数15/15)、ディパック(基本支給品一式)
【思考】
1:目の前の変な男をどうにかして欲しい
2:学校の仲間を探す。自分を守ってくれる頼れる大人を見つける。
3:深いことは考えない。怖いから考えない。
※原作九巻、修学旅行編終了後から参戦。
【名前】ガク@みえるひと
【状態】健康
【装備】なし
【持ち物】ディパック(基本支給品一式、不明ランダム支給品0〜3)
【思考】
1:絵里子へと愛を注ぐ
2:姫乃にも愛を注ぐ
3:明神はどうでもいい
4:モンスター(ダマ)に警戒
※原作人間願望編終了以降から参戦。
▽
「ふしゅるるるるるるるるるるる……」
絵里子とガクが立ち去り(絵里子がガクに強制連行され)、数分後の海岸に一匹の女豹がゆっくりと姿を現した。
海水に濡れた肢体はしなやかな曲線を如実に映し出し、フリフリのワンピースも所々を魚に齧られ歯形が付いている。
ビショビショでもその圧倒的ボリュームを誇示し続ける彼女のトレードマークとも言うべきアフロヘアーには海草や色々なモノが纏わり付き、黒々とした賑わいを見せている。
「絵里子さんがいない……アイツに連れて行かれたのね……!」
鼻息を荒くしたダマが前傾姿勢のまま、野獣のように辺りを見回す。
既に海岸には人の姿は一切見えず、シンとした閑静な空気だけが漂っていた。
ダマは考える。自分が何をするべきか。何をしなければいけないのか、と。
まず彼女の頭に浮かぶのは愛する夫の元に帰りたい、という強い願望だった。
それならばドラゴンボールを集めればいい。
しかし、最後の一人まで生き残るのは美貌のエージェントであるダマであっても至難の業だろう。
優勝するために罪のない人間や少女を手に掛けるのは彼女の美学に反する。
「悪い子には……"お仕置き"をしなくちゃねぇ……」
そう呟いたダマはデイパックの中から『金色の雲』を取り出した。
説明書にはこれが『筋斗雲』という名称の道具であると書かれていた。
なんでも清い心を持つ者しか乗る事の出来ないらしい。
"悪い子"が乗ると、すり抜けてしまい、"良い子"だけが使用する事の出来る魔法のアイテムだ。
「昔の私だったら絶対に使う事なんて出来なかったでしょうね……でも、」
フッと表情を和らげたダマが音もなく空を見上げた。
満天の星と輝く月。雲一つない星空が一人の孤独な女を眺めている。
追い込まれた女の心は澄み切った清水のように柔らかな輝きで溢れていた。
海水に濡れた眼鏡の先の瞳は、まさにジャングルで英雄視される女傑に相応しい威厳に満ちた双眸だ。
「今の私なら…………やれるわッッ! 」
両の足でしっかりと、黄金の雲をダマは踏み締める。
筋斗雲はどうやら彼女の心に応えて貰えたようだ。
この疑心と血と硝煙の臭いに満ちた世界でたった一人孤独な戦いを続ける女の手助けとなってくれるという事だ。
「行くわよ……筋ぃぃぃっぃぃい斗うぅぅぅぅぅうううううんっっっ!!!」
宵闇の黎明。世界を貫くような叫び声と共に、筋斗雲は空を駆け抜ける。
彼女の心に刻まれた思いは『愛と平和』だ。
愛のために生きる女は、数奇なる運命を呪う訳でもなく、罪深い乙女として戦い続ける。
【B-6 空/一日目 黎明】
【名前】ダマ@ハレグゥ
【状態】飛行中
【装備】筋斗雲@ドラゴンボール、ぶりぶりレースの乙女チックワンピース(旦那の趣味)
【持ち物】ディパック(基本支給品一式、不明ランダム支給品1〜2)
【思考】
1:悪い子にはお仕置きをする。ガクを探す。
2:悲劇の乙女の境遇に酔う。
※少なくとも「ジャングルはいつもハレのちグゥ」九巻、結婚後から参戦。
※ダマのアフロヘアーには色々なモノが引っ掛かっています。それが何かは後続にお任せ。
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