無題
「きっと……幸せすぎたのね……」
辺りには人っ子一人見当たらない海岸で涙をはらはらと流しながら彼女はつぶやいた。
甘めのフリルがついた少女趣味なワンピースに身を包み、その小麦色の肌は月明かりを反射する。
「今日は早く帰ってあの人の好きなビーフシチューを作ろうと思ってたのに……。
あの人のほほえみに包まれることはもうないのかしら。きっと、きっと私が悪いんだわ。
あんなに幸せなのに、それに慣れてしまったから……退屈を感じてしまったから……っ。」
拭いもしない彼女の涙はまるで真珠のように零れ落ちる。
「全ては私が悪いの。幸せが当たり前だと思ってしまった私の過ち。
優しいあなたに退屈してきていた私へ下された罰がきっとこの状況なのね。
ああっ、なんて罪なア・タ・シ」
まるで悲劇のヒロインのように彼女が陶酔しているそのすぐ近く。
茂みの中に彼女を品定めする人物の姿があった。
■■■
話は少しさかのぼる。
「いったい……なんだっていうのよ……」
高橋絵里子は岩場の上に直接へたり込み、嗚咽交じりの声でつぶやいた。
殺しあい?ドラゴンボール?わけがわからないことだらけだ。
体の震えが止まらない。どうにか動かなければいけないという焦燥感だけはあるものの何をしていいのかわからない。
「あの人……やっぱり死んじゃったんだよね……」
普通の女子高生である絵里子にとって、死は遠いものだった。
葬式に出たことすら数えるほど。目の前で人の死を見たことなどあるはずもない。
そんな彼女にとって――あの首輪の爆発による血の赤は、転がった首は、むせ返る血臭は、全てが刺激的すぎる。
思わずこみ上げた吐き気をこらえようと口に手を当てたとき、体がすぐ横にあるデイパックに当たった。
「……そうだ、支給品」
ふと、気づいた。
言っていたじゃないか、殺し合いのために、道具を支給する、と。
力のないものでも誰でも支給品しだいで最後の一人になれる、と。
とびつくようにデイパックを開け、中身を探る。何か救いになるものが入っているかもしれない。
中から出てきたのは、水と食料、地図にコンパス、懐中電灯、時計、紙とペン、
そして男物の白いジャンパーと変な模様の黄色い布。
紙は文章がすでに書かれたものと白紙が両方あるようだ。
他には、と思い奥に手を伸ばすと、冷たい――鉄の感触。
「これ、拳銃?」
出てきたのは絵里子が始めて見る、でも明確に武器だとわかるものだった。
しかも、よくみると文章が書いてある紙の中に懇切丁寧な撃ち方の説明書が混じっていた。
ご親切にも武器の使い方を教えてくれた上で、本当にただの一般人に殺し合いをさせる気らしい。
ひんやりと冷たく、意外と重いその拳銃をゆっくりと持ち上げてみる。
(これで……本当に人を殺せるのかな。
他の人たちもきっとこんな武器を持ってるんだ。そして私はすぐ殺される?
それくらいなら、いっそこの場でこの銃を使って自殺でもしてしまったほうが苦しまずに済むんじゃ?)
いやな考えが沸いてきて、頭から離れない。
そんな考えを振り払うように絵里子は残りの紙に手を伸ばした。
それは――ただ、現実逃避に他のことで考えを紛らわそうとしただけではあったけれど。
まず、ルールと書かれた紙を読んでみる。
このゲームがバトルロワイアルであること、支給品について、禁止エリア、放送、
最初に椅子に座っていた男が説明した通りのことが書いてある。
読んでもさらに怖い考えが沸いてくるだけなので一通り目を通してすぐにデイパックにしまった。
次に銃のほかの2つの支給品の説明書。何でも白いジャンパーは防弾チョッキと同じ能力があるらしい。
黄色い布は案内屋という能力者が術をつかうときに使うものだとか。案内屋が何かわからないけど。
少し気が軽くなった。このジャンパーを着てれば銃で撃たれても大丈夫。
大きいから太ももまで隠れて防御力は充分。
袖が長すぎるから今のところ役に立たないこの黄色い布でしばってたくし上げておく。
そして――最後に参加者名簿と書かれた紙を見た。
「小川ちゃん! 由真! アイドル小田桐! ま、まさかここに一緒にいるの!?」
不思議なことに、知り合いもこの場にいるということがわかったとたんに元気が沸いてくる。
一人じゃない。それがこんなに嬉しいものだったなんて。
大切な友人達は言うまでもなく、いつもはキモいと思っているナルシスト担任教師の存在さえ嬉しくてたまらない。
この知人がいるということは、その知人もこの殺し合いのゲームに巻き込まれているということなのだが、
絵里子はそこまで考えが回らない。いや、考えないようにしているのかもしれない。
考えてしまったら――最後の1人になるためにお互いに殺しあわなくてはいけない現実に行き当たってしまうから。
「よし! みんなを探しに行こう! あと頼れそうな大人も見つけて助けてもらおう。
怖い人がいたら逃げちゃえば大丈夫なはず!」
学校一の運動音痴の彼女が果たして危険人物と出会った場合逃げることができるのか。
そんなに簡単に助けてもらえる仲間ができるのか。突っ込みどころは多々あれど、元気にはなったようだ。
少々妙な元気さではあるが――。
――そして彼女はデイパックを持って歩き出し、体力のない彼女が疲れだした頃、もう一人の『彼女』を見つけたのである。
■■■
あ…ありのまま、今起こった事を話す!
フラフラになりながら歩き回って、やっと他の人を見つけたと思ったら、
そいつは婆さんの癖に乙女チックな服を着てなんだかキモいことをつぶやいてる痛い人だった!
な、何を言ってるのかわからないと思うけど、私も見てるものが信じられない!
頭がもうどうにかなりそう!
頼りになるとかならないとかそういう問題じゃない!
もっと恐ろしいものを味わってしまった!
い、いつもだったら無視して近づかないようにすること間違いなしの凄い変人だけど、
あれだけ歩き回ってやっと見つけたんだし、きっと近くには他に人がいない。
どうする絵里子!いったいどうするよ絵里子!
【A−6 海岸/一日目深夜】
【名前】高橋絵里子@女子高生
【状態】健康、少し精神が不安定
【装備】防弾ジャンパー@今日からヒットマン、黄布@みえるひと
【持ち物】ベレッタM92F@現実(装弾数15/15)、ディパック(基本支給品一式)
【思考】
1:目の前の変な婆さんにどう対応するのか考える。
2:学校の仲間を探す。自分を守ってくれる頼れる大人を見つける。
3:深いことは考えない。怖いから考えない。
【名前】ダマ@ハレグゥ
【状態】健康
【装備】ぶりぶりレースの乙女チックワンピース(旦那の趣味)
【持ち物】ディパック(基本支給品一式、不明ランダム支給品1〜3)
【思考】
1:悲劇の乙女の境遇に酔う。
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