最初の犠牲者






街の中、初老の紳士、支倉ハイネは背後からの殺意に踵を返す。
そこに立っていたのは剣を構えた青年剣士、シード・カシマだった。
「話そうという雰囲気ではないようですね…どうやら」
ハイネの言葉を肯定するかのようにシードは改めて臨戦体勢を取る。

「こんな身体の俺でも待っててくれる人が助けなきゃいけない人がいるんです…だから死んでください!」
叫びと同時に走るシード、その太刀筋は間違いなく殺意が込められている。
罪悪感?躊躇?
そんな物はあの夜からもう自分には必要なくなった。
今はこの忌わしき肉体でひたすら地の底を目指して立ち塞がる者は全て斬り、そして女を犯す日々だ。
何度絶望したか分からない、何度死のうとしたかも分からない。
だがそれでも…。
(葉月)
その度にシードは恋人の笑顔を思い出し、いつかまた彼女の元に戻れる時を願い、
そうすることで潰えてしまいそうな僅かな希望を奮い立たせ、ここまで生き抜いてきたのだ。
だから…こんなところで死ねない、死ぬわけにはいかない。
ましてここには葉月がいるのだ、あの時確かに確認した。

だが…彼女の後姿を目の当たりにして、彼は固まってしまった。
会ってどうする?
そりゃあ会いたい、会って抱きしめたい…でも
こんな忌わしい肉体で、血に染まった心で彼女に会ってどうするというのだ。
結局…彼は何もできなかった。

しかし彼は一つの決心を固めていた。
それはただ葉月のために、その身体を血に染めること。
あの地獄への道のりと同じように、立ち塞がる…いや目の前の相手は全て斬り、
そして最後は自分も命を絶つ、こうすれば葉月は助かる。
だから一刻も早く、1人でも多くを殺さなければならない…しかし。
幾多もの相手を斬ってきた自分の剣技が、まるで目の前の紳士には通用しない。
そればかりか…
「大切な者がいるのは君だけではない」

静かな、しかし怒りを秘めた一喝と共に繰り出された拳がシードのこめかみを掠める。
衝撃で脳が痺れる、天使喰いとして人を超える強靭な肉体を持ってしてこれか?
目の前の男の実力を読み違えたことに歯噛みするシード。
だが…もう退くわけにはいかない、なぜならば…目の前の相手もまた自分を殺そうとしているのが明白だったからだ。

支倉ハイネにもまた生きて還らねばならぬ事情がある。
PM崩壊後、彼は自らの主である桃山リンダと共に野に下っていた。
いつの日かPMを再興させるため…いやそれ以前に頭は切れるが世の中を知らない未熟な主を命の続く限り支えるため。
いや、自分だけではないのだろう?ここに集うもの全てがそれぞれの世界に愛すべき誰かを残してきているのだ。

だからこの目の前の、自分が一番不幸だと思い込んでいるような…勿論ハイネにはシードの苦しみを理解することなど叶わないが
シードの一撃をたくみに交わし、間合いを取りながら冷笑するハイネ、
この青年、腕もいいし場数も踏んでいるようだが、力の配分が苦手な様子…ガス欠を待って一気に蹴りをつけてやろう。
シードにもハイネの狙いは分かっていた、しかし、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。
手を止めた時が自分の死ぬ時だ。
(何か…きっかけさえあれば…)

その時だった。
背後に気配、無論その程度で動じるハイネではない。
その気配の主が、いきなり攻撃をしかけて来ても、その余裕はまるで変わらない。
(熱線…この攻撃規模だと、青年の仲間ではあるまい…おそらく2人まとめて屠るつもりか、だが)
ハイネは背後から放たれた熱線をギリギリまで引き付けて交わす、しかもその動きはシードから見てブラインドになっていた。
(彼の反応速度からいってこれは避けられまい、終わりです)
果たして…シードの身体は炎に包まれる、常人では生きていられないほどの高温…だが、その時ハイネは信じられない物を見た。
灼熱の炎に通まれながらも、シードは動きを止めずにこちらに突進してきたのだ。
(バカな!)
ハイネは自分が読み違えたことを悟った、しかしもう間に合わない、万事において抜かりのないこの執事が勝利を確信した時、
思わぬ落とし穴が待っていた。 
そして回避の最中のスキだらけのハイネの首筋に刃が押し当てられ、一閃。
半ば切断された自分の首から噴き出る血の海の中でハイネの脳裏に、
(私も執事である前に…親…だったのですね)
袂を分かった娘たちの顔が…浮かんで消えた。

一方、ふらつきながらも生き残れたことに安堵するシード。
「防御力が落ちてる…やっぱり」
ラベルケースを犯したことにより手に入れた炎に対する絶対的な防御力が弱体化している。
身体には火傷1つ出来てはいないが、体力はかなり持って行かれている。
今の魔法を撃った相手がどこに潜んでいるかは、ある程度見当はついていたが…今は自重すべきか。
「葉月…」
それだけをあえぐように呟き、シードは街を出て行ったのだった。


そして最後に残ったのが
「何よあいつ…ファイヤーレーザーの一撃に耐えるなんて」
威力が自分の思ったよりも落ちていたこともあるが、
それでもちょび髭の執事を斬殺した青年のタフネスに魔想志津香は舌打ちする。
おそらく炎に対する耐性があるのだろう。
多少効いてはいるようだが…撃つか。
彼女の使いうる最強の攻撃呪文である白色破壊光線、あれなら倒せる、だがあの呪文は激しく燃費が悪い。
ただでさえ消耗が激しく、しかも威力も保障されない状況で使うのはためらわれた。
志津香は考える。
あのホールの中から彼女の考えは一貫している。
自分とその仲間以外は全員倒す、これが脱出への一番の近道、彼女はそう考えていた。
ランスはともかくマリアやシィルは怒るだろうが、あんなお人よし連中と

「私は違うのよ」
博愛主義では生き残ることは難しい、だがそれでも彼女らに人殺しは無理だろうし、させたくもなかった。
だから自分が戦わなければならない、彼女らは彼女らで脱出のプランを練ればいい。
自分はその援護射撃をする、それでいい。
少なくとも彼女らと合流できるまでは、こうやって出来る限りを倒していく、それだけだ。

「さてと、行こうかしら」
志津香はシードが去ったのを見て自分も先へ進む。
その歩みは非力な魔法使いとは思えぬほど速かった。


【一日目朝、リーザス城近郊】
【シード・カシマ:   状態:ダメージ(HP残り60%)アイテム:人切りの剣、不明】
【魔想志津香:    状態:良好、MPやや消耗 アイテム:身軽の羽】

【支倉ハイネ:死亡】
(残り47人)




前話   目次   次話