閃真流の名に懸けて
――お前達には殺し合いをしてもらう。
魔人ケイブリスはそう言った。
「そんなこと、できるわけがない!」
だが、そうして勝者となる以外に日本へ帰る方法はないだろう。
彼の身に宿る破滅の刻印。そのために、各国から彼の命を狙って暗殺者が送り込まれている。
彼――魔神勇二が行方不明になったからといって、それで終わらせる連中ではあるまい。
秋月や美咲、若人など、勇二の友人達に接触し、手段など選ばず行方を知ろうとするに違いない。
事実、秋月と美咲は危うく犠牲になりかけたことがあるのだ。
このまま帰らなければどうなるか……その先を想像しかけ、勇二は頭を振ってその考えを打ち消した。
「くそっ! 俺は、俺は一体どうすればいいんだあっ!?」
天に向かい、絶叫する。
その時、聞きなれた声が勇二の耳朶を打った。
「そんなことで悩んでいるのか……愚か者が!」
ハッとして、思わず周囲を――経験上、高いところを――見回す。
そして見つけた。
森の中でも一際高い、少し離れた大木の天辺に腕組みして立つ虎頭の男を!
「タイガージョー! よかった、最初にあんたに出会えるなんて……」
「うむ、無事で何よりだ。だが勇二よ、そのようなことで何を悩んでいる!」
登場早々叱責してくるタイガージョー。
自分なりに必死になっていた勇二は、少しムッとしつつ反論した。
「何をって……俺の命が狙われていることは知っているだろう!
俺が戻らなければ、代わりに秋月達が何をされるか分からない! だから悩んでいるんだ!!」
だが、タイガージョーはその言葉にフッと失笑を返しただけだった。
そして、諭すように語りかける。
「勇二よ、友を思うその気持ちがあるならば、悩むことなど何もないはずだ。日本に帰る。そのためにすべきことも自ずと見えてこよう」
「だが、帰るためには……! ……そうか……わかったよ、タイガージョー!」
「うむ!」
「友のために、あえて情を捨てて殺戮者になれというのだな!?」
「こ の 大 馬 鹿 者 が あ あ ぁ ぁ ぁ っ ! !」
――バキイィィィッ!!!
一瞬で目の前に現れたタイガージョーの鉄拳が、勇二の頬に炸裂した。
「ぐはあぁぁっ!? タ、タイガージョー、いきなり何を!」
「いきなり何をではない痴れ者が! 悪の走狗と成り果てるが閃真流を修めた武術家の道か!? 断じて否!!
人を活かすことこそが閃真流人応派の極意なり!」
「だ、だがタイガージョー……それではどうやって帰れと言うんだ?」
「分からぬか……ではよく聞け勇二よ。こちらが相手の言うことを聞くのではない。相手にこちらの言うことを聞かせるのだ!
このような悪魔的所業に加担してはならぬ。殴ってでも止めてみせよ!」
「!!」
ガーン、と頭を殴られたような衝撃が勇二を襲った。
早く日本に帰ることだけを考えるあまり、敵に提示された条件のみが唯一の方法だと錯覚していた。
自分の視野の狭さに無性に恥ずかしさがこみ上げてくる。
「くっ……そ、その通りだ、タイガージョー……俺は、なんて浅はかなんだ……!」
「分かればよい。それも若さゆえ」
一つ頷き、タイガージョーはさらに続ける。
「その為には、この首輪を外さねばならん。まずは参加者を保護しつつ、首輪の解除法を探すのだ。分かるな、勇二よ」
「ああ。だがそう簡単にそんな方法が見つかるだろうか?」
「見つかるか、ではない。見つけ出すのだ。全てのものはいつか朽ち果てるが自然の摂理。この首輪とて例外ではない」
タイガージョーの言葉に、勇二は大きく頷いた。
考えてみれば、日本でも、こういう機械にめっぽう強い少女がいたではないか。
参加者の中にも、そういう人物がいるかもしれない。希望は十分にある。
ならば、やはりまずは参加者の保護が最優先だ。殺し合いに乗った参加者の毒牙にかからぬ内に、一人でも多く。
「ああ、そうだな。では行こうタイガージョー! 俺とあんたが揃えば、どんな相手にも負けないはずだ!」
「こ の 大 た わ け が ! !」
――ベキイィィィッ!!!
先ほどと反対側の頬を殴られて、勇二は盛大に吹っ飛んだ。
「ごふうぅぅっ!? こ、今度は何だ、タイガージョー……?」
「お前はこのフィールドに一体何人の参加者が散っていると思っているのだ、愚か者!
共に行動すれば、それだけカバーできる範囲が狭まるということに気付かんのか!?」
「!!」
ガガーン、と再度頭を殴られたような衝撃が勇二を襲った。
自分達二人が揃えば、確かに大抵の敵には負けないだろう。
だが捜索範囲は確実に減少する。実質、手分けした場合の半分と言える。
それだけ、保護できる参加者は減り、殺し合いに乗った者の手にかかる参加者が増えるのだ。
「くっ……そ、その通りだ、タイガージョー……俺は、なんてどこまでも浅はかなんだ……!」
「分かればよい。それもまた若さゆえ」
一つ頷き、タイガージョーはさらに続ける。
「とにかく、ここからは別行動だ。ついては勇二よ、お前に渡しておくものがいる。来るが良い!」
『ある』ではなく『いる』と発言し、タイガージョーは自分のいた大木の方を振り返った。
と、大木の陰から何かがふよふよ〜っと飛んで、タイガージョーの頭上に滞空した。
「タイガージョー、これは!?」
「私の支給品だ。その名も専属看護婦さん!」
「専属看護婦さん!?」
よく見ると、確かに看護婦さんに見えなくもない。
小さな円盤に乗っており、なぜだかやたらとにこにこした表情をしている。
何をやっているのか、円盤から妙な光がタイガージョーに放射されていた。
「看護婦さんよ、アイテム譲渡だ。以後は勇二についていくが良い」
タイガージョーがそう言うと、得心したのか勇二の頭上へと移動する。
さっそく同じ光が勇二に向けて放射された。
と、徐々にではあるが、殴られた頬の痛みが引いていくのが分かった。
「治療してくれているのか?」
「うむ、私よりお前が持っていたほうがよかろう。もし怪我をした参加者を保護したら譲渡してやるが良い」
「ああ、恩に着る。タイガージョー」
礼を言う勇二に一つ満足そうに頷くと、タイガージョーは腕を組み、大声で命じた。
「では行け、勇二よ! そして閃真流の名に恥じぬよう戦い抜くのだ!」
「ああ分かった! あんたも死ぬなよ、タイガージョー!」
叫びと同時に拳を突き出す。タイガージョーもそれに応じた。
拳と拳がガシッと打ち合わされる。そして、それを合図に、勇二は背を向け走り去っていった。
(……そうだ、最後まで諦めず戦い抜くのだぞ、勇二……)
勇二の姿が完全に視界から消え、その場にはタイガージョーだけが残った。
と、突如――
「ぬ……ぐうぅ……」
ガクリとタイガージョーの膝が落ちた。
呼吸も僅かに荒くなり、先ほどまでは微塵も感じさせなかった気の乱れが露わとなる。
明らかに、相当のダメージをその身に負っていた。
「……行ったか」
そして森の中から一人の男が姿を現した。
「うむ……待っていただいた事、感謝する」
「なに、あ奴を気にして貴様が本気を出し損ねるようでは興醒めじゃからの」
その初老の男――山本一発は、白いひげを撫でながら勇二の消えた方向を見据えた。
「やせ我慢しおって。やはり弟子の前で無様な姿は見せられんか」
「……」
そう言う一発の身体にも戦いの痕跡は残っていた。
上半身の衣服は衝撃で吹き散らされたように破れており、胸には青あざが出来ている。
「しかも支給品まで渡すとは……形見のつもりか、貴様」
「……勘違いしてもらっては困る」
その言葉に、タイガージョーは立ち上がった。
ヒュウウゥゥゥゥゥゥ……コオオオォォォォォォォォ……
息吹一つで呼吸を整え、痛みを気力で押さえ込む。
そして振り返った時には、ベストコンディションと変わらぬ、無敵とも思える武術家の闘気がその身体から立ち上っていた。
「あれに必要なものと思えばこそ預けたに過ぎん。無論、私は勝つつもりでいるのだ。閃真流の恐ろしさ、私はまだその片鱗しか見せてはいない」
一発はその言葉に笑みを見せた。獰猛な、肉食獣の笑みを。
「それでこそよ。死ぬつもりの相手と戦ってもつまらんからの!」
両者が構えると同時に空気が変わった。びりびりと刺すような大気が、辺りの木々をざわめかせる。
辺りの小動物達は、異変を察してすでに逃げ去っていた。
「先ほどの話は本気だ。貴方の力も貸していただくぞ」
「ならば儂を倒して言うことを聞かせてみせい!」
――激突。大気が震えた。
【一日目昼前、カラーの森(ヘルマン領寄り)】
【魔神勇二: 状態:良好 アイテム:不明、専属看護婦さん スタンス:参加者の保護、首輪解除法を探す】
【タイガージョー: 状態:ダメージ・中 アイテム:なし】
【山本一発: 状態:ダメージ・中 アイテム:不明】
【備考:専属看護婦さんについて】
専属看護婦さんは喋れません。
所有者についていく、所有者の治療をする以外の自立行動も行いません。
詳しい回復効果のほどは続く書き手さんに任せますが、あまり強力な回復力は持たせない方向でお願いします。
勝手な目安としてですが、このくらいが丁度良いかと思います。
・骨折等の大怪我:止血して安静にしていれば半日ほど(動いているなら治らない)
・致命傷:治せない
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