人外の邂逅
自由都市群、カスタムの町。
街中の一角にある広場で、その大柄な赤い髪の女はリュックを漁っていた。
「地図に食い物、これは……名簿かい」
手に取って開いてみる。
その中で自分が知っている名は二つ。
一つは自分、そしてもう一つは……
「修羅」
900年以上もの間、その女――フェンリルの母であるディアドラを追って戦い続ける呪われの騎士。
自分を真っ向から打ち破った男。
自分が純潔を捧げた男。
自分を霧散させた男。
「ありゃあ、いい男だったねえ」
邂逅の時を思い出し、にやりと笑う。
最初の会場でもちらりと見かけた。
気軽に声を掛け合うような関係ではないし、あの場で戦う訳にもいかなかったから放置していたが、修羅の方も自分には気付いていたはずだ。
「しっかし……ほんと、なんであたしが生きてんのかねえ」
最後の記憶は、修羅に抱かれて逝った時のものだ。
そこからいきなり、あの会場に飛んでいる。
ディアドラが生き返らせてくれたわけではないだろう。第一、ここではそのディアドラの存在を全く感じ取ることが出来ない。
不可解ではあるが、だが――
「それでも感謝するべき、なんだろうね」
自分は戦いに生きる者だ。戦いが好きとかいうレベルではなく、神聖視すらしている。
修羅に敗れた時、確かに自分は満足していた。戦って散るなら本望だと。
だが、こうして再び生を得た今、どうしようもなく身体が求めてしまう。戦いを。自分はまた戦いを求めている。
おあつらえ向きというべきか、ここは戦いが推奨された場だ。
しかも、最初の会場で見た限り、腕の立ちそうな猛者がごろごろいる。
半ば強制されている戦いであることが気にかかるが、ここなら自分を満たしてくれる戦いに巡り合えるだろう。
そう、どこにいても自分のやることは変わらない。強者に真っ向からぶつかり、勝ち、殺すだけだ。
そして、その為に必要な得物も、しっかりとリュックに収まっていた。
「よっ!」
掛け声と共に引きずり出す。
ズン……と音を立てて、その得物は大地に突き立った。
明らかにリュックに収まりそうにない大剣。というより、剣の形に整えた鉄の塊。
その威容にフェンリルは思わず口笛を吹いた。
「ちょいと重いが、まあ振るえないほどじゃないか。……えーと、なんだい? 『かち割り』? ひねりの無い名前だねえ」
付属の覚え書きに記述されていた武器の名前に苦笑し、『かち割り』を振って肩に担ぐ。
ずしりと、頼もしい重みが肩にかかってきた。
「さて、そんじゃとりあえず歩き回ってみるとしようかい」
武器の重みに満足した笑みを浮かべ、フェンリルは気の向くままに歩き出した。
「……全弾、装填完了しました」
同じくカスタムの一角にある民家の軒先、その小柄な緑の髪の少女もまた、支給品の点検を行っていた。
彼女のそれは機械式の弓。ただし、一度に七本もの矢を同時発射できるとんでもない代物である。
セブンスター。それがその武器の名前であった。
「とはいえ、使いづらい武器ですね。どちらかというとハズレです」
矢は三十本入っていたが、それでもフル活用したら四回しか撃てない。また、装填にも時間がかかる。
『数撃ちゃ当たる』を地で行く武器であるゆえか、一つ一つの照準が滅茶苦茶であるため、節約して撃ってもまず当たらない。
「奇襲、一撃離脱しかありませんね。首尾よくそれで倒せれば矢も回収できます」
それでも、その武器での最も効率的な戦い方を、彼女――マドカの人口頭脳は瞬時にはじき出す。
これからの自分の行動も、迷いなくすでに決定していた。
(沙由香さん、恭平さんの保護を最優先。障害は全て排除します)
沙由香は変身前の姿だ。この状況でDDD(ドキドキダイナモ)のエネルギーを充填できる可能性は低い。
つまりは、恭平と同様、一般人でしかないのだ。
しかも、唯一戦力として当てに出来そうだったななかは、すでに帰らぬ人となっている。
他に知り合いのいないこの状況では、実質戦力はマドカ唯一人であった。
(できれば信用できる協力者を見つけたいところですが……他の参加者の情報が少なすぎます)
強いて言うなら、会場で共に沙由香を止めたあの男だろうか。
だが、あれだけでは信用に足りないし、どこにいるかも不明だ。結局、当てにはできない。
(とにかく、行動しましょう)
リュックを背負い、セブンスターを両手に抱えて、マドカは移動を開始した。
大柄な女は角を曲がる。
小柄な女も角を曲がる。
そして両者は――
「おや? さっそく最初の相手が見つかったかい」
「……うかつでした」
――数十メートルの距離を置いて、対峙した。
【一日目朝、自由都市群、カスタムの町】
【フェンリル: 状態:良好 アイテム:かち割り】
【マドカ: 状態:良好 アイテム:セブンスター】
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