素敵な追いかけっこ






「解剖しちゃるやき!」
「キャアァァァァ!!」
リーザス領最北に位置するアランの街に少女の悲鳴が響きわたる。

血塗れの包帯の男が狂気の笑みを浮かべ、狂刃を片手に少女を追う。
迫り来る死と狂気から逃れんと少女は駆る。

その少女の名は高円寺沙由香。
またの名を、侵略軍団ダイラストの怪人軍団と戦う正義のヒロイン『超昂天使エスカレイヤー』。
エスカレイヤーに変身することが出来れば、迫り来る男も勝てない相手ではない。
だが、殺し合いという異常な状況に、変身に必要な性的興奮など覚えるはずも無く。
ドキドキダイナモのエネルギーは、今現在殆ど空であった。
つまり、今の彼女は何の力も無い、唯の少女に過ぎないのだ。

迫り来る男、その名は長谷川均。
またの名を素敵医師。
薬の打ちすぎて壊れてしまった、元・天才医師である。
彼にとって殺し合いという状況は何のことは無い。
いつもの日常と変わらない、やりたいことをやるだけだ。
そして、目の前に少女がいたから襲い掛かった、それだけの話だった。
生死をかけた追いかけっこは続く。
だが、極限状況の中、全力で走り続け、ただの少女である沙由香の体力は限界が近づいていた。
唐突に走るその足が縺れる。
バランスを崩し、支えきれなくなったその体は地面に投げ出された。
立ち上がろうとするが、疲労と恐怖に足が震え、すぐに立ち上がることが出来ない。
その様子を見つめ、素敵医師が狂気を浮かべ沙由香にゆっくりと近づく。
「いや! 助けてっ…マドカ…恭ちゃん…!」
迫り来る死を前に、後ずさりながら少女は愛しい名を呟く。
だが、そんなことは関係なく素敵医師は少女を追い詰め、剣を持ったその手を振り上げる。
「さあ! 内臓見せちゃり!!」
振り上げられた狂刃が下ろされ、少女に迫る。
だが、その狂刃は少女に届くことは無かった。
その刃が少女に達しようとした瞬間、素敵医師の体は大きく宙を舞った。

「へっ、お前みたいな野郎はどこに行ってもいるもんだな」

いつの間に現れたのか、その場に一人の男が悠然と立ちふさがる。
その男。身に纏う学ランは純白、鋭く光る眼光は狼の様。
そしてその髪型は茄子を連想させた。

「なんがや、お前は! い、い、いきなり蹴るなんて卑怯やき!!」
蹴り飛ばされた顔面を押さえ、立ち上がった素敵医師が叫ぶ。
「俺の名は斬間狼牙…聖城学園の番長だ。覚えときやがれ!」
それだけで常人ならば怯むほどの威圧感を放ち、その男、斬間狼牙は素敵医師を睨みつける。
「あんた大丈夫か? …って、委員長?」
振り向き、沙由香の顔を見た狼牙が間の抜けた声を上げる。
「えっ? あの…」
「…ああ、いや、人違いだ気にするな」
そういって狼牙は沙由香から視線を外し、目の前の素敵医師に視線を戻した。

「じゃ、邪魔せんとき、その子を解剖するんやき!」
素敵医師はその手に持った剣を振り回し狼牙に向かい咆える。
「けっ、前言撤回だ。お前みたいないかれた野郎は初めてだぜ」
吐き捨てるようにそういうと、狼牙は素敵医師に向かって駆け出した。

【一日目朝、リーザス領最北アランの街】
【斬魔狼牙: 状態:良好 アイテム:不明】
【素敵医師: 状態:少しのダメージ アイテム:リーザス聖剣】
【高円寺沙由香: 状態:疲労 アイテム:不明】



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