Wandering Spider






「あああっ!」
夜明けの森林に悲鳴が轟く。
見ると長い髪の少女が、禿頭の巨漢に組み敷かれている。
(シード…)
瑞原葉月は苦しい息の中で闘神大会以来行方知れずの恋人の名前を呟く。
もはや抵抗を試みることすら出来ない、その四肢は関節もろとも粉砕されている。
彼女も相当な剣の達人だが、若き頃より無敵の格闘家として知られるカカロにはまだ及ばない。
しかも彼女は丸腰だった。
「ふふふ…よき父、そしてよき王を演じておるとストレスがたまってのう、まずはチューといこうかの」
カカロは舌なめずりをするとその唾液まみれの唇を葉月の端正な唇へと重ねる、が
ちくりとした痛みと同時に緩みきった顔が一変する、唇を噛み千切られたのだ。
「こざかしい!」
カカロの拳が葉月の顔面に炸裂する、ぐちゃとくぐもった水音が響く
「顔面がつぶれてしもうたか、かわいそうにのう…まぁ穴があればわしとしては事足りる、それに用が済めば
どの道殺すつもりだったからのう」
外道以外の何者でもない言葉を呟き、早速ズボンを下ろすカカロ
そしてその欲望を何度も何度も葉月の中に放つ。

(ころして…やる)
カカロに犯されながら葉月は心の中で何度も何度も憎い男を殺す。
(ころしてやるころしてやるころしてやる…でもなんでこんなめにあわないといけないの?)
(だれでもいいよ…助けて…そしてもいちどシードに会いたいよ)

「さて、と」
葉月とは対照的に満足げなカカロ、その足元に転がる葉月の蹂躙されつくした身体は、
もはや風前の灯だった。
「一思いに楽にして…」
そこでカカロの顔が歴戦の格闘家のそれに変化する、背後にただならぬ気配、
「無粋な奴…じゃのう」
ついでに叩き潰してやりたいが、あまりにも娘の具合がよかったので精を放ちすぎてしまった、ここは退くか。
軽く舌打ちすると、カカロは森の奥深くへと消えていった。
そして後に残されたのは瀕死の葉月。
「ボク…死ぬんだ…」
歩み寄る影を目にしてももはや無感動な葉月
(お坊さんかぁ、ちょうどいいや…さすが職業柄鼻が利くなぁ)
だが、その男は葉月が思ってるのとは違う目的で彼女に近づいたようだ。
「声が聞こえての…主の嘆きの声が…娘よ、主には2つの道がある」
僧形の男は編み笠の中から淡々と話す。
「1つはこのままここで人として死ぬということ、そしてもう1つは」
「人を捨て、魔性となって望みを叶える道よ」
淡々と響く声。
「たとえ人じゃなくなっても、シードにまた会えるのなら…かまわない…よ」

葉月は深く考えてはいなかったし、もはや考えることも出来なかった。
ただ…やっぱり死にたくはなかったし、それに・・・。
「そうか、ならば主の願い聞き届けようぞ」
僧は笠を外し、満足げな表情で葉月を見下ろす、銀色の髪が風になびく。
と、その身体が人のものから、異形の…銀色の蜘蛛へと変化していき、やはりカカロと同じように葉月の身体へとのしかかる、
それを抵抗もせず、いやできずにに葉月はただ受け入れるのだった。

どれくらい時間が経過しただろう?
風に頬を撫でられ、目を覚ます葉月…おそるおそる自分の顔を撫でる、潰されたはずの顔面はすっかり元通りになっている。
砕かれた四肢も異常はない…しかし目を開けたその時彼女は本能で悟った、
自分が何になってしまったのかということを。
「や…やだよ、こんなの…やっぱり…」
起き上がり、自分で自分の身体を抱きしめ震える葉月、その目の前にはあの僧が置いていったのだろうか?
黒塗りの剣が地面に突き立てられている。
これで戦えという意味だろうか、いや、違う…この剣の意味は、つまり絶望したならこれで命を絶てということだ。
剣を発作的に握る葉月、刃を握ったために掌が傷つく、しかしそこから流れる血はもう人の証である暖かな赤ではなく、
汚らわしい緑色の血。
「ボク…バケモノに…蜘蛛になっちゃった」
悲しげに呟き、その刃を喉に当てる葉月…だが、そこからどうしても手が動かない。
彼女の胸の中に去来するのは、道場での日々…そしてあの決勝戦の夜の温もり、それを思い出してしまえば
もう命を絶つことなど出来ようがない。
「シード、もうボク人間じゃなくなったけど…それでもキミにあいたいよ…だから…痛っ…」

カカロに傷つけられた個所がまた疼き出す、回復したように見えるがそれは見た目だけ、
植付けられた蜘蛛の力で保たせてるだけだ、早くこの力を我が物にしないといずれ…
ふらりと立ち上がる葉月、彼女は悟っていた、痛みを止める方法をそして命を繋ぐ方法を…
それは…人を襲い、その血肉を喰らうこと。
もちろんそれは人としては最悪のタブーである、だが愛する者のため魔に堕ちる決意をした彼女に
憂いはあれど、迷いはなかった。

そしてその様子を樹上から伺い、満足げに笑う僧侶、銀の姿があった。
もっとも笑顔に隠れてはいるが、その消耗は隠しようがない・・・この地でこれ以上眷族を増やすのはさしもの彼でも
無理といったところか、それでも骨を折った甲斐はあったというもの。
「初音よ…主はひとまず後回しじゃ、主より楽しき玩具を見つけたからの…くくく」


【1日目朝、ポルトガル近郊】
【瑞原葉月(蜘蛛): 状態:消耗・重傷(HP残30%、見た目上は無傷) アイテム:ブラックソード】
【銀: 状態:疲労 アイテム:なし】

【カカロ: 状態:良好 アイテム:不明x2】



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