そして想いは黒く染まる
――マスターは人間が好きだと言いました。
人間を守って戦ってきました。何年も、何年も、ずっと。
だから私も人間を守ってきました。何年も、何年も、ずっと。
……いつかきっと戻られるマスターを待ちながら、一人で、ずっと――
鬱蒼と茂る森の中で、アリアは一人佇んでいた。
(マスター)
心の中で主を呼ぶ。
彼女達の再会は予想もしない形だった。
何の前触れもなく広いホールに集められた人々の中に、マスター――アズライトと、
そしてもう一人の少女がいたのだ。
レティシア。
アズライトに大事な人だと紹介され、あの状況でも幸せそうにはにかんでいた。
彼女の姿を思い出すと、アリアの胸にちくりと棘が刺さったような痛みが走った。
レティシアはマスターの大事な人なのだ。
守らなければならない人なのだ。
そのはずなのだ。
そのはずなのに……
(なぜ、私はレティシアがいなくなってしまえばいいと思っているのですか)
たった一人で孤独に待ち続けた主の隣には、彼女がいた。
その事実が、アリアの胸に黒い感情を生ませていた。
(なぜレティシアなのですか。なぜ私ではないのですか。レティシアがいなくなれば……
私が立てるのですか? マスターの隣に)
目を閉じると、初めて出会った時と変わらぬアズライトの姿が浮かぶ。
レティシアが死んだら、アズライトは悲しむだろう。
それはアリアの望むところではない。
しかし、先ほどの感情も偽らざる本音であった。
(レティシアと会ったら、私はどうするのでしょうか)
守るのだろうか。
殺すのだろうか。
「なあ、あんた」
……考えても、答えは出なかった。
いざ出会った時に答えを出すことにする。
それより、当面の問題として、他の人間達をどうするべきかを考える。
アズライトもアリアも人間を守って戦ってきた。普通ならばそれに準ずるところだが……
(ここでの人間は、恐らく積極的にマスターを殺そうとしてきます)
普通の人間にアズライトが敗れることなどありえないが、あの部屋には強い力を持つ者が大勢いるようだった。
それに、やむを得ず反撃することはあっても、アズライトの方から仕掛けることはないと思えた。
恐らく、親しくなった者がいれば守り、かつ襲ってきた相手を殺さずにどうにかしようとするはず。
強い力を持つ者達にその甘さを突かれれば……
(万が一、ということもあるかもしれません)
その場面を想像しかけ、ぐっと手に嵌めた支給品の手甲を握りこんで堪える。
(それなら……)
マスターの言いつけを破るなど、凶としてあってはならないことだ。
だが、アリアにとって……いや、知性ある凶にとって、マスターの命に代えられるものなど何もない。
だから、アリアは決意した。
今後アズライトと合流した時に、すでにアズライトと親しくなっていた者達は除くとしても。
(他の人間は残らず殺します)
まずは――
「なあって、聞こえていないのか」
「聞こえています」
「聞こえているなら返事してくれ。火倉いずみと七荻鏡花って女の子を捜してるんだが、心当たりはないか?
……それと、その、目のやり場に困る……なんか下履いてくれ」
――この目の前の男からだ。
【一日目昼前、引き裂きの森】
【凶アリア: 状態:良好 アイテム:雷穿甲】
【羽村亮: 状態:良好 アイテム:不明】
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