素敵で深刻な勘違い
「う、動かんとうせ! お、お、お前から解剖しちゃるき!」
「冗談じゃねえな……おぉらっ!」
振り下ろされる剣を掻い潜り、再び狼牙の拳が素敵医師の顔面にめり込んだ。
「へきゃーーーーッ!?」
打撃音と共に数メートル吹っ飛ばされて地面を転がり、民家の壁に激突して止まる。
手から離れたリーザス聖剣が、壁と地面に跳ね返って甲高い音を立てた。
「へッ、どうした包帯野郎。もう終わりか?」
「へけ……ま、まだまだじゃき。センセをあまり見くびらんとき」
言葉とは裏腹に、ひざをガクガク言わせながら壁伝いに這い上がるようにして立ち上がる。
いきなり足にキているようだ。
(ままままずいが……コイツめちゃめちゃ強いがよ)
受けた拳がとんでもなく重い。
伊達に番長と名乗っているわけではないということか。
「へ、へけけ……こ、こんなときこそオクスリやき。センセのオクスリ、オクスリ……」
がさごそと自分の身体をまさぐるが、手になじんだ注射器は一本も出てこない。
「な、ないがよ?」
多少呆然としたような感じでぽつんと呟く。
そして思い出した。個人所有物は魔人達によって没収されているということを。
薬漬けになったときから、あって当然の物がなくなっている。動揺は意外と大きかった。
「ないがよ、オクスリ……セ、センセの……キヒ、キヒヘヘヘヘヘ……」
奇声を発したかと思うと、次第にその身体がガクガクと震えだした。
「な、なんだこいつ……」
狼牙は薄気味悪そうに眉をひそめた。
(まるでなにかの禁断症状でも起こしてるみたいだぜ)
みたいではなく、実際その通りだった。
長い間、日常的に打ち続けてきた薬物だが、この世界に来てからまだ一度も打っていない。
なおかつ、手元にそれが無いと意識したことにより、一気に禁断症状に陥ったのだ。
「へけ……き、来たがよ、ガクガクブルブルするが……来た、来たきたキタキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!」
頭を抱えて奇声を挙げたかと思うと、リーザス聖剣を引っ掴め、狼牙に向けて飛び掛かった。
「センセのオクスリ出すがーーーーーッ!」
「そんなもんねえっ!」
「へきゃーーーーッ!?」
カウンター一閃。
先ほど同様、よだれを撒き散らしながら盛大に吹っ飛ばされ、大地に叩きつけられる。……が、
今度は間を置かず、突然ガバッと起き上がった。
「お、オクスリの匂いがするがよ?」
くんかくんかと鼻を鳴らし、風上を見る。
殴り飛ばされたこの場所から風上にいたのは……極限まで疲労し、へたり込んだままの沙由香。
「お前きゃーーーーーッ!」
「え!? わ、私!?」
いきなり標的変更して向かってくる素敵医師に、驚いた沙由香は必死に身を守ろうともがく。
「ちっ、しまった!」
気付いた狼牙もあわてて沙由香に駆け寄るが、初動が遅れた分わずかに間に合わない。
「オクスリーーーーーッ!」
「きゃああぁっ!」
リーザス聖剣の斬撃を、とっさに自分のリュックをかざして受ける。
別に剣に熟達しているわけではない素敵医師の一撃は、それで沙由香を切り裂くことなく止まった。
だが、リュックは裂け中身は飛び散り……
「見ィつけたがあぁぁぁぁ!」
……その中に、素敵医師の目当てのものはあった。
宙に浮いたそれを捕まえ、一動作でそのうちの一本を抜き取りキャップを外し、さらに沙由香の胸元に手をかけて思い切り引っ張った。
「あ、あんたナイスやき! センセからのプレゼント、受け取っとうせ!」
「い、いやっ!」
ブチブチッという音とともに、沙由香の衣服のボタンが弾け飛ぶ。
そして、素敵医師は露わになった乳房にそれを――使い慣れた自分の注射器を打ち込んだ
「ヒッ!?」
何かわからないものを注射され、沙由香の表情に怯えの色が浮かんだ。
「てめえ、相手は俺だろうが!」
ここで狼牙が到着した。
素敵医師本人が壁になって沙由香が何をされたのかは見えなかったが、素敵医師の声と沙由香の悲鳴で一足間に合わなかったのは理解していた。
(くそっ、失態だぜ!)
守りきれなかった悔しさも上乗せして拳を繰り出す。
「おおおおおっ!」
――バキイィィィッ!
クリーンヒット。今までで一番の手ごたえが狼牙の拳に返ってきた。が、
「……へきゃ♪」
殴り飛ばされ、地面に倒れた素敵医師の表情が笑みの形に歪んだ。
「お、お前にもプレゼントやき。気に入ってくれたかや?」
「て、めぇ……」
狼牙のひざがガクリと落ちた。
その腕に、一本の注射器が刺さっている。
殴り飛ばされる瞬間、避ける事を放棄して素敵医師が注射したものだった。
「ぐ……一体、何打ちやがった」
「び、媚薬が近いやね……せ、成分は聞かん方がええがよ? センセ特製のオクスリやき。い〜ろいろたっぷり入っとるけんね」
素敵医師の言葉を裏付けるように、下半身の一点にものすごい勢いで血液が集まっていくのが分かった。
身体の制御が徐々に狼牙の意思を離れていき、呼吸が荒くなってくる。
効力が高いだけでなく、恐ろしく即効性のある薬のようだ。
「くそ、なんてもん打ちやがる……!」
「け、けへへ……あまり我慢しない方がええがよ? そのままほっといたら、狂い死にするけんね。
ほ、ほれ、なんならその娘で解消したったらええやき」
「な! てめ、この娘にも……!」
ぎょっとして思わず沙由香を見る。
沙由香はぐったりと横たわっていた。意識はまだはっきりしているようだが、時折うめき声を上げ、身体を振るわせる。
「そ、その娘に打ったんは筋弛緩剤が主やき。お前さんほど発情はしとらんが、その代わりしばらくは口もきけんしほとんど身動きもできんがよ」
言いつつ、震えるひざを押さえて素敵医師はなんとか立ち上がる。
が、ダメージと禁断症状でひざがガクガクし、どうしても普通に立てない。
「あががが……め、めっちゃ効いとるがよ。セ、センセもオクスリ打たんと、オクスリ……」
殴られた時に手放してしまったが、目の前に一本だけ落ちていた。
すぐさま拾って、自分の腕に注射する。
「はああぁぁ〜効くがぁ〜〜……うっとり」
その一本で、禁断症状は治まった。
「ほ、他のも拾っとかんとね。そんで、こいつらで遊ぶんやき」
不穏な言動をしつつ、他の注射器セットを探して素敵医師は視線を彷徨わせる。
そしてそれは程なく見つかった。
「あ、あったがよ。センセのオクス……リ……?」
「ミュ?」
ただし、妙な兎の面を顔の横に被り、背中にバズーカと剣を背負った少女の腕の中に、であったが。
「……な、なんがやお前は!」
「み、見つかっちゃいました! えと、ミュはミュです。こんにちは」
「こ、こんにちはじゃないがよ! そのオクスリは……と、その剣も! どっちもセンセのじゃき、返しとうせ!」
背中越しに見える剣の柄に見覚えがあると思ったら、リーザス聖剣だった。
だがその言葉に、ミュ――ミュシャ・カレニーナはいやいやをして後ずさる。
「だ、だめです。ミュが拾ったんだからミュのです。これもお姉さんのだけどミュのです。全部ミュのおうちに持って帰るです!」
背中のバズーカをぺちぺち叩きながら、唯我独尊をのたまう。
あれも他の参加者からパチッてきた物なのか。
「な、なに言うがよ! それはセンセの大事な……」
「ばびゅーーん!」
「あ! は、話ブツ切りでどこ行くがよ! 返しとうせーーーっ!!」
こうなると、狼牙達で遊ぶどころではなかった。
いきなり駆け出したミュシャを追って、素敵医師もまた駆け出していった。
「……な、なんなんだ」
嵐のように現れて嵐のように(素敵医師まで引き連れて)去っていった少女に、狼牙は思わず呟いた。
(しかし……ヤバイな)
静寂が戻ったことで沙由香の息遣いが鮮明に聞こえるようになり、自分の意思とは無関係に身体が反応してしまう。
素敵医師がいなくなったのはありがたかったが、狼牙と沙由香の身体の問題はなんら改善されていなかった。
選択肢は、二つ。
このまま性欲を抑えて狂い死にするか、彼女をレイプして生き残るか、だ。
(へっ……こいつは選択肢とは呼べねえな)
強い者だけが得をする、そんな間違った世界をぶち壊す為に狼牙は戦い続けてきたのだ。
ここで彼女を犯してしまえば、そんな世界にはびこる下衆共と同類だ。そんなことができるわけもなかった。
だが、むざむざと死を待つのが自分らしくないことも狼牙は分かっていた。
(選ぶ道は決まってる。薬に抗って、生き残る!)
恐らく相当に分の悪い賭けだ。賭けに負ければ、待っているのは死。
(……俺は死なねえ、死なねえ。扇菜も捜さなきゃならねえし、こんなとこでくたばったら狼牙軍団の皆はどうなる!)
だが、抗おうとすればするほど薬の効果を意識してしまい、劣情と苦しみが増大する。
沙由香を残してこの場を去れば劣情は少しは押さえられるだろうが、誰が来るかも知れないこんな場所で動けない女を放っておくなど、
狼牙には出来ない相談だった。
目をつぶり、雑念を排除しようと試みる。
できるだけ沙由香を意識の外へ追いやり、心を平静に保とうとする。が、
「あ……ぁ……」
沙由香のうめき声が聞こえてきて、それは失敗に終わった。
「なんだ、何が言いたい?」
具合が悪くなったのかと心配して声をかける狼牙に、沙由香は口の動きのみで言葉を伝える。その言葉は――
『が ま ん し な い で』
「……あんた」
狼牙の男の部分が反応した。だが、すぐに頭を振って狼牙は劣情を押さえ込む。
「俺の女だったら迷わず抱いてるとこだけどな。気持ちはありがたいが、俺なら大丈夫だから……」
あくまで我を通そうとする狼牙に、それでも沙由香は言葉を続ける。
『わ た し が が ま ん で き な い か ら』
「……」
ここに至って、狼牙は素敵医師の言葉を思い出した。
『――筋弛緩剤が主やき。お前さんほど発情はしとらんが――』
(発情……ってことは、この娘も媚薬打たれてんのか!?)
口ぶりからすると狼牙ほど深刻な症状はないように思えるが、その狼牙が最悪の症状なので全く安全材料にならない。
一体どんな後遺症があるかも分からない。下手をすると死亡の可能性も考えられた。
(マジかよ)
そうなると、抱かない理由がなくなってしまった。
レイプではなく和姦であり、かつ彼女が助かって自分も助かる。
(……仕方ねえ)
狼牙は覚悟を決めた。
「いいか、今からあんたを抱く。抱くからには悪いようにはしない、今は俺に任せてくれ」
沙由香はその言葉にこくりと頷いた。
(ごめんね……、恭ちゃん)
ここにはいない男に心の中で謝り、身体から力を抜く。
そして狼牙は沙由香の上にのし掛かっていき……
――ゴッ!
「ぐあっ!?」
衝撃とともに、後方の地面に叩きつけられた。
「まったく……アイテム泥棒を追ってみれば、とんでもない場面に遭遇したもんだわ」
狼牙はその声に頭を振って身を起こす。
狼牙と沙由香の間に、派手な衣装の女が立ちふさがっていた。
「こんな状況だからってね、いきなり女襲ってんじゃないわよ下衆野郎!」
気の強そうな目で射殺すように狼牙を睨み付け、その女――支倉アエンは啖呵を切った。
【一日目朝、リーザス領最北アランの街】
【斬魔狼牙: 状態:媚薬毒により戦闘力激減・強い性衝動 アイテム:不明 備考:女を犯す等、何らかの対処をしないといずれ死亡します】
【高円寺沙由香: 状態:媚薬、筋弛緩剤により行動不能・強い性衝動 アイテム:なし 備考:症状の重さについては次の書き手に任せます】
【支倉アエン: 状態:良好 アイテム:なし】
【素敵医師: 状態:かなりのダメージ アイテム:なし】
【ミュシャ: 状態:良好 アイテム:うさ仮面うさ、チューリップ1号、リーザス聖剣、素敵医師の注射器セット】
【備考:うさ仮面うさについて】
効果は被ダメージ半減です。
打たれ強くなります。
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