うにーく!






「う、ううぅぅ……うぉーいおいおいおい……」
 目の前の光景を、火倉いずみはどうすることも出来ずに見ていた。
 ゲーム開始と同時にこの場所へ飛ばされて、すぐに聞こえてきた泣き声。
 それを聞いてやってきた先で、このガクランを着た大男は泣き崩れていた。
(あの二人のうち、どちらかの知り合いだったのかな)
 最初の会場で命を落とした者達のことを考える。
 大の男が恥も外聞もなく大泣きしているのだ。尋常な悲しみ方ではない。
 結構近くまで寄っているというのに、いずみを気にする気配もなく、ただただ泣き崩れるばかり。
 ここに来るまでは警戒していたが、どう見てもゲームに乗るようには見えなかった。
(ここまで悲しめるんだもんね……きっと悪い人じゃないよ)
 声をかけ辛い雰囲気ではあったが、いつまでもこのままでいるわけにもいかない。
 意を決して、いずみはこの男に話しかけてみることにした。
「あの、なんて言ったらいいか……元気、出してください」
 その言葉に、ガクランの男――猿藤悟郎は涙でぐしょぐしょになった顔を向け、一礼した。
「ううぅ、ありがとうございます見知らぬお嬢さん……こんな基本的人権もない俺に、優しい言葉をかけてくれるなんて……」
「……こんなことになったのは、キミのせいじゃないよ。そんな自分を卑下しなくても」
 卑下しているわけではなく、実は本当に基本的人権がない。
 ともあれ、二人は互いに自己紹介を済ませた。
「その、ご愁傷様だったけど、前を向いていこう!」
 うなだれる悟郎をなんとか元気付けようと、いずみは拳を握り必死に語りかける。
「私はキミの痛みがどれほどのものか分からないから、無責任な発言に聞こえるかもしれないけど、
ここでキミが何もせずに死んでしまったら、本当にそこで終わりになっちゃうよ。
辛くても、悲しくても、今は前に進まなきゃならない時なんだよ!」
 そう、いずみはそうして進んできた。兄、火倉ソウジが、一族を裏切り失踪した時からずっと。
 辛くても、悲しくても、前を向いて自らの道を邁進してきた。
 今の言葉は、悟郎に送ると同時に自分にも向けられた言葉。
 自分もまだ、ここで死ぬわけにはいかないのだ。
「ここを脱出して、元の世界に帰ろう。やるべきことも、待っている人もいるんでしょ?」
 彼も、自分も、亮も鏡花も、まだ見ぬ他の参加者達もそのはずだ。
 その説得は、彼女の本心からの想い。だからこそ――その言葉と真摯な瞳は、悟郎の絶望に満ちた心に届いた。

「……う、うおおおぉぉぉぉん! まさにその通りだああぁ……ああ! 俺は猛烈に恥ずかしい!」
 天を仰ぎ、号泣する。だがその涙は今までとは違う、決意の涙だ。
(よかった。これで少しは大事な人を失った悲しみからも……)
「BS超弩級アニメ祭りをリアルタイムで見れなかった悲しみとはここでお別れだああぁぁ!」
「……え?」
 カクンと首が傾いだいずみと対照的に、だんだん悟郎は絶好調になっていく。
「アディオス俺の悲しみよ! これからは、VHSビデオデッキ60台で録画してる分、
コタツで腐りかけのバナナ食いながら120時間ぶっ続けで観賞する夢に向かって、俺は走るぜ!
草葉の陰で見ててくれじっちゃん!(注:←死んでません) 待っててくださいお嬢さん!
男猿藤、こんな腐れゲーム即刻叩き潰して光の速さで舞い戻ってみせます! みせますとも!」
「……アニメ祭り? あ、あの、会場で亡くなった二人とは知り合いじゃあ……?」
「いいや全然」(きっぱり)
 恐る恐るといった感じで聞いてくるいずみを一刀両断。
 いずみは言いようのない脱力感が圧し掛かってくるのを感じた。
(あ、あはは……勘違い?)
 もはや笑うしかない状況だった。
「そうだ、戻れたらいずみさんも一緒に見ようぜ! 早く戻れば後半はリアルタイムで見れるし……って、わりぃ、
いずみさんはアニメなんて興味ないよな……」
 ハイな状態からいきなり素に戻った。
 今まで女性に似たようなことを話しても、賛同された例がないからなのだが、
「そんなことないけど……小さい頃はよく見てたし」
 初めての賛同者がここにいた。
「ほ、本当か!? なつかしアニメの総特集みたいな番組企画なんだが、"あぶない天狗伝説"とか"哀少女ローラ"とか"まるちっぽ☆うにーく"とか」
「あ、最後の知ってる! こんな歌あったよね〜。 ――おっいらにおっまかっせまるちっぽ♪」
「おお! ――しっぽじゃあないよちっぽっぽ♪」
 すぐにピンと来たのか、悟郎もすかさずそれに続いた。
「まるまるぽっちは男の誇りっ♪」
「うに〜 うに〜く ごっごごー♪」
「うに〜 うに〜く ごっごごー♪」
 ――がしっ
「ひゃっ!?」
 いきなり両手で握手されて思わず声を上げる。
 悟郎は男泣きに号泣していた。
「うおおおぉぉぉぉん! 俺は今、猛烈に感動している! こんなところで初めてじっちゃんと博士と犬神以外の同士に出会えるなんて!」
「あ、あはは……まぁ、元気になったみたいでよかったよ」
 勘違いから始まった上に、同士と言うほどアニメ好きでもないのだが。
(ま、いっかぁ)
 困ったような笑顔を浮かべたまま、いずみは結果オーライとしておくことにした。



【一日目朝、琥珀の城近郊】
【火倉いずみ:  状態:良好 アイテム:不明】
【猿藤悟郎:   状態:良好 アイテム:不明】



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