少女達の出会い






「ランスさまぁ…」
リーザス領ティティ湖の畔に、もこもことしたピンク色の髪が、シクシクと揺れる。
魔法使いシィル・プラインは、草陰に身を隠し一人泣き崩れていた。

突然現れた三人の魔人。
魔人の脅威はシィル自身良く知っている。
逆らえないという恐怖。
そして転がる二つの死体。
命じられた殺し合いというゲーム。

命を奪い奪われる恐怖がシィルを縛る。
これまでだって、命を賭けた戦いを経験たことが無い訳じゃない。
それどころか、無敵とまで言われる魔人と幾度と無く戦ってきたのだ。
だが、それもこれも主人であるランスが共にいたから乗り越えてこれたのだ。
一人は寂しく、心細い。
不安と恐怖で押しつぶされてしまいそうだ。
「ランスさま…」
もう一度愛する主人の名を呟く。
だがその声に答えるものは無く、その呟きはただ風のざわめきに浚われていった。
カサリ。

震えるシィルの背後から、小さな物音が聞こえた。
反射的にピクリと体が反応し、シィルが後ろを振り返る。
だが、それよりも早く。風のように迫る小さな影がシィルの動きを拘束し、その片腕がシィルの喉笛を掴んだ。
「動くな。妙な動きを見せたら、即刻この喉笛を握りつぶす」
冷たく静かな声が響き、喉笛を掴む小さな腕に僅かに力がこもる。
「これから幾つか質問をする。それに首の振りだけで答えろ。わかったか?」
恐怖に震えながらも、その声にシィルはコクコクと首を振る。
「うむ。では、お前はここがどこかわかるか?」
その質問にシィルは首を縦に振った。
「ふむ。私と出会うまでに誰かとであったか?」
その質問にシィルは首を横に振った。
「では最後の質問だ、お前は殺し合いをするつもりがあるか?」
その質問にシィルは慌てたように首を横に振った。

質問を終えた拘束者は、小さく震えるシィルを見つめ、小さく息を吐いた。
そして、シィルを拘束していた両腕を離し、シィルの正面に向き直った。

見れば自分を拘束していたのは、明らかに自分よりも幼い少女だった。
頭の両側で縛られた髪は銀色に輝き。
年相応のセーラー服を身に纏っていた。
そしてその瞳は、年にそぐわぬ全てを見通すような深い色を携えていた。
「すまなんだな。私の名前は、岳画殺。殺すと書いてさつと読む」
堂々と。シィルと対照的に殺し合いという舞台に動じた様子も無く、少女は自らの名を明かした。
「えっ? あっ、私はシィル・プラインです」
慌てたように名乗り返すシィルだったが、少女の持つ独特の威厳というか威圧感に思わず敬語になってしまった。
「あの…殺さん」
「そうかしこまらんでもよい。気軽に殺ちゃんとでも呼んでくれ」
「は、はぁ…殺ちゃんは緑色の服を着たこれ位の背丈の男の人を見ませんでしたか?」
想像のランスの頭にあわせるように、シィルが空に手を伸ばす。
「すまんな。私もここにきてシィル以外の人物を見ていない」
「そうですか…」
酷く残念そうに項垂れ、シィルが声を落とす。
「ふむ。どうやら探し人がいるようだな。どうだ私と共に行かんか?
 私も合流したい者が何人かいるしな。共に探し人なら協力したほうが安全であろう」
「え…はい! 私でよろしければ、よろしくお願いします!」
大きなピンクの髪を前後に振るい、シィルは喜びを表す。
これで一人でなくなる、一人は不安なのだ。
目の前の少女の正体はわからない、だがそれ以上に孤独は怖い、一人は嫌だ。
その思いがシィルの警戒心を緩めていた。

「殺ちゃんの探してる人ってどんな人なんですか?」
すかっり元気を取り戻したシィルは、何気なく疑問を口にした。
「なに、可愛い甥っ子だ。未熟なところもあるが、なかなか頼りになる男だ」
「…甥ですか」
目の前の小さな少女の甥と言われ、シィルは少女よりも小さな少年を思い浮かべる。だが実際はその想像は大きく外れているのだが。
「…父もいるようだが、あれはそう簡単に死ぬたまではないだろう」
誰に言うでもなく、殺はそう小さく付け足した。
「時にシィル。戦闘の心得はあるか?」
「あっ、はい。魔法なら少し」
「そうか、私は重火器の扱いならできるのだが、生憎素手での格闘などは専門外だ。
 支給されたものもこのボタン一つ。足手まといになるようならすっぱり切り捨ててくれてかまわん」
冷徹に何の迷いも無く、殺はそう言い放つ。
「そんなっ…! あっ、そう言えば…」
何かを思い出したかのようにシィルは自分のリュックを漁る。
「あの、使えるかどうかわからないんですけど…」
不安げにシィルが声をあげながら、何かを取り出し、殺に手渡した。
殺は手渡された玩具のような銃を見つめる。
「…ぽわわ銃か」
「知ってるんですか?」
「うむ、扱い辛い代物だが、意外と使えるだろう」
そう言って殺は、近くの小石目掛け引き金を引いた。
すると銃の先端から輪っかのレーザーが飛び出し小石を弾いた。
シィルは心底意外そうな顔をして殺の手元の銃を見つめた。
「すまぬがシィルよ。この銃を私に貸してくれんか」
「あっ、はい、かまいませんよ」
疑うことも無く、シィルは快くその申し出に答えた。
「代わりといってはなんだがこのボタンはシィルが持っていてくれ。
 そのボタンからはなにやら不思議な力を感じる。唯のボタンというわけでもないようだ、持っていて損は無いだろう」
そういって殺はシィルにボタンを手渡した。

「先ほどシィルはここがどこかわかると言ったな。ここ辺りの地理には詳しいのだろう?」
「はい、この辺りは私たちの家が近いですから」
「ではシィル道案内を頼む」
互いに頷き、二人は歩を進めティティ湖を後にした。

【一日目朝、ティティ湖付近】
【岳画殺: 状態:良好 アイテム:ぽわわ銃】
【シィル: 状態:良好 アイテム:幻惑の学聖ボタン】



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