いとうみきおの説得・尾田






いとうは武井に問い掛けた。
「尾田君がさとふ先生を――殺したのを見たって言ったけど正当防衛だったかも
知れないわけじゃないすか」
そう、あの身をひそめていた茂みからほんの数メートル先、どすんというにぶい
音に気づいて顔を出した武井が覗き見たのは尾田栄一郎がさとふ○○○の顔からナタを
抜き出した、その場面だけだった。
「っすよね?」
「うん」
顔を上げ武井は頷いた。いとうの言っていることは、実のところさっぱりわからない。
「そう、そうだな。俺、どうかしてた、きっと。疲れてたし」
それでいとうは安心した様子で、言った。
「尾田君ってなかなかいい奴じゃないですか。あんないい漫画家、なかなかいないですよ。」
そう、武井もこれまではそう思っていたのだ、尾田栄一郎はいかにも少年漫画といった作風で
子供だましじゃねえかと思うときもあるが大体のところとても好感の持てる
相手だと。それどころかちょっと人気者で羨ましいなとすら、思っていたのだ。
しかし、今の武井の頭から、自分がかつてそんなふうに思った記憶など
すっかり抜け落ちていた。
何?何言ってるんだ、いとう先生?いい奴だって?何言ってるんだ?
「だから、彼が目を覚ましてもけんかしたりしないでくださいね」
「大丈夫。そんなことないって」
「あんしんしましたよ。」



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