岡野vs萩原






萌え。
萌えが必要だった。
岡野剛は森の中を彷徨っていた。
河下水希に引っかかれた傷は激しく熱を持ち、岡野を何かにかりたたせる。
いったい俺はどうしちまったんだ・・・?

岡野は誰も信用する気はなかった。
だから、プログラム開始直後から民家に潜んでいたのだ。
それを、ちくしょう、河下の奴め!
目が合ったとたん、モエモエ叫びながら襲い掛かってきやがった!

岡野は体を引っかき傷だらけにしながらも、河下を釣気を込めたルアーでなんとか沈めたのだ。

おかしいのはそれからだった。
何故だかはわからないが、激しく萌え絵を描きたくなってしまったのだ。

岡野は気づいていなかったが、彼は引っかき傷を通して河下の情念を伝染されて
しまっていた。
萌えを――そしていくらかのショタを――激しく求めるその情念を。
それ以来彼はこうして萌えを求めて彷徨っている。

そんな岡野の眼前に、一冊の本が落ちていた。
独特の肉色をした表紙から、その本の内容は容易に想像がついた。エロ本だ。
岡野は深く考えず一も二もなく飛びついた。
「イ、インスピレーションが必要なんだ!」
震える手でページをめくり始める・・・・

「う、うがあああああ!」
岡野の絶叫が夜の森に響いた。
それはエロ本はエロ本でも、ハードゲイしかも老け専向けの雑誌。
「淫欲課長オフィスの菊」であった。

ぐああ!ちくしょう!なんだこれは!
岡野はたまらず顔を背けて本を投げ捨てた。
なんであんなものがこんなところにあるんだ・・・!?

そう思ってエロ本の飛んでいった方向に血走った目を向けた時、彼の視線は別のものを捕らえた。
木の陰からこちらを見ている仁王立ちの影。
それはボクシンググローブをはめた萩原であった。

―――俺を打ち切ろうとしている!
岡野がそう直感するのと同時に、
「ジェントゥル昇竜拳!!」萩原が必殺技名を叫びながら突っ込んできた。

両者の距離はわずかに四メートル。岡野には充分な距離であった。
取り出したハンカチを一振りすると、岡野の手にはリボルバーが現れた。
続けざまに落ち着いて発砲する。
きっちり三発の銃弾が、萩原の腹部に叩き込まれた。
萩原は吹っ飛び、仰向けに倒れ込んだ。もうピクリとも動かなかった。

萩原を自らの手で打ち切った岡野であったが
罪悪感だとか悔恨だとか、そんな感情は湧いてこなかった。

―――萌え。とにかく今は萌えが必要だった。
萩原の原稿だ。奴の原稿なら萌えられる。
岡野は萩原の傍に駆け寄り、彼のデイパックを漁る。

あった。
少年誌でありながら必要以上に露出の多いコスチュームを身にまとう、
肉感的な女性キャラクターたち。そして緻密に書き込まれたその画風。
間違いなく萩原の原稿であった。

「素晴らしい・・・!」
萌えに飢えていた岡野は、むさぼるように原稿を読み始めた。

どれぐらい読み進めただろうか。
ページをめくる岡野の手が、ピタリと止まった。その手は小刻みに震えている。
「こ、これは・・・!」
それは萩原の漫画の主人公が、高慢な天使を好き放題にしている場面であった。
主人公の小さな分身たちが天使の肌を、そして顔を這いまわっている、その表現。
それが何の暗喩なのかわかる人間にはわかってしまう、そんな表現であった。
まさか。いや、そんなばかな!仮にも少年誌誌上で、そんな生々しい―――
だが―――しかしこれはどう見ても、がんし・・・

岡野がそこまで考えた時であった。
「デァボリカル・ナグルファー !」
甲高い叫びと共に、無防備だった岡野の後頭部に無数のナックルが叩き込まれた。
なっ・・・!?
苦痛に顔を歪めながら岡野は振り向いた。
そのため顔面にも無数に拳が叩き込まれるはめになり―――岡野は結局ナックルの主を
確かめられないまま―――打ち切られた。

萩原はたっぷり五分間ほど殴り続け、そしてようやく手を止めた。
彼はしばらくぜぇぜぇと息をつきながら、岡野に撃たれて痛む腹をさすっていた。
その破れたTシャツの下に、なにかが仕込まれている。

たいしたものだ。最初は無駄に分厚いだけと思っていたが、しっかりと役に立つじゃないか。
ウルトラジャンプというやつは。


岡野剛 打ち切り
【残り20人】




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