プロローグ
東京都・某高級ホテルで集英社漫画家パーティーが開かれていた。
会場の前の方で現編集長を囲んだのはかつて『るろ剣』で一躍WJ界をリードした
和月伸宏の弟子達と、その和月が師匠と詠った人であった。
和月が自ら弟子入りしたという巨匠・小畑健に、和月組の中でも古株で、
前作『ノルマンディーひみつ倶楽部』で微妙なセンスを知らしめたいとうみきお。
『グランバガン』で成長を遂げた山田和重、野球ギャグ漫画で軌道に乗った鈴木信也、
本誌からはかなり遠ざかってブランクバリバリのしんがぎん――他。
WJ界の漫画家誕生の道としてかなり有力な彼らが楽しく編集長に媚びを売っていた。
小畑当たりはそんなもの必要としていなかったのだろうが。
少し離れた所に、既に集英社から離れたはずの八神健と黒岩よしひろが肩身狭そうに
2人で酌を交わしていた。和月組から少し離れた所に当の師匠である和月本人がいる。
体はWJ界一大きいのだが、前回の連載で大ゴケをして、気が小さくなっていた。
今は大きな体を小さく前に屈めて、アメコミフィギュアを磨いている。
テーブルをひとつ挟んでさとふ○○○、木多康明ら下ギャグ漫画家がまとまって
いるようだ。木多は編集部を移ったのにも関わらずずうずうしくディナーを食べている。
尾田自信、若い頃はどんなジャンルも構わず様々な作家に挨拶をしたものだが、
今となっては必要がなかった。
そういえば親しく付き合う漫画家もだいぶ変わったな―――。
低い声がして、和月の後ろにいる。そう、あれがその1人だ。藤崎竜。
大分昔のパーティーで挨拶を交わしてからというものすっかり息投合し、互いの
絶妙な作風でWJ界を牛耳った時代が懐かしい。藤崎が連載を終了し、
尾田は淋しさを覚えたが、つい先日藤崎が重い腰をあげて帰ってきたのだ。
その藤崎はどうやら島袋光年と話しているようだった。
島袋は自分の漫画に己を出し、人気投票1位という脅威の結果をたたき出した男、
藤崎もいいネタを盗んでやろうと思っているのだろう。
それに―――その近くにいるうすた京介。今日は完全ジャガースタイルで
近寄りがたい感じだが話してみるとシャイでいい男で、尾田とは妙に
気が合った。今日も元気にセクシーコマンドーにいそしんでいる。
連載はいずれ終わり、新連載も打ち切られる――。こうして漫画家とも
いつかは離れて行くんだろうか。―――そんなこともないか。
尾田は隣でまだ財布がないとごそごそやっている梅沢春人をちらっと見た。
梅沢とは数年前に尾田が少々興味を持っていたロックを通して知り合った。
梅沢のロック魂は尾田の胸を打った。それ以来梅沢とは長いやり取りをしている。
それはこれからも変わらないだろう。
尾田はまた首を反対に向け、後ろへ視線を流した。
後ろ側の一角に岡野剛や高橋和希といった一時アニメ化世代が座っている。
そして―――会場の本当の端に、襟足がいささか余計な程に長い落ち武者のような頭、
万年寝不足そうな顔立ち、富樫義博が立っていた。
その男――富樫がパーティーなどと言う人が集まりおべんちゃらを使わなければ
ならない場に現れた事が尾田にとって1番の謎だった。
富樫は、子育てと言うなのサボリ連載停止・手抜き画・暴言暴発、
しかし作品はなかなかという大変扱いづらい人物で、
こういったパーティーにも顔を出した事が無かった。
しかし、なぜそのような男が表面で笑うこの場に来たのか?
休載も常連だった。大体、富樫が毎週原稿を上げてくる、などというのは世界で1番
面白い冗談だ。富樫は担当が泣き付いてきても、静かに、子育てに励んでいた。
「尾田センセ。」
垂れ幕のジャンプマークの海賊を見つめてぼんやり富樫のことを考えていた尾田は、
明るい声で現実に引き戻された。
岸本斉史が巨大な紙袋を差し出していた。袋のど真ん中に”福”と書いてある。
これはきっとあれだ。抽選プレゼントの残り物を詰めこんだ福袋大会だろう。
岸本は連載2周年目の割と若い作家だ。女の子達がたかる同人界でも人気を集めているらしい。
飾らない性格で、若々しさが眩しい。と思い、尾田は俺も年をとったなぁと思う。
「先生気がつかないから僕が貰っておきましたよ。あ、中身悪くても文句言わないで下さいね。
あ、梅沢先生もどうぞ。」
「ほんと?すまないねぇ。」
尾田は貰いうけた福袋の中身を出した。カンバッチのようで、柄を確認すると、
いつかのプレゼントになったたけしのリーダーバッチだった。
「わ…わーーー。嬉しいなーーー。」
ちなみに梅沢の福袋には当たりも当たり、ワンピースのフィギュアが入っていた。
「やった!ありがとう岸本先生!君のお陰だよ」
そう、丁度一月ほど前の偶然取れた休み、街のライブハウスでロックライブを
楽しんでいた時に半ば発狂しつつ梅沢は叫んだ。
「尾田先生!!俺、好きな作家、できたーー!!」
「あ!?誰だーー!?」
「岸本ーーー!!」
「NARUTOのかーー!?いい奴だよなーー!!」
「そう思うでしょ!?彼の作品は天下一品のロックンロールですよーー!!
デストローーーイ!!!」
そう、全く露骨だ。しかし、にもかかわらず、岸本は梅沢の気持ちには
全く気づいていないようだ。梅沢がいくらNARUTOを褒めちぎっても岸本は
お世辞だと言って聞かなかったのだから。
尾田はそこで自分達の少し先でブランデーを飲んでいる男に目をやった。
荒木だ。荒木はベテラン中のベテランで何を考えてるのか時々わからない。
だから他の若い作家陣も声がかけづらかった。
それにしても原稿はきちんと上げてくるのでいつしか
『富樫とやりあうんじゃないの?』と囁かれてもいた。
岸本はその良心ゆえに恐る恐る荒木に近寄った。
「荒木先生も…どうぞ。」
荒木は岸本を見つつまたブランデーを飲み始めた。
「俺はいい」
ハードボイルドッッ…!
尾田は恐いと思いつつもかっけーと思った。
10時が近づいた頃だった。尾田が妙なことに気づいたのは。
会場内の雰囲気がおかしかった。左側にいる梅沢がいつの間にか床に伏せて静かに寝息を立てていた。
藤崎竜の体が、前方のステージに寄りかかって傾いている。
岸本斉史も、目を閉じていた。誰の話し声もしなかった。全員が眠っているようだった。
もちろん、酷く仕事の速い作家ならベッドに入る時間かも知れないが―――しかし。
お楽しみの締切り前日徹夜、先生困りますよっ!!早くしないとハンターの二の舞ですよ!?
僕、担当やめさせられちゃいますよっ!
そして何より問題なのは――尾田自身がものすごい眠気に襲われていることだった。
もうろうと辺りを見まわし―――それから、首を動かすのもだるくなって、
近くに椅子にもたれた。視線が泳ぎ、この広い会場の1番前、シャンデリアとミラーボールが
目立つステージ上の中央に――尾田はその上に鳥嶋前編集長を確認した。
ソノ顔、口元をマスクのような物が覆っていた。手には掃除機のような器具が握られ、
何かホースみたいなものを掲げていた。
右側でドカドカと何かを叩くような音がして、尾田は随分苦労してそちらに首を傾けた。
持ちスタンドを発動させた荒木飛呂彦が会場の出入り口を開けようとしていた。
しかし、ドアはカギがかかっているのか、開かないらしかった。そのうち、荒木が
スタンドをひっこめて、左の拳をガラスに叩き付けた。壊そうとしているのだ。
分厚いドアを、なんでまた?
しかし当然ながらドアは壊れなかった。荒木はついさっき聞いたその低い声で
『無駄っ…』と言った。尾田も眠りに落ちた。
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