最終回
「さて、と。いきなりだけど、何か言っておきたいこととかある?
俺も悪魔じゃないから、ちょっとぐらいなら聞いてあげるよ。
でも長いのは勘弁ね。めんどいから」
言葉とは裏腹に、悪魔そのものと見まごうばかりの黒い笑顔を浮かべた男、斑目貘。
相対するは、このバトルロワイアルを主催した男その人である。
全てが謎のまま唐突に開幕した殺し合いのゲーム、バトルロワイアル。
だがそれも、意外なカタチでその幕を下ろそうとしていた。
主催者の逃亡である。
その発端は、放送。
最初に提示された放送時刻になっても、放送は流れなかった。
つまり、このバトルロワイアルは、第一放送にすら辿り着かずに崩壊したことになる。
事実、主催者の逃亡により、バトルロワイアルを統制していた各種の制御機構は破綻し、バトルロワイアルの続行は不可能となっていた。
それら一切を見捨てのうのうと逃げおおせたかに見えていた彼であったが、
彼はどうやら、悪魔の手からは逃れられなかったようだ。
しかしこの男、自らの行いを棚に挙げ、完全に居直っている。
それどころか、怒りの矛先を嘘喰いに向けている。逆切れという奴だ。
頭に青筋を浮かべ、恨み骨髄といった様相だ。
だが一方で、他に気になる事があるのか、そわそわと落ち着きが無い。
男が喚く。
「そもそも、俺に悪気があったワケじゃない!
ただ『誰か俺と一緒に面白い事をやらないか!?』って思っただけ。
なのに、そこにオマエらが来たところから話がおかしくなったんだ!
俺の言う事は聞かない! 好き勝手な事ばっかりする!
挙句の果てに、俺のバトルロワイアルの乗っ取りやがって!
そんな奴等と付き合わされる方の身にもなれってもんだ!
そんなんだから愛想付かされて捨てられるんだよ!!」
顔を真っ赤にしながら男はまくし立てる。
ぜえぜえと息を荒げる男を、まるで見下ろすかのように嘘喰いは見つめていた。
「アンタは今、一つ嘘を付いたな」
嘘喰いが鋭く呟いた。
「アンタが愛想を付かしたって時期と、アンタが逃げ出した時期には齟齬がある。
少なくとも、開幕までは話が運んだってことは、そこまでは曲りなりにも事は進んでいたんだ。
俺たちが本格的に動き出したのは、アンタが居なくなったのが確定的になってから。
つまり、『俺達に邪魔され乗っ取られたからアンタが逃げた』んじゃない。
『アンタが最初に逃げたから、俺たちはルールを無視した行動に出ざるを得なかった』ってことだ」
「ぐっ……」
矛盾を指摘され、男が怯む。
だが、男はまだ観念しないようだ
「い、いや、そうじゃない! 大体、お前等が集まった段階でおかしくなったんだ!
オマエさえ来なければ――」
「嫌なら呼ぶなって話だよ」
尤もである。
「こちらと、お前に呼び出されてから面倒喰ってるし、大変な目にも合ってる。
それもこれも、お前が最初に行動を起こしたからでしょうに。
そでれも何とか頑張ってる俺等を見捨てて、自分だけ余所に逃げたの、どこのどいつだよ?
自分の思い通りにならなくてやる気が無くなったのかも知れないけどさー、
あんた、少しは俺等に与えた『迷惑』について考えたら?」
嘘喰いの蛇の目が男を見据える。
「アンタが俺等に言わなきゃなんないのは、言い訳でも文句でもなく、『謝罪』。
『ごめんなさい』の一言でしょう?
んなことも分かんないの? 小学校で習わなかった?」
「――黙れ!」
反論できずに黙っていた男が、堪えきれなくなったのか、ついに口を開いた。
細かい唾が男の口から飛び散る。
「黙れ、黙れ! 一方的に自分が正しいと思いやがって! お前みたいなのが全部滅茶苦茶にする!
お前さえ居なければ、全部上手く行ったんだ!
お前は企画の癌だ! お前みたいなのが今の世の中を荒しまわっているんだ!
お前は悪魔だ! 不幸をばらまく、悪魔だ!!」
そういい終えると、男はまるで勝ち誇ったかのように嘘喰いを睨み返す。
自ら相手を独善的と詰る男であったが、その感情論には全く合理性が欠けている。
俗に言う『火病った』といったところだろうか。
対する嘘喰いは、微塵も動じない。
「聞こえ……無いねえ……」
真っ赤な顔で、ぜえぜえと息を吐き、ダラダラと汗を流す男。
青白い顔で、凍て付く息吹を吐き、ギラギラとした威圧感を滲ませる嘘喰い。
嘘喰いには、稚拙な罵倒など、届かない。
「人間は、さぁ〜
幼稚な言葉じゃ、己を揺るがせない……!」
安い挑発に限界まで顔を赤らめる男とは対照的に、嘘喰いの表情は冷たく機械的だ。
だが、その内面には静かで冥い炎が力強く燃えている。
「だいたいさあ、アンタの考える『システム』も穴ばっかりで非現実的だったよね」
嘘喰いが、自らの首に嵌った首輪を弄ぶ。
爆弾が内部に仕込まれたと説明された首輪だ。
嘘喰いはその拘束具に手をかけると――
ブチッ!
勢いよく、首輪を引きちぎった。
だが、爆発するはずの首輪は、何の反応も示さない。
ただひらひらと地面に舞い落ちるばかりだ。
「ほら、この通り。
このルールも、他の仕組みも、ぜんぜん機能してない。
どっかの猿真似のつもりなのかもしんないけどさ、全然出来てないよ。
ルールが何のためにあるのかとか、考えてなかったんじゃない?」
ぐしゃり。
地面に落ちた首輪を嘘喰いは踏みつける。
元来は爆弾が仕込まれ、参加者を拘束するという触れ込みのこの一品だったが、
こうしてみると、そこに爆弾が仕掛けれらているとは思えないほどちゃちでみすぼらしかった。
「どうやってこの仕組みを見抜いたか、なんでルールが機能しないのか、説明しようか?」
嘘喰いの呼びかけに男の返答は無い。
「……ま、いっか。
説明には時間がかかるし、説明したところでアンタに理解できるかどうかは怪しいもんだし」
嘘喰いの目が男を見据える。
威圧的で、侮蔑的な、嘲笑を含んだ目で。
「てかさあ、開始直後から放送もないし、全く音沙汰なしとか、俺等を舐めてんの?
開幕の時だって、自分じゃ何もしないでさあ。
なにか他の楽しい事に夢中で忘れてた?」
「ち、違う! 黙ってりゃあ好き勝手言いやがって、俺だって本気でやるつもりだったんだよ!
お前等がやる気なくさせるような事するから、折角上手く行きかけてたのに失敗するんだ」
「嘘だね」
男の必死の反論をも嘘喰いは一蹴する。
「想像だけど、大まかな流れはこうじゃないか?
アンタが自分好みのナニカシラを計画し、人を集めた。
すると人は集まったが、アンタの予想に反し、来た奴が気に食わなかった。
そいつを見るうちに、だんだんとアンタのやる気は無くなっていき、ソレを継続する意欲が薄れた。
そこに横で、別の面白そうなナニカシラが起こり、アンタはそっちに参加したいと思うようになる。
すると、もはやこのバトルロワイアルはアンタにとっては唯のお荷物。
だからこっちは放置して、別のナニカシラの方へ専念しだしたんだ。
その間、このバトルロワイアルで起こった不具合は全部残った俺らのせいにして、
アンタは傍観者気取り、匿名を笠にきて気楽に俺らの誹謗中傷でもしてたんだろう」
男を見つめる嘘喰いの焦点は、男の目で合っているのではない。
もっと奥深く。
男の核心点そのもので結ばれている。
「アンタはこう考えている。
『自分が理想的な企画を考えたのに、後から来た奴に滅茶苦茶にされた』って、な。
自己正当化もいい加減にしろよ。
滅茶苦茶にしたのは、オマエだ。
自分で好き勝手なルール作ったくせに、そのルールを守るための努力を一切しない。
面倒事は回りに押し付けて、自分は他所で甘い汁を啜ろうって魂胆なんだろう?
それで――」
「違う!俺はそんなつもりはない! 悪い事なんてするつもりは無かった!
それに、最初は全部俺がやるつもりだった!
悪いのは俺じゃなくてお前らなんだよ!」
「つもりが有ろうが無かろうが、やってることはそのものじゃないか。
無自覚ならば何をやっても許されるって事は無いんだよ。
そうやって、『もしかして自分が悪かったんじゃないのかな?』とすら考えない。
悪いのは自分以外の誰かだって考えるてるから、学習が無い。
だから何をやっても同じところで失敗するんだよ。
ゆとり乙、ってところかな」
嘘喰いの目は冷淡かつ残酷な炎で揺れる。
その光は全てを見通したかのように、青白く、透明に輝く。
「アンタにやる気なんて最初から無かったんだよ。
やれルールだ、やれ参加者だ。
最初から最後まで、現実的なことを二の次に置いたような、絵空事ばかりだ。
現実に移す辛さを知ってたら、こんな大事な事をあんなに軽々しく言ったりはしない。
で、あれだけ大口を叩いた結果がこのザマだ。
アンタは結局、何をした?
自分の願望を垂れ流し、他人を巻き込んでおきながら、自分の身勝手で他人を振り回し、挙句他人に責任なすりつけて誹謗中傷だ?
あんた、鏡って見たことあんのかい?
お前の言い訳には何の説得力も無い!!」
「でも――」
そこまで男を睨みつけていた嘘喰いだが、その時ふいに、視線を男から外した。
「でもね、アンタは少なくとも、隠れなかった。
結果的に逃げようとしたけど、一度は俺等の前に姿を見せた
それは、俺は評価してるんだぜ?」
嘘喰いはゆっくりと、歩く。
「自分を匿名の中に隠し、その他大勢として好き勝手言う。
願望だけ垂れ流して、自分の思い通りにならなかったらネチネチと陰険な行為に出るのに、
自分に責任を求められると知らんぷりで逃げ出す
そうやって、やる気のある人間を食い物にしてるような連中――正に“餓鬼”だね。
今もどこかで、そういう餓鬼が獲物を求めて這いずり回ってる。
そんな群れないと何も出来ない餓鬼共よりかは幾分かマシだったよ、アンタ。
まあ、結局は“ちょっとマシな程度の餓鬼”だったけど」
嘘喰いの瞳が、再び燃えあがる。
「結局アンタは、匿名の中へ逃げた!
自分を隠し、無責任を甘受しようとした!
なら、お前は誰だ?
悲運のヒーローか?
報われない苦労人か?
――違うッ!
お前は幼稚な餓鬼だ!
お前は無責任な魑魅魍魎だ!!
お前は唯の、 嘘 吐 き だ ッ !!! 」
「ひっ……!」
嘘喰いの気迫に、男は思わずへたり込む。
最早言い返す言葉もあるまい。
「出来もしないことを平気で吐くから、嘘吐きになる。
これに懲りたら、世界の片隅で大人しく暮らすことだね。
静かに、ひっそりと、な……」
今にも泣き出しそうな男が、嘘喰いを見上げる。
「み、見逃してくれるのか……?
ん?
見逃す……?
……
そ、そうか、そうだ!
はは、
ハーッハッハッ!」
男は何かに気づいたように、急に息を吹きかえした。
そして、またしても先ほどと同じ調子で、嘘喰いに食らい付く。
「そうだ! お前は見逃すしかないんだ!
お前に俺の逃走を追跡できるワケがないんだ!
そうだ、好き勝手に言うがいいさ!
俺はここから悠々逃げ出して、また安全なところから好きな事をしてやるさ!
なんだ! 勝ち誇りやがって!
お前なんて、唯の貧弱野郎じゃないか!
覚悟しやがれ、俺が今から、お前を――」
勝ち誇ったかの様子の男を前に、嘘喰いは僅かに俯くのみ。
そして、懐より何かを取り出す。
透明な袋を破り、中に包まれた紅い果実を一粒、口に含む。
カリッ……
「『お前』じゃ、ないな」
嘘喰いがゆっくりと呟いた。
「『お前ら』だ」
「なんだ? こんなところに居やがったのか?」
「こんなんで逃げ切れるつもりだったのかねえ」
「はは、所詮詰めが甘い奴は最初から最後まで詰めが甘いもんさ」
不意に、周囲から声が聞える。
それも、一つや二つではない。
数十の異なる声が、男と嘘喰いを取り囲んでいた。
見覚えのある顔も居る。
そう、彼等は、この男によって召還された、バトルロワイアルの参加者達である。
「な……!?
こいつら、一体どうやってここに……!?」
息を吹き返した男の顔がまたしても一転、真っ青になってゆく。
嘘喰いの口元から笑みが毀れる。
「アンタ、企画運営もズボラだったけど、リスク管理もズボラだったね。
アンタの通信記録や端末情報、完全に筒抜けだったよ。
後はまあ、それなりの技術があれば、この通り」
男は周りを見渡す。
完全に、取り囲まれている。
正に鼠一匹逃れる隙も無い。
「そ、そんな……お前、逃がしてくれるって言ったのに……!」
「あれ? そんな事言った覚えは無いけどなあ?
まあ、ここから無事に逃げられたなら、大人しくしときなって事だよ。
でも、悪い餓鬼は退治される運命ってことでさ。
諦めな?」
満面の笑みの嘘喰い。
男にできることと言えば、最早、こう叫ぶのみであった。
「こ、この……嘘吐き――――――ッ!!!!」
【短期決戦ロワ 完】
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