無題






「殺し合い、となあ……」
殺し合いの舞台となった島の丁度中央に位置する教会の中で、一人名簿に目を落とす男がいた。
足を組んで椅子に座り、顎鬚を撫でながら微笑むその様子は、殺し合いという場には全くそぐわないように見える。
男の名はルイ十四世。フランスで「太陽王」と呼ばれ、絶対王政の最盛期を演じた英雄である。
「ふむ。カエサルやピタゴラスら古代の賢人も参加しておるのか。それに、我が国の英雄たるジャンヌ・ダルクの名も見えるな」
そうすると、この名簿の中で自分にとって聞き覚えがない人名、それも自分より後に書かれている名前は、自分よりも後の時代の人間だと考えるのが妥当だろう。
これらが厄介な相手となるかもしれぬな、とルイは思った。
自分より古い時代の英雄や、自分と同時代から連れてこられたと思われる人物ならその人柄も弱点もある程度は知っている。
しかし、自分より後世の人間ともなれば全く未知の相手だ。それが、友好的な性格の人間なのか、攻撃的な気性の者なのかすら判別できない。
「朕をこのような些事で煩わせるとは……あのヒトラーなる男、いかほどの人物かは知らぬが礼儀と分というものを知らぬ男らしいな」
煩わしい、そう呟いてルイは名簿をいくつもの紙片にやぶると床に投げ捨てた。
自分を煩わせるものなど、この世界にあってはならない。
それは自分が治める国家を煩わせるものであり、自分が統治する全ての人民を煩わせるものだからだ。
「さて、あのヒトラーなる男の言いなりになるのも癪であるな」
生き残るために自分以外の参加者を全て殺せ、とあの男は言ったが、それに乗るのはそれ自体が彼の敗北を意味する。
そもそも、国家そのものである彼が私欲のために人を殺すなどとは決してあってはならないことだ。
と、そこまで考えたとき、ルイは自分の背後で扉が開けられる音がしたのに気がついた。
振り向いてみると、そこにはみすぼらしい容貌の男が佇んでいた。
農奴のような小汚い衣服に、一片の誇りも生気も感じられない顔。そして、その男には片方の耳が無かった。
取るに足りない小人である、とルイは判断した。
「何者か」
ルイは荘厳な声で男に問いかける。男は微動だにしない。
「いかなる理由があって、朕の思索を中断させたのかと聞いておる」
太陽王はあくまで威圧的に男に問いかける。この程度の男に真正面から向かい合う必要など無い。
しかし、男は口を開こうとすらしない。その代わりに、徐に懐から『何か』を取り出した。
ルイの目には、それはただの鉄で出来た奇妙な形をした置物にしか見えなかった。
男はその鉄の塊をルイの胸元に向けた。
数瞬後、乾いた破裂音が教会に響いた。

「これは……何だ?」
ルイは逍遥するしかなかった。男は自分に指一本触れていない。
なのに自分の胸からは血が吹き出ていて、痛みとも熱さともしれない感覚が体中を襲っている。
まさか彼の時代の馬鹿でかい火縄銃が、後世には懐にしまえるような大きさにまで「進化」するとは、太陽王でも見通せないことだった。
何が起こったのかすらも理解できない中で、ただ一つルイは悟っていた。自分はここで死ぬのだと。
太陽王は顔を上げ、自分を撃った男を見据えると最後にこう呟いた。
「貴公の……生まれの地はいずこか?」
「ズンデルト。だが、今はサン・レミに住んでいる」
「そうか。ならば良し」
男がフランスに住んでいたことが、ルイにとっては唯一の救いだった。

太陽王の命を奪った狂気の画家、フィンセント・ファン・ゴッホは拳銃を胸にしまうと、ルイの死体に祈りすら捧げずにそこを立ち去った。
彼には他の参加者を殺して自分が生きのこる、という展望すらない。
ただ、出会った人間を手当たり次第に殺していくことだけを考えていた。

【一日目・午前一時/教会】

【ゴッホ】
[状態]健康
[装備]拳銃
[道具]支給品一式
[思考]
1、出会う人間を皆殺しにする
※拳銃自殺する直前の時期からの参戦です

【ルイ十四世  死亡】
【残り38人】




前話   目次   次話