無題
目の前で崩れ落ちて行く自称「勇者」を見て、彼は目を覚ました。
「あ、あ・・・」
声にならない。実は彼はいつも幽霊相手で本物の死体を見たことがないのだ。
しかし彼に動揺している暇はない。今の銃声を聞きつけて他の敵もここへ来るだろう。
「立てない・・・い、いや・・・立たねば・・!」
幸いにも太陽は雲に隠れている。彼は至極ゆっくりと立ち上がった。
「すまない、君とは分かり合えそうだったのだが・・・」
隣に横たわる勇者の手からマシンガンをもぎ取り、デイバッグへと詰め込んだ。
そして彼は何とか力を振り絞り、日の当たらない森林地帯へと逃げ込んだ。
「ここまでくればもう・・・」
その時、後ろから威勢のいい通った声で呼び止められた。
「よう、おっさん!ちょっと待ってくんな!」
振り向くとそこには
自分の半身はあろうかという巨大な木製のハンマーを持った男が立っていた。
「今の勇者さん、てめぇが殺したんだろ?善良そうな顔してよくやるぜ!」
男は頭にハチマキ、腹にハラマキといった西洋人から見ると異様な風貌だ。
「まぁお前さんなら今からこの俺が懲らしめてやるけどな、悪く思うなよ」
そしてハンマーである。あの巨大なハンマーを軽々と振り回す腕力は相当のものであろう。
「俺にとっちゃぁ幸いよぅ。デイバッグにのこぎりが入っていやがったからなぁ、
その辺の木を切って俺の獲物を作ることなんざぁ屁でもねぇぜ!」
とにかく私は、絶対的危機にさらされてしまった。男は一歩、また一歩とゆっくり歩み寄ってくる。
その時、私は足元にある小さな違和感を感じた。・・・なるほど。これなら・・・
「あの世でお天道様にでも詫びるんだな!」
男はハンマーを持ったまま軽々ジャンプすると、体重を乗せてハンマーを私の頭上から振り下ろしてきた。
「くっ!」
私はすんでのところで後ろに攻撃をかわし、そのままもう2歩ほど後ずさりした。
男のハンマーはしたたかに地面を打ち、あたりがぐらりと揺れる。
「なんだぁ?意外とはえぇじゃねぇか。ま、次ははずさねぇけどな!」
男はもう一度上段に構えようとする。が、その瞬間足元がガクンと沈む。
「お? なんだこりゃ? おいおいおいおい!」
地面ごと穴に男は沈んでいった。深い穴だが、死ぬことはないだろう。出られるという保障はないが・・・
「て、てやんでいーー!」
「落とし穴を見切る経験がこんなところで役に立つとは・・・しかしこの穴、一体誰が?」
その時私は一人の男を思い出した。名は確か・・・ロードランナー。
穴掘りの達人と呼ばれたレゲー界きっての男だ。
彼とはいつか出会うかもしれない。できれば違うところで出会いたかったのだが・・・
もうこのゲームは始まってしまっている。虚弱で知られた私は皆の格好の獲物だろう。
しかし私は負けるわけにはいかない。これは自分への挑戦なのだ。
彼は歩き出した。限りない自分の可能性を信じて・・・
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