トキワの森の攻防






 はじまりは、いつも単純で陳腐だ。
 そして、当然のようにご都合的で、どこかに神様の思し召しを感じる。
 だけれども、いつからか、それはただの偶然の集まりでしかなく。
 神なんていない。
 そうわかっても
 自分を信仰できるほど、若くなく。
 現実を信仰できるほど、年をとっていない。
 オーキドが「ポケモン図鑑」の完成を諦め、孫とその友人に託したのは、そんな時だった。

 それから、幾ばくして「ポケモン図鑑」は完成した。
 その時オーキドは手元に「バトン」が残っていないことを、ハッキリと自覚していた。
 何もない、空っぽな自分をハッキリと理解したのだ。

「いつまで踊ってんだよ!」
 リザードの鋭い爪がオーキドの真っ白な背中を「きりさく」、それでもストライクは「つるぎのまい」
を踊り続けているトレーナーの命令に嫌々したがっている、というより、トレーナーが死のうと興味
がない、自らの責務を果たすという「いじっぱり」な顔をしていた。
 痛み、まだ痛みが残っていたことに、彼は感謝する。
 まだ自分には「バトン」は残っている、いや「バトン」はいくらでも作れる。
「博士、はやく、はやく逃げましょうよ!
 あなたも、止めてください、こんな殺し合いするべきじゃありません!」
 ミツルの叫びは、誰の耳にも届いていない。後ろで「おくびょう」そうに「からにこも」っているゼニガメにも。
 オーキドの背中に攻撃を加え続けるリザードにも。
 リザードに命令を出している、ロケット団員にも。
 ただ黙々と、痛みに耐えて、いや痛みに感謝しているオーキドにも、届いていない。
「ふん、これで終わりだ」
 リザードの力強い一撃で、オーキドはついに地面に足をつく。
 オーキドは、自分が孫やレッドの礎になったことが不満だった。
 自らの力で、その頂点にたどり着きたかった。
 だが、この殺し合いの場で、自分の身を守ることしか出来ない「おくびょう」なゼニガメや、一生懸
命が空回りしているミツルと出会って、その考えを改めた。
 自分だけでない、レッドや孫もまた、誰かの礎でしかないのだ、と。
 今の生活、いや今の研究において、自分がやったことなんて、赤ん坊の小さな手のひらの上に乗
るぐらいの小さな「バトン」でしかない。
 ただ、その「バトン」には、先人たちの意思が詰まっている。
「ワシたちは、自分一人じゃ何も出来ん
 ソイツのように、爺一人殺すのにも、ポケモンの手を借りなければならん」
 ミツルは必死にオーキドのかすれた声に耳をかたむけていた。
 リザードの攻撃対象は、すでにストライクに移行している、それでも、ストライクは踊り続けている。
 それがストライクの意地だった。
「いいか、だがな、先人たちの多くの知恵によって、ポケモンの生態を、性格を、技を、特性を、進化を理解し
 なつかせることが、出来ている。
 ワシたちは、そんな大きな「バトン」を受け継いでいるのじゃ」
「……博士」
「ふん、茶番劇は終わりか?」
 ストライクはもう、地面に付していた。しかし、それでも、まだ腕だけは、その自慢のツルギだけは踊り続けている。


 バトンがなくなることを、恐れる意味はない。
 死を、恐れる意味はない。
 死は、こんなにも身近でたくさんあるのだから。
「ストライクよ「バトンタッチ」じゃ」

【トキワの森/一日目/深夜】

【オーキド博士】
 [状態]:瀕死
 [道具]:荷物一式
 [ポケモン]:ストライク[つるぎのまい][バトンタッチ][][]
 [思考]:1:ミツルにバトンを渡す
     2:もう一度新しいバトンを作る

【ミツル】
 [状態]:通常
 [道具]:荷物一式
 [ポケモン]:ゼニガメ[からにこもる][][][]
 [思考]:1:オーキド博士を助けたい
     2:ロケット団がにくい

【ロケット団員B】
 [状態]:通常
 [道具]:荷物一式
 [ポケモン]:リザード[きりさく][][][]
 [思考]:1:目の前の二人を殺す
     2:参加者を多く殺し、幹部になる



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