美人に悪はなし






「妹を助けたくば、参加者を五人殺せ」

 可愛い妹ではなかった、と思う。少なくとも、理想とはかけ離れていることだけは、確かだった。
しかし、だからといって、彼女が大切でないこととは繋がらない。ならば、大切なことと他人を殺
すことは繋がるだろうか?
 妹の命と他人の命なら、妹の命を取る。けれど、妹の命と五人の命なら、どうだろう。そもそも
彼女は本当に、ロケット団を辞めたがっているのだろうか? その点においては、大いに考察す
る余地があるはずだ。例えば、実は彼女は色魔であるとか、略奪行為――どちらの側に立つの
かはさておき――に快楽を覚える、可能性がないわけではない。
 なのに、支給品として配られた――おそらく団員に対してはサカキ様が直々に選んだのだろう
――ポケモンを見て、真っ先に「これでは妹を助けられない」と感じてしまったのは、紛れもない
事実であった。
 『トランセル』 キャラピーの進化系、バタフリーに進化する。自ら攻撃する手段を持っていない。
この殺し合いの状況下で、そのハンディはあまりにも重過ぎる。進化するまで、同じ団員とでも手
を組んで戦う、という手を取ればいい。と言いたい所だが、その三日月の上に『変わらずの石』を、
ちょこんと置いているのだった。 取り上げようとしたのだが、かたくなっているせいか石は、びくと
もしない。
 進化しないトランセル。それが与えられた武器なのだ。
 さて、その上でもう一度、妹を助けるべきなのか、を考える。
1.彼女はロケット団が嫌いで退団したい、けれど自分の力では出来ない。
2.彼女はロケット団が嫌いで退団したい、そして自分の力で退団出来る。
3.彼女はロケット団が嫌いだが、退団はしたくない。
4.彼女はロケット団が好きで残りたい。
 1.の場合は、最善を尽くす努力をするべきだろう。2.の場合は放っておいてもいいが、別に努力
を否定するわけでもない。3.の場合――私と同じように何かの理由があって嫌々団に残る意味が
ある――や4.の場合は、彼女のために動くべきではない。
 ロケット団、悪の組織、とは言うものの、仕事の管轄上、人殺しをしたことはない。そして、それを
してもいいことだとも思わない。だから、理由がない場合、3.と4.の場合は、人を殺したくない。
 と、場合分けして考えた所で、彼女と意思を疎通する手段がない以上、どうしようもない。彼女と
最後に話したのは、もう十年以上前だ。


 ふと気づくと、目の前に男が現れていた。道路の真ん中で考え事をしていた、私の責任だ。どう
する、戦うべきか否か、結論はまだ出ていない。
「その服装は、ロケット団やな」
 ジョウト地方の訛り、たしかカントー地方のポケモン転送システムを開発した「マサキ」という男だ。
「ああ、そうだ」
「なんや、無愛想やな」
「悪の組織はそういうもんだ」
「なるほどな」
 ロケット団だと知って、話しかけてくる。よほど自信があるのか? それとも何か別の意味が?
「でまあ、ものは相談や、ワイと組まへんか?」
「馬鹿な、ロケット団だぞ」
「そやけど、あんさんは、さっきロケット団を裏切ろうとしとった」
 彼の自信は、手持ちのポケモンによって、私の心を読んだからか? いや心を読むなんて、そん
なポケモンは……
「ワイのポケモンはユンゲラー、エスパータイプやからって別に心を読んだわけやないで」
「そうか」
 ユンゲラーか。なるほど、彼が何故ロケット団である、というあからさまな危険を冒してまで、会
話を試みたのかがわかった。通信交換による進化だ。それにしても、少々先走りすぎではあるが。
「なんや、気にならんのか? どうしてロケット団を抜けようとしたことがわかったか」
「別に」
「無愛想にもほどがあるな、ちっこいくせにキレイというより、カッコイイ顔がもったいないで、笑い笑い」
「ああ、そうかもな」
「あーもうわかったわかった、ごくごく簡単なことなんや
 そんなふうに「ロケット団が嫌いで退団したい」なんて、地面に書いてたらアホでもわかるわ」
「……なるほど」
 物を考えるときに、メモをしてしまう癖があるのを忘れていた。
「わかってくれたようやな」
「ああ、いいだろう、手を組もう」
「そうか、それはよかった。ならさっそく、わかってると思うけど、通信進化させてもらえへんやろか?」
「ああ」
 トランセルを一旦ボールにしまい。モンスターボールを交換する。
「なにしろ困ってたんや、いくら「トリック」を覚えるぐらい、レベルが高い言うても、所詮は一進化ポケモンや、二進化ポケモンには叶わんからな」
「……トリック?」
「ああ、そうや、トリックや」
 モンスターボールから大急ぎで、フーディンを取り出す。しかし、それは、フーディンではなく、ユンゲラーのままだった。
「用心するために、その変わらずの石、変えさせてもらっといたで
 おっ、このトランセル、バタフリーになってるな。
 なんや、レベルは足りてたみたいやな」
「……騙したのか?」
「そんなことないよ、もし、ワイのポケモン交換したまま逃げられたり、襲われやんように、用心しただけや」
「本当に?」
「ホンマやホンマ、例えばユンゲラーなら襲われても、バタフリーで倒せる、とか、その逆とか考えてないって。
 そんな、上目遣いでみんといて、ちっこいからって嘘付いて騙すようなことするわけないやろ。
 それに、事実あんさんは襲ってこやんかった、ちょっと試すようで悪いけど、ええやろ、そんぐらい?」 
「そうか」
 どうも納得がいかないが、まあいいだろう。
「じゃあ、今度こそホンマに交換しよか
 ああ、そうそう、その前に信用する証拠に本当のこと言うわ。
 地面に字書いてたなんて嘘やで。あんなん、ただちょっとオセンチな顔してたから、言って見ただけや。
 近づいた理由はな」
「なんだ?」
「美人に悪人はおらん」
 立ち上がり、ミニスカートの汚れ払う。
「なるほど、それは摂理だな」
 その意見は非常になっとくのいくものだった。
 なにしろ、”私”の妹も美人なのだ。ということは、当然、ロケット団なんて悪の組織を好きでいるはずがない。
 ”私”は決心してた。妹を助ける、その為に五人の参加者を、殺す。
「おうそうや、美人は正義や。 あっあと、その場所からどいてくれ」
「ああ、その通りだ、だから死ね」
 モンスターボールを出す暇はもちろん、声すら届かないうちに、ユンゲラーに指示を出す。
「サイコキネシ」
 その瞬間、頭に衝撃が走った。
「ああ、やっぱりロケット団はロケット団か、残念やなあ」
「……ど、どういうことだ?」
「自分で考えい、それぐらい」
「そうか」
「ほんま、クールやなあ、自分、死ぬかもしれんのやで」
「そうだな」
「あーもう、自分の死ぬ理由ぐらい知りたいやろ、未来予知、ってヤツや。だからそこ、どかなあかんって言ったやろ?
 あっあとな、トランセル進化してへんで、ハッタリや、そう都合よく進化してたまるか」
「お喋りなやつだな」
「喋ってた方が、人生楽しいやろ」
「そうかもな」
「ああ、そうや、まあこれも最初に裏切ったのが悪いんやで」
「すまない」
「なんや、偉い素直やないか」
「悪いことは悪いことだ、ただ悪いことをしてでもやりたいことがあっただけだ」
「やりたいこと?」
「秘密だ」
「名前、教えてくれるか?」
「ケイ」
「そうか、ケイ、やっぱりアンタは悪人ではないような」
「裏切りの原因も秘密なのにか?」
「ああ、なにしろ、名前が可愛らしい人に悪人はおらん」
「……摂理だ。なにしろ私の妹の名前は」

【3番道路/一日目/深夜】
【マサキ】
 [状態]:通常
 [道具]:荷物一式(二人分)
 [ポケモン]:ユンゲラー(かわらずのいし):「トリック」「みらいよち」「」」「」
        トランセル「かたくなる」「」「」「」
 [思考]:1:ロケット団Aの埋葬
     2:信頼できる仲間の探索(信頼できないのであれば、殺すのを厭わない)


【ロケット団員A 死亡】
【残り44人】




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