OP






「はじめまして。いや、久し振りだな、と言うべき顔も何人か混じっているようだな」

目を覚ましたらその男の声が聴こえてきたのか、もしくはその男の前口上に気付いて目を覚ましたのか。そのどちらだったのかは、兎に角も目を覚ましたレッドにとってはどうでもいいことだった。
重要なのは事態の把握である。少なくとも、異常であるだろうこの事態の。
場所は大広間のような空間。明かりがついておらず薄暗いが、その様相くらいは見て取れる。室内である事は確かなのだが、レッドにはその場所に見覚えがなかった。
シルフカンパニーの一室に似ているため、レッドがまだ入った事のない部屋というだけで、ここはシルフカンパニー本社ビルのどこかなのかもしれない。
そしてその中にひしめき合う、人の群れ。勿論、その中にはレッド自身も含まれている。まるで何かのオーディションか、そうでなければこれから舞踏会でも始まるかのようだった。
が、しかしそれが間違いであることは、部屋を染める不安と困惑の入り混じったざわめきから明白である。
ハナダシティのジムリーダーを務める水ポケモン使いのカスミや、セキエイ高原の四天王の一人でもあるシバなど、レッドの見覚えある顔もその中に含まれていたが、それに気付いた時、再び先程の声が部屋に響く。

「わたしの名前はサカキ。この場では・・・そうだな、『主催者』とでも呼んでいただきたい」

サカキという名前は、レッドの記憶の中にあった。
今はレッドの永遠のライバルでもあるグリーンがその座に着いている、元トキワシティのジムリーダーであり、そしてポケモンを使って悪事を働く事で有名な裏組織、ロケット団のボスでもあった男。
・・・という事は、「久し振りだな」というのは自分に向けて当てられた挨拶だったのだろうか。

「そして君達60人は集められた『参加者』だ。『参加者』達は皆ポケモンという生き物を携え、ある者は戦う事を拒んだり、生き残るために何でもしたり・・・そしてわたしは君達『参加者』達の殺し合いを期待しているというわけだ」

部屋を覆うどよめきがより一層強いものになった。
レッドも自分の耳を疑った。今、凄く物騒な単語が混じっていた気がするのだが。
今のサカキの台詞は確かなものだったのだろうか。声はさらに続く。

「理解できないようならば、もう一度口に出そう」

その台詞と共に突然、がちゃんと壁の一部が開く。薄暗かったせいで解らなかったが、そこに扉があったらしい。開いた扉の周りを取り巻くように、何人かが遠巻きに包囲する。
そこには、黒服に身を包んだ壮年の男性と、見た事のない白いポケモンが立っていた。
黒服の男――サカキの口元が動く。
「君達に今から、殺し合いをしてもらう。――と、言ったのだ」


  * * *


「ようこそ。もう一度挨拶をしておこうか、『参加者』の諸君。わたしがサカキだ」
扉の向こうから漏れる、淡い(恐らくは電球か何かの)光を背に、サカキはレッドを含めた部屋の中の面々をぐるりと見回し、そう告げた。
「・・・これはどういうことだ、サカキ!」
人の群れを掻き分けてサカキの前に少年がひとり、飛び出した。部屋の中の視線が一斉に、その少年に注目する。サカキはその人物を品定めするかのように一瞥した。
「君は・・・グリーン君だったな。以前、君とはトキワのジムで戦ったことがあったな。今では立派に私の後を継いで巧くやってくれているそうじゃないか」
「そんな話はどうでもいい。これはどういうことだ? 今、何と言った?」
グリーンの一方的な問いに、やれやれ、といった具合にサカキは首を竦める。
「今、2度も繰り返し説明したと思ったのだがね」
「ころ、殺し合うって何だ、それは!」
部屋の別のところから、また別の声が上がった。
「お、お前は・・・サカキとか言ったな? 一体これは、ど、どういう・・・」
誰が見ても明らかに怯えている、年の頃はレッドやグリーンとそう変わらないであろう少年だった。困惑よりも恐怖が上回っているらしく、サカキに睨まれてか皆の奇異の視線を受けてか、或いはその両方によってか、声を上げてしまったことを後悔しているようにも見える。
「・・・少年、名前は」
「・・・・・・ぶ、ブルーだ。ポケモンマスターの、ブルー」
「ブルー? ポケモンマスターだと? ・・・わたしの記憶にはないな。グリーンバッジを最後に渡したのはマサラタウンのレッドだったから、君の言葉が本当だったとしてそれよりも後か。もしくは、虚勢を張っているだけか。どちらにせよ」
サカキが片手を皆の前に掲げると、ぱちんと指を鳴らした。
「“あまり、必要ない”な」
次の瞬間、ビリリダマが爆発したような小気味良い音が上がり、続いて悲鳴が上がる。皆の悲鳴の中央にあるものを確認し、そしてレッドはぎょっとして息を呑んだ。
ブルーと名乗っていた少年のからだが横倒しに倒れ、そして――首から上には、あるべきものがそこになかった。飛び散った肉片と、床をじわじわと染める鮮血。どんどんと大きくなる悲鳴と泣き声。パニックの中、サカキがひとりだけにやりと笑みを浮かべていた。
瞬時にグリーンが腰に手をやり、そしてその目を驚愕に見開く。はっとしてレッドも自分の腰のあたりを両手でまさぐるが、ジーンズとベルトの他に手に触れるものは何もなかった。
「・・・静かにしてくれないか。どこから説明すればいいか、わからない」
別段声を張ったわけでもないサカキの台詞だけで、この混乱が収まるはずがない。だが、それでも次の台詞で静まらぬ者はいなかった。
「彼のような者が・・・もう一人、必要かね?」
し・・・ん。
絶句、と呼ぶに相応しい静寂を前に、サカキは満足そうに言葉を続けた。
「よろしい。では、詳しいことを今から説明させていただくとしようか」
「まず、もう既に気付いている者もいるだろうが、君達のポケモンは預からせてもらった。自分のポケモンなどがいれば、公平さを欠くだろう? それではこの『ゲーム』が面白くない」
サカキの言葉で初めて気付いた者もいたのだろう、周囲で何人かが自分のポケモンの入ったモンスターボールを探る気配がわかった。
「そして同時に、君達の所持品もだ。帽子などの小物や服装などには何も手を出していないが、道具の類は全てこちらで預からせてもらっている。
その代わり、君達の背負っているリュックの中には、こちらで支給させて貰ったアイテムと、ポケモンの入ったモンスターボールが何かしら入っているはずだ。
種類はこちらで選んだものだが、どの道具が、どのポケモンが誰に支給されているかは、完全にこちらの意図は関与していない。何が入っているかは、ランダムだ。
・・・おっと、自分のリュックを確認するのはわたしの話が終わってからにしてもらおうか」
レッドは、サカキの話を聞きながら思考を巡らせていた。目の前で人が死んだのは現実だ。今でもちらりとそこに目をやれば、首の無い少年が転がっているのだ。
足が震えているのが解る。ポケモンも道具も奪われ、サカキは一体自分達に何をさせたいというのだろうか。殺し合い? 一体、何のために?
「それと、ポケナビも全員の支給品に入っている。これの機能に関しては、各々で確認してくれればいい。・・・次に、さっきの・・・ブルー君に起こったことだが。君達の首には、特別製の『首輪』を嵌めさせてもらった」
はっとしてレッドも自分の首に手をやる。硬くて冷たい、金属の質感がそこにあった。
「無理に取り外そうとするな。強い衝撃を与えるな。わたしに逆らおうとするな。以上の行動を取った時、その首輪は爆発する」
一際大きいざわめきが起こる。レッドの頬を冷や汗が伝い落ちた。この首輪の存在に気付いてから、きつく締められているわけでもないのに、なぜか呼吸がし難いような感覚に襲われる。
「君達はこれから、戦地に赴くわけだが・・・地図はポケナビを使って確認してくれればいいのだが、6時間置きに『禁止エリア』というものを設ける。
『禁止エリア』となった場所には、それ以後足を踏み入れるだけで首輪が反応し、爆発するようになるので注意することだ」
そこまで喋ったところで、サカキはふうと溜息を吐くと、再びぐるりと、レッド達を見回した。
「・・・ふむ、説明はこんなところか。説明不足や、わたしが至らないせいで今ひとつ理解が及ばないであろう者もいるだろうが・・・それは各々が自分で確かめたり、またわたしも時折君達にアドバイスをあげることもあるだろう。
・・・・・・では、ミュウツー。彼らを、戦場に送り届けてやってくれたまえ」
サカキの脇に控えていた白いポケモン――ミュウツーというのがその名前なのだろう――がすっと片手を前に掲げると、その周りに何か違和感を感じる空間の捻れのようなものが漂い始める。次の瞬間、レッドの全身を浮遊感のようなものが包み込んだ。
「これは・・・・・・エスパーポケモン特有の・・・・・・」
慌ててその力場から逃げ出そうとするが、時既に遅かった。最も、もっと瞬時に反応できていたとして、どうにかなったものとも思えないが。
「では、諸君らの健闘を祈る」
浮遊感に包まれたまま、レッドの耳に最後に届いた言葉は、サカキのものではなかった。


――わたしは、なぜここにいるのか――


【残り45人】



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