異文化コミュニケーション






夜もいよいよもって深まり、眼前に見下ろす草木たちはとうに眠りについている。
生い茂る森には囀る小鳥の声はなく、嘶くのは肌を撫でる生ぬるい風の鳴き声ばかりである。

この悪魔のような催しを始めた父の真意を知り、この狂行を止める。
そのためならばいかなる手段もいとわない。
夜の中、レクス・ツヴァイ・グラスデンは誇りを胸にそう決意を固めた。

そして今、その誇りを思い出させ、決意を固めるきっかけを与えてくれた女性、日高未来に対して協力を求め差し伸べている。
あの時の未来の声を聞かなければレクスはあの場で自害していただろうし、彼女の強さを目の当たりにしなければ、その誇りを取り戻すこともなかっただろう。

「えっと、力を貸すっていっても、私なんかで何の役に立つのかはわかんないけど。
 とりあえずよろしくお願いします。でいいのかな?」

ははっ、と照れ笑いを浮かべながら、彼女はおずおずとこちらが差し伸べた手を取ってくれた。
父、帝国皇帝アーク・ヌル・グラスデンとは、この場にいる人間にとって己の命の価値を地に貶めた諸悪の元凶の根源である。
その息子であるという罪の暴露にも似た発言は、ある意味、殺されても仕方がないような発言だっただろう。
だというのに彼女は、そのことに関して、なにも聞かず手を取ってくれた。
それは彼女なりの心遣いなのだろう。

「よ、よし。それじゃあ、仲間もできたところでもうひと頑張りしますか!」

照れ隠しのように元気いっぱいに声を上げると、彼女はクルリと踵を返し、塔の屋上の縁に向かって身を乗り出した。

「…………何をなさるおつもりで?」
「何ってもう一回呼びかけるのよ。
 恭に――あ、恭っていうのは弟のことね――、それとあなたみたいなこんな馬鹿げた話に反撃しようとしているいい人に向かって」

僕の素性を知ってもなお”いい人”か。
その真っ直ぐな生き様は呆れるを通り越して羨ましさすら思えそうだ。

「…………僕はいい人なんかじゃありませんよ。
 それに、呼びかけるのはもうやめておいた方がいい、先程も言った通りそんなことをすれば危険です。
 今だって先程の声を聞きつけた誰がここに来るともわからない、一刻も早くここから避難すべきだ」
「誰かが来るっていうんなら望むところよ。っていうかそのために呼びかけたんだし。
 それにもし呼びかけを聞いた恭や協力してくれるつもりだって人がこっちに来てたら、私がここを離れちゃすれ違いになっちゃうでしょ?」

人の注目を集めるような行為がこの場でどういう意味を持つのか、彼女にだってわからない訳ではないだろう。
現れるのが必ずしも善人であるなどという保証はない。
今回はたまたま僕に敵意がなかっただけだ、そんな偶然は続かないし、まして僕は善人でもない。
少なくとも自分で自分が善人であると思ったことは一度もない。
あるいは現れるのが悪人でも説得できると信じているのだろうか。

「弟さんを待つのは別にここでなくともいいでしょう。
 塔を訪れる人物を認識できればいいのなら、こんな下から危険人物が来た場合に逃げ場がない塔の屋上などでなくとも、もっとほかに安全な場所があるはずだ
 まずは、そこに移動して塔に訪れる人物を待った方がいい」

本音を言えば、一刻も早くこの場から大きく離れたい所だったが、折れそうにない未来の態度を察してか折衷案を提示する。
未来は少しうーんと唸ったものの、ここから離れることを了承してくれた。



「足もとに気を付けてください」

そう言って、円環状に張り巡らされた螺旋階段を下ってゆく。
足もとは朧気。塔にある明かりといえば、窓から漏れる月明かりと、等間隔に配置されたほのかに揺らめく蝋燭の灯のみである。
未来の手を取りながら、慎重に古い石作りの壁を伝い、最下層へたどりつく。
そして、外へと繋がる門に差し掛かった所で立ち止まる。
もしあの声を聞いた誰かいたとしたならば、何か仕掛けるとしたらここだろう。

そう思い、未来を下がらせ慎重に門を押し開く。
重々しい音を立てて観音開きの門が開く。
奇襲、強襲、待ち伏せ、トラップ。
あらゆる状況を想定しながら待ち構えるが、その先にあったのは、想定外の影だった。

「魔物!?」

あったのは人から外れた異形。魔の者の姿。
この地が安全地帯だとは思っていなかったが、まさかこの舞台が魔物の徘徊する危険地帯だったとは。
純粋な人間同士の殺し合いだと思い込んでいただけに、レクスにとって魔物の存在は予想外だった。
闘争の場に不純物を紛れ込ませるなど、父であるアークらしからぬ不配慮である。
その驚きもそれ故だ。
だが、いつ襲いかかってくるとも知れぬ魔物を前に、いつまでも驚いている場合ではない。
軍師として直接前線に立つ機会はなかったものの、彼とて帝国軍人のはしくれ、たかだか魔物一匹に後れを取るつもりはない。

レクスは先手を取るべく、魔法を詠唱をしながら、魔物へ向かって踏み出した。
だが、後方から唐突にひかれた袖口に、その動きを止められる。

「待ってレクスくん」
「未来さん!?」

いつの間に後ろにいたのか、振り返れば未来が袖口を掴みこちらの動きを制していた。

「あの子の首、私たちと同じ物がついてるわ」

言われて確認してみれば、なるほど魔物の首と思しき位置に我らと同じ枷が見える。
つまり奴は魔物ではなく参加者の一人ということか。
魔物が参加者というのは驚きだが、正式な参加者であるというのならば父が配置したのも得心がいく。
だからと言って、撃退するという事態に変わりはない。

「ひょっとしたら、私のさっきの声を聞いて集まってくれた人かもしれないわね」
「…………………はい?」

未来の発言に目を見開く。
先ほどの声を聞いて集まった?
それはそうだろう。
だが、問題はその目的がなんであるかである。

「私が話をしてみるわ。任せて」
「ちょ…………っ!」

そう言うが早いか彼女は魔物に向けて歩き始めた。
引き留めようと手を伸ばすが、それよりも一手早く、彼女の端正な口元から、気持のいいくらいよく通る大きな声が響いた。

「私は日高未来! 私たちに戦う意思はないわ!
 そこのあなた、あなたにも戦う意思がないのなら私たちの話を聞いてくれないかしら!?」

思わず呆気にとられて動きを止める。
何を馬鹿な。
その行為は無意味だと心の中で首を振る。
理性をもたぬ魔物に言葉など通じるはずがない。
竜などの力を持った魔物の中には人語を解すものもいるが、どちらにせよ同じこと。
魔物と人間はお互いに相いれない存在だ。
出会った以上、殺すか、殺されるかの二つに一つ。
奴らとの共存の道などない。
そんなことは、あの世界に生きる人間ならば幼子でも理解している世界の真理だ。
それ故に、奴らが此方に来るため開こうとした、魔界の門を封じた父の功績は称えられるものであり、そんな父を尊敬してたのも確かである。

だからこそ、

――――うん。僕も争う意思はないです、一緒にお話しさせてください。

そんな、返答が返ってきたのは天地がひっくり返る程度には意外だった。



「ね? 言ったとおり、いい人は沢山いるって」

そう言って僕の心配を笑うように、胸を張る彼女は誇らしげだった。
はたして集まったのは人であるかは瑣末な問題として、確かに話してみればわかることもある。

事実彼は善人であった。
外見こそ魔物のそれであるが、性格は温厚かつ非好戦的。
掴みどころのない外見とは裏腹に内面は酷く幼く、純真だと言っていい。
いや、外面から年齢が読み取れないだけで、実際に幼いのかもしれない。
この時点ですでに己の知る魔物の特徴とは大きく乖離しまるで一致しない。
意思疎通ができる時点で異常なのだ。
つまり彼は魔物ではなく、

「つまりビリーくんは宇宙人ってわけだ」

――――うん。というより僕から見れば未来お姉さんたちの方が宇宙人なんだけどね。

「はっは。それもそうね」

未来の言葉にビリーが頷き、二人は和やかに笑い合う。
ちなみに、彼の本当の名前は我々では聞き取れない発音であるらしく、便利上、友人につけてもらったビリーという名を名乗っているらしい。
そして、どうやら彼は魔界の民ではなくウチュウという国の人間(?)であるらしい。
聞き覚えがない国の名である。大陸外の国の名だろうか。
だが、未来はウチュウ国が何たるかを知ってるような口ぶりである。

「オカルトはあんまり信じない性質だったけど、実物みると宗旨替えしないといけないかしら?」

ウチュウの民はなにかしら呪いにでもかかっているのだろうか。
未来は彼の外面にたいして驚いたというより納得したように声を漏らした。

「それで、ビリーくんは私たちと会うまでどうしてたの?」

――――うん。知り合いを探してたんだけど…………。

切々と語るビリーの話を要約すると。
放りだされ知り合いを探そうと決起するも、一人でいるのが怖くなって断念。
そこに現れた僧侶のような格好をした人物と接触を試みるが、相手はそれに応じず失敗。
足止めを食らい、煙に巻かれたところで未来の声を聞いてこちらに来たということだ。

「ふーん。大変だったのねビリーくんも」

――――でも、未来お姉さんたちがいい人でよかった。勇気を出して正解だったよ。

和やかに会話を交わし笑い合う二人を横目に、僕はまずい流れに心の中で舌をうつ。
いや、彼女の性分と、彼の性分を知った時点で予測できていたことだが。

「よし、それじゃあ、ビリーくんも私たちと一緒に、」

息を吐く。
瞳を閉ざし、いつも通り、静かに心の温度を下げてゆく。

「いえ、残念ですが、彼とはここでお別れです」

そして、彼女の言葉を遮りながら冷たい声で口にした。
僅かな間。
そして、僕の言葉を理解したのか未来がこちらを見つめ返す。

「…………どういう意味かしら?」
「どうもこうも、そのままの意味ですが?
 僕は彼とは行動を共にする気はありません、ですので彼とはここでお別れです」

予想通りの未来の問いに、心を冷たく凍らせながら冷静に答える。
目的のため、ここで間違うわけにはいかないのだから。

「どうして? 私たちも、ビリーくんもこんな馬鹿な殺し合いなんてしないわ。
 だったら一緒に協力していくべきじゃない。
 ……それとも、まだビリーくんが殺し合いをするつもりだって疑ってるの?」
「いえ、少し話しただけですが、彼に害意がないことはわかりました。
 彼が僕らに牙をむく可能性も少ないでしょう」
「だったら、」
「ですが、彼と同行はできない。
 彼と同行した場合、僕らはほかの参加者にあらぬ誤解を受けることになる」

未来の言葉を切って強く言い放つ。
こちらの語調に未来は僅かにたじろぐも、すぐさま気丈さを取り戻す。

「あらぬ誤解、って…………なによ?」

問い返す、未来は理解していない。

――――………………。

本人は痛いほどに理解しているのか、ビリーは何も言わない。

「実情はどうあれ、彼の外見は魔物のそれだ。
 はっきり言ってこの姿を見て交友的な感情を抱くものは少ないでしょう。
 それと同行していればどうです? 他の人たちに僕らはどう見えると思いますか?」

彼を見て警戒しない未来のような人間の方が稀有なのだ。
始めて彼を見た僕がそうしたように、相手が自らに害をなす魔物と見れば問答無用で襲いかかる輩は多いだろう。
それに巻き込まれればたまったものではないし、最悪、魔物と手を組んだ者として悪名がこの場で蔓延する可能性だってある。
そうなれば他の参加者と手を組むことは絶望的になり、ゲームに乗ったもの脱出を目指すもの両方から狙われる最悪の立場に陥ってしまう。

――――………………。

ある程度逆上することも覚悟していたが、自らを侮辱する言葉に対してもビリーは何も言わない。

「……外見で人を判断しちゃいけないって教わらなかったかしら?
 ビリーくんは魔物なんかじゃないし、話せばいい子だってみんなわかるわよ」

何も言わないビリーの代りに言葉を放つのは未来の方だった。
その視線には明らかな怒りが含まれている。
だが、その程度では何も感じない。

「それは素晴らしい心がけですが。
 残念ながら初対面の相手の判断基準なんて見た目が殆どですよ。とくに戦場ではね
 彼の見た目はただそれだけでこちらの不利となる要素だ。
 未来さんは先程、話せばわかると言いましたが、確かにそうかもしれませんが、戦場でそんな機会が与えられることなどない。
 明らかな脅威に対してわざわざ話しかける酔狂な人間などいません」

「だからって、この子をこの場に置き去りにするっていうの?
 こんな、誰に襲われるともわからない場所に。一人きりで」

「はい。その通りです」

「っ! この、わからず屋、」

激昂した未来が僕に掴みかかろうとする。
だが、

――――大丈夫だよ。未来お姉さん。

未来の動きを酷く穏やかな声が制した。
その声はそれまで僕らの問答を黙って見守っていた、話題の中心から発せられていた。

――――僕は一人でも、大丈夫だから。

そう言ってビリーは僅かに身を縮こまらせた。
その様子は寂しがっているようにも見えるし、何かに落胆しているようにも見えるが、黒い渦のような外面からは読み取ることはできない。
ただ、彼から感じられる雰囲気だけが、それまで感じられた幼さとは対極にある達観という感情に変わっていた。

「……………………」

それはそうだろう。僕は何も言わない。
少し想像力を働かせてみれば誰でもわかることだった。
人並みの知性をもちながら、人から外れた姿をした彼が今までどのような人生を歩んできたのか。
これまで外からどんな扱いを受けて生きてきたのか。
疎まれ蔑まれ腫れもののような扱いを受けることなど、彼にとっては珍しいことでもないのだろう。
そんなことは解りきったことだ。
そこに同情も憐憫もない。
それで彼が諦めてくれるならそれでいい。

「…………やっぱり。私はビリーくんを置いてはいけない。
 自分の身が危なくなるかも知れないって理由で、誰かを見捨てるようなマネは、私は絶対にしたくない」

だが、彼が諦めたとしても、彼女は諦めようとはしなかった。
幾分頭は冷えたのか、声には冷静さが戻っていた。
彼女も彼の境遇に関して同じ想像に至ったのだろう。
その境遇に同情したのか、はたまた単純に彼に情が移ったのか。
どちらにせよ、1時間にも満たない短いつきあいながらも、その決断は彼女らしいなと、そう思えた。

「見捨てるも何も、貴女が一緒にいたところで彼の助けになるとは思えませんが」

どう見ても彼女は戦いなどとは無縁な一般人である。
ブラドー将軍はもとより、他の人間に襲われたとして、彼女では誰かの死を食い止めるどころか足手まといになるだけだ。

「うっ……さらっと酷いこと言うわね。
 確かに私じゃ頼りないかもしれないけどさ…………それでも、やっぱり一人でいるより誰かが側にいるだけで心強いじゃない。
 あなたは違う? だったら、どうして私に手を差し伸べてくれたの? 自慢じゃないけど、さっき彼方が言った通り私は何の役にも立たないわよ?」

「それは、……………」

彼女の悲しげな瞳が僕の翠の眼を射ぬく。
すぐさま答えを返そうとして、のどに詰まって、息を飲んだ。

何故。
そういえば、なぜ僕は彼女に手を差し伸べたのだろう?
確かに彼女を強い人だと思った。
僕なんかとは違う、強い人だと。
それは一種の憧れのようなものだ。
だから、彼女は生き残るべきだと思ったんだ。
いや、彼女に限らず救えるものはできる限り救いあげていきたいとは今だって思っている。

「ただの偽善的な行動ですよ。深い意味なんてない。
 だが彼は違う。彼の存在は明らかに僕にとって不利益をもたらす。
 だから、切り捨てる」

僕は、彼女のような善人とは違う。
打算的で、独善的な偽善者だ。
僕には父と相まみえ、その真実を知るという目的がある。
彼を抱え込めばその目的が遠ざかる。
故に、切り捨てるものは切り捨てる。
そう、たとえ、彼の身に、先程僕が想像した最悪の状況が確実に降りかかると知っていても。

「言ったでしょう? 僕はいい人なんかじゃないって」

冷笑を浮かべながら言い放つ。
情に流され、決して間違えないように、戦場に立つときは常にそうする。
そすれば幾らでも非情になれるのだから。

「違うわ」
「何がです?」
「今のレクスくん。すごく怖い目をしてる。まるで、あの人たちみたいな…………」

その言葉に、凍りついたはずの心が揺さぶられた。
あの人たたちとは父や将軍のことだろう。
内心を、凍りつかせた心の内を見透かされた気分だった。

彼女は僕に彼らと同じモノを見たといった。

「できればレクスくんには無理してそんな目をしてほしくない」
「何を勘違いしているのかは知りませんが、僕は無理なんかしてませんよ」

動揺を悟られぬよう、平静を装い強気の膜を張る。

「してる、私にはそう見える」

何を根拠にしているのか、確信をもった口調だった。

僕は無理をしているのだろうか?
思わず自分に問い返す。
そういえば、いったいいつから僕はこうして心を凍らして戦場に立つようになったのか?

戦場が怖かった。
殺されることも怖かったし、何より誰かを殺すのが怖かった。
軍師という立場上、直接人の生死に関わることはなかったが、自分の指示一つで何千、何万という人間が死ぬ。
その事実に耐えられなかった。
そんな臆病な自分を誤魔化すために僕は自分の中の英雄をイメージした。
決して間違わず、常に最善を得るため適切な判断できるような人間。
その英雄になるため僕は私情を捨て、心を凍らせ、常に最善を選べる人間になったのだ。

彼女はそれを父のようだと言った。
ああ、あるいはその通りなのかも知れない。
常に間違わず、常に最善を選び、常に最強であり、常に間違っている。
それは僕が憧れた父そのものだ。
心を凍らせた悪魔の皇帝そのものだ。

僕は、あれ程恐れ畏怖した父のような眼をしているのだろうか?
僕は、いつも戦場でそんな眼をしていたのだろうか?
僕は、今もそんな眼をしているのだろうか?

「お願いよ、レクスくん。
 誰かを見捨てるとか、切り捨てるとか、そんな悲しいことは言わないで。
 私はなんの力もない、ここにいる人たち全員を助けることなんてできない。
 けど、私は私の知る誰かが私の知らない所で死ぬのなんて嫌なの。
 だから私はビリーくんと一緒にいたいし、彼方にもそうあってほしい」

未来が告げるその言葉に、ため息を漏らす。
彼女の意見は合理性のない感情論だ。
それをなす力もなければ、打算もない。
純粋なまでの我が侭だ。

「我がままですね」
「そうかも。ごめんなさい」

だからこそ、僕の負けだった。
何一つ意志を曲げず、何一つ見限らず、何一つ諦めない。
つくづく強い人だ。そう思う。
それは、僕の理想としていた父の強さとは対極の強さだった。

「……わかりました。
 貴女には恩がある、それも返さず喧嘩別れするのも寝覚めが悪い」
「恩? 私なにかしたっけ?」

疑問符を浮かべる未来を傍目に、一歩離れた場所から僕らのやり取りを見守ってたビリーに向き直る。

「ビリー。僕は君に酷いことを言ってしまった。
 そのことを心から謝罪し、これからの道のりを共に歩むことを許してほしい」

膝を突き、こうべを深く垂れ謝罪する。

――――え? い、いいよそんな。僕は気にしてないから。

慌てたようにビリーが頭を上げるよう要求する。
だがそれではこちらの気が済まない。
軍師レクス・ツヴァイ・グラスデンとしてはあの判断が間違っていたとは思わないが必要なことだ。
皇族が頭を下げるなどと、姉上あたりなら激怒しそうな話だが、これはレクス・ツヴァイ・グラスデン個人としてのけじめだ。

「よし、これで仲直りっと!」

そう言って未来が無理やり、ビリーの手と思しき触手数本と僕の手を握らせ、その上から自分の両手を重ねた。
僕は柔らかな感触を感じながら、ビリーの触手を強く握り返した。

半端に未練を持ってもマイナスにしかならない。
彼を受け入れないという頭を完全に切り替える。
彼を受け入れると決めた以上、その不利益を含めて戦略を立てるまでだ。

(待っていてください父上。僕は貴方とは違う強さを持って貴方のもとに辿り着く)

先ほど、少し違う決意を、先ほど以上に強く固めた。

【一日目黎明/2-C 塔の入り口付近】
【レクス・ツヴァイ・グラスデン@ファンタジー的異世界】
【状態】健康
【装備】護法刀
【道具】支給品一式、不明支給品×0〜2(確認済み)
【思考】
基本:父の真意を知る、目的達成の不利益になるものには容赦はしない
1:殺し合いには出来るだけ乗らず、犠牲は最小限に止めたい
2:姉が心配

【日高未来@非日常的現代世界】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】支給品一式、拡声器、不明支給品×0〜2
【思考】
基本:殺し合いには乗らない
1:レクス、ビリーと行動
2:弟を探す

【ビリー(仮名)@仮想SF+ロボット世界】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】支給品一式、不明支給品1〜3
【思考】
1:レクス、未来と行動する
2:知り合いと合流したい



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