オープニング






「…………ぅん」

仄暗い泥沼の底のような、深い眠りから目を覚ます。

反乱軍の一兵である私、ルナ・ノーグ・ブランズウィックは明日に決戦を控えた野営の最中であった。
帝国軍の拠点の一つを強襲するべく反乱軍の皆と山中を進軍していた。
この作戦は帝国への反乱の狼煙を上げる重要な作戦であり、私にとっては初の実戦となる予定の戦場でもある。
明朝の控えた戦闘を前に意識が昂りすぎたのか、まだ真夜中だというのに目が覚めてしまったようだ。

ゆっくりと体を起こす。
野営にもだいぶ慣れてきたが、まだ少し体が重い。
覚醒しきらない意識であたりを見渡してみる。
猫族は種族の特性として夜目が利く。
少なくとも月明かりがあれば十分にあたりを見渡すことが可能である。
だというのに暗闇以外に何も見えない。
テントの中であるとはいえ、月明かりくらいあってもいいものだが。
真夜中であったにしても何も見えないというのはいささか異常である。
そういえば外から吹く風も感じられない。
まるで閉ざされた室内にいるような感覚だ。

「…………姉さん?」

何かがおかしい。
焦燥感にも似た違和感に胸を押され、すぐそばで眠っているはずの姉に声をかけるが反応がない。
姉さんは反乱軍のキャンプで共に眠っていたはずだ。
どこに行ったんだろうか?

手探りで、身を起こそうとした瞬間、目の前に明かりが灯った。
突然瞳に吸い込まれた光の束に目を細め、とっさに光から目をそらす。
ふと後方を見れば、暗闇で気付かなかったが幾つもの人影が見えた。
あまりに強い光と影のコントラストのおかげで顔までは認識できないが、影の数は10や20では足りない。
反乱軍の皆だろうかと一瞬思ったが、武装した屈強な男とは似ても似つかないシルエットもいくつか見受けられたためこれを否定した。

光の方へと視線を戻す。
なんとか目を凝らしてみれば光の中心にうっすらと何かが見える。

(王座…………?)

徐々に目が慣れてゆき、光の中心に現れたそれが王座であると認識できた。
そして、王座に鎮座する人物を認識した瞬間、瞳孔が開き、全身の毛が逆立った。

光を返す白刃の様な銀の髪。
上等な宝石のように光り輝く碧色の瞳。
その全身を包むのは光り輝く黄金の鎧。
だというのにその男が見る者の心に抱かせるのは闇のような黒。
見ているだけで肺を染め上げられ、息が止まるほどの威圧感に飲み込まれる。
見間違えるはずもない。
その男こそ、我が祖国を滅ぼし、恐怖で支配に支配された世界を作り上げた諸悪の根源。
帝国皇帝アーク・ヌル・グラスデンその人である。

「アアアアァァァーーークゥゥゥゥゥッ!」

喉を震わせる叫びをあげ、腰元から剣を引き抜く。
そしてそのまま猫族特有のしなやかな筋肉を引き絞り、跳ねるように駆けだした。
剣を水平に構え、疾風もかくやと王座へ向けて駆け抜ける。
だが、次の瞬間、本能的に感じた悪寒に従い、咄嗟に足を止め後方に全力で飛びのいた。
それとほぼ同時に横合いから飛び出した、豪、と風切る暴風。
先ほどまで私のいた空間が、巨大な剣によって一刀両断に切り裂かれる。

「貴様は…………ッ」

人の身の丈ほどはありそうな大剣を持ち、さも当然のように道を阻むのは帝国皇帝の懐刀、テイル・D・ブラドー。
打倒帝国を掲げる反乱軍にとっての最大の障壁。
大陸中に名をはせる剣士にして、帝国兵を率いる帝国軍の総大将である。

だが帝国皇帝が目の前に、手の届くところにいるという千載一遇のチャンスである。
状況こそ理解できないものの、このチャンスを不意にするつもりはない。
すべては帝国の悪政に苦しむ民の為。失われた祖国の為、奴はここで討たねばならない。
覚悟を決め、愛剣の柄を強く握りしめ手の震えを無理やりに押さえつける。
それを見たテイルが常人であれば持ち上げることすら困難であろう大剣を軽々と構えた。
たとえ大陸を分かつ山脈よりも険しい壁が立ちふさがろうとも、これを突破する以外の道はない。


「――――構わん。下がれテイル」

遥か高みよりの声。
何物にも突破することは不可能であると思われた障壁は、そのたった一言で打ち崩された。
あっさりと引き下がった大陸最強の男は武器をその場に置き捨て、片膝を付きやうやうしくこうべを垂れた。

「申し訳ありません。出過ぎた真似をいたしました」

そう言って、帝国将軍は私の目の前で無防備な姿を晒す。
それはつまり、すぐ脇で武器を持ってたたずむ反乱軍の一兵よりも、皇帝への礼を優先したということ。
要するにこの男にとって私への危機感なんてその程度のものでしかないということだ。
この状況でも十分に返り討ちにする自信があるのだろう。
なにせ、千の兵を持ってすら倒せないと謳われる最強種・黒龍の巣に単身で乗り込んで平然と生還するような男だ。
城下に流れるただの噂話だと笑い飛ばせればどんなに幸運だろうか。
この私が倒せるのだろうか? そんな化け物を?
私なんかが倒せるのだろうか? そんな化け物たちを?
運動をした訳でもないのに呼吸が乱れ、心臓が跳ねる。
生ぬるい汗が全身を伝い、水分の足りない喉が張り付く。
ああ、そういえば反乱軍の皆はどこにいるんだろう。
姉上や兄上はこの場にいるのだろうか?
ここは、どこだ?
私はなぜこんなところにいるのだろう。
目の前には世界中に溢れる悲劇の元凶たる皇帝と、その守護者の無防備な背中がある。
そして私の手の内には刃が。
何を躊躇う。
手を突き出せばすべてが終わる。
さあ――――。


「――――エウローペ」

意を決して動き出そうとしたその瞬間。
それに合わせたようにパチンと遥か高みで佇む帝国皇帝が指を鳴らした。
機を外されて思わず動きを止める。

皇帝の合図に応えるように王座の陰より現れたのは、目深にフードをかぶった腰の曲がった老女だった。
あの老女には見覚えがあった。
たしか、滅ぼされた私の祖国で王宮に仕えていた魔術師の一人だ。
かなりの使い手であり、姉上の暗黒魔法でもあったはずだ。

現われたエウローペが片腕で虚空に陣を描く。
陣から黒い光が怪しく放たれたかと思われた次の瞬間、強く握りしめていた剣が手の中から消えていた。

「なっ」

思わず驚愕の声を洩らす。
だが、どうやら武器を奪われたのは私だけではないらしく
周囲の暗がりからも混乱の声が漏れ聞こえた。

「ざわつくな。武器を没収しただけだ。
 俺としてはどちらでもいいのだが、今ここで暴れられてもかなわんらしいのでな」

アークの一声に波が引くように周囲のざわつきが収まった。
ただそこにいるだけで全てを掌握するような存在感。
これが帝国皇帝の力なのだろうか。

「して、このような衆目に御身を晒すなど、いったいどの様なお考えが御有りなので?」

これまでの事態にも動じるでもなく、テイルは一人冷静にアークに向けて問いかける。
どうやら、テイルにもこの事態は知らされていなかったのか、いたく不満げな調子にも見える。

「それを、今から説明するところだ」

そう気だるげに言いながら、アークが王座から立ち上がる。
それだけで張りつめた空気がビリビリと震えた。

「今から貴様らには、殺し合いをしてもらう」

アークから告げられたその言葉に周囲の影から先ほどとは比べ物にならないほどの動揺が広がった。
かく言う私も内心は動揺しているが、それ以前に事態への理解が追い付かないというのが正直なところだ。


「殺し合い? それはいったいどういった意味で?」

周囲の混乱を尻目に、テイルが口火を切り疑問を述べる。
ほかの皆は様子を見ているのか、それともアークの放つ威圧に呑まれてしまったのか誰も口を開かない。

「そのままの意味だ。ここにいる者たちで最後の一人になるまで殺し合いをしてもらう。
 もちろん場所は移すし武器や最低限必要なものはこちらで用意する。
 そうだな。武器はこちらで用意したものに、さっき取り上げたものを加えてランダムに配ることにするか。
 ここまでで質問はあるか? 最後になるかも知れんのだ、ある程度は答えてやるが?」

「意図を掴みかねます」

アークの言葉に問い返したのはやはりテイルだった。
皮肉にもアークに対して真正面から意見をぶつけられる胆力を持っているのは、その忠臣たるテイル一人だけになっていた。

「意図というのはこのゲームの意図か? それとも俺の意図か?」
「そうですね、前者も気になるところですが、私の立場的には問質すべくは後者かと」
「ならば、わざわざ問わずとも、俺の意図ならば解るだろう、お前なら?」

にべもないアークの返答にテイルは大して考えるでもなく即答した。

「闘争、ですか」
「そうだ。あらたな闘争の火種を、ひいては更なる帝国の発展を。
 これはそのために必要なプロセスだ、理解したか?」
「御意に。それが更なる帝国の発展のためとあらば」

イカれてる。
あっさりと殺し合いという事態を受け入れる様を見て内心浮かんだ正直な感想だ。
帝国を崇拝する狂信者。
いかに人格者の皮をがぶっていようとも、それがこの男、テイル・D・ブラドーの正体だ。
そのやり取りを間近で見ながら、こんな人間たちに支配されている世界を憂い吐き気がした。

「ふっ、ふざけるなぁああ!」

突然後方から甲高い叫びがあがった。
覚束ない足取りで前に出てきたのはどこぞの貴族とった風な身なりをした、若い男だった。
だが、今の男に貴族としての風格はなく、興奮のためか眼は血走り、ヒステリックに掻き毟られた頭髪は乱れに乱れていた。

「殺し合いだと? バカバカしい、この私を誰だと思っている!
 由緒正しきルムール家の当主、ルムール・ド・シュバルツ・ハインデッヒV世だぞ!
 どこの田舎貴族だかしらんがこの私にこのようなことをしてただで済むと思っているのか!」

それはアークを真正面から批難する勇敢なる行為だったが。
顔面蒼白になりながら追い詰められるように叫ぶその様は、勇敢というより重圧に耐えきれず発狂したという方が正しいだろう。

「聞いているのかこの泥くさい白髪ネズミめ!
 殺し合いなどという割らない冗談のためにこの私をこのようなわけのわからん場所に連れ込むなどと、それだだけで万死に値する。
 必ず後悔させてやる! 聞いているのか! おい、なんとかいったらどうなんだ! おい!?」

息も絶え絶えに飛び交される罵詈雑言に、テイルは少しだけ不愉快そうに眉を寄せ、アークは少しだけ楽しげに口の端を釣り上げた。
アークが王座の聳える高台から一歩踏み出し腰元に携えた剣の柄に手を添える。
何が行われるかなど考えるまでもない。
この場においてそれに気づいていないのは頭に血を登らせ暴言を吐き続ける男だけだろう。

「陛下…………ッ!」

だが、動き出そうとしたアークに静止の声がかかる。
意外にもその声をあげたのは皇帝の横に佇む老女、エウローペだった。

「何だ?」
「……困ります。ここで殺されては」
「別に一人くらい構わんだろう?
 それに、いま一つ事態を理解していない平和ボケした輩はあいつ以外にも少なからずいるようだ。
 なら、そいつらにひとつ現実を見せてやった方が事態は円滑に進むと思うが?」

有無を言わせぬアークの威圧を真正面から受けエウローペがうっと喉を唸らせた。

「…………わかりました。参加者が手を下すのであれば一人までならば、許容範囲でしょう」

わずかに唇をかみしめながらもエウローペが折れた。
その返答にアークはふむと一つ頷き、腰から引き抜いた西洋刀前方に向けて無造作に放り投げた。
高速で回転しながら飛来する刃を、片膝のまま苦もなくテイル・D・ブラドーは受け取める。

「黙らせろ」
「お望みとあらば」

やり取りも事態も一瞬だった。
眼前を黒い烈風が吹き荒れかと思えば、一拍子遅れて後方で悲鳴が上がる。
振り返るとそこには、頭と胴が泣き別れた亡骸と、返り血一つ浴びず悠然と起立しているテイルの姿があった。

「お目汚しを」

噴水のように赤い水を垂れ流す奇妙なオブジェを横にテイルが再度武器を地に置き片膝をつく。
剣先の動きどころか、体捌きすら見えなかった。
自らの敵の強大さに身震いするとともに、まじかで生まれたあまりにもあっけない死に底知れぬ恐怖が湧いた。

「さて、少しは現実感が湧いたか?
 それならこちらからちょっとしたプレゼントだ」

そう言いアークがエウローペに合図を送る。
次の瞬間、首に冷たい違和感が生まれた。
あわてて首元に触れてみる。
これは、何だ。首輪、だろうか?

「それはちょっとした枷だ。
 その首輪は6時間の一人の死者も出なかった場合に爆発する。
 そこに転がる男のようになりたくなければ殺し合いに励むことだ。
 その他にもこちらの指定するエリア、いわゆる禁止エリアに侵入した場合にも首輪は爆発するように出来ている。
 どうしてもというのなら威力を見せてやらんでもないが、わざわざ実証は必要ないだろう?」

誰もその問いには頷かない。
それを肯定ととったのか、アークは大して気にするでもなく話を進める。

「6時間ごとに死者と禁止エリアの発表を行う放送を行う。次に俺の声を聞くのはその時になるだろう。
 ではな。直接俺と相まみえるのは勝者だけだろうが、まあ精々足掻くがいい」

そのアークの言葉を最後に、私の体は掻き消えた。
おそらくはエウローペの転送魔術だろう。
これから私を殺し合いの舞台に導くための。

これからいったい何が始まろうというのか。
戦争ではない殺し合い。
主義も主張も意義も意味もない、ただ死を積み重ねるだけの殺し合い。
そんなものに果たしてどのような価値があるというのか。
そんなものに果たしてどのような意味があるというのか。

そんな中私はいったいどう生きる?

私の恐怖や疑問など一切無視して、最悪のゲームが始まる。

【ルムール・ド・シュバルツ・ハインデッヒV世@近世西洋風異世界 死亡】
【残り46人】




【名前】アーク・ヌル・グラスデン
【性別】男
【年齢】42
【職業】帝国皇帝
【身体的特徴】銀髪、翠目。黄金の鎧に身を包んでいる。常に見る者に全てがひれ伏すような威圧感を放っている。
【性格】暴君にして暗君
【趣味】戦、竜狩り
【特技】未来予知
【経歴】かつて世界を救った大英雄にして帝国の現皇帝
【好きなもの・こと】戦争
【苦手なもの・こと】平和、退屈
【特殊能力】精霊魔法、神聖呪文、暗黒魔法、元素魔法、次元魔法(すべてマスタークラス)
【出身世界】ファンタジー的異世界
【備考】
かつて魔界の門が開いた時その元凶を討ち世界を救ったが、
明確な意思を持って世界を救ったのではなく、彼にとっては戦の結果たまたま世界が救われたにすぎない。
超人的な戦闘能力を持ち、あらゆる魔法を取得している、剣の腕は現帝国将軍に匹敵し、またその師でもある。
強烈なカリスマと威圧感を持ち彼のためなら命を投げ出すのも厭わないほど心酔するものも少なくない。
実の子であるレクスやエスティですら彼に真正面から意見を述べることすらできないでいる。
大陸を制覇し退屈になった、彼は異世界との戦争の火種を欲しとある儀式をおもいつく。

【名前】エウローペ
【性別】女
【年齢】自称55
【職業】妖術師
【身体的特徴】背の低い、ひどい猫背の老女のような人物。ローブや手袋で身を包んでおり種族・正体不明。
【性格】興味を持ったものに対する研究欲の固まり。ほとんど倫理などに欠けている。
【趣味】研究
【特技】研究
【経歴】かつて王国で働き、適性のあったラウニーに暗黒魔法を教えたことがある。
【好きなもの・こと】研究、魔法
【苦手なもの・こと】研究の邪魔をする者
【特殊能力】極められた暗黒魔法、精霊魔法、古代魔法
【出身世界】ファンタジー的異世界
【備考】
研究に使う筈の先の戦争により集められた怨念や苦痛の集合体が足りなかった為、それを補う為に今回の殺し合いを思い付いた。
特にラウニーに関係する人物を集めたのは効果的に力を集める為のほぼ意図的なもの。

【名前】ルムール・ド・シュバルツ・ハインデッヒV世
【性別】男
【年齢】32歳
【職業】貴族
【身体的特徴】高級スーツ、金髪のオールバック、切れ長の碧の瞳、鼻が高い
【性格】ナルシスト、潔癖症、平民への差別意識が強い
【趣味】チェス、ティータイム
【特技】フェンシング
【経歴】近年成り上がってきた貴族
【好きなもの・こと】宝石、高級なもの
【苦手なもの・こと】平民
【特殊能力】特にない
【出身世界】近世西洋風異世界
【備考】
貴族。選民意識が強く平民を忌み嫌っている。
教会へ多大な寄付を行っているため教会へ強い影響力を持っている。
アーニャと宝石の商談を行ったことがあるが、その時ひと悶着あり、それ以来アーニャを邪険にしている



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