オープニング






「あーもしもし? うんボクちゃん。いや、実は今日なんだけどさ、急に外せない予定入っちゃって…」

それは余りにも唐突な出来事だった。

「え? あーうんうん仕事仕事。大事な仕事が入っちゃったんだよ〜…だから今日はちょっと遅れる訳、うん」

一瞬にして意識が飛んだかと思えば、目の前に広がっているのは何も見えぬ暗闇。
背中には硬く冷たい床の感触があり、そこで初めて自分がどこかに寝かせられていたようだと気づくに至る。
だが、少なくとも歓迎はされていないのだろう。毛布のような物がある気配はなく、
『寝かされていた』というよりは『無造作に放り投げられていた』という表現の方がしっくりとくる。

「何ぃ? そりゃ大事だよ! 俺これで飯食ってるんだから! いや、仕事と私のどっちが大切なのってそんな事聞かれても困るよ!?」

視覚がほぼ完全に遮断されている中で、聴覚で感じとることが出来るのは奇妙な男の声だ。
会話内容と、それに応える声がない所から予測されるのは、どこかの誰かと電話をしているといった所か。
最も、内容自体は犬も食わない痴話喧嘩のようだが。

「あ、あー、はいはい。バッグ、バッグね。うんわかった買う買う、だから機嫌直してって! だから…って何だよ!! 携帯切りやがったよ!?
 っとにもう現金だなぁ!? 幾ら使わせる気だよ全く!!」

少なくとも、この痴話喧嘩を盗み聞きした所で今自分の身に起きている事態を把握する事は出来ないだろう。
そう結論付けて男の声から意識を外した所で、男の物以外にも話し声らしき物が聞こえる事に気付く。
それも一つや二つでは無い。音量こそ小さめではあったが、それはこの場にいる人間が十人や二十人では無い事をはっきりと表していた。
これは一体どういう事だ?

「………ってもう本番始まってんじゃん!?」

疑問が頭の中を駆け巡ったのと、つい先ほどまで話し込んでいた様子だった男の声が響いたのはほぼ同時だった。
そしてその直後に強烈なライトが辺りを照らし、ようやくその場にいた人々は失っていた視覚を取り戻すこととなった。





「さて、おはようと言っておこうか諸君……破壊大帝メガトロンの朝あべしっ!の時間だ。チャンネルはそのままでな」

その場にいる全員の視線が、壇上で眩いばかりのライトに照らされながらこちらに向かって語り掛けている奇妙な男へと注がれる。
いや、奇妙な『男』というよりは奇妙な『物体』、もしくは『ロボット』と言った方が正しいだろうか?
彼から発せられている声や体型こそ人間のそれとは変わりないが、鈍い光沢を放つ赤で構成された鉄の体が人ならざる体を持つ事を主張している。
何よりも、背中から生えた随所に穴のあいた八対の翼、そして左手がさながらファンタジーのドラゴンの頭部を模した姿になっているのが特徴的であった。

「メガトロン…これは一体何の真似だ? それにその姿は一体どうした?」

メガトロンと名乗ったロボットに対して、一人の男が詰め寄っていく。こちらの男もまた、鉄の体を持つロボットのようだ。
その顔つきはまるで類人猿のように荒々しい物であり、現在もその表情は怒りによって歪んでいるが、その外見とは反対に言動からは知性と誠実さを感じさせている。

「おっとイボ〜ンコ…もとい、我が宿敵コンボイよ。詳しい解説に関しては、俺様では無くアシスタントの新人君に任せてある。
 ま、一つだけ答えてやれば……新シリーズ開始直後の新フォームは子供達の心を掴むための常套手段だろう? これでおもちゃ業界も安泰だ」

メガトロンがニヤリと顔を歪めながら、本気とも冗談ともつかない戯言をのたまう。
それを聞いたコンボイが忌々しげに息を付いたのを見届けた所で、壇上の彼は満足げに高笑いすると、改めて多数の参加者達に目を向けた。

「さーて、解説要員のフレッシュな新人アナのお出ましだ、拍手で迎えてくれ。スタジオのカルラ君ー!?そろそろこっちへカモーーン!!」

妙に芝居掛った口調で呼びかけながら、メガトロンが指をパチンと鳴らす。
それを合図として、ライトの光も届かぬ遥かな上空から翼をはためかせて降りてくる物があった。
緑色の体に、烏のような嘴。自分の体と同じぐらいのサイズはある巨大な翼。爛々と輝く瞳を持つそれは、まさに異形の妖怪といった姿だった。

「カルラ!?」
「ケーッケッケッケッケ!! 久しぶりだな桃太郎!!」

突如飛来した物の怪に向かって、先ほどのコンボイと同じように一人の少年が前へ一歩進み出た。
その少年が身に付けている侍の様な装束と、あまりにも有名すぎるその名前に一部の参加者達が反応したが、少年はそれに気付く事無く目の前の烏妖怪を睨みつける。

「喜ぶがいい!! お前達の為に、今回は我々が一つ面白い遊戯を考案してやった!! 最も、今度の物は大江山の時とは比べ物にならんがな!!
 ケーッケッケ!! よく聞け、参加者共!! これから貴様たちには、お互いに『殺し合い』をしてもらう!!」

妖怪、カルラの突然の発言を聞き、その場にいる全員がざわざわとざわつき始める。
それも仕方のない事だろう。突然こんな場所に集められたかと思えば、無理やりに『殺し合い』の発言。未だ、参加者達は事態を良く呑み込めていなかった。

「どうにも反応が芳しくないようだな……。ではカルラ君、ここからは打ち合わせ通り実演ショーと行くとするか」
「ハッ、メガトロン様! このカルラめにお任せを!!」

腕組みをしながら参加者を眺めていたメガトロンがそう告げると、カルラは一本の刀を取り出し参加者達をねめつける。
まさに獲物を狙う猛禽類のようなその瞳に、前列部分にいた多くの参加者が後ずさったが、ただ一人微動だにしていない女性がいた。
参加者の間を彷徨っていたカルラの視線が、その女性の姿を捕らえる。

「最初の犠牲者は、貴様だ!!」

高らかと叫ぶや否や、カルラの手から女性に向かって刀が飛んでいく。
寸分違わず女性の顔面へと向かって行ったそれは、そのままその端正な顔を貫くかと思われたが、女性の右手によってあっさりと刃を掴まれその動きを止めた。

「……カルラ、ね。遥か天竺の霊獣風情が、神を殺そうとでも言うのかい?」

のんびりと涼風を感じているかのように、目を閉じたままの女性が静かに語り掛ける。
神秘的な雰囲気を持った女性だった。赤い衣服を身にまとい、胸元には一枚の鏡が存在している。
大きく大輪を描く一本の太い注連縄を背負ったその女性は、何よりも驚くべき事に胡坐を軽く崩したような姿勢で『浮いていた』。
今しがた自分で言い放った『神』という言葉がハッタリでは無いと思わせるような、奇妙な神秘性が彼女から発せられている。
女性はそのまま丸で小枝でも折るかのように刀身を真っ二つにすると、ポイと地面に投げ捨てた。

「信仰が衰えたとはいえ、刀程度で死ぬほど落ちぶれちゃいないよ。そうだね…神殺しを狙うんならチェーンソーでも持ってきたらどうだい?」
「か、神奈子様……」

小馬鹿にしたような笑みを浮かべてカルラを挑発する女性に、すぐ傍にいた青い巫女服のような物を纏った少女が不安げに声をかける。
神奈子と呼ばれた女性は、少女の声に反応してそちらを見た後に、優しげな笑みを浮かべた。

「心配しないでも大丈夫さ、早苗。アレは見た所、対して力も無い小物だよ。私が本気になればすぐに片付く程度の能力しかない。
 ま、ここでちょいと力を見せつけて、ここにいる人達の信仰を集めるのも悪くないだろう」

どうも幻想郷の外の人間がちらほらいるみたいだけどね…と、口の中だけで呟いた後に、神奈子は再びカルラを睨みつける。
その顔には先ほどまでの笑みはなく、怒りを滲ませた力強い表情があり、さらには膨大な殺気までを滲ませていた。

「さて、醜悪な霊獣……諏訪の神を怒らせた覚悟は出来て――――」
「待って神奈子、何か様子が変だ!!」

神奈子の言葉を遮ったのは、早苗と言う少女とは別の幼い声。
自分の旧友の悲痛な叫びを認識した神奈子を動きを止め、そこで初めて自分の首の違和感に気づき、それを最後に意識を永遠に手放すことになった。

爆竹の様な軽い爆発音。
一瞬だけ、噴水の様に飛び散った赤い液体。
重い音を立てながら、冷たい地面へと墜落したボール状の物体。
やがて、ドサリと音を立てて神奈子の体が崩れ落ち、その場には首と胴体の離れた一つの死体だけが残った。

「ケーッケッケ!! バカな女め!! 誰がまともに戦うと言った!!
「………………え?」

神奈子のすぐ隣にいた為、赤い液体でその可憐な顔と美しい服を汚した早苗が、呆然と呟く。
あり得ない。あり得ない事態に、頭と意識がついて行かない。
目の前で首が吹き飛び、死んだように倒れている自分が仕える神の姿を見ても、それが何なのか認識しきれない。

「え……え……? ……神奈子…様……? …なぜ……? 最近は、信仰も増えて………え…? 神奈子様は……神で……これじゃ、これじゃまるで……死……」
「どうした!? 肉親の様に慕っていた神が死んだというのに、涙の一つも流してやらんのか!?
 所詮は血の繋がりも無ければ種族も違う、そんな物達の間に出来た絆などその程度の物と言う事か!!」
「そんな……そんな! だって、神奈子様は…仮にも神が、こんなにあっさりと…死んでしまわれる訳が……!!」
「死ぬんだよ!! 先ほど我々が言った言葉を忘れたか!? お前達にしてもらうのは『殺し合い』だ!!
 この空間の中では、神だろうが妖怪だろうが機械生命体だろうが、不死の物はあり得ない!! どんな者だろうと死ぬ……こんな風にな!!」

甲高い声でけたたましく笑い声を挙げるカルラに反応して、メガトロンが右腕を動かす。
すると、その動きに合わせて何本かのコードが蛇の様に神奈子の首なし死体へと伸びていき、その体を空中へと運んだ。

「にょ〜ろにょ〜ろにょ〜ろにょ〜ろにょ〜ろ、淫獣〜……あれ、これじゃ俺様の方がアシスタントじゃないの……?」
「神奈子様!?」
「平凡で退屈な世界を生きてきた者どもはよく見ておくがいい!! これが死だ!!」

カルラは再び刀を取り出すと、翼をはためかせながら空中に吊り下げられた神奈子の死体へと近づいていく。
そして神奈子の前で刀を構えると、その体を何度となく斬りつけ始めた。

「ケーッケッケッケッケ!! なんと無様な姿だ!! たとえ神であろうとも、こうなってしまえばゴミと変わらん!!
 あまりにも無力! あまりにも哀れ!! 笑いが止まらんわ!! ケーッケッケッケッケ!!!」

自分の刀が神奈子の肉体を切り裂き、真紅の華を咲かせるたびにカルラの顔に残酷な笑顔が浮かんでいく。
目の前で女性の肉体がただの肉塊へと変わっていくこの悪趣味極まりないショーは、多くの人間の精神を攻撃するのに酷く効率的な物であった。
何人かの参加者は見るに堪えないその光景に目を反らし、蹲って嘔吐している者の姿さえあった。
やがて、最早ただの赤い塊とも呼べる姿になった死体に止めとばかりに刀を突き立てると、カルラは再びメガトロンの傍へと舞い戻った。

「ナイスなデモンストレーションだったぞ、カルラ君……あー、俺様しばらく焼肉喰えんわこりゃ」

カルラに対する称賛と妙な冗談を飛ばしつつ、メガトロンは一歩前へと歩み出て、一人の参加者に注目する。
そこにあるのは、吹き飛ばされた神奈子の首を抱えながら、呆然とへたりこんでいる早苗の姿だった。
敬愛していた神が惨殺される光景がもたらしたショックは、余りにも大きかったのだろう。
その目に最早光は無く、まるで壊れた水道の様に涙だけが延々と流れだしている。

「さて、気分はどうだい東風谷の早苗ちゃん?」
「……………っ!!」

それまで、ただうわ言のように何事かを呟いていただけだった彼女は、メガトロンの言葉に反応して酷く顔を歪めた。
自分に楽しげに話しかけてきた男に向かって、射殺すような視線を送ってくる。その目に宿っているのは深い憎悪の炎だった。

「何を……何を言っているんですか!? 貴方が……貴方が神奈子様を……よくも!!!」
「おーっと待った待った早苗ちゃん! 俺様は気の強い女は嫌いじゃないが、だからと言ってそこまで憎まれるとガラスのハートに傷が付くって」

突然の早苗の叫びに本当に驚いてるのか、それとも遊んでいるだけなのか、妙にオーバーリアクションでメガトロンが後ずさる。
おどけた様な表情と口調でしばらく彼女の反応を見た後、彼は突然真剣な顔で話しかけた。

「………話はまだ終わっていない。これから俺様がチャンスを与えてやろう」
「…………チャンス……?」

『チャンス』という言葉に興味を示した様子の早苗を見てニヤリと不敵な笑みを見せた後、メガトロンはカルラを呼びだした時と同じように指を鳴らし、叫んだ。

「美人キャスターのナ〜ビ子ちゃ〜ん! こっから先のルール説明よろしくぅ!!」
『はいは〜い♪ 呼ばれて飛び出てうんたらかんたら〜』

メガトロンの呼びかけに対して答えたのは、多少機械がかった様子で聞こえる女の声だ。
だがカルラの時の様に何者かが現れるという様子はなく、ただホールの上部に設置されていたスクリーンにパッと光がともる。
そこには、『ルール説明』と描かれた文字が映っていた。

『それではこれからあなた達にやって貰う楽しいゲーム、バトルロワイヤルの説明始めちゃいま〜すっ!
 まずまず最初に言っておきたいのはー、私達に逆らっちゃうような悪い子ちゃんにはお仕置きだべぇ〜って事カナ?』

パッとスクリーンの映像が別の物に切り替わる。
新しくそこに映っているのはシンプルな様子で描かれた人間のシルエットであり、その首の部分だけがチカチカと赤く点滅していた。
『ついさっき死んじゃったオバチャンを見てたら分かると思うけど、あなた達の首には爆弾入りの首輪が嵌まってまーす!
 いざとなったらこっちのスイッチ一つでドカン! となっちゃうから精々気を付けてね〜♪
 あ、首が無くなったぐらいじゃ死なないよって言うタフな子には、首じゃなくて動力部とかスパークとか、吹っ飛んだらヤバい所に付けてあるから夜露死苦!』

そこまでで首輪に対する解説は終わったのか、またもスクリーンの映像が切り替わる。
次に映りだしたのは、周囲を高い山に囲まれたどこかの地図だ。随所に何らかの施設の様な物があるのが読み取れる。
また、縦横に7つずつの線が引かれており、全部で49のエリアに分かれているようだ。

『ここがバトロワの舞台でーっす! このルール説明が終わったら、皆が皆この舞台の適当な場所に吹っ飛んじゃうから気を付けてね。
 今この場で知り合いや友達や恋人なんかと一緒に居てもすぐ離れ離れになっちゃうから、今の内にお別れの挨拶済ませといたほうがいいかも♪
 えっとそれから、この地図を見てればわかると思うけど、会場は49のエリアに別れてまーす!
 ゲーム開始から6時間刻みで、それまでの死者を一人一人読み上げる放送をするのと一緒に、2時間毎に封鎖されるエリアを伝えるからしっかり聞いていってね!!
 聞き逃して封鎖した禁止エリアに入っちゃうと、30秒で首輪がボンッ!ってしちゃうんで注意☆』

妙に楽しげな女の声での解説がそこでひと段落すると、三度映像が変化した。
今度現れたのは、一つのディパックだけがポツンと映っているという簡素な物だった。

『ゲームスタートで会場に飛ばされるのと同時に、参加者全員にもれなくこのディパックがプレゼントされまーす!
 中身は参加者名簿とか地図とか食糧なんかの基本セットと、一人ずつ三個まで、武器になるかも知れない物が入ってるランダムアイテムが入ってるわよん♪
 戦いなんて出来ないよ〜って軟弱な人なんかは自分のくじ運に全てを掛けてしっかりがんばってね〜。
 あ、戦いとかバリバリオッケーだぜ!って人もちょーっと実力が出にくくなってるから注意!
 参加者の間での不公平を無くすためだからちょっと我慢してよ? お姉さんとの約束だ!
 それじゃ、次は最後の説明! 皆も気になってる、優勝商品について〜』

ナビ子の声に合わせて変化したスクリーンには、先ほどまでの映像ではなく、ただ『優勝賞品』とだけ書かれた文字が映された。

『この辛い辛〜い殺し合いに生き残った最後の一人に渡されるのは、もう何でもあり!
 お金いっぱ〜いでも、名誉でも、ついでに可愛い子ちゃんいっぱ〜いでもオールオッケー!
 あ、ついでに死んじゃった人の復活や永遠の命なんかも出来ちゃうんだって! うわ〜メガちゃんったら太っ腹!!』
「よせやい照れるぜナビ子ちゃん……っと、まぁルール説明はこれぐらいだな。色々と長くなったが、そろそろ本題に入るとするか」

そう言いながらメガトロンはチラリとある人物へと目を向ける。
彼が見たのは、先ほどと同じ東風谷早苗という少女の姿だ。俯いた状態の彼女の表情は、メガトロンのいる壇上からは窺う事が出来ない。
だが、未だに神奈子の首を抱えている彼女の腕にわずかに力が入ったのを確認すると、酷く楽しげな笑顔を浮かべた。

「それでは諸君の健闘を祈ったり祈らなかったりで……バトルロワイヤルの、始まりだぁぁーーーーー!!」

メガトロンの叫びが響き渡るのと同時に、数十人近くいた参加者達の姿は一瞬で掻き消えた。

【八坂神奈子@東方project 死亡】
【一日目 0:00 プログラムスタート】



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