無題






吹く風は、春だというのに凍てつくように冷たく、切るようにぴゅうぴゅう鳴っていた。
地形を把握するために、目的を達成するために、精力的に歩きつづけていた影崎が
ふと、足を止める。

島の北端。
切り立ったがけっぷちに人影があるのを発見したからだ。

一人の女が立っていた。
輪郭の中央よりさらに下に位置する巨大な、輝かんばかりの光に溢れた目。
そこから三歩の間合いに、普段は温厚で-----けれど、たいそう変わり者。
そんな評判の男が立っていた。

二人を取り巻く光が、影崎には眩しかった。
それは後光なのかもしれない。
各々を崇める信者の多さが光の強さとなって顕現しているのだろうか。
しばらく目を細めて観察しないと判別できないほどに明るかった。

「あれは・・・水無月と・・・樋上?」
大物同士の対決だった。ぶつかれば、どちらも無傷では済まないだろう。
二人の対決の後を襲えば残る古参の大物は横田と・・・門井くらいなものだ。

「そうだ、門井が先だ」
自分に言い聞かせるように呟く。
影崎は古参のエロゲンガーとして門井を葬る事に命を賭けていたのだ。

かつて影崎と門井は数少ない女性エロゲンガーとして志を同じくしていた。
もちろん互いに交流はなかったのだが、狭い世界で同じ苦難と戦っている
同志として友情にも似た連帯感を感じていた。

しかし影崎はギャラ未払い、門井は社員と結婚、と正反対の人生を歩む事になった。
そのとき影崎は怨讐に捕り憑かれ、そして負けたのかもしれない。

「門井を殺ることは自らの人生の暗黒面を祓う事」だと影崎は信じている。
そんな想いこそが、暗さに陥らせている事実に影崎は気付いていない。
そして門井はそんな怨念がある事さえ知らない・・・。

影崎はほとんどひとつになっている光源に背を向けて、自らの心の重石を断ち切る
ために森の中に入っていった。

後ろ髪を惹かれる。
恐怖を感じる。
焦りがある。
今を逃して、あの二人に勝てるだろうか?
たとえ予定通り門井を屠ったとしても、あの二人を残したまま最後まで生き抜けるのか?
そんな不安から恐怖や焦りを感じるのだろうか。

違う。
そうではない。
門井と対峙したとき。
私には、あのような輝きが・・・顕現するだろうか?
そう、私は門井に勝てるのだろうか?
私は、本当はちっぽけで取るに足らない、そんな存在なのかもしれない-----と。

さまざまな想いが影崎のこころを蝕んでいく。
痛みにも似た哀しみに涙を堪えながら、森の中を進む。

そんな影崎の姿に白い輝きを感じて足を止めた者がいた。
都築真紀。漫画家と原画の二足の草鞋を履き始めた彼が、影崎を救う者になるとは、
誰も予想していなかっただろう。
そう、都築本人を除いて。



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