あなたとワルツを






俺は悪人だ。
いくら泥棒にしては人がいいとか、根は悪い人間じゃないとか言われたって、俺は人の物を盗むことで生計を立てていた以上、何の言い逃れの余地も無く完全な悪人だ。

そんな自分を情けないと思ったことはあっても、後ろめたく思ったことは無かったし後悔だって一度もしなかった。
だがある日、自分を逮捕した警官に言われた一言だけはずっと耳に残った。

「お前は人当たりだっていい。そんな何度も同じ家に入るほどの執念と度胸があれば、まともな仕事にだっていくらでも就けるだろう。なのになんでいつまでもこんなくだらないことをやっている?」

生活のために必ずしも悪事を働く必要は無い。
ならば自分は一体何のために、盗みという悪事を続けるのか。

答えを探していたのかどうかは、自分でも良くわからないが、とにかくまだ答えの出ないうちに思いがけなく命のやり取りなどをする羽目になった。


駅前の店に突っ込んだトラックの後を追って店内に入った俺と警官が見たものは、何もかもが粉々に壊れた店内で向かい合う、一匹の犬とたらこ唇の男と機械のコンビだった。
警官は間髪も入れず言った。

「皆さん、私は警官です。まずは事情を説明してくれませんか? くれぐれも短絡的な行動はしないように!!」

さすがというか、呆れるばかりの公僕魂だ。俺はここまで自分の仕事に誇りを持つことなど、おそらく一生、無いに違いない。

「これはこれは……まともな人が入ってきたと思ったら、案外そうでもなかったな」

口を開いたのは犬だった。

「警官? そんなのが今更この町に何の用だよ。見ての通り、ここは人を殺すことに何の躊躇も無いクズ野郎どもの巣窟さ。あんたの持っている国家権力の権威はなんの意味もないぜ」

「そんなことは判っている!!」

警官はやはり、何のためらいもなくそう言った。

「だが本官は国家の権威などと関係なく、あくまで一警官として職務を全うしたい所存であるのみ!!
本官の前で犯罪行為を行うというのなら、直ちに厳正に対処する!!」

誰もが言葉を失い、警官をいぶかしむような目で見る。呆れているとしてもおかしくはない。俺だって呆れている。

まず動いたのはたらこ唇の男だった。機械を抱えると、警官に向かって走り出す。
それと同時に、鉛筆削りを回すような耳障りな音が聞こえた。
次の瞬間、目を疑った。離れて立っていたはずの警官の右耳が、血しぶきと共に千切れた。

さしもの警官もうめき声を上げて耳を押さえる。俺にもわかった。これがおそらく、あの機械の能力なのだ。

「警官だろうが誰だろうが関係ない。ノリスケ様の仇を討つため、全ての敵は滅ぼさねばならん」

機械の声を聞きながら、俺と犬は互いに目配せした。こんな反則的な技を持っている相手だ、こっちも迂闊には動けない。
機械を持っている男のほうをどうにかできればまだ勝機はあるだろう。俺も犬も、それと悟られないように男たちの死角を狙う。

だが、肝心の警官の取った行動はまたしても予想外のものだった。
警官は右耳から流れ落ちる血をそのままに、血のついた手で腰につけた警棒を抜いた。
そして、
「ここは本官が食い止める!! お前たちは逃げろ!!」

と、またしてもバカなことを抜かしやがった。
今度と言う今度は俺もガマンの限界ってもんだっ

「お巡りさん、いい加減にしてくださいよ!! いっつもいっつもそうやって一人で戦おうとして……」

だがもちろん、是非を議論している暇など無かった。
機械が風の渦を巻き起こす音が再び響き渡る。次の狙いは警棒を握る警官の腕だった。
冗談のような音がして、警官の右腕から大量の血が吹き出る。しかし、警棒を離しはしなかった。

犬と俺は、機械を持つ男の前後からほぼ同時に走り始めた。当然男の目はまず俺に向けられた。
ほとんど間髪も入れず、左の足首に激痛が走る。機械の起こす風の刃の傷みは想像以上だった。
俺は情けのない悲鳴を上げてその場に倒れこむ。だがそのお陰で、犬のほうは男の背後に接近できた。
今度は男の悲鳴が店内に響き渡る。
犬は男の右足に噛み付いて離れなかった。
男は思わず機械を手から落とした。地面の上に無造作に転がる機械に、俺と警官が同時に手を伸ばす。
こいつを無力化できればこの場は勝ったも同然なのだ。

だが、機械に触れる寸前、風の刃によって俺の指は一本ずつ千切れ飛んでいった。
続けて下腹部に走る激痛。右目も抉られた。

「そこまでだ!!」

警官の棍棒が機械の上に振り下ろされようとしたが、その寸前に空中へと弾き返された。
目に見えない旋風は、想像も付かないほどの威力で俺たちの体を切り刻んでいった。
警官は床に叩きつけられるように頭から倒れこんだ。あの様子ではしばらく動けまい。
犬はまだ、たらこ唇の男の足を咥えたまま離さない。そのことだけが、俺たちに僅かな勝機を残していた。

そして俺はこの時確信していた。なぜ俺が今まで盗みを続け、悪人であり続けたのか。

機械の口から巻き起こる旋風は、店内のあらゆるものを容赦なく破壊していく。
その混沌の中、俺は必死の力を振り絞って、床の上に伸びていた。警官の手から血で濡れた警棒を奪い取った。

「お、おい、何のマネだ!!」

息も絶え絶えな警官の声を背中に、俺は機械に向き直る。
チャンスはほんの一瞬しか無いのだ。
そう、機械の起こす風の狙いが、床の上に倒れていた警官から、立ち上がった俺へと移る、その一瞬しか。
俺はとにかく夢中で、警棒を振り下ろした。

手ごたえだけは、あった。
それを自分の目で確認することはできなかった。俺はその時すでに両目を風に潰されていたからだ。
それにもう立ち上がることも、喋ることも出来ないことはわかっていた。
だが、もう風の音は聞こえなかった。
その代わりに、警官が今までとはまるで違う調子の声で叫んでいるのが微かに聞こえた。

「貴様……こんな所で、本官の身代わりになどなったつもりで死ぬなど許さんぞ!!
本官に協力すると言っておきながら途中で放棄するというなら、公務執行妨害で逮捕する!!
それに、いかに本官たちを守る理由があったといえども、貴様のしたことは立派な器物破損だ!!
よって、本官の許可なくこの世を去るなど絶対に許さん!!」

へえ、すいませんねお巡りさん。だけど、今度ばかりは勘弁してくださいよ。
あっしは今、最高に幸せな気分なんですから。今までに働いてきた盗みも、この瞬間のためだと思えば納得できやす。

散々悪事を働きながら、最後は人を庇うといういい事をして死ぬ。
これほどいい気分になれることは、他に無いですよ。

【六日目・午後十一時】
【がんこ亭店内】

【泥棒  死亡確認】
【グルグルダシトール  死亡確認】
【残り26人】


【警官】
状態:満身創痍
装備:支給品一式、不明支給品
武装:警棒
思考:基本・あくまでも警官としての職務に従い、住人たちを守る
1・絶望

【ハチ】
状態:健康
装備:支給品一式
武装:不明
思考:基本・自分の家族を守る
1:アナゴを足止めする

【アナゴ】
状態:軽い負傷
装備:支給品一式
武装:不明
思考:基本・マスオ以外は皆殺し
1:この場から逃げる



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