デス・インカーネイト
ひとつ。汝、夜母に不敬を働くべからず。破りし者、すなわちシシスの怒りを買わん。
ひとつ。汝、我らの存在、我らの秘密を漏らすべからず。破りし者、すなわちシシスの怒りを買わん。
ひとつ。汝、背くことなかれ。上よりの密命拒むべからず。破りし者、すなわちシシスの怒りを買わん。
ひとつ。汝、兄弟の財産、これを偸盗するべからず。破りし者、すなわちシシスの怒りを買わん。
ひとつ。汝、兄弟の生命、これを手にかけるべからず。破りし者、すなわちシシスの怒りを買わん。
闇の一党に伝わる五教義は、絶対不可侵の掟である。
はるか昔にモロウウインドの暗殺教団、モラグ・トングより分派したとされる闇の一党は、常夜の父シシスを崇拝し、かつてその妻となった死せる夜母の声を聞く。
闇の祭壇によってなされた儀式は夜母に伝わり、『聞こえし者』がその声を一党に伝え…血が流される。
しかし今、スカイリムに残った一党に、『聞こえし者』は居ない。
帝国の衰退は一党にも影響を与え、シロディールの聖域は侵略されすべて壊されたと聞く。
夜母がどうなったのかも伝わってこない。
『聞こえし者』不在のまま、何ら導きを得られぬスカリムの一党は、独自の道を歩んでいた。
一党のリーダーたるアストリッドが選んだ方法は、地味で単純なものだ。
スカイリム全土に網を張り情報を集め、闇の祭壇が行われたという噂を検分し、その者を特定する。
その後誰かが使いとなり依頼者と接触し、殺してほしい対象を確定し、依頼を受けて実行する。
ナジルはその中で、細かい仕事の割り振りなどを担当していた。
もちろん、自身もときとしてシミターを振るい血を流させる。
アリクル戦士であるナジル自身、暗殺者として長い経験と実績を持っている。
ただそれ以上に情報の収集分析に長けていた、ということだ。
このやり方は、ナジルには合っていた。
もちろん、万全ではない。聞こえ氏者がいて、夜母の声に従うことこそが、闇の一党の本来の姿だ。
あるいはこれが、夜母、ひいてはシシスへの不敬になるのではないか、という懸念も無いでもない。
一党の中でも、意見は分かれる。フェイタスやガブリエラは、比較的慎重な立場だ。
バベットは特に意見は無いようで、アストリッドの夫でもあるアーンビョルンは、妻に異を唱える者は力づくでも従わせようとするだろう。
シャドウスケイル出身のヴィーザラは? 彼が何を考えているかはわからない。生まれたときに暗殺者となる運命をもった、ブラックマーシュのアルゴニアンたち彼らシャドウスケイルの教義は、一党の中でも独自のものだ。
いずれにせよ、ナジルは現在のスカイリム闇の一党のやり方に、大きな不満は無かった。
聞こえし者不在のまま、一党を存続させ続けるには、アストリッドのやり方しか無いとも思っているし、そのためにやるべきことをナジルはやっている。
最近も、一人の流れ者への暗殺指令を出したばかりだ。噂ではその流れ者は、ヘルゲン壊滅の際ストームクロークの一味として捕らえられた囚人だったという。
また、アストリッドの調査では、ウィンドヘルムの孤児が、リフテン孤児院の管理人を闇の祭壇にかけているという。
千客万来。内戦やドラゴンの襲来などの危険が迫っていても、闇の一党への暗殺を願うもの達は後を絶たない。
その彼が、戸惑い些かの混乱を感じているのは、現状とこの場所だ。
この闇の中、それよりなおも黒い褐色の肌に、引き締まった筋肉。アリクルのフードと呼ばれるターバンを巻いた姿。
そのフードの置くから除く顔に、表情は無い。
内面を伺わせるものなど何も無いが、それでもかすかなさざなみが、彼の心中をざわめかせる。
闇には慣れている。異変もまた、ときによっては対応出来る。
しかしこの場所……。
暗がりでもわかるほどにあでやかな色彩とさまざまな物。
壁や床はアルレイドやマルカルスのドワーフ遺跡よりはるかに滑らかで、ひび割れどころか傷ひとつ無い。
金属とも木とも鉱物とも思えぬ見たことも無い素材で作られたこまごまとしたものや、布地であろうがあまりに精巧なそれらは、あるいは動物をかたどられていたり、あるいは少女の人形であったり、より意味のわからぬ奇怪な物体を象られている。
ここはどこなのか? いったいどんな場所なのか? ナジルが今まで見たことも聞いたことも無い、異質な場。
殺し合いをしろということよりも、そのことが彼に混乱をもたらす。
彼が一党内部で、情報の分析や整理を担当していたことがなお、その混乱に拍車をかけたのかもしれない。
「気持ちの良い夜ね……」
聞き覚えのあるその声の主。
その接近にほとんど気がつかなかったのはそのためであろうか。
「ガブリエラ、お前か」
あせりは表に出さず、声で相手の位置を把握し、半身を向ける。
やはり暗がりで、その姿をはっきりとは目視できないが、そこにいるのは間違えることなく、闇の一党の「弓使い」。ダークエルフのガブリエラその人だ。
名簿、といわれていた。それはすでに目を通してある。
そこにあった一党の仲間は、自分とガブリエラのほか、アーンビョルンとバベット。
アストリッドやフェイタス、ヴィーザラの名は無い。
なぜこの4人なのか? 考えてはみたものの、答えは見つからない。
それ以外で、たとえばウルフリック・ストームクロークであるとか、盗賊ギルドのメルセルであるとか、同胞団導き手のコドラクであるとか、いずれにせよスカイリムの「著名人」の名は見当たらない。
それよりも、どこの国の名かも分からぬような、奇怪な響きのもののほうが多く見られた。
「一体どのデイドラ王子の仕業で、どの領域なのか分からんが、とんでもないことになったな…」
吸血鬼を生み出したとされるモラグ・バル他、ニルンに強い影響力を持つ正邪定かならぬ存在、デイドラ。
その中でも特に強い力を持つものたちは、デイドラ王子と呼ばれている。
約200年前に、スカイリムの南に位置するシロディールの帝都を壊滅寸前にまで追い込んだのはメエルーンズ・デイゴンと呼ばれるデイドラ王子だ。タムリエル世界を征服することに異常な執着を持っているデイゴンが、またもやオブリビオンの門を開いた結果…にしては、やり口が妙だ。
人々を争い合わせるというのであれば、ポエシアの常套手段だし、これ自体が悪趣味な遊興であるのならば、放蕩の王子サングインか、とも思えるが……いずれ、何の確証も無い。
もとより、暗殺者業などをやっていながら、ナジルは自分自身がデイドラ王子の企みになど関わりあうことがあるなどとは思ってもいなかった。
夜母の声すら聞けぬ身に、そんなことがあろうはずもない。
しかし、ガブリエラはどうであろうか?
不意に、ナジルはそう考える。
実務的なナジルとは異なり、ガブリエラは暗殺という行為に、ある種の神秘性を感じている節があった。
ポエシア、メファーラ、アズラの三柱のデイドラを崇めるダークエルフの彼女ならば、あるい何らかの見解があるやもしれない。
長い間、現場の暗殺よりも情報担当を優先してきたことが、ここにきてナジルの判断を鈍らせていた。
「ふふ…何を気に病んでいるの? 何の問題も無いわ。
こんな心地よい場所で、殺し合いが出来るなんて、願ってもい事じゃない?」
アカヴィリ刀に似た、細身でわずかに沿った刀剣で薙ぎながら、すんでに反転。
転がり起き上がったナジルの目に映るのは、鋭い短刀の切っ先……等ではなかったし、ナジルの刃が切断したのも、ガブリエラの腕ではなかった。
「シシスよ……!」
一党の中でとりわけ信心深いとも言えぬナジルの口から、思わずそう漏れる。
「本当…素敵な夜よ…。
風の歌を聞いて、木々の調べに身を任せ……。
殺戮の夜が始まるの……!!」
再び放たれる攻撃。それはいかな変容か。ねばねばとした粘液にまみれた幾本もの触手。
それが目にも留まらぬ速度で、槍のように突き出されてくる。
直線的だが、通常の剣戟とは異なるその軌道は、ナジルの目でも捉えきれない。
一転、二転と転がりながら、刀剣で数本を切り落とすが、切り落としたそばから見る間にそれは再生する。
異様な姿となっているガブリエラ。両腕、そして口元から伸びたその触手の連撃は、このまま捌ききれるものではない。
「くっ…なんてことだ!」
もはや言葉にならない。もともと青黒いダークエルフの肌が、うっ血したようにところどころ赤く腫れ、目は黄色く濁り、あらぬほうを向いているかのようだ。
吸血鬼、でもない。ドラウグルの様な歩く死者でもない。
ナジルの知る何物でもない何か。
異形の怪物と成り果てたガブリエラは、殺意を隠すことなく襲い掛かってくる。
「あぁあああ、気持ちイィィイイィィ〜〜〜! 早く、早く殺させてよ、ねぇ、ナジル〜〜〜!」
殺し屋でありながらも、品のあったかつてのガブリエラとは思えぬ。姿かたちだけではない。その内面すら変わってしまったのか。
いや、あるいは、すでに中身が別のもの……たとえば、下等なデイドラにのっとられてしまっているのかもしれない。
触手の攻撃を跳躍で避ける。
避けて着地した先で、激痛がナジルを襲う。
トラバサミ。乗ることで鋸状の刃に足を挟まれる、単純な罠だ。
それを、回避地点に置かれていた。
刃が足首の肉に食い込み、身動きがとれない。化け物の姿になりながら、先んじて罠をはる。姿の変化に応じて知能が衰えたわけでもない。
一呼吸。この間は、狙いを定めてか、あるいはこちらの反応を愉しむためか。
「ああ、ナジル、ようやくあなたを貫いてあげられる……!!」
両腕をあわせるように、螺旋に一本の巨大に槍と貸した触手が、ナジルを襲う。
一呼吸。その一呼吸が、生死を分けた。
◆ ◆ ◆
血飛沫と煙の残りが、あたりに強いにおいを漂わせている。
閃光、爆音。その後の静寂 ―――。
暗いショッピングモール内の、おもちゃ屋の中に居る者は一人。
ガブリエラではない。ナジルでもない。軽くウェーブのかかった髪に、角のとがった特徴的なデザインの眼鏡。そしてさらに特徴的なのは、斜視。
「ウゲッフ、ゲホ、ゲホ…!
あぁ〜、もう、けっこうこの煙、残ってんじゃないの糞ッ…!」
むせて毒づくのは、同様に参加者の一人である、蒼井ネロ。
足元の血溜まりに散乱している肉片…あるいは、「先ほどまでガブリエラだったもの」を、足の先で軽く突く。
びくり、とそれは反応し、うつろな目を虚空にさまよわせながら、掠れ気味の声で、
「…ネ……ネロ……様ァアァ……」
そう呻いた。
「チッ…使えねー奴だな、おい……」
煩わしげに足を上げ、踏み下ろす。
かすかに残ったガブリエラであったものの残骸が、ぐしゃりと潰れた。
蒼井ネロに与えられた支給品は、『白栄の銃』である。
零本白栄。参加者の一人でもある、零本志呂子の兄であり、姫園リルカの部下として、「撃った人間を数パーセントの確率で、撃たれた瞬間に見た者に忠実な化け物へと変化させる弾丸」を開発した、異常天才。
そのリボルバー式の銃には、初期型の『運命の弾丸』が、6発まで込められていた。
ネロは、ガブリエラに対して2発撃ち、1発を命中させている。
しかしその唯一の手駒が、死んでしまった。
追い詰められたナジルが最後にはなった、数発の手榴弾が直撃して、ばらばらになったのである。
弾丸で化け物になった者は、常人に比べれば遥かに高い身体能力と再生力を得る。また、自らの身体の一部を攻撃のためにある程度変化させることも出来る。
しかしそれでも、不死身なわけではない。
「これじゃあ、自分で改造したクラスメイトどもの方がまだ使えたわね……」
虚栄心と支配欲。そしてさらにそれを上回る異常な頭脳でもってして、自らのクラスメイトたちを誘拐し殺害。自らに忠実な改造死体(ゾンビ)として支配していたこの異常者、蒼井ネロは、運命の弾丸を開発した白栄をも上回る、『異常天才』であった。
殺し会いに躊躇する道義心は無い。しかし、「他人に命令される」のは断固として許しがたいし、何より彼女自身には戦闘能力は全く無い。
だから、「部下」が必要だ。
そのために、この支給品は確かにうってつけだった。ただ、説明書きから望まれていたほどの性能は、無かったというだけである。
残り、4発。そうそう無駄遣いは出来ない。
どうするか。先ほど逃げた男は、足を怪我している。まだ遠くには行ってないだろう。
それよりも別の獲物を探すべきか、あるいは……。
残骸から、指先を引っ掛けて首輪を手にする。
ガブリエラの、そして自分自身にも科せられた枷。爆弾入りの首輪。
それを一瞥して、バッグへと放り込んでおく。いずれ何かの役に立つ。
それから周囲をぐるりと見渡し、もう一度手にした白栄の銃を口元に寄せる。
「鋸村ギーコ……。あいつにこの弾……ブチ込んでやりたいわぁ〜〜〜〜……♪」
ネロはそう呟くと、うっとりとした表情で手にした『零本白栄の銃』に、舌を這わせた。
【ガブリエラ@スカイリム】死亡
【残り60人】
【1日日/深夜/西側ショッピングモール内】
【ナジル@スカイリム]
[状況] 右足にトラバサミの傷、全身に爆発の影響、出血中。
1.ガブリエラから逃れる。
2.一党のほかの仲間はどうなっているのだろうか?
[所持品] 基本支給品一式、日本刀
[備考]参戦時期、ゲーム内闇の一党クエスト開始前。(主人公、シセロとは会っていない)
赤いターバンを巻いた精悍な黒人男性の容姿。皮肉屋で冷静な実務家肌。
軽装鎧(皮鎧など)と片手剣の達人。一党では主に情報のとりまとめと仕事の割り振りを担当。
【種族、レッドガードの能力】
・毒耐性アップ +50%
・魂の昂揚:20分間ほど、スタミナの回復速度が10倍になる(1日1回)
スタミナはゲーム内で、ダッシュをしたり強力な攻撃を使う際などに使用される。簡単に言えば、疲労回復が10倍早くなる能力。(一種のランナーズハイ?)
[殺人・犯罪記録]
闇の一党の暗殺者。
※もうひとつのランダム支給品、「手榴弾」は、すべて使い切りました。
手榴弾については説明書きを読んで使い方は知っていましたが、これらの科学技術は知らないため、「何らかの魔法の道具」と認識しています。
【蒼井ネロ@血まみれスケバンチェーンソー】
[状況] 健康、やや興奮
1.殺しはする。主催者には従わない。
2.ギーコを『白栄の銃』で撃って、部下にしたい。
[所持品] 基本支給品一式×2、白栄の銃(残弾4発)@ゾンビ屋れい子、ランダム支給品×3〜6(ガブリエラ)、ガブリエラの首輪
[備考]参戦時期、味とでのギーコとの決戦前。ナグルシファーのことは知らない。
[殺人・犯罪記録]
クラスメイトの猫を改造死体にしたことからいじめられるようになり、逆恨みでギーコを除く全生徒を殺害し、改造死体にした。
※白栄の銃に込められている運命の弾丸は、初期型です。
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