魂相伝バトルロワイアル「この刹那よ永遠なれ――――」






――――紅い月が爛々と輝いている。あれは瞳だと誰かが言った。遠く彼方の天空から、何者かが此方を黙って見ているのだと、半ば嘯くような調子で語った。
だが、それは冗談などではない。
それはいま、この月夜の真下にて戦慄に戦く人々のその全てが理解したことだった。
予兆なんてものはなかった。
誰にも気取られず知られないままに、歴戦の猛者から一介の少年少女迄もが夜天の眼下に集められ――――それ≠目の当たりにしている。
総勢八名。二本の手があって足がある、何ら違うところのない人の形をした存在。然れど、彼らを単なる人間とは誰も呼ぶまい。形こそヒトを象ろうとも、その目が、全身から止めどなく放たれる威圧が、それを全霊でもって否定する。
凡ての本能が警鐘を鳴らす。
逃げろと、直ぐに離れろと叫び散らす。
けれど、同時に誰もが理解しているのだ。
あの死人同行じみた八人の魔性に背を向ければ最期、決して生きてはいられぬと。ここで黙って立ち尽くす方がまだ安全であると、確信できる。

これは恐怖劇(グランギニョル)だと、彼らの将たる男が口にした。
血のように紅い頭髪と血の気の引いた肌、そして爛々と灯る鮮血色の瞳。
何処から見てもそこに生気などなく、ただ潰えぬ意思の焔のみは健在。照り輝く憎悪の紅き眼光は視線のみでヒトを殺せるのではなかろうかとあらぬ疑問すら生まれるほどに鋭く強く。
他の七人も各個があまりにも強大すぎる存在感を放ってそこに佇んでいたが、その凡てを引っくるめても彼一人に及ばない。まるで最初から存在の格が違うかのように研ぎ澄まされて、大蛇が如き男は恐怖劇≠フ主宰をここに語る。

「おまえたちにはこれから、ひとつの縮図を描いて貰う。なにも難しいことではない、おまえたちも慣れ親しんだ趣向だ。それを、改めて演じるだけでいい」

そして八つの化外の将は口にする、殺し合えと。
犬畜生のように殺し悪辣な天狗のようにそれを誇れ、そして屍の上で笑えと。
禁断の果実を薦めた悪なる蛇の如き老獪さを言葉の端々に散りばめて。

「最後まで残った独りだけを生かしてやる。但しそれ以外の例外はほんの一つも認めはしない。精々、おまえらの好きな己(じぶん)を貫くんだな」

――――突然だが、この男。そして彼に付き従う七人の化外。この場の誰もが彼らを知らぬというわけではなかった。
寧ろ、厭という程に思い知らされた者たちがいる。その脅威と絶望と憎悪の丈を記憶にしかと刻み込まれた益乱男たちもまた、数名ではあるが存在している。
その中のひとりにして、また同時に最も矮小なる男が、意外にも最初に声をあげた。

「ふ……ふざけおってェ! この六条を貴様らの低俗な娯楽などに巻き込むか!! 大体お前たちは何をしておるのだ、東征の益乱男ら!!
 化外八柱夜都賀波岐、貴様らが討つべき天魔らであろう! よもや力及ばぬというのでは――――」

しかしながら、その口にする言葉は同胞への叱咤。
我を助けよ我の為に命を散らせと、自己愛まみれの台詞を吐き散らす。
むろん、彼の求める展開は訪れない。
みな、承知しているからだ。今あいつらに狼煙をあげて立ち向かっても、待ち受ける結末はたった一つだと。それが分からないのは、情けなくも彼だけだった。
当然、彼には誰も動かない現状が受け入れられない。
人の上に立つ者と自らを過信していたがために、結果的に自分の首を絞首する。
その結果、彼には一つの役割が与えられることとなった。

「きさ――――ぅ、ぐァア……!!??」

突如、男は苦悶の声を漏らし崩れ落ちる。見ればその肉体は、既に汚泥と区別がつかないまでに腐敗していた。自然界ですら短時間では決して起こり得ないだろう速度での腐食、それが夜都賀波岐、天魔と呼ばれた者らの仕業であることは明白だった。
彼らには剣も銃も要らない。その気になれば、目だけあれば人など殺せる。
五十の生命、恐怖劇の役者の任を与えられた五十の魂は、まさしく彼らにとっていつでも摘み取れるものに過ぎず、また等しく無価値という意味では平等だ。

「……馬鹿だな。わざわざ波風を立たせに出てくるなんて、とんと分からない」

そう呟いたのは、先の腐敗現象を引き起こした主だろうか。端正なる顔面を持ちながらも、同じく極大の憎悪を放つ男。その名を悪路。
その隣に立つ、金髪のしなやかな女性。雷と炎の咒を持ち、その業は国一つすら容易く焼き尽くす大天魔。その名を、母禮。
般若の面を被り、着物を着崩した傾奇者然とした男は薄く微笑んでいる。だがその本質はやはり憎悪と威圧の権化。その名を、宿儺。
銀色の頭髪が麗しい、まだ少女期の幼さを残した女。しかしその視線に籠る悪感情は誰よりも尖っている。夜都賀波岐の最右翼、その名を常世。
対して常世とは対照的な、母性すら感じさせる美女。只、その母性が、優しさが、向かうのは同胞ら以外には有り得ない。女の名を紅葉。
常世よりも更に小柄で人相も幼く、爛漫な町娘にすら見える彼女もまた化外八柱の天魔。ただ彼≠ヨの愛を貫き通す魔性――名を奴奈比売。
彼の人相は分からない。獣の被り物で素顔を晒さぬ、まるで彫像のように厳かな男。かつて終焉を望んだ戦士、その名は大嶽。

――――それらの頭取。
時間を凍らせ、一瞬の刹那を永遠とする神格存在。
時よ止まれと、お前は美しいと、そう祈りそう在った、夜都賀波岐が大将格。

「……あまり時間もない。それでは幕開けとしよう」

名を、夜刀。

最強にして最大の地獄。
永遠停止の大天魔は、静かに宣言した。

「我らは夜都賀波岐――――第六天の宇宙に、亀裂を刻む者なり」

誰にも意味は介せなかったろう。
だがそれでいい。
そうでなくてはならない。
彼らには、役割があるのだ。
見せしめなんかじゃない、とてもとても大切で尊い役割があるのだ。
だから、今は伝えなかった。いずれ嫌でも知るときが来る――その時までは。

誰もいなくなった夜天の下で、夜刀はひとり、まるで歌劇の語り部のように謳った。そして彼の同胞たる者たちも、誰一人それに口を挟もうとはしない。

「舞台≠ヘ揃った、役者≠烽セ。
 本当に、■■■■■■のヤツの真似をしているみたいで癪だが」

失われた世界の言語が交じる。
ただ、夜刀にとって間違いなくその存在が気持ちのいいものでなかったのは確かだということは彼の口振りからも伺えよう。
だが、それも昔のこと。今となっては失われた存在に、嫌悪をしても仕方なし。
誰よりも純粋に、それでいて病的な募愛を抱いていた二人の男が嘗てあった。
今はもういない。消えてしまった。

「――――でも、俺達は退けやしないんだ。俺達の黄昏を取り戻す為に」


【六条@神咒神威神楽――――死亡】


◆ ―――― ◆


夜都賀波岐の拠点たる場所に、ひとりの少女が眠っていた。


美少女以外に形容できないその容姿、罰当たりと虐げられた少女だ。


その愛情の形は抱擁。


抱き締めたら首をはねてしまうという呪いを帯びた斬首刀の刃。


失われた女神は――――そこに、ただ眠る。

その美しさを欠片ほども崩さぬまま、眠っている。



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