お題・足を滑らせ踵落としを避ける3
「止めだ、七篠模武(名無しのモブ)!」
宣言と共に、男のしなやかな足が頭の上へと上がっていく。
そして渾身の踵落としが顔面を目掛けて迫って来る。
男の背後から月明かりが照らしている事もあり、それはとても美しい光景だった。
その光景はまさに戦の決着を祝福するかのようで。
破れたズボンの中から覗ける陰茎ですら、不快を誘わせる事無く芸術を感じさせた。
死ぬ。
俺は、迫り来る踵をただ呆然と見つめながらそれを確信していた。
最早避ける事すら叶わない。
このまま男の踵が俺の顔面を破壊し、俺を殺しつくす事だろう。
やれる事は全てやった。その上での死なのだから不満は無かった。
俺は俺を任せた男を称えるように笑い、勝者へと言葉を贈る。
「お前の……勝ちだ―――」
その言葉と共に男の踵が俺の顔面に接触する。
死を前にして、脳裏に次々と色々な事が浮かんでは消えていく。
これが走馬灯という奴なのだろう。
走馬灯の最後に、殺し合いで出会った仲間の姿が映される。
みんな、後の事は頼んだ。
俺はその思考を最後に意識をうし―――
ダギュン!
―――なうかと思われたがそんな事はなかったぜ!
突如足元に現れた小さく丸っこいギャングのようなおもちゃが、俺を転ばせたのだ。
その為男の踵落としは俺の鼻を削ぎ落とすだけで終わった。
何を言ってるのか分からないと思うが、俺も何をされたのか分からなかった。
転んだ拍子に頭を打ってどうにかなりそうだった。
催眠術だとか足を滑らせただとかそんなチャチなもんじゃあ断じてない。
もっと恐ろしい転ばし屋の片鱗を味わった。
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