セイギノミカタ〜邂逅〜
「おいおい、もう超常現象はこりごりだぜ」
無精髭を右手で弄りながら、周りにある無数の樹木の一つに身体を預ける男。
彼の名は兜光一。藍空署に所属している一介の警部補であった。
そう、あくまでも今の彼は元警察官。
今の彼の職業は幼少からの憧れであった正義の味方。
エグリゴリという国家クラスの戦力を持った相手に一歩も引くこと無く戦い勝利した。
その過程で数々の超常現象を見てきた彼にとってこの事態は驚くべきことではあったものの、
鋼の精神をへし折るほどのインパクトとは成りえなかった。
「だがな」
急に彼の声のトーンが変わった。
強烈な裏拳をもたれかかってる巨木に叩き込み、込み上げる怒りを抑えようとする。
が、そんな行為で晴らせるような安っぽい怒りを抱かせるほど彼の魂は冷えていなかった。
「だがな、お前らみたいなふざけた野郎がいる以上は戦わなきゃいけねーんだよ!」
あのガキ共みたいな運命を背負った奴らがな、心の中でそう付け加える。
「畜生!」
一言毒づいた後にズボンの左ポケットからタバコの箱とライターを取り出す。
慣れた手つきでライターを擦り、タバコの先端を炙った。
暗闇の中で火を出すのは目立ちすぎる行為だとは分かっている。
分かっていたのだが、この昂ぶる気持ちを一旦落ち付けるためには仕方が無い。
当然この場所が木々に覆われて視界が最悪だという前提もある。
多少の煙や光ぐらいはこの森の陰鬱な雰囲気に紛れるだろう。
兜刑事は何故かそう考えていたのだ。
煙を燻らせて考えるはこれからの行動方針。
殺し合いには乗らない。これは今更再確認するような事ではない。
だが、脱出に向けて自分ができることはなんだ?
この首輪の解体をできるほどの知識など当然持ち得ない。
一般人よりは強いがARMSクラスどころかサイボーグに勝ち得る戦力すらない。
では自分は何ができるのだ?
「ん?」
意気消沈する彼の目に飛び込んできたのは、登山客が使いそうな造りのディバッグ。
アリス曰くこのディバッグには支給品とやらが入っているらしい。
兜の心の中に希望が湧きあがる。
バッグにある支給品を確かめるためにバッグを取ろうと巨木から背中を離して、ゆっくりと膝を曲げる。
そのまま左手をまっすぐと伸ばして行き人差し指と中指で持ち手を引っ掛けた時、不意に気配を感じ――――
「ぐおっ!?」
兜の体は何者かの手によって引き倒された。
あまりにも咄嗟な事に、兜は受身を取ることもできずにその体は湿った地面に叩きつけられる。
自分に圧し掛かっている人物に抗議の声を上げようとしたがその声が発せられることはなかった。
怒号を発する前に彼の耳に“襲撃者”からの言葉が届いたからだ。
「お前はこの殺し合いとやらに乗ってる奴なのか?」
「あぁ? 元警察官の俺にそれを聞くのかよ」
「ふん、公僕を簡単に信じられるような人生を送ってねーからな」
「じゃあどうやって証明しろってんだよ!!」
「ん〜そいつはまだ考えてねぇな」
「おい! ふざけんじゃねぇぞこの野郎」
兜が怒鳴り声を上げながら抵抗するしようとするが、ガッチリと間接を極められている。
当然抜け出せるはずも無く、必死の抵抗は彼の体から体力を奪う結果のみとなった。
「おい、もういいぜ」
長き抵抗の末、肩で息をすることとなった兜の体をあっさりと開放する襲撃者。
這い蹲る形で息を整えた後、兜は目の前にいる金髪の男に問うた。
「何故俺を放した?」
「放して欲しくなかったのかよ。変な趣味は持つもんじゃないぜ」
「おい、あんまり大人をなめんな」
「じゃあ正直に言ってやるよ。お前じゃ俺に勝てない」
「なっ!?」
言いたい事は分かる。
完全に不意打ちだったとはいえ、自分は少しの抵抗もできずに負けたのだ。
しかし、だからといって簡単に納得してしまうわけにはいかない。
「でもよ、俺にだって――」
その言葉は目の前に突き出された拳によって遮られた。
いや、兜には突き出されたようには見えない。急に現れたとしか思えないのだ。
「どうしてもそう思うなら俺を殺してから先に進みな。
市民の為に命を懸ける覚悟ならとっくにできてるんだぜ?」
「ちっ」
心底嫌そうな顔で舌打ちを一回した後、男は兜の手を振り払う。
そして、兜の目を正面から見据えて言った。
「俺の名前はジャン・ジャックモンドだ。もし足手纏いになるなら本気で置いてくからな!」
怒ったかのように声を荒げるジャンをニヤニヤと見ながら兜は片手を差し出す。
「俺は兜光一。まぁしばらくの間よろしく頼むぜ、ジャン」
「・・・」
しばし沈黙が二人の間を流れる。
本当に愛想がねぇ奴だな、兜がそう思い差し出した腕を引っ込めようとした時、掌に温もりを感じた。
兜の顔が締まり無く揺るむ。
ケッ気持ち悪い奴だ。そう毒づきながらジャンはさっさと繋いだ手を離す。
☆ ★ ☆
遠くから近くから頭に声が響き渡るる。
それは遺伝子単位で組み込まれた魂に刻み付けられたプログラム。
生まれたその日から常に彼は飢え乾き続けていたのだ。
『闘争』に
「アリスが溶け落ちてゆく俺を復活させて殺し合いを強いる理由は一向に分からん。
しかし、わざわざ冥土に片足を突っこんだ所から呼び戻してまで彼女が用意したこの殺し合いのステージ。
この場で俺がやるべきことはたった一つしかあるまい。より強く、より強い力を!」
緑色の軍用コートを翻し、同色の帽子を両手で整える。
死を覚悟してでも力を求めたあの戦場。
再び大地を踏むことになろうとも彼の本質は変わらない。
こうして狂った帽子屋、キース・シルバーは第一歩を踏み出す。
☆ ★ ☆
先に気が付いたのがどちらであるかと言えば、恐らくジャンのほうであっただろう。
獣人と呼ばれる古代生物兵器の遺児である彼の五感は常人を遥かに凌駕し、目の前にいるであろう相手の存在を脳へと伝達する。
「兜のおっさん、ちょっと止まりな」
「だからまだ俺はおっさんじゃねぇっつーの。まぁいい、一体どうしたんだ?」
急に呼び止められたことを訝しみながらもキッチリと立ち止まる。
慣れない悪路を歩いて少し疲れ気味なのか、兜は傍にあった木に手を着く。
「人の気配がする」
「何っ? それは本当か?」
「こんな状況で冗談なんて言うわけ無いだろうが。
俺はチョット訳有りでね。色々と普通の奴とは違うのさ」
皮肉がたっぷりときいた嫌味な笑顔を浮べるジャン。
しかし彼の口ぶりに怒ったりする事なく、兜はニヤリと笑って聞き返した。
「サイボーグか? それとも強化人間? まさかARMSとは言わないだろ?」
「なんだそれ? とりあえずコンタクトを取ってみるか」
「コンタクトってお前……」
「なぁに、安心してろ。相手が殺し合いに乗ってたらとっちめてやるからよ」
「おいおい、慎重に――」
兜の主張はあっさりと無視された。
「おい、そこにいる野郎! 大人しく姿をあらわしな!!
一応言っておくが俺は殺し合いにゃ乗ってねぇ、このパッとしねぇおっさん見たら分かるだろ?」
グッと拳を握り怒りをこらえる兜。
ムカつく言い方ではあるが、ここで言い争ってても何もならない。
そんな二人の様子を他所に、響き渡る声からジャンの存在を把握したキース・シルバーは茂みに隠れて相手の様子を伺う。
(敵は二人……あの口ぶりからして若い方しかマトモに戦えないらしいな。
しかし、暗い森で偶然の要素がある程度絡むとはいえ先に存在に気が付くとはな……。
強化人間化何か知らんが中々厄介な相手かもしれんな)
しかし、ここで引く選択肢と言う物は一切存在しない。
自分は勝つために戦ってるのではない、戦うために戦っているのだ。
故に相手が万に一つの勝ち目が無い怪物であろうとも引くつもりはなかった。
圧倒的な存在を前に恐怖するようなことがあってはならなかった。
(あの魔獣と出会うまではな)
敗北と恐怖を植えつけた唯一の存在。奴に勝つために殺し合いで進化し続けよう。
死体の山を築き上げ、そこの頂点に自らのではなくジャバウォックの屍を飾ろう。
そこまで考えて、シルバーは我に返った。
(いかんな、今は目の前の敵に集中せねば)
軍服の両腕を捲り上げて地肌を露にする。
理由は、動きやすくなるとかそんな大層なものではない。
ただ、純粋に衣服の確保が難しいであろう環境で易々と破ったりしたくはないからだ。
ピシピシと枯れ木が砕けるような音を立てて、彼の両腕が変貌した。
掌の先に付くは、全てを切り裂く爪。
先程までは一般的な白人男性の肌の色をしていた皮膚は硬質化して金属特有の鈍い光を反射する。
黒に染まったそれを形容とするとしたら悪魔の両腕。
彼は機を待つ。
異形の右腕にスパークを発生させて、必殺の荷電粒子砲をいつでも発射できるようにチャージして。
――――そして、時は来た。
「もう一度だけ言うぜ! 大人しく出てきな!!
こそこそ隠れてるつもりなら女子供でも容赦しねぇぞ!!」
「おい、ジャン! もう少し言い方を考えろってんだ!」
返事はせずに茂みから飛び出して左手を支えにして右手を前に突き出すシルバー。
右手に発生した発光する球体は即座に線となり、ジャン達の下へと迸る。
一瞬遅れてやってくる嗅ぎなれたオゾン臭。
「さぁ、闘争の始まりだ」
シルバーは大きく両手を広げて、荷電粒子砲の着弾地点へと飛び出していった。
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