オープニング






眠りは質量のない砂糖菓子だと、誰が言ったか。
脆くも崩れて再びの地獄……懐かしいこの匂い、この痛み。
手にはもはや吸い付くように馴染んだ操縦桿の感触。

俺は――まだ、生きている?

鉄の棺桶――口の悪い者は<ボトムズ>と呼ぶ、「Vertical One-man Tank for Offence & Maneuver-S:攻撃と機動のための直立一人乗り戦車」、通称AT。
そのATのコクピットの中で俺は目覚めた。
ターレットレンズが回り、外部の光景が表示される。
そこは大きな空間だった――俺と同様、倒れ伏す影がいくつも。
AT、だろうか。明度が低いためよくはわからないが、明らかに見たことのない機体がいくつもある。

ATから降り、俺はそのうちの一つに近づこうとした。 そのとき、暗い静寂を規則正しい靴音が引き裂く。俺がその方向に目を向けた瞬間、パッと、閃光が満ちる。

「やはり、最初に目覚めたのはお前だったか……キリコ」

光の只中から、覚えのある声。うっすら見える壮年の男――俺はこいつを知っている。


「ペールゼン……」

俺の喉から這い出た呻きが聞こえたか、奴の双眸がギラついた光を湛える。
奴の声に反応したか、そこかしこで生存を示すかのように機体らしき影が動く。
ペールゼン――ヨラン・ペールゼンは狂おしい眼差しで俺を睨めつけ、しかしそれ以上踏み込んでは来なかった。
対する俺もこの状況に理解が追いつかない。何故なら、奴は――

「諸君、まずは手荒な方法で招いたことを詫びよう」

思考を打ち切る声。ペールゼンのものではない。
声の方向に目を向ける。そこにいたのは――巨人、だ。
ATのサイズではない。へヴィ級のATでもせいぜいが5mというところだろう。
だがこの巨人は見上げねばその全長が視界に収まらない。大きい――ATの倍、おそらくは10mはある。
四つ目の頭、重厚な装甲をまとう四肢、腕に肩にとあつらえれらた見たこともない武装。
ギルガメスもしくはバララントの新兵器だろうか。

「私の名はジャック・O。君達をここへ招いた――そう、あえて言うなら<アライアンス>のリーダーだ」

男の声は続く。ジャック・O――知らない名だ。反射的にペールゼンを見やるも、特に動揺しているそぶりはない。
目覚めた者数人が機体を起こすのが見えた。攻撃を仕掛けようとしたのだろうか。
だがその瞬間、ATのレーダーが甲高い警告音を放つ。

(……囲まれている!?)

一瞬前まで虚無が占めていたこの大広間を、取り囲むようにして現れた反応が多数。
抵抗は無意味、ということか。
そしてそのときになって気付いた。
どうやら俺のATには細工がされているようだ――武装の残弾が0。燃料すらも、ほぼ空っぽ。
俺と同様の仕打ちを受けていたか、動こうとしていた影が停止。ジャック・Oは、何事もなかったかのように言葉を続ける。
何か、とんでもないことに巻き込まれようとしている。その予感が、俺の胸中に強く沸き起こる。

「ここへ招かれた君達は、各々腕に覚えのある者ばかりだろう。そんな君達に我々が望む事はただ一つ……」

予感が確信へと変わる。次に来る言葉も、おぼろげながら予想がついた。
未だ顔も知らぬ俺と同じ境遇の者たちが固唾を飲む。彼らもまた、俺と同じ確信を抱いたのだろう。


「戦いたまえ――最後の一人になるまで。真に最強の名を冠する者が誰なのか、その答えを見せてくれ」


ジャック・Oに代わりペールゼンが言う。努めて無感情な――いや、そう装ってはいるが根底に狂的なまでの熱を隠した声。
俺は息を呑んだ。暗く、顔まではわからないがざっと見て50人はいるだろう。
この数の人間でバトリングを――否、殺し合いをしろと言うのか。

「ふざけるな! 俺はもう、もう、てめえには従わねえぞ!」

一角で怒声が上がる。
俺は反射的にその声の主へと視線を飛ばした。今日、二度目の驚愕と共に。

「コチャック……!?」

囁きは震えていた。そんなはずはない。奴は――

「俺は死なねえぞ……! 誰も俺には命令なんて出来ねえッ!」

コチャックのAT――重装備のスコープドッグ――が、ペールゼンへと疾走する。
だが俺と同じく武装は取り上げられているはずだ。
俺の眼前をコチャックのATが駆け抜ける。待て、と叫ぼうとした。

しかし――

(奴は死んだ……俺の目の前で、死んだはずだ!?)

その一瞬の逡巡が、すんでのところで俺の行動を阻害する。
後で考えろと、振り切った時――もう、全ては決していた。

俺たちを囲む多数の光点から、いくつかが弾かれたように飛び出した。
ペールゼンの背後から迫るそれらの姿を、光が映し出す――馬鹿な!

「レッドショルダー……!?」

赤い肩をしたAT。
血塗られた赤、吸血部隊――ギルガメス宇宙軍第10師団メルキア方面軍第24戦略機甲歩兵団特殊任務班X-1!
ペールゼンの私兵どもがそこにいた。三度目の衝撃が俺を打ちのめす。
おかしい。何かが決定的におかしい。

ペールゼン、レッドショルダー、コチャック――彼らはみな、「死んだはず」なのだ!

自らを異能生存体と誤解し、無謀な戦いの末命を散らしたコチャック。
俺、グレゴルー、ムーザ、バイマン――元レッドショルダーにより壊滅させられたレッドショルダー。
バイマンに全身をハチの巣にされたペールゼン。

俺の眼前で亡者たちが踊る。
飛び出してきた三機のAT――ブラッドサッカーが、コチャックのスコープドッグを瞬く間に包囲する。
アームパンチを繰り出そうとしたコチャックのAT。だが、その拳が放たれることはなかった。

「お、俺が死ぬはずは……ッ!?」

全方位から雨霰と浴びせられた銃弾に、スコープドッグは一瞬で鉄クズと化し、停止した。
衝撃で、コクピットからコチャックが放り出される。



「コチャック……!」
「諸君、見ていたまえ。これが敗者の末路だ」

飛び出そうとした俺をペールゼンの冷たい声が押し留める。
奴の手に握られているのは、何かのスイッチか――そう認識した瞬間、それは押し込まれる。

ボンッ。

後方で、何かが破裂したような音がした。
振り向いた俺の目に映ったのは――首のない、コチャックの身体。
何かが俺の足元へと転がる。拾い上げることもできず、俺はそれを見下ろす。
コチャックの、頭だ――。

「見ての通り、君達の首には小型の爆薬を仕込んだ首輪を付けさせてもらった。文字通り、我々の犬となった訳だ。
 これを外す方法は一つ。戦え! そして生き残れ! 我らが求むるは最強最後の強者のみ!」

ジャック・Oの宣誓。
それを合図に、次々に俺の周りから影が消えていく。
そんな中俺は気づく。ペールゼンが、俺を――俺だけを見ている。
奴の口が動いた。

「キリコ、今度こそ貴様を――」
「俺は死なんぞ、ペールゼン。今度もまた、お前の負けだ」

奴が言い終わる前に、俺は割り込んだ。
たとえこの理解不能な状況であろうと、奴に屈することなどできるはずがない。誰にも――そう、神にすら俺の運命を操らせはしない。
奴は、嗤った。できるのならやってみせろとでも、言わんばかりに。
俺は目を逸らさず――やがて俺の身体もまたどこかへ転送されるべく、漆黒の闇へと呑み込まれていった。






【ダレ・コチャック@装甲騎兵ボトムズ ペールゼン・ファイルズ  死亡】
【残り50人】




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