彼女は知らない






「……ったく、何処に行ったんだよあの馬鹿姉貴」
 名無しさんなんだよ(29番)は沈む夕日に向かってぼやいていた。
 猛スピードで姉が駆け抜けて行った後、ひょっとしたら直ぐ戻ってくるかも知れないとしばらくぼけ〜っと待っていたのだが一向に帰って来る気配はない。
 仕方なく探しに出たのだが……
「えーとあっちだっけ?」
 姉弟は揃って方向音痴だった。

「こんにちは、それとももうこんばんはかしら」
 夕日を背に受けて颯爽と現れた女性はそう声をかけてきた。
「あ、どうもこんばんは」
 反射的に頭を下げてしまう。
 一瞬姉かと思ったが、違った。
 姉よりもっとスラッとしたスレンダーボディ。
「貴方お名前は?」
「な、名無しさんなんだよって言います」
 無名コテですが何か。
「そう……何話ぐらい書いたのかしら?」
 やっぱ知らないよなぁ。
「100ゲットズサー>⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡≡」
「……?」
 嗚呼すべった、何か困った顔で微笑んでるYO!
「あ、100話の1つだけです。喫茶店マターリ組を月島兄に襲撃させちゃいました。たった1話しか書いていないのにこんな所に連れてこられて、困りましたよ〜」
「…………貴方の支給武器は何かしら?」
 それより俺は貴方の名前と年齢と出来ればスリーサイズを聞きたいのですが……
「あ、そう言えばまだ見てませんでした」
 しゃがんで自分のカバンを漁ってみる。ん、これは……
「パーティ用のクラッカーですね、わぁたくさんあるなぁ」
「そう……」
 あれ?何か彼女うつむいちゃったよ。
「……今回の私ってもの凄く男運がないのね……」
「へ……?」
 目の前に銃があった。

「うわっ!」
 パシュ。
 慌てて横に飛び退いたが肩に激痛が走った。
 そのまま転がるようにして彼女から距離を取り起きあがる。
 冷たい目をした彼女の銃口はまだこちらに狙いを付けている
「くそ!」
 鞄を彼女目がけて思いっきり投げつけてそのまま逃走する。
 コテハンの中でもレアな年上属性のおねいさん2人に会えたというのに一人は実姉、もう一人はマーダーなんてロマンスの欠片もありゃしねぇYO!
 半泣きで走っていると突然地面の感触がなくなった。
 急いで藪らしき茂みの中に駆け込んだはいいがどうやら先は崖になっていたらしい。
「どわっああああ!」
 すぐに地面と激突しそのまま落ち葉をまき散らし小枝を折りながら斜面を転がっていく。
 しばらく転がった後体は自然に止まった。
 死ぬほど体中が痛い。相手は追ってきていない様だがじっとはしていられない。
 全ての荷物を失った名無しさんなんだよは肩をおさえてフラフラと歩き出した。

「あらら、逃がしちゃった。不味いかなぁ〜」
 でも面倒くさいので追わない。もしまた会う事があれば殺ス。
 とりあえず投げつけられた鞄からクラッカーをいくつか取り出しポケットに入れておいた。
 あまり荷物を増やしても面倒なので後はペットボトルを一本だけ頂戴して後は鞄ごと草むらに捨てておく事にした。
「あ〜あ、いつかさんは何処にいるのかな」
 MIU(15番)は一人沈む夕日に向かって呟いた。

  【29:名無しさんなんだよ 全ての荷物を失う】
【15:MIU クラッカー数個ゲット】



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