負けるな!葉鍵道






「は……はぁ、はぁ……」
 森を抜けた海岸線。111はそこで岩場の陰に隠れて息を整えていた。

 危なかった。一歩間違えたら死ぬところだった。
「げ、ごほっ、ごほ」
 咳込む。こんな状況では、まったくもって普段の運動不足が恨めしくなる。
 ……というか、スタートしてこのかた、走り回っているような気がしてしょうがない。

 先ほど、定時報告が聞こえた。
 サブマシンガンの弾丸を浴びたシイ原は、やはり命を落としていた。
 彼と話したのは僅かな時間。だが、この狂気の戦場で、一度は気の知れた親友のように
自然に話すことが出来た人物の死――おすそわけもしたし――は、やはり衝撃で。
 手の中には、クシャクシャになってしまった名刺。
 口の中には、二人でつまんだチップルの残り香。
「とりあえず……さよならを、あなたに」
 111は目を閉じた。せめて友として、彼の死を悼もうとして。

 ダンディも、命を失っていた。
 鉈を振りかざして襲ってくる彼の姿は、冷や汗と共にありありと思い出せた。
 右目が痛む――見えないということもないが、まだ完全には回復していない。
 自分が最後に見たのは、鉈を片手に森の中へ逃げていく後姿――。
 彼がどうして死んだかはわからない。わからないが……死んだことは確かだ。

 友好的なシイ原も、好戦的なダンディも、どちらも変わらず命を落とした。
「……退くも地獄、向かうも地獄か……つくづく、くそったれたゲームだよ」
 指が、手が、そして全身が震える。
 人が死ぬということに、今更ながらに恐怖する。

 せめて、強がってでも笑みを浮かべようとする。
「……わ、笑うということ……が、こんなに難しいとは思わなかった、な……」
 震えが止まらない。歯の根が合わない。
 怖い。怖い。怖い。

「……そこにいるのは、誰だ?」
 見つかった!
 心臓が口から飛び出すほどに驚く111。飛び上がらなかった代わりに全身がすくむ。
 ゆっくりと声のほうに振り返る。そこに立っている男が一人。側には巨大なトランク。
「ひっ! うっ、うあぅぅあああうああぅぁあぁぁあ……」
 これで、おしまいか。
 なんとか逃げようと慌ててじたばたともがく111に、その男……いつかは慌て説得する。
「だ、大丈夫、何もしません、何もしませんから!」
 だが恐慌状態の111にはそんな声では届かない。
「ど、どうすればいいんだ……」
「うぁぁ……あ?」
 葉鍵板ではおなじみの超ネタに、一瞬反応する111。
 それを見たいつかは少し考えると、側のトランクをいそいそと開き始める。
 中から出てきたのは、これからする事には些か大きすぎる人形……あるるかん。

「――さあ、楽しい人形劇の始まりだ」

 どてどて、がしゃん。

「……………………」
 沈黙。
 未だに慣れない人形操作。二歩も歩かぬうちに倒れ、砕けた頭部の破片が散る。
「あああっ! 折角なんとかサマになるくらいに直したのにっ!」
「…………ぷっ」
 噴き出す声。そして続いて忍び笑い。
 いつかに見えたのは、恐らく恐怖とは異なる感情で震える肩。
 そしていつかは叫んだ。蘇れ見知らぬ人、との願いを込めて。
「いやっほーう!」
「国崎最高ー!」
 ……届いた。

 111は思った。
 ――イケる。これならあゆのように生き残ることも夢じゃない。
 いつかは思った。
 ――イケる。これなら梓のように生き残ることも夢じゃない。

 そして二人は、どちらからともなくがっしと手と手を取り合った。
 ここから始まるストーリーは、きっといい未来を描いてくれると信じて。
 ……俺たちは、まだ笑える。

【05:111 いつかと合流】
【10:いつか あるるかん再大破】



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