死に抗うこと
この殺戮の場に似合わないかわいらしいピンクの傘が闇の彼方へ逃げていくのを見送り、わたしは、まだ硝煙をあげるサブマシンガンを下ろした
L.A.R.は手負いだったし、マトモな武器も持って居ない。おそらく…あの狂った男に殺されるだろう
自分が手を汚さないというだけで…あの馬鹿な男の死を直接見なくても良いというだけで…こんなにもわたしは落ち着いている
(……わたしは、こんなにも…弱くてずるい人間だったんですね)
苦笑しつつ、周囲への警戒を解くのは危険だとわかっていても、そこにたまたまあったロードミラーを見上げる
そこに写っていた自分の姿は、髪はほつれ、目の下にはクマができ、泥で薄汚れて……おとぎ話なんかに出てくる醜い魔女のように見えた
(実際、醜いんですよね……助けてくれた人間も殺そうとする、そんな……)
そこで、鏡の中の世界に異変を感じ、わたしの思考は中断された
ミラーに写る自分の背中へと向かい、ぴ、と赤い光が伸びているのが見えた
それがなんなのかは一瞬でわかった。レーザーサイト――葉鍵ロワイヤル中では確かマナへの支給品だったか――それが、わたしへむけて伸びていた
当然、ただそれだけを当てるのは自身を危険に晒しはするものの、それ以上の効果はありえない……それ単品では
「っ!!!!!」
とっさに、右へ向かい倒れるように飛び退く
それと同時に響くハンドガンのものらしき『ぱん』という火薬の爆ぜる音
逃げ遅れた左腕の肉が、銃弾にもっていかれる
「ーーーっ!!!!」
痛い、そんな言葉も生ぬるい『熱』が左腕から全身へと広がり、言葉にならない悲鳴がわたしの口から漏れた
だが、こんな傷で済んだだけ幸いだ。もし気づかなければ……今ごろ、心臓が撃ち抜かれていたのだろうから
だが、撃ち込まれたのはその一発だけで、それ以降撃ってくる気配が無い
当然だろう、相手は狙撃を目的にしているわけで……おそらく、今ごろ死角に向かって移動しているのだろう
背筋を冷たいものがはしる。時間は夜、敵は森の中、そして相手には(おそらく)レーザーサイトつきの拳銃
……こちらは何も障害物の無い場所で、サブマシンガンが一丁
この状況で、どちらが有利かは一目瞭然だった
とにかく、隠れなければならない。幸い相手の火力はそんなに高く無いだろうから、障害物さえ盾にすれば、数をバラまけるこちらに勝機はある
左腕からずきんずきんと痛みの波が体中にひびいているが、そんなものに気をとられているヒマは無い
死角から狙われたら、お仕舞い。なら、一秒でも早く障害物のあるところ……さっき出てきた民家に戻るしかない
考えるより早く、わたしの足は地面を蹴っていた。民家まであと数十メートル
同時に横手の茂みから気配がした。……実際には気配なんて上等なものじゃなく、音を無意識に聞いた程度だったのだろう
おそらく、わたしの外見から、撃たれた恐怖に動けなくなるとふんでの移動だったのだろうが…
あいにく、わたしは恐怖して蹲ったりするほど可愛げのある少女じゃなかった
……怖くはある。けど、それ以上に頭は生き残るために回り続けているから
恐怖を必死で押し殺して、体を動かしている…それだけであったとしても
気配のあった方向から空気が再び弾ける音がして、また弾丸がわたしの体を貫いた。今度は右の脹脛だ
「あ…くぅぅっ!!!」
痛い……痛すぎて、意識が一瞬吹き飛びそうになる
だが、その激痛が逆に意識を呼び戻してくれる。まだ、動ける。民家の窓まであと十メートル足らず
……足と地面が触れるたびに、血が吹き出したが、それでも、走らないと、死ぬ
狙いも付けずに撃ってきたのは、相手が動揺している証拠だ。後は障害物にさえ辿り着ければ…なんとかなる
そして、永遠にも思える数瞬の後…その間に、私はなんとか民家の壁まで辿り着いた。後は窓を乗り越えて…
そこで違和感に気づいた。無理をして動かしていた撃たれた右足が…上にあがらない
更に最悪なことに…背後からレーザーが伸びているのが見えた
「あ、あぁぁぁぁっ!!!!!」
死の恐怖が心を占めて行く。なりふりもかまわず、悲鳴をあげ、窓枠に手をかけ、体を持ち上げ上半身を民家に押し込もうともがく
三度発砲音。今度は左の太腿に弾が当たった。感じからして、骨に当たって弾が体内に残ったみたいだ……最悪だ
それでも必死でもがき、体を民家に押し込む。床に落ちると、体中の傷から血が飛沫いた
背後から迫る死に向かい、恐怖をギリギリで押し殺し、止めを刺すためにやってくるであろう襲撃者にそなえて、窓の外をにらみつける
失血でわずかに霞んで来る視界の中、窓の外に、誰かが動くのが見えた
狙いを定め、しっかりと右手に握られた、生き残るための武器の引き金を引く
かちり、ぱららららららら
【『。』VS襲撃者、勝敗は不明】
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