歯車






 水底へ沈む感覚を、覚えている。
 はじめに焼けるような痛みが走って、次に平衡感覚を失った。
 海水に僕の身体が落ちて、真っ白な水飛沫をあげる瞬間――初めて敵の雷撃を受けたことを知る。
 そしてこれから自分は沈み……冷たく暗い海の底で、永い永い眠りにつくであろうことも。

 それでも。
 不思議と、それを怖いとは感じなかった。
 とはいっても、そこまで悟りきった生死観は持っていない。
 ただ、覚悟していただけ。
 僕よりも前に沈んでいった仲間たちのことを見ていたから、僕もいつか彼女たちのように、ある日突然駆逐艦としての役目を終えるのだろうと覚悟していたから、絶望はせずに済んだ。
 もちろん、寂しい想いはあったけれど……扶桑や山城とは"艦娘"として再会出来たから。
 過去は過去、現在は現在。そういう風に割り切ることが出来ていた。
 けれど、そんなある日。
 

 ――――僕達の日常は、唐突に奪い去られてしまった。



 ■


 駆逐艦・時雨が目を覚ましたのは、ステンドグラス越しの陽光が妖しく差し込む教会の壇上だった。
 壁へ凭れかかるようにして安置されていたからか、少し背中が痛い。
 ぼんやりする意識を、冷たく無機質な電子音が一気に覚醒へと追いやっていく。
 音の出処は言うまでもないだろう。時雨の首に巻かれた、鉄製の首輪爆弾だ。
 あまりに非現実的すぎる事態に混乱する中で、皮肉にもこれの存在が、彼女へ確たる現実を教えてくれていた。

 「……そっか。夢じゃなかったんだ」

 夢だったなら、どれだけ良かったことだろうか。
 明石の語ったその衝撃的過ぎる内容は、傷跡にも近いような深さで時雨の脳裏に刻み込まれている。
 首謀者……提督と、"審神者"なる人物が用意した会場に六十もの参加者を押し込めて、殺し合いを行わせる。
 この手の話の例に漏れず、生き残る権利があるのはたったの一人。
 明石は敢えて語っていないようだったが、それはつまり、残りの五十九人はここで死ぬという意味に他ならない。
 悪趣味だと怒りを燃やす以上に、悲しかった。
 
 僕達は、誰よりも提督の傍で頑張ってきた。
 なのに――彼は、その僕達に殺し合え、と命ずる。
 なんて理不尽。なんて、不甲斐なさ。僕達は、彼の考えがどこにあるのかすら分からない。
 
 「僕達は……そんなにも頼りなかったのかい、提督」

 淋しげな呟きは、彼女以外の誰の耳にも入ることなく消えた。
 
 それで完全に振り切ったのか、ぐしぐしと潤んだ目を袖で拭って唇を噛み締め時雨は顔を上げる。
 いつまでもくよくよしてはいられない。
 提督にどんな考えがあるのか――はたまた、これが単なる彼の暴走なのかは定かではないが……
 どちらにせよ、どんな理由があったとしても殺し合いなんて所業を許すわけにはいかない。
 この悲しくおぞましい"作戦"を"失敗"させ、彼と明石……そして未だ見ぬ"審神者"の所まで辿り着く必要がある。
 その為にも、断じてこんなところで泣いている暇なんてありはしない。

 (参加者の名前は時間を置かないと浮かび上がってこないようになってるみたいだけど……
  あのホールに集められていた中の半分くらいは僕達艦娘だった。でも、もう半分は――)

 もう半分は、見たこともない男の人達だった。
 年齢の幅が子供から大人まで広いのは艦娘と同じだが、彼らは皆帯刀していたことを覚えている。
 衣服も艦娘のものとはかけ離れた和風のそれで、どこか時代劇の中の人を見ているような気分になった。
 間違いなく、彼らは鎮守府外の者だろう。詳しいことは分からないが、彼らもまた自分達のように何らかの使命を負わされ、それを遂行する為に戦っていたりするのだろうか。
 確証は持てないが、言い方を悪くすれば兵器である自分達と同じ土俵に立たされた者達だ。
 只者とは思えない。――良くも悪くも、彼らの存在が現状を打破する鍵になるような気がしていた。

 別に鎮守府外の参加者でなくたって、頼れる人の名前は幾つも思いつく。
 ただ、状況が状況だ。
 あの時は殺し合いを宣告され、皆が否応なしに明石の言葉に注目することを余儀なくされていた。
 それは自分も同じ。だから正直なところ、誰が居て誰か居ない、と確証を持って断言はできない。

 「もちろん……居ないに越したことはないんだけどね。知り合い――ましてや姉妹なんて」

 いくら信頼しているからって、こんな状況を誰かに共有してほしいとは思わない。
 例えば時雨の姉妹艦にあたる白露型駆逐艦の皆。
 彼女たちも強いが、出来ることならこんな悪夢じみた催しには触れずに日常を生きていてほしい。
 他の艦娘についても同じだ。けれど、この現状を打破する為にはどうしても他者の協力が必要不可欠で――それがジレンマとなって、時雨の中でぐずぐずと燻っている。
 
 
 そんな時だった。
 ぎぃぃ――、と。
 錆びかけた教会の扉が、何者かの手によって開かれる。
 心臓の跳ね上がるような感覚を感じ、がばっと振り返る時雨だったが、最早身を隠す猶予などなく。


 「……大丈夫ですか」


 しかし、予想に反して扉の向こうから現れた人物は……時雨より更に小さな、幼い少年であった。

 
 「……男の子……?」
 「あ……これは失礼しました! 僕は平野藤四郎といいます。一応、"参加者"という立場になると思われます」
 「…………わあ……」
 「……? あの…………」

 慌てて名を名乗り身分を明かす姿は、年不相応なほどによく出来ている。
 少しの間呆気に取られた時雨だったが、すぐに慌てて自分も名乗ることにした。

 「あっ、その、ごめんね。
  ……こほん。僕は時雨っていうんだ。君と同じく、この"ゲーム"の参加者だよ。
  よろしくね、ええと――」
 「平野でいいですよ。藤四郎は僕の他にもたくさんいるので」
 「? うん。わかった。じゃあ、平野くんだね」

 言って、首輪を示す。
 時雨さんですね。覚えました。
 そう言う少年の首にも、しっかりと同じものが巻かれていた。
 彼が先程挙げた、"鎮守府外の参加者"であることは言わずもがなだ。
 幸い、殺し合いを進んで行うような柄にも見えない。利口そう――というのが、時雨の抱いた第一印象だ。


 兎角、幸運艦と呼ばれた駆逐艦の少女と、忠実な従者である少年はここに邂逅を果たした。
 彼と彼女は相互に理解し合った通り、どちらも殺し合いには乗っていない。
 時雨は平野を人殺しなどする柄には見えないと認識したし、当の平野も時雨へ「優しそう」という印象を持った。
 互いにファーストコンタクトが良好だったのだから、そこに齟齬や不和が生じる筈もなく。
 彼らの情報交換、或いは知識の交換は円滑に進んでいく。


【D-5 教会/一日目/深夜】

【時雨@艦隊これくしょん】
[状態:健康]
[装備:なし]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×3]
[思考・行動]
基本:殺し合いはせず、提督の真意を確かめたい
1:平野くんと情報を交換する。
[備考]
※改二実装済みです。
※「刀剣乱舞」の世界観について大まかに理解しました。


【平野藤四郎@刀剣乱舞】
[状態:健康]
[装備:短刀『平野藤四郎』@刀剣乱舞]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×2]
[思考・行動]
基本:殺し合うつもりはない。皆でこの会場から脱出するのが目的。
1:時雨さんと情報交換をした後、共に行動する
[備考]
※「艦隊これくしょん」の世界観について大まかに理解しました。




 そう。彼らは、どこまでも幸運であった。


 同刻。
 教会真横のエリアに存在する病院の屋上から、双眼鏡を用い時雨達の様子を伺う艦娘が一人。
 ステンドグラス越しに中の様子を窺い知るのは至難の業だが、この島は元々人が住んでいたのが荒れ果てて出来た無人島のようなものであるらしい。
 窓には割れた部分があり、そこを丁度屋上から遠視することにより、中を観察することが出来るようになっていた。
 艶やかな白髪。温厚そうな顔立ちは険しく引き締まり、いつもの彼女からは考えられないような別種の静けさを孕んで顔見知りの少女と、利口そうな少年を注視する。
 やがて、これ以上は無意味と判断したのか。
 その人物はゆっくりと双眼鏡を下ろし、観察を打ち切った。

 「……無駄な心配だったみたいですね」

 彼女の名は翔鶴。
 "五航戦"の姉妹の片割れで、この殺し合いの参加者の一人だ。
 ではその彼女が何故にこんな所で監視の真似事などしているのかと言うと。

 ――答えは一つ。時雨、そして彼女に接触した少年が"殺し合いに乗っていた"場合を危惧していたのだ。

 もしそうであったのなら、この距離からでも露払いを行わねばなるまい。
 距離は相当に離れているが、まだ弓術で撃ち抜ける範囲内だ。
 仮に外れたとしても、それで襲われている方へ反撃の機を生むことは出来るだろう。

 つまり、俗に言うマーダーキラー――それが、彼女の選んだ道であった。
 殺し合いに乗り、最後の一人を目指す参加者を殺害する。
 心を鬼にしてそれを切り捨て、助けられる命を可能な限り助ける。
 その為ならば……仮にこの手を血で汚すことになろうとも構わない、それだけの覚悟があった。
 では、その感情はどこから来るのか?


 答えは一つ。
 彼女は恐れているのだ。
 この殺し合いに、最愛の妹……"瑞鶴"までもが招かれていることを。
 彼女だけは何としても守り抜かなければならない。
 仮に参加させられているのだとしたら、どんな手を使ってでも生還させねばならないと焦燥にすら駆られていた。
 それほどまでに。翔鶴にとっての彼女は、かけがえのない存在であるのだ。

 (瑞鶴……もしあなたもここに居るというのなら……私は…………)

 今はまだ、参加者名簿は白紙を示している。
 けれども説明書きによれば、遠からぬ内に参加者の名を浮かび上がらせるという。
 その時、そこに瑞鶴の名前があったなら。その時、翔鶴(じぶん)は翔鶴(じぶん)でいられるのだろうか。
 マーダーキラーなどというスタンスですらも、彼女にとっては仮のもの。
 殺し合いという極限状況が生む魔力に少しずつ、だが確かに狂わされながら――翔鶴は、屋上を後にした。


【C-5 病院/一日目/深夜】

【翔鶴@艦隊これくしょん】
[状態:健康、精神不安定]
[装備:翔鶴の弓@艦隊これくしょん]
[所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×2]
[思考・行動]
基本:殺し合いに乗った参加者の排除。
1:瑞鶴が呼ばれていたなら――?



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