世界レベールの戦い






 どうして使えなくなった?
 自分の持っている数々の呪文なら、この苦境も容易く乗り越えられるはずだったのに。
 今はなぜか、一番基本の『ラドム』しか使えない。
 この状況では、迫りくる道化師と闘う術など無いではないか。
 『ラドム』を撃ちつくして、心の力が無くなった所で殺されるのが落ちだ。
 それに、問題はそれだけではない。
 どういう訳か知らないが、ゾフィスの体は野明から10m程しか離れなくなっている。
 だから、遅い野明のペースに合わせて逃げなければならない。
 この状況では、野明の体力が尽きて、動きが止まった所で追いつかれるのが落ちだ。
 最悪だ。
 今は、何かの理由で道化師がゆっくり追いかけてきているから大丈夫だが、いずれ追いつかれるだろう。
 不味い、最悪だ。追いつかれたら殺されてしまう。
「いや……待てよ……」
 たった一つあるではないか。この最悪な状況を切り抜ける打開策が。
「野明! あそこの木を爆破します、呪文を……」
「だ、駄目、もう疲れて……」
 全く、この小娘が。
 役に立たないったらありゃしない。
 道化師を巧く騙して、本を燃やさせなければ行けないのに。
「疲れてても、構わん。サッサと呪文を!」
 唱えるだけだ。どれだけ息を切らしていても出来る筈。
「はぁ、はぁ、ら、ラド……  、ん、もが」
 だが、野明の口が呪文を唱える事は無かった。
「全く、こんな危険な呪文唱えないでくれよ」
 道化師が野明の口を塞いだのだ。
「僕は攻撃が目的じゃないよ。落ち着いて話を聞いて欲しいさ」
(危害を加えない?)
 野明を背後から押さえて、口を片手で塞ぎ、道化師は自分に害意がない事を伝えてきた。
「君たちが危険な呪文を使うんで、こうして疲れるまで待ってたけど、
 呪文さえ使わなかったら、僕は何もしないさ」
(信じて、いいのか?)
 野明の口を塞がれている今、ゾフィスは無力だ。
 敵意が無いと言うのなら、話を聞いてみるべきかも知れない。
 だが、もしも、罠だったら。
(どうする? 何が正解だ。考えろ、俺は千年前の魔物たちさえ従えた魔物だろうが!)
 この島にいるゾフィス以外の全ての者たちに適応されるルール。
 それは突き詰めれば『殺しあえ』の一言のみ。
 ゾフィスは支給品なのだから、このルールの適用外にいるわけだが、道化師から見れば参加者と違わない。
 もしも、道化師がルールに忠実ならゾフィスを生かす理由は無い。害意が無いと言うのは罠だ。
 しかし、罠だからと言って今のゾフィスに何が出来るだろう。
 呪文は防がれ、身体能力では到底敵わない。
 打開策の見当たらぬまま、時間だけが過ぎていく。
「僕の目的は、このゲームを停止させる事と、参加者全員の安全を確保する事さ」
(嘘をつけ)
「だから、君たちが危険な呪文を使わないって約束してくれれば、僕は何もしない」
(信用できるか)
 ふと、ゾフィスの目に奇妙なものが飛び込んでくる。
「いや、何もしないわけには行かないかな。君たちを守らせてくれないかな? ピエロに任せれば超安心さ」
(お前に何のメリットがある)
 道化師に押さえつけられた野明がもがく。
「んー、ぬ、ん、(この変質者、離してよ)」
「あ、ゴメンよ。苦しいかい? でも、呪文を使わないって約束してくれないと離せないさ」
 ピエロ・ボルネーゼは優しい人間である。
 本来、自分よりも年下の女の子(生年は野明が上だが)を押さえつけるような真似はしない。
 だが、ここでこの二人を野放しにしたら、他の人間が危ない。
 だから、已む無く野明を押さえつけている。
「見ず知らずの道化の言葉など、信用できん」
 どれだけ心優しい男でも、ピエロ・ボルネーゼの見た目は怪しげな道化。
 一体、どうやって信じろというのか。
 ゾフィスは道化師と対峙しながら、その後方にある二つの物体を見つめる。
 いや、正確に言えば、二人の人間。
 彼らは、道化師の背後から近づいてきている。
 事態は、ゾフィスにとっていい方向に転がり始めてきた。
「呪文さえ使わなければいいのさ。君たちの安全は僕が保障するから、信じてよ」
 ゾフィスは無言のまま、道化師の背後にいる一組の男女を見つめる。
 その内の一人、紺色胴衣に袴姿をした男が、飛び込んで来た。
「突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き
 突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き
 突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き」
 道化師に近づくなり、いきなり突きの連続。この男の名は、九能帯刀。
「ちょ、ちょっと待って。なんで、いきなり……」
 背後からの攻撃に、慌てながらもボルネーゼは対応する。
 世界レベールのスピードを駆使しながら、磁双刀の連撃を交わしていく。
 しかし、九能のスピードも並ではない。
 その動きは、剣道部のヒナギクから見ても、明らかに人間のレベルを超えていた。
(凄い、九能君。ただの変態だと思ってたけど。
 いや、ただのじゃなくて、物凄い変態だと思ってたけど。剣道は強い)
 かつて新撰組の天才剣士沖田総司は、二段突きを操ったと聞くが、九能の突きは比較にもならない。
 絶え間なく続く多段突き。剣が何本にも分身して見えるほどの超高速。
 その素早さに、さしもの世界レベールピエロも全身に切り傷を作っていった。
「止めてくれ、僕は何もしてないさ」 「九能君、止めて」
 道化師とヒナギクの言葉を受け、九能の動きが止まった。
 そして、今度は矢継ぎ早に喋り始める。
「止めてくれるな桂ヒナギク。白昼堂々、天下の往来で婦女暴行を働く不埒な輩に正義の鉄槌を下してやるのだ」
「誰が、婦女暴行さ!」
「無論、貴様の事だ。道化の者よ、名を名乗れ」
 九能は磁双刀をボルネーゼの眉間につけて問う。
 ちなみに、この場所は往来ではなく、往来から少し外れた草原の中である。
「僕の名前……  「人に名前を聞くときは、自分から名乗るのが礼儀だな。よし、僕から名乗ろう」
  「九能君、それ二回目」
   ヒナギクの突っ込み空しく九能は自己紹介を続ける。
「僕は風林間高校剣道部主将、連戦連勝剣道界期待の超新星。
 人呼んで風林間高校の蒼い雷。九能帯刀、17歳」
「……そ、そうかい。僕はピエロ・ボルネーゼ。ケダムサーカス団長、22歳さ」
 ボルネーゼの自己紹介が終わると、九能は野明を見つめる。
「そこの美少女よ、名は?」
「あ、あたし? 私の名前は泉、泉野明」
「泉野明、僕が来たからにはもう安心だ。
 道化師は今すぐ成敗するから、安心してこの胸に飛び込んでくるがいい。
 そして、桂ヒナギク、天道あかねと共に健全なトリプル交際を」
「い、いや……助けてくれたのは嬉しいけど、交際はちょっと……」
 助けてくれた男は、紛れも無い天才剣士。だが、疑う事なき変態。
 そして、その変態は道化師に向かって攻撃を開始する。
「いくぞ、ピエロ・ボルネーゼ! 正義の剣受けてみよ」
「ちょっと、話を聞いてくれよ」
 ボルネーゼの弁解に、耳を貸すつもりは無い。
 九能の超人的な剣技を、ボルネーゼが世界レベールのスピードで避ける。
 そんな先ほどと同じ構図が繰り返された。

━━━

「野明、チャンスですよ」
「うん」
 変態の助けにより、野明の口が自由になった。
 魔物の本を構え、呪文の体勢を取る二人。 そして、
「ラドム」
ゾフィス得意の爆裂呪文がボルネーゼに襲い掛かる。
「おぉ、泉野明。君の愛の告白しかと受け取ったぞ」
 愛の告白ではなく、援護射撃なのだが九能にとっては同義だ。
 次第に、ボルネーゼの余裕が無くなってきた。
 九能の突き、ゾフィスの爆裂呪文に追い込まれ、ボルネーゼの体には無数の傷が刻まれていく。
 そんな事態を見て、ヒナギクが異常に気付き始めた。
(おかしい、あの人全く抵抗してない)
 脅威の身体能力で、攻撃を避け続ける道化師が全く攻撃していない。
 あれだけ素早いのなら、攻撃力も相当強いはずだ。なのに、全く攻撃しない。
(ひょっとして、あの人悪い人じゃないんじゃ……)
 道化師の姿。若い女を押さえつけていた姿。
 それらが、ボルネーゼに対して婦女暴行を働く不健全な男子と言う印象を与えていた。
 だが、それは間違ってたんじゃないか?
 その証拠に、あの道化師は攻撃を避けるだけで、全く反撃してない。
「ちょっと、泉さん。攻撃を止めて、あの人が可愛そうよ」
「止める? なんで、アイツは婦女暴行の現行犯だよ、許したら婦警の名が廃るよ」
「その通りだよ野明。あの道化師は今のうちに殺す」
 桂ヒナギクは、たった今気付いた。
 異常なのは道化師ではなく、この二人だったのだ。
 磁双刀を中段に構え、ヒナギクは二人に警告する。
「止めなさい、婦女暴行ぐらいで殺す必要は無いわ」
「これはおかしな事を。この島のルールは殺し合いですよ。
 何なら、あなたから先に殺してあげましょうか?」
 ゾフィスは呪文の的をヒナギクに変更する。
「ほらほら、どうします? 並の人間なら一撃で死にますよ」
 爆裂呪文の嵐がヒナギクに襲い掛かる。
 磁双刀を振り回し、爆裂呪文を防ぐヒナギク。
 呪文は磁双刀の切っ先に触れ爆破し、ヒナギクの体に届かない。
「中々にやるじゃないですか。野明、スピードを上げますよ」  「了解」
 野明の詠唱スピードが上がる。
 数を増した爆裂呪文の連射にヒナギクの体は付いて行けない。
 そして、
              ボムッ
 ヒナギクは、自分の右足から鈍い音を聞いた。
 そこをあるはずの足が消し飛び、夥しいほどの血が出てくる。
「いやあーーーーーーーーぁー、嘘よ、ハヤテくーん。助けて!」
 恋する男の名前を叫ぶ。
 だが、その男はいない。
 ヒナギクの叫びは誰にも聞き入れられることなく、彼女はその場に倒れこんでしまった。
「おやおや? もう動けませんか」
 ヒナギクは、全く動かない。動けない。
 体だけでなく、精神まで。
 自分の右足がなくなると言う異常事態に彼女の精神は飛んでしまっている。
「もう飽きましたね」
 動かなくなった相手に興味はない。
 今まさに、ゾフィスが止めを刺そうとしていた。

━━━

「不味いさ、やっぱり、あの呪文は危険だったさ」
 ボルネーゼは、ヒナギクの様子を見て呟く。何としても、ゾフィスを止めなければ。
 だが、目の前の剣士がそれを許さない。
「ピエロ・ボルネーゼ。貴様、戦いの最中に余所見をするとは何ごとだ!」
 ゾフィス対ヒナギクの戦いは九能の背後で行われている。だから、九能はその戦いに気付かない。
「君の連れが危ないのさ、今すぐ攻撃を止めてくれよ」
「戦いの最中にそのような世迷言。この九能帯刀、決して騙されはせんぞ。
 突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き、突き」
 再び、九能のラッシュ。
 防戦一方のボルネーゼ。
(不味い、不味いさ)
 このラッシュをかわして、ヒナギクを助ける方法は幾つも無い。
 たった一つだけ、ボルネーゼは思いついた方法を即座に実行する。
 生身の左腕で、九能の突きの一つを受ける。
 受けた左腕は感覚の全てを失い、言う事を聞かぬ只の物体と化す。
 そして、その物体から血飛沫が舞い上がった。
「目くらましか!」
 九能に隙が生まれる。その間にボルネーゼはヒナギクの下へと駆け寄った。

━━━

「ラドム」
 ヒナギクに向けて、最後の呪文が唱えられる。
 爆裂呪文が、線を描いてヒナギクに進んでいく。
(ハヤテ君ゴメン。もう、二度とアナタには会えないの。ナギと二人で幸せになってね)
 死を覚悟するヒナギクに、超スピードでボルネーゼが近づく。
「そんな死にそうな顔、女の子には似合わないさ」
 ボルネーゼは、爆裂呪文を抜き去りヒナギクの前に立つ。
 そして、爆裂呪文は彼の背中で爆発した。
 その威力は、彼の胴の半分近くを持っていく程強大で、傷口からは噴水のように血が出た。
 けれど、ボルネーゼの表情は何一つ変わらない。
「さっき言ってたハヤテ君が好きなんだろ。だったら、彼に会って可愛い笑顔を見せなきゃさ」
 背中からは、滝のように血が流れ続けている。
 けれどボルネーゼは、痛いとか、苦しいとか、そんな表情を一切見せない。
 道化師が見せる表情は笑顔一つ。
「どうして、どうして、苦しいって言わないの? 私よりアナタの方が大変じゃない!」
「僕は平気さ」
「嘘よ。そんなんで平気な訳ないじゃない。なんで笑ってられるのよ!」
「ピエロだからさ」
 それが、ボルネーゼの最期の言葉だった。
 彼は意識を失い、無言のまま、その場に倒れこんでしまった。

━━━

「おのれ! ピエロ・ボルネーゼ、目くらましとは卑怯な」
 血を拭い、九能が動き出す。
「野明、さっさと呪文を唱えなさい」
 ゾフィスが、止めの一撃を野明に促す。
 けれど、野明が動かない。
(どうして、どうして、あの人。あんなの傷ついてるのに人を守ってるの?)
 かつて野明は婦警だった。
 どれだけ傷ついても、人を守るために働く職人だった。
 右頬にある傷痕に手を触れる。
(私は、何か大切な事を忘れてる気がする)
「野明、正気に戻りなさい!」  「あ、うん!」
 今はゾフィスと一緒にやってる事が正しいんだ。
 間違ってない。
 野明は道化師とヒナギクに止めを刺すため、最期の呪文を唱える。
「ラド…… 「待てい!」
 しかし、それは九能によって阻まれた。
「貴様ら、神聖なる決闘を邪魔しおって。この九能帯刀が成敗してくれる」
「なら、あなたから先に死になさい」 「ラドム」
 今度は、爆裂呪文が九能に放たれる。
「効かんわ!」
 九能は磁双刀で爆裂呪文を切り払う。『ラドム』は刀の切っ先に触れ、九能に当たる前に爆破した。
 九能の剣技が相手では、『ラドム』だけだと分が悪い。一瞬のうちに、ゾフィスはそう判断して、野明に指示を出す。
「野明、逃げますよ」 「了解」
 今回ばかりは野明も了承した。素手の男ではなく、剣を持った男が相手では、明らかに不利だからだ。
「逃さんぞ」
 逃げ出す野明とゾフィスを追いかけようとする、九能。
 だがそれを、ヒナギクが止めた。
「待って、九能君。ピエロさんが……」
 ヒナギクの目の前。意識を失って倒れているボルネーゼ。
「ピエロさんが、死んじゃう」
 まだ、生きてはいる。だが、左腕に穴が開き、背中には背骨を削り取るほどの大怪我。
 さらに、全身には磁双刀による裂傷がついている。いくら、世界レベールのピエロとはいえ、これでは……
「血が止まらない。九能君、何とかしてよ」
「分かったぞ、桂ヒナギク」
 九能は自分の胴着を脱ぎ、それでボルネーゼの傷口を塞ごうとする。
 だが、胴着はただひたすらに血を吸い取るだけ。そうしていくうちにも、見る見るボルネーゼの体温は落ちていく。
「起きて、起きてよ。ピエロさん。お願いだから、起きてよ!」
 桂ヒナギクの叫びも空しく、昼空に響き渡るだけだった。
【D-3 道路沿いの草原/開始から5時間】
【桂ヒナギク@ハヤテのごとく】
[状態]右足喪失、出血が続いており、止血しないと死にます。
[装備]磁双刀(S刀)@烈火の炎
[荷物]荷物一式(食料・水二日分)、鉄砕牙@犬夜叉
[思考]1.三千院ナギ、綾崎ハヤテ 、天道あかねとの合流
     2.ゲームからの脱出
     3.鉄砕牙の力についての検討
     4.ピエロ・ボルネーゼの埋葬
     5.ゾフィス、野明を警戒

【九能帯刀@らんま1/2】
[状態]健康、上半身裸
[装備]磁双刀(N刀)@烈火の炎
[荷物]荷物一式(食料&水二日分)
[思考]1.天道あかねとの合流
     2.天道あかねと共にゲームを脱出
     3.ピエロ・ボルネーゼの埋葬
     4.ゾフィス、野明を警戒
     5.ヒナギクの治療をしたい(ただし、治療手段は持っていない)

【C-4 高原池近く/開始から5時間】
【泉野明@機動警察パトレイバー】
[状態]健康、ゾフィスに操られている、心の力消費大
[装備]魔物の本(ゾフィス)@金色のガッシュ
[荷物]荷物一式(食料&水二日分)
[思考]1.ゾフィスと共にゲームを楽しむ。
     2.九能帯刀から逃げる。
[備考]支給品『ゾフィス』は野明から10m以上離れる事が出来ません。

【ピエロ・ボルネーゼ@焼きたて!!ジャぱん】 死亡確認
【残り59人】




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