その正体は妖怪
「はじめまして」
発した言葉は同じでも、思っていることはまるで違う。
(クスッ、素直にはじめましてか。見たところ反抗期の中学生っぽいけどかわいい子ね。
そろそろ恋人ぐらいできる年齢かしら)
(初対面で年上に対して生意気な子ね。まぁ、このぐらいの年だとしょうがないかな。
どう見ても草太よりも年下だもんね、私が我慢しなきゃ)
お互いに相手の事を年下と思っているだけに思考は微妙にずれるようだ。
それはさておき、挨拶を済ました後は二人で簡単な自己紹介をする。
「わたしは日暮かごめ。中学三年生よ」
「灰原哀、帝丹小学校一年。よろしく」
自己紹介の際、灰原だけは自分を偽った。
名簿には灰原で登録されているし、別に宮野志保という本名を出す必要もないと感じたからだ。
名前を紹介しあった後は、2人がやってきた世界、お互いが持つ支給品、
さらには知人といった話題へと話は進んでいく。
2人がお互いの知人たちの中で特に注目したのは、江戸川コナンと犬夜叉だった。
コナンが持つ知識と頭脳はこの沖木島でもトップレベルに違いない。
数々の難事件を解決してきた彼の推理力はゲームの状況分析、そしてゲームそのものの破壊に
欠かせないものだろう。体が小さいため戦闘に巻き込まれた時に不利があるという点を差し引いても、
彼の能力は欲しいところだ。
そしてもう一人、最も注目すべき男が犬夜叉。
彼はこのゲーム向きの能力を特別な道具なしで二つ持っている。
一つは武器無しでも戦える高い戦闘能力。
自らの爪を使った散魂鉄爪、血液を使った飛刃血爪など、多彩な技を持ち単純な身体能力も十分に高い。
これは、ゲームに参加している殺戮者たちから身を守るために欠かせない能力だ。
もう一つは犬のように高い嗅覚。
知人の捜索に役立つし、人間やその他の生き物が近づいてきた事を察知する事ができる。
さらに、嗅覚は血の臭いも嗅ぎ取る事ができるため、殺しの経験者たちの発見にも役立つのだ。
このような突出した能力の持ち主には、何としても会いたい。それも最優先でだ。
しかし、この犬夜叉は半妖である。
灰原は自分の世界には決して存在しないその概念に対して、
疑念というより、呆れたという表情をもって応えた。
「半妖ってねェ……。ますます私たちのいる島が異常だって気づかされたわ」
妖怪がいる? 人間と交わって子供を作る? 犬に近い妖怪が人間と交わって子供を生めるなら
チンパンジーとでも出来てしまいそうだ。全く馬鹿馬鹿しい。
以前の彼女なら、半妖という言葉を信じなかっただろう。けれど今は違う。この舞台は
妖怪の白面が用意した舞台であり、自分たちは彼女が持つ得体の知れない力によってここに集められている。
舞台づくりからして妖怪が絡んでいるのだ。だから、彼女は素直に半妖の存在を認められた。
「その犬夜叉君の力だけど、するどい嗅覚というのは何よりの武器になるわね」
「うんそうね、犬夜叉なら私をすぐ探してくれると思うから、まずは犬夜叉と合流する。
そして、その後でコナン君ね。他の人たちとは、さらに後で合流すると」
灰原・かごめ共に一般人に近い存在であるためこのゲームにおける一つのルール『制限』というものには
頭が回らない。犬夜叉の嗅覚が如何に優れていたとしても、それは普段の生活を行っているときの話であって
制限下ではどうなるか分からない。悲しいかな、犬夜叉が嗅覚を完全に失っている恐れもあるというのに、
その事は全く考慮されなかった。
「大まかな方針はそれでいいとして、細かい話はどうする。最初は犬夜叉君と合流しなきゃ駄目なんだけど。
そのためには、私たちが安全な場所に移動する必要があるわね」
「安全な場所ってここでいいじゃない」
お寺の本堂の中。普通の人なら素通りするであろう建物の中に隠れていれば安全ではないか。
かごめはそう考えた。
「この中にいるのは危険よ。何人かの人間が本堂を覗き込む可能性があるわ」
「まさか、哀ちゃんだって御寺参りするときに本堂の中なんて見ないでしょ」
フッとため息をついて灰原は答える。頭の中では「やっぱり中学生よね」と考えているのかもしれない。
「いい、かごめ。安全な場所というのはいくつかの条件を揃えなければいけないわ。
第一に、外部の人間から見つかりにくい場所。まぁ、こんな小さい島に68人もの人間を連れ込んだんだから
この条件を満たす場所はほとんど無いかもね。
第二に、外部の人間よりも先に内部の人間が気づけるような場所。
誰かが近づいてきたとき、安全地帯にいる人間のほうが先にその接近に気がつければ、身を守るのにとても
適しているわ」
「そうすると、病院がいいんじゃない? 病院自体は見つかりやすいけど、中にいくらでも隠れる場所が
あるだろうし、病院のカーテンを閉め切って隙間から外を監視すれば私たちのほうが外部の人間よりも先に
気づける」
かごめは灰原の言葉を遮って、地図上の場所を指差す。
けれど、灰原は首を振った。
「病院じゃ駄目よ。人が集まりやすいわ」
「それってどういう事」
かごめは灰原の言葉を聞きながら、頭に一つの疑念を浮かべている。
何か釈然としない、この説明には違和感を感じる。
そんなかごめの考えを他所に、灰原は説明を続けていく。
「病院には役立ちそうな道具がたくさんある、そう考える参加者たちが多いと思うのよ。
実際、あの女が医療器具を病院に残しているかどうかは分からないけど、残っている事に賭けて病院に入ろう
とする人間は少なくないはずよ」
「確かにそうね」
「病院にある道具といえば、包帯、麻酔、止血用の針・糸、化膿止めの抗生薬などの医療器具の他、
メスや注射針といった刃物、運がよければニトロ・グリセリンみたいなのも手に入るかもね。
薬に対する正確な知識があれば、毒としてそれを使う事もできるだろうし。
それに、可能性は低いけど、沖木島診療所が大きな所なら、自家発電装置もあるかも知れない。
とにかく、病院は人が好む道具をたくさん揃えてそうなのよ」
やはり、灰原の説明はどこがおかしい。
どこがおかしいのか、かごめには分からないが、感じている違和感は大きくなる一方だ。
「そんなに、いい道具がありそうなら、なおさら病院に行くべきじゃないの?
私たちがその道具を確保できるかもしれないし」
「駄目よ、さっき言ったわよね。安全な場所の条件2つ、あれには続きがあって三つ目の条件として、
退路が確保できる事っていうのがあるわ」
「すぐに逃げ出す必要があるということ……」
「そう、犬夜叉君と合流した後なら病院に入るのもいいかも知れない。でも、今入ってしまえば、襲って来る
人から逃げるための退路を自ら断つ事になる。病院にあるかも知れない道具が必要になったとしても、
入るのは闘う力を手に入れてから。そうしないと、袋小路に追い込まれて私たち2人とも死んでしまうわ」
一見すると筋が通った説明。けれど、かごめにはどこか納得できない部分がある。
それはどこだろう、かごめは一つの疑問を灰原に投げかける。
「でも哀ちゃん、ひょっとしたらこのゲームには危険な人なんていないかも知れないじゃない」
本当はかごめも、こんな疑念を持っているわけではない。だが、釈然としない説明を前にして
何か言い返したいと思い口に出た言葉がこれだった。
「いいえ、間違いなくこのゲームには危険な人物、あるいは危険な化け物がいるわ」
「なんで言い切れるの?」
「考えにくいかも知れないけど、自分がもしあの妖怪女だとしたら、ゲームを円滑に進めるために何をする?」
灰原はかごめの疑問に対して、さらに疑問を重ねてきた。
それに対し、かごめは素直に回答する。
「まず、妖怪を使って島を監視する。狭い島に閉じ込めて恐怖心を煽り、同時に逃げられないようにする。
私たちの体に妖怪を忍び込ませて、24時間の時間制限を与える。見せしめのために人を一人殺す」
全て白面が実際にやった事だ。これだけで十分に殺し合いは機能するだろう。
けれど灰原は首を振る。
「それだけじゃ不十分、私があの女なら、最初から殺し合いに抵抗を持たない人間、ないし化け物を参加
させておくわね。そうすれば、よほどの事がない限り確実に殺し合いが行われる」
「そっか……」
かごめにも、最初からそれは分かっていた。名簿に神楽や殺生丸の名が載っていたからだ。
「なるほど」
と頷き、疑念が晴れたような顔をするかごめ。けれど、その実、疑念はどんどん膨らむばかり。
さらに灰原は説明を続ける。
「とにかく、私たちは『外部から見つけられにくく』、それでいて『外部の侵入者を見つけやすく』、
さらに『退路も確保されている場所』へ移動する必要があるわ」
「そんな場所ってあるのかしら」
かごめは地図を眺めながら呟く。
「ハッキリ言ってしまえば無いわね。どの場所も欠点が必ずあるものよ」
「じゃ、どうしたらいいの」
「雑木林の中に隠れる」
灰原のありふれた答えにガッカリするかごめ。だが、灰原はさらに言葉を続けていく。
「ただ隠れるだけじゃなく、私たちが持っている服を土色に汚して隠れる必要があるわ」
「ちょっと嫌だな」
嫌がるかごめに対して灰原は言う。
「年頃の女の子が嫌がるのは分かるけど、我慢してよ。確実に隠れるためには必要な事よ」
「うん……」
好きな人に探してもらうのに、服装を乱して待っておけなどと言われてしまえば誰でも躊躇うものだ。
かごめはあからさまに嫌そうな顔をしている。
そして、もう一つ。今の灰原の言葉の中にもやはり違和感を感じている。
そんなかごめを無視して、灰原の言葉はさらに続く。
「隠れる場所はここ」
灰原はそう言って、地図上の東崎トンネルを指差す。
「トンネルじゃ、さっきの条件満たしてないじゃない」
「違うわ、トンネルの上。もしくは近くにある林の中に隠れるのよ」
「なんで、トンネルの近くに隠れるわけ」
「私たちは犬夜叉君と合流する必要があるわ。そのためには、雑木林の奥深くに隠れて臭いが届かなくなって
しまう事を防ぐ必要がある。だから、雑木林に隠れるといっても道の近くにある雑木林に隠れる必要がある
わけ」
「そっか。でも、だったら道の脇にある雑木林なら、どこでもいいんじゃない?」
灰原は首を振る。
「トンネルを開けているという事は、そこにはうず高く盛り上った地形があるという事。
同じ雑木林でも、他に比べて視界が狭い可能性が高いのよ」
「なるほど」
やっぱり、この説明は釈然としない。一体どこが釈然としないのだろうか。
でも、特別おかしな所があるようにも思えないし。
灰原の説明を頷き、聞きつつも、かごめが心の中に抱く疑念はどんどん膨らんでいく。
「じゃ、さっそく東崎トンネルに行きましょ」
「あ、うん。でも、ここからじゃ遠くないかしら。だって、ここって観音堂でしょ?」
説明に納得できないかごめは嘘をついて灰原を止める。
ここが観音堂でなく無学寺である事ぐらい既に気づいていた。
灰原はそんなかごめに対して、「しょうがないわね」と呟きながら外へ出る。
「よく見て。コンパスによると北はあっちの方角になるわ。
そして、北を向きながら右手に海、左手に山が見えるでしょ。
ここは観音堂じゃなくて無学寺よ。東崎トンネルはすぐ近くにあるわ」
説明する灰原の小さな掌に、同じく小さなコンパスが乗っている。
理科の実験でかごめも使った簡単なコンパス、この子も高学年になったらコンパスの使い方を習うのかな。
そんな事を考えてみて、かごめははじめて灰原の説明に関する違和感の正体に気づいた。
灰原哀と名乗った少女は小学一年生。見た目もそうだし、自分でもそう言っていた。
小学一年生と言えば、算数の足し算を習ったばかり。国語でも漢字を少し習いはじめの年頃で
コンパスに関する知識なんてあるわけがない。
殺し合いの島に放り出されて、泣き出す事もなく安全な場所の条件を列挙する落ち着きと頭脳。
病院という場所の危険性や、その場所にある道具の種類などを予測する知識。
犬夜叉の能力までも考慮に入れた隠れ場所を選定する思考力。
どれをとっても弟の草太以上。小学一年生にこんな能力を持っている人間がいるのだろうか。
いや、いるわけがない。灰原哀と名乗るこの少女は恐らくは妖怪の仲間。
かごめにとって、
『妖怪が主催する殺し合いの会場で始めてであった少女は空前絶後の天才少女でした』
というより、
『妖怪が主催する殺し合いの会場で始めてであった少女は正体の知れない妖怪が化けた姿でした』
のほうが、よっぽど説得力がある。
でも、妖怪だとしたら、一体何の目的があるのだろう。
現時点では分からない。七宝のように力の弱い妖怪であれば犬夜叉の力を頼っているだけかもしれないし、
目的は全く不明だ。それに妙な事に全く妖気は感じない。
やっぱり弱い妖怪なのかな、何にしても、今灰原に言うべき言葉は一つだけだろう。
「ありがとう哀ちゃん。頭がいいのね」
姿を隠そうとする妖怪を無理に暴く必要はない。
力の弱い妖怪なら、放って置く事もできないし。灰原と名乗る妖怪が好からぬ事を考えていたとしても、
この子からは大きな危険を感じない。
ならば、お礼を言って灰原について行こう。
灰原とかごめの2人は服装を土で汚し、そのまま東崎トンネルへと進んでいった。
【F-8 無学寺/朝】
【日暮かごめ@犬夜叉】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:荷物一式(食料&水:2日分) アイテム(不明。かごめと灰原は確認済み)
[思考]:1.東崎トンネルへ移動する。
2.犬夜叉と合流する。
3.コナンと合流する。
4.ゲームから脱出する。
【灰原哀@名探偵コナン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:荷物一式(食料&水:2日分) アイテム(不明。灰原とかごめは確認済み)
[思考]:1.東崎トンネルへ移動する。
2.犬夜叉と合流する。
3.コナンと合流する。
4.ゲームから脱出する。
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