Deceive World!
減衰した思考力――失われた精神力――死人のような歩み。
淡く、浅く差し込んでくるまだ弱い光が射す雑木林の真ん中をバロウ・エシャロットは重々しく歩く。
第四次選考の始まり――豹変した彼――かなえられない夢。
どうすればいいのかわからない状態のまま、周囲はもっと分からない状況へ突入している。
たくさんの人――引きちぎられた女の子――殺し合いの強制。
『生き残った最後の一人だけ元の世界に帰ることができて、願いをかなえられる』。
そんなルールで開始された悪い夢みたいなゲーム。
自分の力――雷とレーザー―――――アノンの姿。
自分の持つ能力と幾らかの覚悟があればある程度戦うことはできるだろう。
でも、最後の独りになるためには強そうなあの人たち。さらにはアノンに勝利しなければならない。
置かれているのは絶望の中、そういう結論にたどり着いて考えるのを止める。
デイパックすら確認することなくそのままただ歩き続け、
いつの間にか静かな水面の傍にたどりついたバロウの目はこの島で初めての他人を見つけていた。
「当座の食料と、お水……うーん、うまくやれば3…4日くらいは何とかなるかな。
それでこれは何だろう?」
静かな水面に姿を落としながらまずは荷物の確認を行うのは毛利蘭。
全く現実感がない殺人ゲームを宣言される混乱の中、彼女は知っている全員と合流するという目的を見つけていた。
安全の確保、無事の確認、今後の相談、極めて常識的な発想である。
まず最初のアクションとして持ち物確認を行う彼女が最後にデイパックから取り出したのは…
「…手甲かな? あんまりいい趣味じゃないけど」
甲の部分に来る中央に鈍く輝く水晶玉?がはまっていて、そこから武骨な留め具が生えている。
ためつすがめつ様々な角度からそれを眺めてみたが、結局丈夫そうな手甲であるということ以上得るものはない。
「よくわからないけど…とりあえず手の保護にはなりそうね」
かちり、と留め具を鳴らして右手甲にそれを装着。
そのまま手を開いたり閉じたり、振り回してみたり。付け心地はそんなに悪くない。
背後に誰かが近づく気配が生じたのはそんな感想を浮かべたタイミングだった。
旅には慣れている。こんなサバイバルにも、そりゃあ十分なくらいに。
もっとも極度の方向音痴たる彼がどこに向かっているかは誰にもわかりゃしないが。
愛しのあの子も危険の最中、見事助けて見せればバラ色の未来が!
そんな邪念(?)を片隅に、響良牙は森を行く。
さて、とにかく彼は方向音痴、それは自分でも十分に自覚している。
だから、それが敵じゃないならば誰かを見つけた――しかも見据えて直進できるほどの距離関係で――という状況は歓迎すべきことであった。
一応、彼にも目指す方向はあるのだがなにぶん暫く森から出られる気がしないでもなかったから。
視線の先には女の子。移動目標へ向かって軽快に近づいていく。
「そこの女、あ、ちょっと待ってくれ」
こんな状況だ、誰に対しても用心深く、疑い深くなるのは無理ない。
気配を察して振り向いた彼女の鋭い視線を感じて、慌てて言葉を続ける。
「怪しいものじゃない。ただ、道を…いや、頼むっ!
オレを山の上のほうへ連れて行ってくれないか?」
素早く次の行動に移れるよう、体勢に気をつけて振り返る。
警戒集中した精神に呼応するように右手につけた手甲の玉に文字が浮かんだことには気づきもしない。
様子見の視線の目の前で現れたバンダナの彼は唐突に、両手を突いて頼みごとを始めた。
「えっ、ちょっと、いきなりなんですかっ!? 落ち着いて、顔を上げてください!」
「ぐずぐずしちゃいられないんだ! こうしてる間にもきっと……
だから頼むっ! 山の上にオレを案内してくれ!」
「落ち着きなさい!! それじゃ何にも分かりません!! まずはあなたの名前から!!」
思わず大きな声で一喝。顔を上げた彼のきょとんとした目と視線がぶつかる。
もう一度、今度は落ち着いた声で同じ内容を繰り返した。
落ち着いて、ちゃんと話せばお互いに理解できる。それは常識的なこと。
バンダナの彼は響良牙君、どうも焦った感じなのは探してる娘がいるからだったこと。それで、ヘンな頼みはどうも彼が信じられないくらい壊滅的な方向音痴だから、
山の上を目指しているのは高いところの方が視界が広いだろうから探す相手を見つけられるから、ということらしい。
こちらからも自己紹介、探してる相手のことを丁寧に伝える。
初めての他人との会話は、やっぱりみんな簡単には殺し合いなんて始めないという予想をいくらか証明してくれた。
とにかく、人を探す同士。手がかり無しの私にとってもいい動くきっかけなのかもしれない。
山の上からなら見つけられるってのはちょっと無理な気がするから、そこは話し合って別の所を目指した方がいいかもしれないけど。
とりあえず足元に広げてあった荷物をデイパックに納めなおし、出発の準備を整えて。
それから池に向けて決意の呟きを決めていた良牙君の背中へと声を掛けようとした…その時だった。
明らかに人為的な、枝を踏み折った音。けして遠くないその音の方向を見る。
再度、集中警戒した精神は今度は右手のアイテム――使い慣れぬ魔導具を暴発させるに至る。
木の陰に人の姿、小学校高学年か中学生くらいの少年かと推定した瞬間。
今度は自分にごく近い空間――右手のヤツから?――原因不明の赤い光が放たれ、さらに続いて派手な水音。
起こっている事態が飲み込めないまま拡散する光の向こうの水面を見、また少年の方を向く。目が合う。
1秒くらいか、そのまま見つめあったあと、背を向けて逃げ出すそぶりを見せた少年は驚いたことにふつりと消えた。
ばちばちと弾けるような無数の音を残して。
不可思議な光景に暫し呆然。けれどはっと良牙君が池に落ちたんだという事実に思い至り、慌てて池へ視線を戻す。
そこにいたのは――。
「あかねさん、待っていてください。今すぐに助けに行きます!」
静かな水面へ向けてぐっと拳を握り、虚空に悲劇のヒロイン、優しい彼女の笑みを思い浮かべる。
耳に怪しい破壊音が届いたのはその最中のことであった。
ちょいと妄想中の彼にとってはその音が不意打ちで、さらにどこから湧いたかわからない赤い光――炎が彼を襲う。
ちょうど池の縁にいた彼にとって陸側二方向からの全くの奇襲は厳しいものである。
完全に崩れたバランス、足元を把握しないままそれでも反射的に炎を回避しようと努力した結果は、水中への転落。
――しまった――!
と思うには遅く、必死に手足で水を掻き、岸へすがる。
ようやく土に前足が届いたところでサイズ不相応なデイパックを背負った黒い子豚と化した彼に手が伸び、水中から拾い上げられた。
その手の主、毛利蘭の顔の高さまで抱え挙げられて結果的に見つめあう。そのまましばらく固まる。
数分後。
何故か変身は彼女の右手の手甲のせいにされており、
Pちゃんと化した彼は抱きかかえられたままこの場を離れることになる。
まあ事情を知らなければ変身体質などパッと気づくのは困難であるため他に原因を求められるのは当然かもしれない。
それに、どうも自分を襲った炎を放ったのはその手甲らしい。
とはいえ自責の言葉を紡ぐ彼女をさらに責める気にはなれなかった。
もっとも今の姿では何を言っているかなど理解してもらえるはずもないが。
ともかく彼女の腕の中で彼はだからこそひじょーーに暗い考えへと陥っていた。
元に戻るにはお湯が必要であるが、この島でそれを得ることができるだろうか?
事情を知る人間は少ないとなれば偶然のチャンスを待つしかないのだろうか?
それはいつになるだろう?
………その前にこの姿って一見いい食料だよな……?
いきなり真っ暗な先行きにぶち当たり、響良牙は柔らかな腕の間で苦悩していた。
水面から、元は良牙君であったろう黒い子豚ちゃんを助けあげる。
必死に不可思議な現象を繋ぎ合わせれば原因は右手の手甲が発したあの赤い光以外に考えられなかった。
魔法とか超能力とか。そういう類のものが現実に、自分の手にあることはにわかに信じがたいものの、
そう考えなければ因果関係を結んで理解することはできそうもない。
とにかく良くわからないままそんな危険なものを身に付けていた自分が悪いのだ。
引っ掻き回したデイパックから今更見つけた説明書ではあったが、
これが「偽火」という名前の魔導具というものであること、炎の映像(?)を作り出すものであること以上の記述は見つけられなかった。
こんな気味の悪いもの捨てようかとも考えたが、多分変身を解く鍵もこれだろう、と考え直した。
「ごめんなさい……」
自責と謝罪の念を込めて元良牙君の子豚ちゃんを抱きしめる。
どうすればいいのか皆目見当もつかないが、もう動かないわけには行かない。
自分の探し人に良牙君が探していたあかねちゃんを加え、良牙君を元に戻すという目的を新たに付け加える。
課された責任の重さを痛感しながら彼女は移動を開始した。
数分後。
気を取られていて忘れていた少年のことを思い出す。
彼は自分に背を向け、森の奥へふっと消えて見せた。特異な音を残して。
そういえばこの世にはラップ音という現象があるらしいこともついでに思い出す。
背筋が寒くなる。
けれど人は消えることはできないし、あんな音は普通に出せるものじゃない。
もっと背筋が寒くなる。
生じた不安を解消するように首を振ってもまだ不安は消え去らない。
少しだけ足を速めて毛利蘭は木々の間を進んでいく。
気配を殺し、静かに静かに樹を遮蔽物にしながら近づいていく。
最初に池のそばにいたのはお姉ちゃん一人、それからバンダナの人が加わった。
特に争う事も無く何事かを話しているみたいだけど遠すぎて内容はわからない。
一回だけ聞こえた大声から察すると自己紹介は済んだみたいかな、ぐらい。
あの人たちは戦う気は無いんだろうか。
最初の感想はすぐに疑問へと繋がる。では彼らは何らかの打開策を持っているのだろうか。
少しずつ、気付かれないように距離を詰めていく。といってもまだ遠いけれど。
それからさっき浮かんだ疑問に対しても自問自答を同時に繰り返していた。
…人が行動するのは目的があるから。
だけど、生き残る事。を目的にしたら僕達の行動は戦って、殺し合うことになる。
でも、そうじゃない方法、誰かを犠牲にしない方法を探すというやり方もあるのかもしれない。
でも……時間があるうちに、命があるうちにそれを見つけられるだろうか。
気付かれないままでずいぶん近くまでやってきた。
けして暗く沈んではいない二人の表情が確認できる。
…そんな明るさを心のどこかで、うらやましいと思った。
そしてその反面でハードルの高さを知っているからこその絶望感、無力感を改めて認識する。
そうして、心理面に没入しすぎたせいか足元に気が回らなくなる。
踏み込んだ足の裏から踏み折られた木の枝が盛大な乾いた悲鳴を上げた。
しまった、と思い――驚きの光景を目にし――思考を乱した。
鳴り響いた音に反応する二人。その瞬間、二人の間に炎のような光が生じてバンダナの人が吹き飛ばされる。
水音と水しぶき。
僕はその向こうに、確かに見た。
確かにバンダナの人が落ちたはずの水面にいたのは、黒いミニブタ。
そのあと慌てるようにこちらへ振り向いたお姉ちゃんと目が合い、
僕は自分が決断を迫られる局面にあることにようやく思い至った。
反射的にライカ(電光石火)を発動、身を翻す。スピードと圧力に虐げられた地面から枯れた音が幾つも幾つも上がった。
数分後。
振り返ればもう池の色も見えない。多分振り切れた、とは思う。
それから、僕は思考を整理する。
不可思議な事象、それを経験と知識から何らかの彼女の「能力」ではないかと推測する。
人を子豚に変える能力。ある意味での一撃系、あとは思うがままというわけだ。
つまり、あのお姉ちゃんは全くの友好的態度に悪意を隠して…獲物を待ち受けていたというわけだろうか。
身震いがする。
集められた人の内多くはやっぱり生き残るために他人を犠牲にする道を選ぶのだろうか。
親しげな笑顔と、凶変の結果がうまく結合できない。
ちょっと前までと変わらず、最後まで戦って生き残るには勝ち目が見つけられない。
そして、他人をちょっと信用できなくなるような光景を見てしまった。
わかったのは一応自分も生きて帰りたいと望んでいるということだけだ。
一向にとるべき方針へ向けて進捗しない思考を繰り返し、
バロウ=エシャロットは再び重々しい歩みへと立ち返っていた。
【H-6 源五郎池北岸/早朝】
【毛利蘭@名探偵コナン】
[状態]健康
[装備]偽火@烈火の炎
[荷物]荷物一式(食料&水二日分)
[思考]1.コナン、小五郎、灰原、あかねを探す
2.良牙を元に戻す方法を探す
3.人がいそうな場所へ向かう
【響良牙@らんま1/2】
[状態]健康・Pちゃん
[装備]不明(本人は確認済み)
[荷物]荷物一式(食料&水二日分)
[思考]1.何とかお湯を手に入れたい
2.あかねを探す
【H-6→G-6 森の中/早朝】
【バロウ=エシャロット@うえきの法則】
[状態]健康
[装備]不明(本人未確認)
[荷物]荷物一式(食料&水二日分)
[思考]1.生き残って帰りたい
2.方針を定めたいけれど、どうしたらいい?
前話
目次
次話