再生された過去
男は魔術で光を屈折させて自らの姿を確認すると、まるで子供のようだと思い苦笑した。
それは別段、彼の容姿が幼さを感じさせるものだったからではない。
……自分が怪物の姿をしていないか確認しようとしたからだ。
だが、彼を知るものなら、彼こそを真の怪物と恐れたことだろう。
チャイルドマン・パウダーフィールド――大陸最強の魔術士と呼ばれた男はまばらに木々の生えた平原の中に静かに佇んでいた。
(……だが、アザリーはどうなった?)
まず考えたのはアザリーが精神交換ではなく、そうなったと思わせるような幻覚を見せたというものだった。理由は自らの境遇をなんとか理解してもらおうと思ったと考えれば、可能性は少ないが有り得ないとはいえないだろう。
……だが、彼は即座にその考えを否定する。あまりにも自分に都合のいい考えだった。
なにより一瞬だが、彼は確かに彼女の姿を見た。
薄暗い明かりの中で、白い光に包まれる一瞬にだが、その姿は確かに彼女だった。
……怪物となる前の。
(……幻を見せてその心を読み、バルトアンデルスの剣の隠し場所をつかんだのか?)
……だが、それだけの余力が彼女にあっただろうか。
同じ賭けなら、どちらを選ぶだろう? 人か? 怪物か? どちらを選ぶ?
もし、彼女が本当に精神を入れ換えていたなら……
(……結局のところ、どちらにしてもわたしが彼女を救えなかったという点では同じだな……フィブリゾ……精神士か)
//
『消えろ』
支給された道具の説明は読み終えた後に即座に焼却する。他の参加者に奪われた場合を、想定しての考えだが……もうひとつ。
筆記用具が支給されているので、先程、焼却した道具の説明を再度作り直す。もちろん、内容は虚偽のものとなっている。単純な仕掛けだが、効果的だ。
それを手早く終えると、次に光を反射させて首輪を見ながら確かめるように触れていく。
(……意味消失を仕掛けるか)
制御は難しいが成功すれば、首輪を消すことも可能だろう。失敗すれば爆発したときと、同じ状態になるだけだ。さしたる問題はない。
だが、確実に爆発させないことを考えると全体を一度に消す必要がある、首を避けて首輪だけを完璧に消し去るというのは不可能だ。
起爆する部分を知るため解析をする必要があるだろう。その部分さえ分かれば消失させることが出来る。爆発する瞬間を間近で見ることが出来れば確実性はさらに上がるが。
(……失敗だったな。あの男が外そうとする瞬間を見ることが出来ていれば。……まあ、いい。首輪を手に入れれば済む話だ。……一人、死人が必要だということだな)
死人……あの二人は何故死んだ? 精神士は直接的な手段で人を殺すことは難しい。ではあれは何なのだろう。あれらはフィブリゾの作り出したゴーストで精神支配を強めるために用意された単なる見せしめというのがわかりやすい答えなのだが……。
(……フィブリゾがわたしたちを選んだ意図があるのなら、参加者を通してフィブリゾの目的を探ることができるはずだ……アザリーとわたしがどうなったのかも……さて)
上から声が聞こえてきた。どうやらようやく相手の準備が整ったようである。
//タイトル:木高き正義
見上げれば空高い木の上に、少女の姿があった。白い儀礼用のような服装を身にまとい、幼く愛らしいであろう顔を厳しくしてチャイルドマンを見据えている。
いつからそこに立っていたのだろうか。
昨日今日のことではないように思えるほど、その姿は凛々しく決まっていた。
その人物はよく通る声で浪々と言い放つ。
「天知る地知る誰もが知る、正義はあると言わずとも! とうっ!」
その声と共に声の主は空中で一回転しながら、地面に向かって見事に……
……どぐしゃっ
その光景はまるであのTOBIORIと呼ばれる過酷な競技を再現したかの如くである。
それをじっくり見据えながら、チャイルドマンはひとりごちた。
(……落ちた衝撃で消えない所を見るとゴーストではなさそうだな)
……。しばらくして、観客の熱い視線に応えるためにか少女は不死鳥のように復活した。
濡れた犬のように全身を震わせたり、両頬を叩いて身体についた土を落としていく。ふと、肩で切り揃えられた黒髪が男に誰かの面影を思い出させた。
少女は土に汚れながらも健気に立ち上がり、びしぃっ! と男を指差……
「君も参加者か? わたしはチャイルドマン・パウダーフィールド。牙の塔の教師だ」
「ぐっ……できる」
……そうとした瞬間、見事に出ばなをくじかれた。
//
「わたしの名はアメリア=ウィル=テスラ=セイルーンです。チャイルドマンさんは教師をなさっているのですね。このような所に連れ去られて教え子の方たちが心配でしょう。
ですが、安心してください! 正義を信じる心がある限り、必ず道は開けます!
正義は悪を野放しになどいたしません。フィブリゾを倒した、わたし達が再び集っていることがなによりの証拠。リナや、ガウリイさん。それにゼルガディスさんもきっと今頃は正義の心が太陽のように燃えているはず! 悪の滅びる日は近いわ!」
チャイルドマンはしばし思案するように腕を組むとアメリアに質問を投げかけた。
「……君はリナという少女と知り合いなのか。彼女はフィブリゾが滅びたと言ったな。
それは本当のことか? 滅びた精神士が再び現れたというのか……」
「精神士? ……それはよくわかりませんけど。確かなのは正義を愛する心が、悪をうち破ったということです。……正直に言うと、リナが一人で片付けちゃったんで、わたしの出番なかったんですよね。これは今回、わたしが活躍する伏線なのではないかと……」
「……君たちはどうやってここに来た? ここがどこだかわかるか?」
「……えっと、デーモンの討伐隊を指揮していたわたしは……うんたら……かんたら……はんにゃらみたら……というわけで疲れを癒すために、お昼寝しようとベッドに潜ったのですが気付いてみたら、いつの間にやら連れて来られていたというわけです!」
……チャイルドマンはしばらく根気強く、対話を続けた。
そしてようやく結論に達する。
「……どうやらリナという少女と会う必要がありそうだな」
「そのようですね!」
要するに当てにならないと判断されたのだが、アメリアは強く同意したのであった。
//
「参加者の中でわたしが名前を知っている人物は4人いる。実際に会ったことはないが、ジャック・フリズビー……『悪霊』と呼ばれている暗殺者で、黒い聖服を身に着けている男。次にクリーオウ・エバーラスティン。友人の娘の名だ。こちらも面識はないがね。
そしてアザリーと……オーフェン。彼らはわたしの教え子たちだった……今はどうなっているのだろうな……情けない話だ」
チャイルドマンは疲れたように目を押さえ、かぶりを振った。アメリアはその姿を見ると瞳をうるうるさせながら宣言する。
「連れ去られたのはあなたの責任ではありませんよ。悪いのはフィブリゾ……大丈夫です。
きっと再会出来ますよ! わたしも協力しますから、絶対に会わせてあげます」
「……ありがとう。わたしも君が仲間と再会できるよう協力することにしよう。約束する。
これはその証だと思って受け取ってくれ。一度だけ君の身を危険から守るはずだ」
「はい! へ? あの指輪って、その。あのこれ……どういう意味なんでしょう?」
「指輪に書かれた魔術文字の意味は『武器よ落とせ』。天人の護身道具だったものだ」
「はあ……。ありがとうございます」
微妙に聞きたかった意味とは少し違ったがアメリアはそう聞いて安心することにした。
「さて、わたしたちがいる場所は地図とコンパス、地形とあの塔から判断してA1かA2といったところか。これからどうするかだな。少なくとも、二人が死亡したから24時間で吹き飛ぶことはないのかもしれないが、開始前のことだ。どうなるかは分からない。
それに食料の問題もある……。どうした? アメリア」
チャイルドマンはちらりちらりと遠くの方に目をやるアメリアに声を掛けた。
「いえ、木に登ったときにあちらの方で人の姿を見掛けたものですから、どうしてるかなっと」
そうしてアメリアは西の方を指差す。
「……さて、どうしたものかな」
チャイルドマンは軽く指先で頭を抑えるとうめいた。
//
その日、椿一成は相良宗助と再戦するべく性懲りもなくまた果たし状を送りつけていた。
……すでに日は沈んでいる。決闘の場所である柔道場跡には未だに人の訪れる気配はないが、まだ決闘の時間までは少し余裕があった。時間を指定したのは一成の方である。
この時間帯ならば生徒会の任務だとかでごまかすことも出来ないだろう。少しばかり暗いものの照明の明かりが周囲を照らしているので、問題はない。
一成は決闘前に荒ぶる気を抑えるべく、瞑目して宗助を待つことにした。
――爆発音。
それの意味することなど陣代高校ではひとつしかない。相良宗助の仕掛けた爆弾だ。
爆発の衝撃に備えて椿一成は身を固める。だが、いくら待っても何も起こらなかった。
ゆっくりと腕のガードを下ろしていき、一成は先程の爆発の意味を理解した。
周囲が薄暗い闇に包まれている。つまり宗助は照明の明かりを破壊したのである。
(……なるほど、卑劣な手を使うアイツらしいな。だが、やる気になったのならばそれでいいさ! いつでも来るがいい!)
どこから仕掛けてくるのか周囲の気配を探ろうとして一成はあることに気付いた。
……何人もの気配を感じるのである。一成の手はぷるぷると震えていた。
怯えているからではない、はっきり言って怒り狂っているからである。
(相良ぁっ! どこまでオレを見下せば気が済むつもりだ! どこの誰とも知れない有象無象どもをぶつけてこのオレを倒せるつもりか! いいだろう全員ぶち殺してやる!)
誰かか喋っているような声がするが、相良の声でないなら、さして注意を払う必要もない。
声で気配が読めなくなる方が問題だ。声を即座に意識から排除して周囲の気配を探ることに集中する。
と、突然足元の感覚がなくなり奇妙な浮遊感と共に視界が白に染まっていく。
(ガスか!? ……くそっ)
//
ざぱーんっ!
「……ぅ、どこだここは?」
気付けば目の前は崖だった。岩にぶつかり砕かれる波の音が耳に心地よく感じられる。
傍には見覚えの無いディバックが転がっている。海はどこまでも続いているようだった。
近眼のために崖下を見てもぼんやりとしか分からないががそれでもかなりの高さを感じる。
何かのはずみで落ちてしまうことがあるかもしれないので、その場から離れることにした。
少し迷ったが、ディバックを持っていくことにする。これで何かわかるかもしれない。
ある程度離れて落ち着けるところに着いたところで一成はディバックを逆さにして乱暴に中身を改めてみることにする。
どさどさっ……どすっ!
ディバックの中身で一番目を引いたのは単なる布であった。問題は大きさである。
まとめられてはいたが、縦にしても横にしてもディバックからはみ出てしまう大きさだ。
何か仕掛けでもしているのかと拡げてみるが、特に目立ったものはない。とりあえず気にしてもしょうがないと思い、それの上に腰を下ろして中身の確認に戻る。
コンパス、食料、水、携帯ランタンと着火器具、時計……今は朝の6時ぐらいだろうか。
そして剣があった。それはあることを彼にしろと明確に物語っていた。すなわち――
(これで一思いに自害しろとでもいうつもりか。くそっ!)
思わず剣をその場に叩きつけるように投げると両手を首の後ろに組んで寝っころがろうと
した。だが、手に触れるものがある。首に硬い何かが巻かれているようだ。
首輪だ。一成はその屈辱的な意味を理解すると首輪を掴むと引きちぎる。だが、首輪が引きちぎれると共に彼の頭と胴体を結ぶ首までもがひきちぎれるように吹き飛んでしまった。
【椿一成@フルメタルパニック! 死亡】
//
……なんてことにはならなかった。
(……ふん。おおかた、これを外せば爆発するとか、いつもの芸のない卑劣な罠のつもりなんだろうが、誰が引っ掛かるものか!)
慎重に何事にも備える事を欠かさない相良宗助の日頃の行いが今回何と幸運にも椿一成の命を救ったのである! ……まあ色々な点は置いといて。
(ようするにまたこれを解除しろとかそういう勝負のつもりか。くだらん真似を!)
ここまでくればバカでも分かる。すなわち――
さっきの剣は自害用のものではなくて、解体用のものだったんだよ!(AA略
な、なんだってー!!(AA略
椿一成は人並み外れた努力家である。弱点があるならそれを補うべく努力を惜しまない。
故に二度と同じ手は食わないように日夜、爆弾の解体処理の練習をしていたのである。
(ふっ……見ていろ相良。貴様の仕掛けた爆弾など……)
とそこで、彼はようやくある重大なことに気付き、こめかみに血管を浮き上がらせた。
……眼鏡がないのである。
「……相良ぁーーーっ! 卑怯で、陰湿で、非常識で、生意気で、不愉快で、破廉恥で、臆病者で、不誠実で、無粋で、人を小馬鹿にした……(以下略)」
有りっ丈の罵詈雑言をあたりに撒き散らすと、ようやく彼は少し冷静になった。眼鏡だけあっても鏡がなければ首のような位置にある爆発物を解体することは難しいだろう。
これはこの島の地図だろうか? 食料の量は二日分ほどあるようだ。ならこの爆弾は時限式の可能性が高い。ようするに二日の間に自分の眼鏡と鏡を見付ければ彼の勝ちなのだ。
//
「お待ちなさい!」
だが、一成が彼なりにゲームを理解したその時、突然どこからともなく声が響いた。
「誰だ!? 出て来い!」
その呼びかけに応えるかのように降ってわいたように目の前に現れるものがいた。
それは女でしかも子供である。少し妙な服装をしていたことを除けば、いつもならさして気に留める必要もない存在だというのに、突きつけられた指先から目を離せない。
(なっ……どうやって!? これほど近くに来るまでオレに気配も気付かせないとは!)
どうやら上から飛び降りてきたようだったが、確認するまでもなくあたりには何もない。
彼は恐るべき脅威を感じた。と、その時である。
「ふはははははははははははははは! 引っ掛かりおったな。愚か者め!」
「ひゅうるおぉぉぉおおおおおわああああああ」
凄まじい風と共におぞましい声をあげながら少女は一瞬のうちに姿を消した。
(バカな!? ……今の白いのはバケモノか!?)
周囲を素早く確認するが、どこにもその姿は確認できない。その代わりに今度は黒い男がいた。一成の方を向いていないので顔は確認できないが明らかに先程の白い女とは違う。
……そしてゆっくりと一成の方に振り返った。その鋭い目を見た時、一瞬だがぞくり、と冷たいものが一成の背中を通る。だが、それでも彼は負けじと声を張り上げた。
「お前ら、相良の手の者か!? オレをどうするつもりだ!?」
「……違う。それは同じ参加者の一人の名前だな。では君はその人物と知り合いなのか。
もうひとつの問いにはどう答えるべきかな。……君の出方次第だ」
一成には分かった。一見、無防備に見えるその男の動作には何一つ無駄が含まれていないことを。……男は少しずつ近付いてきている。
(……参加者? どういうことだ? これは相良の仕組んだことじゃないのか? 相良が、関わっていることだけは確かなようだが、同じ……この男も参加者ってことか?)
そこまで考えて、椿一成はあることに思い至る。すなわちこいつらは――
(オレを狙っている参加者か。つまりこれはゲーム。島という閉鎖された環境を使って、人間狩りを行うゲームだ。相良め、そこまで落ちていたとは……許せん!)
一成は宗助の愉悦に浸るあまりにおぞましい顔を、頭から振り払うと決然とした声で男に宣言した!
「おい貴様! 貴様はオレの出方次第と言ったな! オレはこれからお前をぶちのめす!
さあ、貴様はどうするつもりだ!?」
//
【A-1/崖っぷちの近く/一日目/朝】
【チャイルドマン・パウダーフィールド@魔術士オーフェン】
[状態]:正常
[装備]:
[道具]:エリクサー@風の聖痕。支給品一式
[思考]
基本:自分の存在とアザリーについての答えを探す。
1:アザリー、オーフェン、リナを探す。
2:情報を集めながら首輪を手に入れる。
3:アメリアを仲間と再会させる。
[備考]:エリクサーの説明書を毒薬と思わせるよう変えています。それなんて甘納豆?
【アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン@スレイヤーズ】
[状態]:正常
[装備]:「武器よ落とせ」の指輪@魔術士オーフェン
[道具]:夢魔の貴族Aパーツ@魔術士オーフェン。???(未確認)。支給品一式
[思考]
基本:正義を行い、悪を滅ぼす。
1:リナ、ガウリイ、ゼルガディスを探す。
2:打倒フィブリゾ!
3:チャイルドマンを教え子と再会させる。
[備考]:「武器よ落とせ」の指輪は精霊魔術による効果を危険と認識しませんでした。
【椿一成@フルメタルパニック!】
[状態]:正常・ド近眼
[装備]:
[道具]:魔方陣の描かれた布@魔術士オーフェン。祝福の剣@スレイヤーズ。支給品一式
[思考]
基本:相良宗助と決着をつける。
1:まずは目の前の男をぶちのめす!
2:自分の眼鏡と鏡を探す。
3:人間狩りゲームから抜け出す。
[備考]:精霊魔術の魔方陣はその家の害となる者を排除してくれます。
今回は屋外ですが、昨今はダンボールハウスという例もあります。
精霊魔術の魔方陣は様々な人々のニーズにお答えし、お子様の情操教育にもお役立ちします。
つまりはままごと遊びのお家にも適用できるという多面的な拡大解釈により、今回の事例を引き起こした次第であります。
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