不幸な少年






「お笑いだな。三流のテロリストでも、もっとましなこと言う」
 森の中で男――相良宗介はそう呟いた。
彼は学生服を着ているため、一見しただけでは体つきの良いただの高校生にしか見えない。
だが、そんな彼の本来の姿は架空の銀の名を冠した『ミスリル』という軍事による平和維持活動を主とする
対テロ極秘傭兵組織に所属している傭兵である、いきなり殺しあえなどと言われ、
簡単に従ってやるほど愚かでもなく、また最後まで勝ち残ったとしても、生存者を解放するなどという甘い話を信じてやるほど御人好しでもなかった。
(とはいえ、何が目的だ?)
 逆にあのテロリストと思われる人物達が何を考えているかを思考し、すぐに止めた。
現状では手がかりとなるべき情報はなく、下手な敵像を作り上げたとしても意味などない。
そう考えながらも装備の確認をするために、与えられたデイバッグを物色する。
出てきたものは銃身長が異様に長い黒光りする銃であった。
(マウザーC96……の個人用カスタムタイプか。よく使い込まれているようだ)
 ご丁寧にも付属してある説明書によれば、それはウェポン・システムという名であるらしい。
彼はその銃を調べることにした。他人の銃ほど信用の置けない物はないからだ。
30秒ほどの時間を掛け分かったことは、よく手入れがされていること、マガジンには20発の弾丸が装填済みであること、
付属しているパーツの交換では簡易ライフルにもなることが理解できた。
あらかじめ装備していた武装は何時の間にかなくなっていたために、代わりがあるのはありがたい。
無手でも戦えないこともないが、銃があるのとないのとではできることに差がでてしまう。
敵を倒すためにも、身を守るためにも必要なものである。
 あとは様々なサバイバル道具と名簿とフィブリゾが言ったルールーブックらしき物がデイバッグの中に入っていた。
ただ、宗介には一つだけ気になったことがあった。
(だが、なぜガウルンの名が載っている? 奴は俺が殺したはずだぞ)
 そう、最悪でありまだ害虫の方がマシな男の名が名簿には記されてあった。
その男は自分がこの手で殺したはずだ。
希望的観測などなくヴェノムと共に吹き飛んだのをこの目で見た。常識的に考えれば名前が同じというだけだろう。
(いや、奴の悪運の強さを考えれば、なんらかの形で生きていても不思議ではないか)
 そう思いなおし危険人物として、出会ったならば確実に仕留めておく相手としてガウルンの名を心に刻む。
そして宗介は荷物をまとめ銃を持ち、移動しようと腰をあげた。
(さて、移動する―――ッ!?)
 そのとき、戦士の嗅覚が何者かの気配を捉えた。
宗介はその感覚に従い木の影に隠れる。
数秒後には足音と共に、誰かが近づいてくるのが確認できた。
服装は自分と同じような学生服ではあるが陣代高校のものと違う物であり、知らない人物であるため
巻き込まれただけの男子高校生であると判断する。
さらに移動の仕方、周りへの注意の向け方、唯一の武装と思われるナイフの持ち方から完全に素人であることが窺える。
 その男を物陰から観察しながら、どうするべきだろうと宗介は考える。
このまま接触しない場合は、あの男は自分の知らないところでのたれ死ぬだろう。
接触した場合は情報を聞きだせるだろうがこの地に連れてこられてからまだ10分も経っていないことを考えれば、
あの男は有益な情報は持っていないだろう。
一番無難な選択肢は前者である。
ただし、それはあの男が殺し合いに乗っていない場合の選択肢だ。
もし、乗っていた場合はあのナイフで誰かを傷つけるだろう。
クルツ達が素人相手に遅れをとるとは思えないが、千鳥達のようなまともに戦えない面子はそうではない。
(動きを止めておくのが一番いいな)
そして、相手の背後に回りこむために音も立てずに近づき、とある物を見て途中で立ち止まってしまった。
 宗介は見てしまった、自分に填まっている物と同じ首輪を。
首輪は全参加者共通に着けられているものであり、主催者によって反乱防止のために爆発するようにできている。
飛んだり跳ねたりしたところで爆発するように出来ているとは考えたくはないが、主催者側が自由に爆破できるのは確実だ。
監視されているならば、下手な人間が外そうとすれば爆発してしまう。
その人物だけが死ぬならば問題ない。ただ、その人物に巻き込まれ他の人間が死んでしまう可能性とてありえないことではない。
それが知り合いや千鳥かなめだとは絶対に言い切れない。
(くそ……)


相良宗介は数秒程迷い、選択した。


すぐそこにいる人物の首輪を回収することを。
標的に銃を向けゆっくりと引き金に手を掛ける。
『銃なんか人に向けちゃ駄目でしょうが!!』
もし、千鳥かなめがここにいればそう言って止めるだろう。他の人間でも同じようなことを言うはずだ。
自分は正義の味方ではないが、無抵抗の一般人を問答無用で射殺するのは間違っているぐらいのことは考えられる。
ただ、あまり時間がないかもしれないと思ってしまうと、この方法が最善だと思えた。
自分ならばサンプルと工具さえあれば、なんとか解除するぐらいの自信はある。
自分の首輪に手を掛けて爆死する危険を冒すよりも、他人の首輪を解析してから首輪解除に挑むのが安全だ。
「すまんな」
 そう呟き、男の頭に向けて乾いた音と共に一発の弾丸を放った。
次の瞬間には男はあっけなく倒れた。まちがいなく即死だった。
 そのことを冷静に確認し、けれども警戒は解かずに死体に近づき数mの距離のところで止まり、遺体を観察する。
そうして、信じられないものを目にしてしまった。
その遺体にはなんの損傷もなかったのだ。
(いったいなぜだ!?)
 確実に弾丸は命中したはずだった。
そのことは決して自惚れではなく、宗介の実力を考えれば男の死は100%の必然のはずだった。
だが、その理由を宗介が考える時間はなかった。
死体が突然跳ね起き、自身に襲い掛かってきたからだ。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 男は叫び声を上げながら、ナイフを腰だめにしっかりと構え突進してくる。
単純であるが、実は回避の難しい一撃を、宗介は避けずにその場に立っていた
そのナイフを避けれなかったのではない、避ける必要はなかった。
二者の間の距離は、銃という名の厚い壁に阻まれていたからだ。
宗介は冷静に状況を一瞬で判断し、銃の引き金を弾いた。
甲高い音と共に、三発の銃弾が敵の体に突き刺さった。
しかし、敵は止まらなかった。
「ラムダドライバーかっ!?」
 相良宗介の知識には、この状況に似たものがある。
以前ラムダドライバーという力場を展開することによりあらゆる攻撃を無力化する装置により、対AS用の銃火器が通用しないことがあった。
おそらく、目の前の男もなんらかの手段で似たようなことをしているのだろう。
 そう直感し宗介は次の行動に移る。
反撃したためにすでに距離が詰まり、回避する時間はない。
攻撃は無力化されてしまうために、止めることは不可能。
それでも、相良宗介は諦めずに冷静に対処する。
(これならば!?)
 迫ってくる男の顔面にデイバッグを投げつける。
いくら敵が攻撃を防ぐ障壁を持っていたとしても、視界を防げば一瞬の隙が出来、相手は怯む。
その一瞬の隙さえあれば、ナイフを回避することができる。
そう直感しての行動であった。
(なに!?)
 だが、男の顔面にぶつかり四散するはずのデイバッグは何の抵抗もなく男の後頭部を通り抜けてしまった。
そのことに驚愕する間もなく、ナイフが腹部に突き刺ささる。
「……カハッ」
 ナイフが突き刺さった勢いにより、後頭部が地面にぶつかり一瞬意識が跳んだ。
(まだ…まだだ)
 激痛に抵抗しながら、目を開ける。
目に前には、木の枝を自分に突き刺そうと馬乗りなっている男が写っていた。
男と目と目があう。怯えた目だと宗介は漠然と思った。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 男は叫びながら、鋭く尖った木の枝を振り下ろしてくる。
宗介は振り下ろそうとしてくる腕を受け止めようとした。
敵の両腕と自分の両腕が交差し、まるで立体映像を掴むがごとくむなしく通り抜けてしまい、首に枝が突き刺さった。
(……そういうことか)
 呼吸器官を貫かれた痛みの中でも思考する。弾丸が弾かれていない時点で気付くべきであった。
敵は攻撃を防いだのではなく、摩り抜けただけであったことに。
だが、いまさら遅い。
(それでも、俺は……)
 力を振り絞り、枝を引き抜こうと両手で掴む。
それは無駄な努力とは分かっていた。即死でないだけで、呼吸が出来なければ意味がない。
そうとは分かっていても彼は抗い両腕に力を入れ、その時点で体に何の力も入らなくなってしまった。

「……ち……ろ……ぎ」


 その言葉を最後に、相良宗介の意識は闇に落ち、二度と光を見ることはなかった。


―――――――――――――


(……殺した……僕が殺したんだ)
 式森和樹は立ちすくんだまま怯えていた。
すでに男に馬乗りになっていた状態から立ち上がってはいたが、座り込みたい気持ちに駆られていた。
けれども、それさえ出来なかった。鬼のような形相のまま死んでしまった男に睨まれていたからだ。
死体を見るのは初めてではないが、死体をつくりだすのとは別の話だ。
どうしたところで、彼は一般人だった。
(ぼ……僕は……悪くない。お……襲ってくる彼の方が悪いんだ!!)
 和樹はそう思い込み、呪縛を無理矢理振りほどく。
彼は別に殺し合いに乗っているわけではない、こんなことなどいけないと思うぐらいの良心はあるし、
この場には宮間夕菜や神城凜がいるのだ。
 ここには幸い連れてこられていない風椿玖里子を含めた三人が身近な存在になってからは
平穏な生活からは遠ざかり、命すら脅かせることすらあったが、
彼女達がいたおかげで生活にメリハリがつき、楽しいと思える毎日を過ごせたのだ。
そんな彼女達を殺そうという発想さえ浮かばず、むしろどんなことがあっても人を殺して欲しくないと願った。
他にも名簿にはなぜか自分を慕ってくれるメイドのリーラや清修学園の生徒であるはずの山瀬千早の名があった。
その四人の誰にも死んでほしくないと思った。
他にも2-Bのクラスメイトがいたが、この状況では碌でもないことにしかならないので会いたくはない。
 だから、彼は一刻も早く四人の女性達と合流しようと急いでいた。
ただ、慌てるべきではなかった。
最初に彼が見た支給品は割り箸であり、当然そのことに愕然した和樹は次の物を取りだした。
それがナイフであった。そのナイフが業物かどうかは分からなかったが落胆した状況から
自衛の希望を見た彼はそのナイフを手に持ったままであった。
自分が他人から見て、どう見えるかを気にせぬまま。
 そうして、彼はいきなり背中から撃たれた。
とつぜんのことで慌ててしまったために転び、恐怖に体が硬直してしまい逃げることができなかった。
だから、近づいてきた男に対して恐れを抱いた。
あとは無我夢中で覚えていない。気が付いたら、男が死んでいた。
(けれど――)
 死体を見つめながら、本当は自分が死んでいたのだろうと漠然と思った。
自分は幽霊だ。この状態で生きていると言えるかどうかは分からないものの
相手からは親しい間柄の人物でなければ触ることはできず、自分からは物や相手に触ることができるため、
おそらくは物理的な手段では自分のことは誰も殺せないだろう。
とはいえ、幽霊でも死の恐怖は持っている。
魔法などなら自分にも効果はあるだろうし、清水の舞台から飛び降りて生存できるかどうかは試したことはない。
下手をすれば適当な御札や護符、お経などでも成仏してしまうかもしれない。
(と……とにかく、分からないことを考えてもしかたがない)
 挫けてしまいそうな現実から逃げ出すように思考を切り替える。
とにかく、一刻も早く知り合いを探すべきだろう。こんなところからはさっさと逃げ出したい。
とりあえず、銃と男の支給品を置いて行くわけにはいかないと思い拾い上げる。
(ナ……ナイフも置いて行っちゃまずいよ……ね?)
次に死体に刺さったままのナイフを抜こうと手を添える。
グチュリというナイフが肉を捻る音がその場に響き、右手に肉を抉る感触が伝わってくる。
ゴキブリを潰すのとは比べ物にならないほどの不快感が襲ってきた。

「う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 その不快感は少年の心をかき乱すのに十分であった。
恐怖に支配された式森和樹はナイフを放っておいたまま、その場から逃げ出してしまった。


もし両者共にもう少し冷静であれば、式森和樹は相良宗介を殺すことなくお互いの仲間を探すために
動いたかもしれかったが、残念なことにお互いにそれをできる余裕が少し足りなかった。
確実にいえることは、こうして幽霊という存在を知らない相良宗介と、幽霊であるために傭兵では殺せない式森和樹の
不幸な邂逅は終わったということだけだった。


【F-5/森/一日目/朝】

【式森和樹@まぶらほ】
[状態]:幽霊、半ば錯乱気味
[装備]:ウェポン・システム(16/20)@ザ・サード
[道具]:支給品一式×2、ウェポン・システムの付属パーツ@ザ・サード、割り箸@現実
[思考]
基本:とにかく、みんなを探す。
1:この場から逃げ出す。
2:友人達と共にこの島から脱出する。
3:中丸達には気をつける。
[備考]:『チャイルドマンの短剣@魔術士オーフェン』が宗介の死体に刺さっています。
  幽霊ですが、首輪はしっかりと首に填まっています。
     理由としては、魔法の首輪の場合は魔法の力で填まっているか、科学で出来た首輪の場合
     は幽霊用のお札を内臓しているなどが考えられます。
     首輪は、基本的には他の参加者と大した違いのない機能だと考えられます。

【相良宗介@フルメタルパニック 死亡】

【残り42名】




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