オープニング
ボンッ
小さな爆発音。
そして沸き起こるどよめきを聞いて綾乃は目を覚ました。
「え? ここは……」
「起きたか」
聞きなれた声の方向に目を向けるとそこには彼女の仕事の同僚――八神和麻がいた。
思わずがばっと飛び起きる。
「こんな状況でもすやすや寝てられるとは、大したタマだ。
案外大物になるかもな」
「ちょっと、それどういう意味よ!?」
「いや、そんまんまだが」
激昂しかけて、ふと周囲の状況が視界に入り冷静になる。
周りは薄暗く、近くにいる和麻の顔がやっと判別できる程度だ。
大勢の人がどよめき、少なくとも50人ほどはいるのではないだろうか?
その時になってようやく綾乃は自分が地面に半身を起こした状態でいることに気がつき立ち上がる。
改めて周りを見回すがどう考えても見覚えのない場所だ。
綾乃が通う聖陵学園の体育館ほどの広さはあろう。
灯りがとぼしいせいで全てを見渡せるわけではないが、解かる範囲では何もない。
壁に申し訳程度の松明が等間隔で設置されており、光源はそれだけなのだ。
天井は存在しない。
というかあるのかもしれないが綾乃が視認することはできなかった。
ただ暗い闇が天を覆っているだけだ。
綾乃は寒気を感じ、ぶるっと身震いする。
「何処なのよ、ここ?」
「さあな」
和麻に尋ねるがそっけない返事がかえってくるだけだった。
「ちょっと意地悪しないでよ。あたし全く状況わかんないんだから。
あんたがここにわたしを連れてきたわけ?」
綾乃はクラスメイトである七瀬や由香里ともにいつものように下校していたはずだ。
ただ気がついたら眠っていて、目を覚ましたらここにいた。
綾乃は普通の女子高生ではない。
退魔を生業とする炎術師の一族、神凪家の時期宗主なのだ。
とうぜん常人より感覚は鋭敏で炎術を用いなくてもその戦闘力は常識をはるかに超えている。
そんな自分の不意をうって拉致できる存在がいるとしたら自分の父か、伯父である神凪厳馬、
もしくは隣にいる八神和麻くらいしか思い浮かばなかった。
だが和麻から返ってきた答えは彼女を驚愕させるに充分だった。
「俺もおなじだ。宗主に呼び出されて仕事の話をしていた途中で記憶が切れてる。
そんで気がついたらここにいた。誰だか知らんが……大層な真似してくれるぜ……」
「うそ、あんたが!?」
綾乃が自分より上だと認める数少ない存在である和麻が自分と同じように
成すすべなく拉致されていた。
そのことを知って綾乃はようやくこの事態の深刻さを断片的に悟る。
「もしかしてここにいる他の人たちも…」
「ああ、声を聞く分にはどうやら俺たちと同じ境遇らしいな」
和麻は油断なく周囲を観察している。
「ちょっとなにボーっと待ってるのよ! 誰かと話して情報交換してみましょうよ」
「やめとけ、俺もそうだが警戒されてる。この空間にただよってる妖気が尋常じゃないからな、
ヘタに刺激すると一気にパニックになりかねん。もっともこのままじゃ時間の問題だろうな」
言われて綾乃は気づいた。
空気に混じった粘りつくような濃厚な闇の気配に。
先ほどからの悪寒の正体はこれだったのだ。
見れば他の人間たちも肩を押さえて震えていたり、敵意満載の目で周囲を警戒していたりしている。
確かに迂闊な挙動はさけるべきなのかもしれない。
「それにこの首輪のこともある」
「? なによそれ。悪趣味な首輪ね」
「ああ、おまえとお揃いだな」
「え?」
咄嗟に首に手をやると指に伝わるヒヤリとした金属の手触り。
「なによこれ!」
「よせ!!」
思わず力任せに首輪を引きちぎろうとした綾乃だったが和麻がその腕を掴んで止める。
「どうして止めるのよ?」
「さっきおまえと同じ真似しようとしたヤツがいてな」
「どうなったのその人?」
「今度から肩までの高さで身長を測る羽目になった。いや頭頂から顎までの高さで、かな? あれだよ」
この広場の中央あたりに黒いコートを着た首なし死体が転がっていた。
首は……その死体から数メートル離れた場所にぽつんと落ちている。
近づくものは誰もいない。
「さっきまで混乱した空気が張り詰めて一気に破裂しそうだったんだが
ヤツのおかげで冷水が浴びせかけられた。
あと数分ももたんだろうが、今は誰もが状況を観察することを選択したようだ。
ともかくこの首輪は外そうとすると爆発する。自分の首が邪魔だってんなら別に止める理由はないが」
「あ、あたしは炎に護られた炎術師よ? ちょっとやそっとの爆発で……」
「その爆発を実際に目をした俺が忠告してやるが……多分親父や宗主でも首が飛ぶな」
「マジ……なの?」
「残念ながらな」
その時いきなり空間に光が射した。
突然あかるくなったかと思うとかん高い子供の声が響き渡る。
「やれやれ、どうも先走っちゃった人がいるみたいだね……残念だよ。
準備が遅れたのは悪かったけど、ね」
見上げると空間の中央に一人の少年が浮いていた。
年の頃なら十一、二歳。ゆるくウェイブのかかった、つややかな黒い髪。
一瞬、女の子と見まごうばかりの美をつけてもいいくらいに整った顔立ちの少年だ。
だが綾乃は目にした瞬間に理解した。
その少年がこれまで相対したどんな妖魔よりも強大な力を秘めていることを。
力だけを見てももしかすればあの富士山に封じられていた是怨よりも上かもしれなかった。
「なによ……あいつ」
「どうやらこの悪趣味なパーティの主催者さまのようだな」
軽口を叩く和麻の表情も険しくなっている。
他の人間たちも少年の発する圧倒的な重圧に気圧されたのか動きはない。
だが一人、叫んだ者がいた。
「フィブリゾ! 滅んだはずじゃ!?」
「しばらくぶりだね。リナ・インバース、でも君だけに構ってるわけにはいかないんだ。
死にたくないなら少し黙っててくれないかい。なに、説明なら今からするよ」
フィブリゾと呼ばれた少年は、叫んだ亜麻色の髪の少女を一瞥すると再び空間全体を見渡した。
「ようこそ、みなさん。突然の招待に驚かれた人も多いと思うけれど、歓迎するよ。
こうして集まってもらったのは他でもない……」
フィブリゾはいったんそこで言葉を止めるとニヤリと哂った。
「きみたちには、殺し合いをしてもらう」
大きなどよめきが沸き起こる。
(ふっざけないでよ!)
綾乃はそう叫ぼうとしたがフィブリゾの妖気に気圧され、口が開かない。
(嘘……あたし、ビビってる……あいつの妖気に)
「!!」
ボッ
その時、フィブリゾが突然蒼い炎につつまれた。
全ての魔を浄化する神炎。炎術師が操る破魔の炎の中でも最高位の炎。
和麻の父、神凪厳馬が使う「蒼炎」だ。
「親父? いたのか?」
「あんた風術師のくせに気づかなかったの!?」
「あいつの濃い妖気がこの空間を満たしてて人数はともかく個人の判別なんざまともにできねぇんだよ!
ち、煉もいやがる!」
炎が発された場所――綾乃たちがいる場所とは空間の反対側に厳馬と、
和麻の愛する弟である神凪煉の存在を確認し和麻は走りだした。
綾乃も一緒に駆け出す。
「おい、親父! やめとけ!!」
「和麻か。断る、魔を滅するのは神凪の務めだ」
厳馬も和麻の存在に気づいたようだが一瞥して一言だけを投げると
再び炎を練り始めた。
そばにいた煉もようやく和麻と綾乃に気づいたようだ。
「兄様、姉様!」
「煉! そのバカを止めろ!」
「え? でも……」
煉が厳馬のほうを振り向いた時にはすでに第二射が放たれたところだった。
そばにいる煉が圧倒されるほどの高密度の蒼炎。
これを喰らえばどんな凶悪な妖魔だろうと一瞬で滅びることは間違いなかった。
そう確信できるほどの力を持った透き通るような蒼い輝き。
だが……次の瞬間その輝きはまるで何もなかったかのように掻き消える。
「え?」
見れば宙に浮くフィブリゾも未だ無傷で健在だった。
「うーん、この瘴気の密度の中でここまでの攻撃できる者がいたなんてね。
さすがにムカついちゃったよ。これだけの力はちょっと惜しいけどここで見せしめとして死んでもらおうかな」
「なにを――」
神凪厳馬は最後までいうことができなかった。
ボッ!
にぶい破裂音と同時に厳馬の体は一瞬にして白い灰と化した。
なにがおこったのか理解できず、煉は目を見開く。
「と……さま…?」
その瞳に次第に理解の色が浮かび、煉は叫んだ。
「うわぁあああああああああああああああああ!!!」
金色の炎が煉の体から発せられる。
おそろしい密度に凝縮された炎は半ば物質化し、煉の周囲を粘性の光のように巡る。
煉の烈火のごとき怒りが炎術師としての力を限界以上に引き出しているのだ。
「よくも父様を!!」
フィブリゾを睨みつけ炎の波を叩きつけようとした瞬間、煉は首根っこを掴まれ地面に叩きつけられる。
ようやく駆けつけた和麻によって。
「はなせぇっ!!」
「すまんな、ちょっと眠ってろ」
再びの和麻の一撃が脳を揺らし、煉は気絶した。
「ちょっと和麻!」
「おまえも手を出すなよ、綾乃。無駄に死ぬだけだ……今はおとなしくしとけ」
「でも、あいつは伯父様を! あなたのお父さんを殺したのよ!?」
「黙れ」
うっ、と綾乃は息をのみ言葉を止める。
和麻の目には本物の殺意が宿っていた。
「あーフィブリゾ……だったか? もう邪魔はせんから説明を続けてくれ。
見せしめだというならそれは一人で充分だろ?
殺し合いをさせるってんならここであんたが何人も殺すのは不味いんじゃないかと思うんだが?」
全身から吹き上がる殺気を必死に押さえつけながら和麻はフィブリゾを見上げた。
そんな和麻の様子をみてフィブリゾはクスクスと無邪気に哂う。
「おもしろい男だね。
気に入ったよ……確かにこれ以上は殺しちゃまずいし、思惑通り君たちは見逃してあげるよ」
フィブリゾはもう一度周囲を見渡し、敵意はあれど動こうとする者がいないことを確認して
満足そうに頷いた。
「じゃあ説明に入ろうか。といっても君たちに伝えられる情報はそう多くはない。
君たちにはこれからぼくが作り上げた擬似世界にいってもらい、そこで殺し合いをしてもらうことになる。
生き残れるのは最後の一人だけ。
その優勝者にはぼくが責任を持って元の世界に戻すと同時にどんな願いもかなえてあげるよ。
富も名誉も、なんなら死んだ人間の蘇生だって請け負ってもいい」
集められた者たちの中に動揺の気配が広がる。
明らかに心動かされた者が何人かいるようだ。
「信じる、信じないは勝手だけどそこにいるリナ・インバースならぼくがそれだけの力を持ってるって
解かるんじゃないのかな?」
「何が目的なのよ……優勝したってあんたが賞品をご破算にしてあたしたちを殺さないという保障は?」
リナと呼ばれた黒いマントを纏う亜麻色の髪の少女。
さきほどフィブリゾの名を呼んだ少女だった。
彼女は警戒しながらフィブリゾに問いを返す。
それはフィブリゾの問いを肯定したように見えた。
「質問に質問でかえさないでほしいなぁ……でもま、いいや。
目的を教える必要はないし、優勝したら望みは必ずかなえるよ。
冥王の名に賭けてもね……精神生命体であるこのぼくが人間相手に名を賭けて誓ったことを
覆したりしたら消滅しちゃいかねない。それは解かってくれるだろう?」
「……」
沈黙したリナを満足そうに見やるとフィブリゾはパチンと指を鳴らした。
すると突然綾乃の、和麻の、煉の、いやその場にいる全員の足元にザックが出現した。
「それはぼくが君たちにおくるプレゼントだよ。食料や地図、その他いろいろ入ってる。
戦うための「武器」や「道具」もね。いちおう簡単なルールブックも中に入れておいたから
向こうに着いたら目を通しておいてね。命に関わるからルールを知らないと簡単に死んじゃうかもしれないからね」
その言葉を聞いた次の瞬間、綾乃の体は浮遊感につつまれた。
周囲の景色が白く染まっていく。
「こ…これは?」
「それじゃあみんな、健闘を祈るよ。せいぜいぼくを楽しませておくれ」
フィブリゾの哄笑を聞きながら綾乃の意識は薄れていった。
「さあ、ゲームを始めよう」
【クラマ@フルメタルパニック! 死亡】
【神凪厳馬@風の聖痕 死亡】
【残り43名】
【ゲームスタート】
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