どうやらアラシ
PM:7:30
ピチョン・・・ピチョン・・・水滴の音が聞こえてくる。
雲に隠れていた月がぼんやりと薄暗い室内を照らした。そこは一般的な住居の台所だった。
テーブルには茶碗と箸が4人分(ここの家の家族だろうか?)乱れることなく綺麗に並んでおり、一家団欒の夕食が始まるかのようだった。しかしそこに本来いたはずであろう住民は一人もいなかった。
「ハァハァ」そのテーブルクロスの隙間から小さく息継ぎしながら回りを慎重に見回る人物がいた。
誰もいない事を確認し。
こそこそと現れた松浦亜矢はゆっくり立ち上がった。「よかった。誰もいない」松浦は安堵のため息をついた。
ゲームが始まってすぐに走った。とにかくその場から逃げ出したかった。随分距離を稼いだ時に遠くから銃声の音がした。
あれが何だったのかはわからない。知りたくもなかったが、じっとしていれば危険が迫ってくる事だけは理解できた。
誰も参加しなければ時間切れでみんな死んでしまう。
覚悟を決めたアーティスト(もう歌なんて歌わないだろうけど)が銃を乱射してる姿が目に浮かんでぞっとした。
森を抜け海岸付近を走りなんとなくここが島である事は理解できた。
海にポツポツと灯りが見えていたが多分監視船だろう。「逃げる事はすなわち永遠の死だ」
デーモンが言っていた事に嘘はなさそうだった。
完璧だ。実に用意周到なゲーム。ぶぁっーはっはっはっ!白粉男のバカ笑いが脳裏をよぎった。あぁばかばかしい。
途中で小さな看板を目にした。暗くてよく見えなかったが【村】という字だけは読み取れた。
もしやと思い歩いていくとそこは住宅街だった。隠れやすそうな家を選びすぐに忍び込み息を潜め今まで隠れていたのだ。だが少しも安心はできなかった。
窓でも割って入ろうと考えたこの家はドアに鍵もかけてなかったし、なによりもさっきまで人がいた名残のようなものがこの部屋には存在していた。
おそらくゲームが始まる直前までこの家には幸せな家族がいたのだろう。
それをうらずけるかのように玄関の靴はぐちゃぐちゃになっていて割れた花瓶の水が玄関を濡らしていた。そして無造作に転がっていた赤ん坊用のおしゃぶりと血痕・・・いゃっ。
数時間前に発生したであろう最悪の事態を想像してしまった亜矢は体を丸めてガクガク震えだした。
落ち着くの・・・落ち着かなきゃ。
幸いな事にこの町の存在を知っているのはまだ亜矢だけだった。
だがじきに誰かがここにやってくるだろう。
それまでに離れないといけない。いつ禁止エリアになってもおかしくないのだから。
ただそれとは別の予想も亜矢はしていた。
この場所が彼らつまり主催者側によって意図的に作られたゴーストタウンだとすれば。
ここはいわいる安全地帯になるのではないのだろうか?
無作為に仕切られたエリアにもさまざまな用途と意味があるのではと。
亜矢はテレビでこそ明るいアイドルとして認知されてきたが。
プライベートでは推理物や冒険小説好きな一面があり物事を論理的に考える事が得意だった。
以前よんだ冒険家の伝記に砂漠で遭難した時に一番してはいけない事は無駄にうろつく事であり
一番よいのはその場に留まり助けを待つ事。助けはどうかは分からないが。
ここには食料も寝床もある(全部他人のだけど)数時間ごとに流れる放送にさえ注意していれば。
ここで篭城するのも可能だ。もしかしたら仲間になれそうな人もやってくるかもしれない。
そんな事を考えていると絶望的状況でもやっていけそうな気がしてきた。
「がんばるのよ亜矢。負けないわよ私」力強く拳を握り締め生き抜く事を亜矢は決意した。
同時にグーーッ。と腹の虫が泣き出した。
「・・・なんだかお腹空いたなぁ」緊張と不安の連続で忘れていたがしばらく何も口にしていなかった。
「まずはなにか食べなくっちゃ」
亜矢はテーブルに支給されたデイバックを置き中を開いた。
コンパスや地図。懐中電灯などの下にパック詰めされたパンとペットボトルの水があった。
「ひどぃ。こんなの食べろだなんて」色気もなにもない支給品に呆れながらさらに奥に手を突っ込んだ。
するとなにかヒンヤリした固い感触がした。
ゆっくりとそれを取り出してみた。それはヒンヤリと冷たくドライヤーのような形をしていた。
亜矢はそれを窓からの月灯りに照らして見てみた。
銀色の外装。親指ほどの大きさの銃口がキラリと光った。「ひぃぃ」ゴトッ!
思わず手を離して落としてしまった。それは44マグナムだった。亜矢にとっては
本物の銃の認識しかなかったが。ランダムに配られる武器の中では当たりだった。
「なんで?なんでこんなの・・・ほんとにコレで人を殺せというの?できる訳ないじゃない」
デイバックの中にはもうなにも入ってなかった。
亜矢はパンと水以外をバックに入れてイスに座った。銃は恐々と隣のイスに置いておいた。
使いたくはないが今自分の身を守る物であることには変わりはないのだから。
亜矢はボトルの蓋を開け水を飲んだ。生ぬるい水だったが乾いた喉に心地よく浸透していく。
その後パンをひとちぎりして口に運んだ「うえっ・・・まずっ」パサパサのなんの味もしないパンは本当にまずかった。
一流アイドル(自称)にこんなもの食べさすなんて侮辱だわ。
亜矢はパンを食べるのを辞めて台所に何かないか捜してみた。
戸棚の中にカップ焼きソバが入ってあった。偶然にも亜矢がCMをしているものだった。
「ありがとうございますアハハ」住居不法進入に加えて窃盗かぁ。アイドルかたなしだわ。
やかんにペットボトルの水を入れてコンロに置いた。
水道も使えるようだったが。なんとなく気がひけて使う気になれなかった。
コンロのひねりをゆっくり回すとボッと火がついた。やはりガスも使えるようだった。
やかんをその上に置く。暗闇の中でユラユラと炎の光だけが亜矢の目に映る。
なぜか今日はその光が随分遠くの世界にあるような気がした
普段も仕事で忙しい夜などはよくインスタントで済ますので毎日見てるはずなのに。
あたりまえだと思っていた生活。平凡と充実を混ぜ合わした人生で見てきた光。
だがここにはそれは存在しない。あるのは生への執着と明日への儚き希望につなげる光。
だがあまりにも遠い気がする遠すぎてまだ見えてこない・・・翼よあれがパリの光だ。
シューーー蒸発した煙が舞い上がってくる。コンロの火を切り亜矢はカップメンにお湯を注いだ。
「3分まってと・・・」そういいかけた瞬間。
ゴトッ「だっ誰っ!」不意に聞こえた物音に亜矢は慌てて腰を低くした。
「ミァーーー」暗闇から現れたのは一匹のネコだった。
「あっ・・・もぅ。なんだ。驚かさないでよ」ほっと胸をなでおろした亜矢はネコの顎を
優しくさすってあげた。「ゴロゴロゴロ」ネコは嬉しそうに喉を鳴らした。
「可愛いな。ここの家のぺットだったのかな?ごめんね。お姉さん勝手におじゃまして」
例え相手が動物でも一人ぼっちの亜矢には嬉しい存在だった。
「ニャーーー」ネコは小さく鳴くと小走りに部屋を出て行ってしまった。
「あっ・・・まってよっ・・・」亜矢はネコを目で追った。だが目の先に映ったのはネコではなかった。
そこには人の足があった。
「えっ・・・」思わぬ闖入者の存在でまったくきづかなかった。誰かが入ってきている!?
背筋を冷たいものが走った。目を見開いて微動だにせず相手を亜矢は見つめた。
「ハロー」暗闇のシルエットは喋った。女性の声だった。それも聞き覚えのある声。
「亜矢こんなところに隠れてたんだ。」「ヒカル・・・」ウタダヒカルはニコリと笑い。
イスに腰掛けた。
ヒカルと亜矢はTVの特番などで知り合い話をする仲だった。
海外育ちで鍛えられた英語力ともって生まれた美声。
みずから作詞作曲する才能を見せ若干14歳でデビュー後一躍トップに踊り出た異色の歌手。
オーディションへ足を運び事務所のマーケティングに乗っかって今の地位を気づいた亜矢とはいわば正反対。
実のところ亜矢はヒカルが苦手だった。
彼女に逆らってクビになったスタッフの噂はよく耳にする。
よくいえば仕事に情をはさまない。悪く言えば冷酷らしいと。
「で。ここにずっといるつもりなの?」ヒカルは言った。
「えっ。そっ。そうだね。ここは安全かなと思ってるからしばらくは」「ふーーん。安全かぁ。そうかもね」
くすくすと軽く笑うヒカルに亜矢はなにか薄ら寒いものを感じた。
「あっ・・・そうだ。おなか減ってない?焼きソバ作ったげる。ヒカル食べるよね」
いたたまれなくなって亜矢はヤカンを手にもった。「ねぇ・・・武器何もらった?」
ゾッとするようなヒカルの冷たい声が背中に突き刺さるような感じがした。
武器?どうしてそんな事聞くの?
「あっ。あれ。アハハあの・・・イスに」「あぁこれね」
マグナムを取り出したヒカルがそれを月明かりに照らしまじまじと見つめていた。
「あの・・・そっ。そんなのあぶなくて持てないよね。アハハ。それに撃てる訳ないし。」
勤めて明るく笑う亜矢にヒカルは顔を向けた。だがその顔は笑っていなかった。
「安全装置・・・解除すれば。最高の武器よ。ねぇ亜矢」
カチャ。ヒカルは銃口を亜矢に向けた。足の先から全身に震えが走るような感覚をこらえながら亜矢は必死にとりつくろった。
頭の中で読んだ事のある本がめくれていく。どうしたいい。どうすればいい。
「なっ。なんで?なんでそんな事するの?わ、私達仲良かったのに」
「見せ掛けの友情をちらつかせるつもり?unbelievable」
ヒカルがゆっくりと近づいてくる。額の汗が頬を伝った。沸騰したヤカンの湯気が亜矢の顔の辺りまで漂っている。
「ごめんね。私どうしても生きなくちゃだめなの」撃鉄をゆっくりと引き戻したヒカルは
亜矢の頭部に狙いを定めた。その瞬間。
【バサーッ!】
亜矢はヤカンをヒカル目掛けて投げつけた「キャー」部屋全体に濛々と白い煙が上がる。
亜矢は一目散に部屋を出ようとした。【ドキャン!】低い銃声がしたあと壁についていたインターフォンが木っ端微塵に砕け散った。
撃ってきた?私本当に殺される!?
亜矢は戸棚の中のものを投げつけた。皿、コップ。茶碗さまざまなものが宙を飛び回る。
ガシャン!「つっ・・・!」そのうちの一つがヒカルに命中し彼女はうずくまった。
コロコロコロ その場にへたれこんだ亜矢の目の前に拳銃が転がってきた
それをゆっくりと片手で持った。ずっしりとした重みが伝わってくる。亜矢は狙いを
ヒカルに定めた。
なぜ?今なら逃げれるのよ亜矢?自己の中の疑問を打ち払うように
小さく亜矢は呟いた。「ダメ・・・今。殺さないと。また狙われる。」亜矢はヒカルを
睨み付けた。「形成逆転だね。フン。そうよ私あなたの事なんて好きじゃない。なによ
いつでもお高くとまって偉そうに。たかが帰国子女とかでチヤホヤされて。あんたの
事なんて昔から大嫌いよ!」
ようやく立ち上がったヒカルが亜矢に向かって歩いてくる。
「こないでっ!きたら・・・ホントに撃つよ!」だがヒカルは止まらなかった。「撃てば?」
そばにこられたときにようやくヒカルの顔を確認できた。額から血を流し。瞳はギラツキ艶のある唇がニヤリとゆがんだ。
それはもう亜矢の知っているヒカルではなかった。
ヒカルの腕が伸びてくる。あと50pいや30cm「イヤーーー!」【ドギャン!】銃声が響き渡った。
亜矢がヒカルに発砲したのだ。しかし
「ああっーーーっ」声をあげたのは亜矢のほうだった。ゴトッ!マグナムが音を立てて地面に落ちた。
亜矢の右手首がだらんと力なく垂れ下がっていた。「ううっ」右腕からの激しい痛みが亜矢を襲う。
S&W 44口径の一キロを超える重量と発砲時の反動は扱いの慣れたものでも両手でしっかり構えないと危険という。
銃など無縁のマイクを握っていた柔な右腕。座ったままの不安定な姿勢での発砲は彼女の華奢な手首を破壊するには十分過ぎる威力だった。
グリップを両手で掴みヒカルが亜矢に再度銃口を向けた。「勉強不足のようね。私。銃社会で生きてきたから。詳しいのよ」頬にできた一筋の傷から血がたれてきた。亜矢の放った弾丸は僅かながらヒカルにかすったようであった。その血をヒカルは指で拭った。
「これ。あなたからの死に土産にもらっとくね。フフフ」
「いっ・・・いゃぁ」亜矢はその場から逃げ出そうとした。しかし体に力が入らない。四つん這いで必死に玄関へ向かった。
いやだ・いやだ・いやだ・死にたくない・死にたくない・帰ったら新曲のレコーデングがあるのに。特番の収録もあるのに。ラジオのパーソナリティもあるのに。
あと。あと。
パニックになった亜矢に生きる可能性は残ってなかった。
ああっCMがある・・ちゅーちゅーチュブリラ・・・【ドギャン!】
弾丸が亜矢の頭部を貫通した。
おびただしい血痕が花弁模様のように壁にべっとりと張り付いた。バタッ。亜矢の意識はそこで事切れた。
血まみれになった玄関と亜矢だった死体を見つめながらヒカルは一人で笑った。
「私にむかつく態度とるからよ。ビッグミステイク」
ヒカルは一度台所へ戻った。
そして亜矢のディバックから使えそうなものを物色した。
水入りのペットボトルそれに予備弾奏のパックが入っていた。なるほど。やつらも 当たり には優しいのね。
ヒカルは踵を返すと玄関に戻っていった。ぽっかり穴のあいた頭部からまだ赤い血が流れでている。ヒカルは自分のディバックから何かをとりだした。それはカメラだった。
カシャ。カシャ。フラッシュ光が焦点をうしなった亜矢の目を照らす。何度も何度も。
ヒカルはカメラをしまい住宅から外に出た。街路灯はすべて消えていた。月明かりだけが
ヒカルだけの小さな町を照らしていた。「まっててね。パパ。最高の作品をつくるから
私の。ううん私達家族の為に」そう呟いてヒカルはその場を後にした。
【27番 氏名 松浦亜弥】
時間帯:夜 鎌石村(04-C)
[状態]: 銃弾が頭部を貫通して死亡
[装備]: S&W M29 (44マグナム 弾奏数6)ウタダに奪われる
[道具]:支給品一式、弾奏パック1ヶ【6×5】 ウタダに奪われる
[思考]: 冷静に行動していたが。銃の扱いを知らなかった
【03番 氏名 宇多田 ヒカル 】
時間帯:夜 鎌石村(04-C)
[状態]: 頬を銃弾により傷 体調は良好
[装備]: S&W M29 (44マグナム 弾奏数6)
[道具]:支給品一式、弾奏パック1ヶ【6×5】 支給武器 カメラ
[思考]:犯罪国育ちなので生死にはなれている
彼女の支給武器がなぜカメラだったのかはまだ不明。
ただし撮る事に執着している
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