神を目指す者達
一言で言うならば、それは理解不能、その一言以外で語ることは出来ないだろう光景だった。
そして天野雪輝は、現在置かれている状況を表現できる言葉を持っていなかった。
ごく限られた人間しか知らないことだが、ただの中学生だった雪輝はとあるゲームに巻き込まれ、幾つもの屍と嘆きを積み重ねて、それでも何とか「HAPPY END」を勝ち獲ったのだ。
一度は神の座にまで上り詰め、本当の奇跡と言わざるを得ない運命の果てに幸せになった。
最愛の恋人の少女と共にこれからの人生を歩んでいく、そのスタートラインに立てたばかりだった筈だ。
だというのに――目の前に広がる光景は、否応なしに「破滅」を予期させるものだった。
まるでピアノコンサートにでも使われそうな大ホールに、数十人の人間が座らされている。
中には雪輝が見知る者の姿もあった。
探せば愛する少女、我妻由乃の姿も発見できたろう。
だが、人種も年齢もバラバラで規則性がなく、無作為に選別されたこの面々に、雪輝はどうしても不安を覚えてしまう。こんな状況を、一度経験したことがあるからだ。
サバイバルゲーム――良くも悪くも彼の人生に変革をもたらした死のゲームを。
耳を叩くは優美、とにかくその一言に尽きるだけの神々しいピアノの旋律。
舞台上に置かれたスピーカーから流れているその音声は、突然こんな場所に拉致同然の手段で連れてこられた人間たちを鎮静化させる、そのくらいの影響力はあるらしい。
生での演奏だったら、果たしてどれだけの素晴らしい旋律が聞けるのだろうか。
やがて演奏が止むと、舞台の端から一人の男が姿を現した。
「待たせてしまってすまないね。私は鳴海清隆。この名に覚えがある人も少なからず居るだろう」
藪から棒に自己紹介を始める男に、客席から非難、動揺、驚愕の声があがる。
彼の姿に、あからさまな動揺を見せている人間も何人か見られた。
鳴海清隆と名乗った男は、苦笑しながら両手を挙げ、敵意が無いことを示すジェスチャーを取る。
「心配しないでくれ。私はいまここで君達を殺そうなんて思っちゃいない。
―――むしろそれは君達自身のすべきことだ。生憎、これも運命だよ」
柔和な声色から繰り出される不穏なワードに、客席はざわめきを通り越して沈黙する。
この清隆という男に逆らってはいけない。そんな本能的警告にみんな大人しく従ったのか。
「君達には一つ、『ゲーム』をして貰う。
勝利条件はたった一つ『生き残る』こと。他人を蹴落として、裏切り欺いて、生き残ることだ。
勝者には『神の座』を与えよう。
死者の蘇生、運命の操作、奇跡を起こすことだって造作もないだけの、全知全能の力を」
今度は、爆発した。
何も分からぬ内に拉致され、鳴海清隆の思うがままに使われることを知った人々の感情が、爆ぜた。
清隆に罵声を浴びせ、彼の言葉を否定する者。
殺し合いへの恐怖から大粒の涙を流して誰かにすがりつく者。
心底愉快そうに、くすりくすりと笑い声を漏らす者。
神の座というワードに思うところがあるのか、顔色を変える者。
雪輝はといえば、混乱のあまり声を発することさえ出来なくなっていた。ありえない。神を決めるゲームはもう終わった筈だ。そうでなければ、困る。
大体鳴海清隆なんて人物を雪輝は知らない。
時空王デウスの後釜を決めるためのあのゲームでは、こんな人物は一度だって登場しなかった。
「……冗談はその辺にしとけや、ん?」
そんな中、客席から立ち上がって清隆に異を唱える者が現れた。
金髪の男だった。関西弁のおちゃらけた雰囲気など何処へやら、突き刺すような鋭い敵意を放っている。身体は引き締まって、素人目からしても只者でないことは歴然だった。
それにも動じることなく、笑みさえ浮かべて清隆は語る。
「ナナシくん、だね。盗賊団『ルベリア』を統率し、チームメルの一員として悪のチェスと戦う」
「……ふぅん。なんやなんや、自分結構有名人なんやな」
「丁度いい。君にはひとつ、大切な役割を受け持って貰うとしよう……ムルムル!」
その名前に、覚えがあった。
予感が正しければ――、この後起こるだろう結末も、雪輝には予想がつく。
そしてそのつまらない予想を裏切ることなく、惨劇が起きた。
「………あ? なんや、コレ」
それがナナシの最期の言葉となった。
彼の身体を中心に生まれた空間の捩れが、彼をもろとも呑み込んでいき、跡形も残さず消滅させたのだ。
―――"消滅"。
あのサバイバルゲームでも、敗北者の末路はナナシのように消滅することだった。
「ナナシィィイイイイイイイイイイ!!!!」
それはつまり、このゲームにムルムルが一枚噛んでおり、正真正銘の神の座を巡る殺し合いだということ。鳴海清隆がどうやってムルムルを懐柔したのかは知らないが、事態はとにかく最悪である。
悲鳴が響く中、清隆は右腕を掲げた。それが静止のサインであることは明白だ。
静かにしないと、同じ目に遭うぞ――暗にそう告げられている。
「見てくれたと思うが、最低限の規則も守れない愚か者を罰するための措置だ。わかってほしい。
殺し合いの進行状況を伝達するために、六時間ごとに死人の詳細を報告する放送を行う。
この時、よりゲームを加速させるべく『禁止エリア』を定めることにした。
こちらが明言した特定のエリアに踏み入ったその時にも、彼のように消滅、脱落してもらおう。
そして六時間の間死人が零だった場合は、強制的にゲームセット。全員消滅でお終いだ」
一通りの説明を終えたという意なのか、清隆はふぅ、と息を一つ吐いてまた手を掲げた。
「それじゃあ、後の細かいルールは配布するルールブックで確認して貰うとして。
そろそろゲームを開始しようと思う。安心してくれ、全員が公平にスタート出来るようにこちらで善処させて貰うよ。最初に目を覚ましたその瞬間から、ルール無用のバトルロワイアル、スタートだ」
では、と言って清隆が客席に背を向けるのとほぼ同時に、頭をハンマーで殴られたような鈍痛が走る。
よく見れば周りも同じようで、一人また一人と意識を失ってはその身体がどこかへと消えていく。
やがて雪輝の意識も途切れ、絶望のバトルロワイアルはこうして幕を開けるのだった。
【ナナシ@MAR 死亡】
【残り54人】
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